春のファン感謝祭。このイベントは秋の聖蹄祭と同じく「ファン感謝祭」である関係上、主役となるのは基本的にトゥインクルシリーズの走者である。
中にはまだ走ってないけど有名なカレンチャンみたいな例もあるが、大多数はそうじゃないのでサポート役が主になる。とは言っても、学生として賑やかし程度でも競技に出る必要はあるものだ。もしかするとここで意外な才能が発掘されることもあるわけだし。
さて、そんな具合なので、ぼくが参加することにした競技は……障害競走だ。
元々ケニアでも得意としていた方だし、最高速よりも着地後の瞬発力が重要視される関係上、今のぼくでも勝ち負けがつくくらいにはやりあえる。
……どっかの中山グランドジャンプの王者なんかは跳んでるんじゃなくて跨いでるだけと言われることが多々あるが、まあそこまで障害競走に最適化してるひとも今はいないだろう。
ついでに屋台の宣伝も、なんて考えたりして。むほほ。
「あわよくば一着、なーんてちょっぴり考えてたわけですよ」
「何や諦めたんか」
主にあなたのせいですが。
今、ターフに訪れている障害競走の参加者は8名。ぼく、同級生のレッちゃん、ちょっと申し訳ないけど名前はご存じない先輩1名。あと……タマ先輩とクリーク先輩とヒシアマ寮長とフクキタル先輩、あとスズカ先輩だ。
ファン感謝祭で運動競技が多いだけあって、基本的に皆着用しているのは勝負服だ。ぼくたち未デビュー組はジャージだけど、その辺は置いておこう。
そんなことより勝ち筋が見えない。
「宝塚記念でもやる気ですかこのメンバー」
「ま、確かに錚々たる顔ぶれかもしれんけどな。勝つ気でやらな……ってアンタに言っても仕方あらへんか」
「えへっ……ってやる気力も今回は無いんですけど既に」
見せかけがどうあれぼくが勝利に対してかなり貪欲なのはタマ先輩も知っている。それにしたって限度というものがあろうという話である。
タマ先輩もヒシアマ姐さんも追い込みが得意で瞬発力に優れるタイプだし、フクキタル先輩もレッちゃんも差し脚に優れる。スズカ先輩もトップスピードに乗せるまでが早いし……何よりトゥインクルシリーズ走者が二名とプロ相当のドリームトロフィー走者が三名。障害競走とはいえデビュー前じゃあなぁ。
まあ、今回は傷跡を残すくらいのつもりでいよう。宣伝だけでも十分十分。ぼくは軽く肩を落としながらゲートに入った。
『さぁお待たせしましたぁ! 本日の障害競走第一レースが始まります! 実況はトウカイテイオー!』
「あれ、テイオーだ」
「あら本当……」
少し驚いた。実況担当がテイオーか。会長と個人的に親交は深くとも、生徒会そのものとはあまり関係ないはずだけど……その個人的な親交の深さがあるからこそか。
サポートすると一口に言っても色んな方法があるし、実況で盛り上げるのもいいことだろう……と思っていたところ。
『解説はゴールドシップ! なおこの障害競走は副題として「
『よろしくお願いします』
「おっとぉ~……?」
「ウソでしょ……」
なるほどね。そういうオチね。読めなかったわ。
……というか事前にしてた想定とか準備とかが完全に崩れちゃったよ。いや、ある意味全員条件がイーブンになったと言えるから、悪いわけではないのが厄介なんだけど。
でもこの障害競走……金船障害ってことはきっとバラエティ番組のそれだよなぁ。運動能力よりもネタへの適応力が求められるタイプのやつ。どうしよコレ。
隣を見ると、スズカ先輩もこの競走の企画者にピンと来たのか、相当困った表情を浮かべているようだった。普段スピカで付き合いあるしね。となると実況のテイオーもその絡みか。……なんてこった、ヒントは既にバラ蒔かれていたんじゃないか。
「では皆、位置について」
「あれ、会長さんやないか」
「本当だね」
……その上今日の第一レースだからって会長がスターター役を務めている。しかも勝負服まで着て。なんとまあ贅沢な……。
ピリッと徐々に周囲の緊張感が高まっていくのを感じるけど、ぼくとスズカ先輩はと言えばこの先で何が待ち受けているのかと気が気でない状態になっていた。
『ゲートが開いた! 飛び出したのはスズカ……と、ストライプだ!』
「……!」
「…………」
これは障害競走の名前を借りた、バラエティ番組の箱モノ障害物競走。何が起きるか分からない以上、先行逃げ切りで他のウマ娘よりも早く障害物にたどり着く方が有利になる。
……心の準備という意味で。
スズカ先輩は、元々の気質も大きいけど、それを踏まえた上で同じ考えに至ったのだろう。どことなく困り顔で眉がへの字になっている。
『先頭からスズカ、ストライプ、クリーク、フクキタル、シネマホープ、レットイットダウン、ヒシアマ、タマモでレースが進んでるよ! 縦長の展開で第一関門に差し掛かる! まずは――』
まずは!?
『飴玉探しだぁ!』
「そう来たかァ~……」
「あ……飴玉……!?」
飴玉探し。手を使わずに口だけで、小麦粉などの粉の中に隠した飴玉を探し当てるという競技、ないしは遊び。
近年では衛生面の問題もあって行わないことも増えたが、古くは運動会の定番だった時期もあるという。現在でもバラエティ番組などでは時折行われている。
思い切って探そうと思えば顔面粉だらけになるが、ある程度思い切って探さないと無駄に時間がかかるだけになってしまう。ここでどう対応するかが人によって大きく異なるのが見どころの一つと言っていいだろう。
ちなみに飴玉をちゃんと取ったかどうかはエアグルーヴ副会長がジャッジする。また厳正ではあるけど豪華な人選だよ。
「え……ええっと……こう? かしら……」
ぽふっと音を立ててスズカ先輩が粉に軽く顔……というか鼻を埋めた。
少し探した後に顔を上げると、鼻の頭が白くなっている。黄色い歓声が(主にスペ先輩から)飛んだ。
さて、じゃあぼくも……と思ったのだけど、ここで少し疑問が生じる。これ、何も考えずそのままやっていいものだろうか?
ファン感謝祭という性質を考えるに普通に探すだけというのはあまり好まれないはずだ。バラエティに富んだことをしてほしいというのが本旨のはず。となれば……。
『タマモとヒシアマ頭から突っ込んだー! 続いて続々飴を探しに……ストライプはまだ顔をつけてもいませ』
「ふぅっ!!」
「何や!?」
ぼくは思い切り息を吹きかけた。手を使わずに飴玉を取るというルールには何も抵触していないぞ!
一気に粉が吹き散らされていく。塊になっていてある程度の重量が確保されている飴玉はそんな中でもなんとか吹き飛ばされることはな……いや飛んだ。予想以上に息が強かったか! そこまで計算している時間が無かったのもあるけど……。
ともかくまずい……けど、これはこれでやりようはある。よく目を凝らして軌道を予測、ウマ娘の身体能力を駆使して追いつき、噛み付くようにしてキャッチする。
すると無事、飴玉は口内に収まった。ふう。セーフ。
「あんなんアリか!?」
『やれるならやっていいぜ!』
「できるかい!!」
なんか絵面がやたらスタイリッシュになってしまったことで、会場はだいぶ盛り上がっていた。……本来の目的からするとちょっと外れてるっていうかほぼ失敗だけど、まあいい。結果オーライ!
……ということにしておこう。
「ウマ娘の強さは心肺機能によるものが大部分を占めると言っていい」
「どうした急に」
「心臓が大きい、肺が強いといった特徴は競走能力にそのまま影響するんだ。心拍数が少ないことはそのまま疲れにくさに繋がる」
「酸素を取り込む力、酸素を供給する力と言い換えられるからな」
「心臓の機能は生まれ持った素質が大きいが、後天的に鍛えることもできる。代表例は高山トレーニングだな」
「あの子の出身はケニア。平地ですら平均して標高1000mを超えるから生まれた時から常に高山トレーニングをしてるようなものなのか」
「あれだけの勢いで息を吐き出せるのはそういうことだな。それだけじゃなく目も良い、吹っ飛んだ飴玉すら見逃さないとは」
解説するのやめて!
ともかく、まず抜け出したのはぼくということになる。むほほ、これなら一着も視野に入るぞ。
『というわけでストライプがまず飛び出した! おっと、続いてタマモとヒシアマが抜け出してくる! ここで次の障害は――』
「次は!?」
「次は何や!?」
『コスプレ早着替え』
「ナンデ!?」
「ゴルシおどれぇ!!」
何やかやと言いながら次々と――自分の名前が掲げられたボックスに入っていくぼくたちだが、ほどなく周りのボックスから悲鳴が上がった。
……ああ、まあ……そうなるだろうなぁ。ゴルシパイセン企画ってことは……ねぇ?
さて、じゃあ一方のぼくはと言うと……。
「虎か……」
虎のきぐるみだった。
まあ、割りかしどこでも売ってるしお手頃で丁度いいだろう。体のラインも出たりしないしなんだかんだ一番無難な気がする。
あ、いやでもちょっとこのままじゃ着るのが辛いな。脱ぐしかないか。
『皆ほぼ同時に飛び出した! タマモクロスこれは幼稚園のスモック! スーパークリークはまるでターフに迷い込んだ若奥様だぁ!? ヒシアマゾンは……魔法少女!』
「うわぁお」
「「ゴルシィィィ!!」」
あー、知ってるぞこれ。かつて見た記憶がうっすら残ってる。
……いや待て。クリーク先輩ってあの時ベビーカー押してたっけか? なんかタマ先輩がマズいことになる予感がする!
『フクキタルは狐、ストライプは虎! スズカは……サイレンススズメ!』
『動物ふれあいランドだな』
「うひゃあああぁぁぁ!?」*1
「どうしたスペ!?」
「スペちゃん、突然どうしたのかしら」
「さあ……」
スペ先輩、スズカ先輩のこと大好きだからなぁ。何が何なのかと考えても心当たりが多いから分かんないや。
ちなみにレッちゃんはぼくらと同じ傾向の動物コスで黒い牛っぽい動物。先輩はサムライだ。スナイパー=サンが外で興奮している。
『さて、レースも大詰め! 最後の障害はー?』
『借り物競走』
「もはや何でもアリかいな!!」
何でもアリである。だってゴルシだもの。
しかしこれ、パターン的にはどうだっけ。確か……ああ、そうだ。借り物の内容が「ゴルシちゃん」とかそんな感じなはずだ。
ある意味気は楽だ。こうなるとどうなってもトンチキなことになるのは変わりないし。
ぼくはふらっとその場にあった適当な封筒を手にとって、中身を取り出した。
――「蹄鉄」。
「普通に借り物競争じゃんッッ!!」
『普通に借り物競争だよ!?』
『ゴルシちゃん知ってるぜ。アタシ主催だって分かってるなら裏を読んでくるの。だからあえて何の裏もない普通の勝負にしといた』
『だそうです!』
くっ!? こうなるとどうするべきか……! 競技が始まるのが近いウマ娘なら誰か蹄鉄も持ってそうだけど、また微妙に探すのが面倒な……。
仕方ない、躊躇するような状況でもないし声上げるか。
「誰か蹄鉄持ってませんかー!!」
「オグリおるかー!!」
むっ。タマ先輩も何らかの条件を満たすべく隣でオグリ先輩を呼び始めた。
しかし……ぼくの場合は条件を満たせるひとはそれなりにいるだろうから、だからこそ自分が手を挙げなくても……ということは必ずある。いわゆる傍観者効果だ。
少しすると、客席の方がにわかにざわついた。観客の山を割るようにして現れたのは、スーパースター、オグリキャップ。ただし本人は特に自覚は無く普通のことのように焼きそばをすすっていた。……そろそろ次の競技にでも参加するためか、勝負服で。
「……あっ!」
勝負服! となれば確実に、準備のためにもそろそろシューズに蹄鉄を付ける頃合いだ。ならこれはチャンス!
ぼくはタマ先輩を追うようにして一緒にオグリ先輩へと駆け寄った。
「オグリぃ! ちょっち手伝いや!」
「オグリ先輩! 蹄鉄貸してください!」
「ん?」
「うん?」
――この時、ぼくの脳内に電流が走る。
そもそも今日の趣旨はファン感謝祭。負けん気が発動してこそいるが、そもそも勝つことにメリットはあまり無い。
ファンを沸かせて喜ばせてこそのファン感謝祭ではないだろうか? こういう時には……!
「「わっせ、わっせ」」
「……???」
二人で運ぶことになった。
曰く、タマ先輩の借り物の指定は「芦毛のウマ娘」。ちょうど両方の条件を満たすのがオグリ先輩だったわけである。
同着ゴール。これもいいことじゃないか。今は本気の勝負というわけじゃないんだから取れる手だ。
「いやぁ、一時はどうなるかと思うたけど、これはこれでイベントとしちゃアリやな」
「そですね。これで知名度が上がるなら万々歳です」
フハハ! と二人して笑って――そんな時だった。ぐばん! と言わんばかりの勢いで風を裂いてぼくらの横を唐突に何かが通り過ぎた。
「むぇ!?」
『おおーっとここで先頭に躍り出たのは……スーパークリークだぁ! 今、ゴールイン!!』
「何やて!? ……あっ」
やりました~、と朗らかな笑顔で喜ぶクリーク先輩。しかしぼくらは見てしまった。彼女が押すベビーカーに、やや強引な体勢で専属トレーナーさんが収まっていることに。
後で聞いた話だが、どうやらクリーク先輩のお題は「一番信頼している相手」だったそうな。そりゃ決まるのも連れてくるのも早い。
……後日、ドリームトロフィーのレースでクリーク先輩が絶好調な快走を見せるのはまた別の話である。
○ 余談
この後ストライプは虎のきぐるみのままで屋台を引いて「さっき走ってた変な子だ」と目立つことで普段よりも売上を伸ばしたそうな。