【本編完結】ロバ娘:ファンディングストライプ   作:桐型枠

45 / 134
思ったより長いな

 

 クラシックの第一冠、皐月賞。今年のこのレースを制したのは、見事な作戦勝ちで他を抑えきったスカイ先輩だった。

 両路線の一冠目をひとつのチームが独占。これも相当な快挙と言えるだろう。後日、トレーナーさんたちが奮発してちょっとお高いお店に連れて行ってもらったが、柄にも無く恐縮してしまった。我ながら小市民の根が抜けきらない。

 ともあれ主要なレースが一通り終わった現状、うちのチームは5月末のオークスとダービーに向けて準備を進めることになっていた。

 そんな折の夜のことだ。

 

「ストライプちゃん、髪の手入れってしてる?」

 

 入浴後の自由時間。いつも通り皆と何かしらして遊びながら脳トレなどしながら、ついでにスマホをいじって商売の確認などしている時、唐突にカレンチャンがそんなことを問いかけてきた。

 思わず、ミークと指していたオセロの手が止まる。

 髪の……? 手入れ……?

 

「ヤダ何、におう?」

「そういうことじゃなくって」

 

 少し髪を鼻に近付けて嗅いでみるが、特に臭いはしない。というかさっきお風呂入ったばかりだから変な臭いがするとも思いたくないんだけど……。

 

「ちゃんと頭は洗ってるよ」

「そういうことじゃなくって!」

「ケアのお話だよ!」

「ケア?」

 

 カレンチャンの横からふっと顔を覗かせたマヤノがそんなことを告げてきた。

 ケア……?

 ……ケア……?

 

「ケアとは……?」

「言うと思ったよ!」

「リンスはつけてるけど……?」

「つけてるって言い方がもう……」

「そのリンス、リンスインシャンプー……」

「トラちゃん……」

 

 え、何この空気。ミークがリンスインシャンプーのこと指摘した途端にスンとなっちゃった。

 シャンプーとリンス別々に買うより安いし、時間かからないから丁度いいんだけど……。

 

「トラちゃん、だいぶ髪伸びてきたでしょ?」

「言われてみれば」

 

 人間あるいはウマ娘の髪は月に1cmちょっと伸びるという。年間で換算すると12cm。女性の方が伸びるのが早いと言うから、だいたい15cmくらいだろうか。個人差はあるけど。

 ケニアの実家にいた時は農作業を手伝っていたから、邪魔になるしと思って適当な時期にざっと切ったりしてたけど、日本に来てからはお金稼ぎの下準備やらトレーニングやら色々とやることがあったし、床屋に行くのもお金勿体ないからここ一年は伸ばし放題だった。

 もみあげのあたりをくるくると巻いてみる。思ったより長いな。

 

「なるほど、じゃあそろそろ切ってこようかな」

「いや切ってきてって話でもないよ?」

「トラちゃん切ってくるって絶対1000円カットとかでしょ……」

「1000円カットだけど……?」

「マヤちゃん……」

「うん……トラちゃん、今度美容院行こ! 予約はもう取ってあるから!」

「え、やだ……」

「えぇっ!?」

「ええぇ……」

「お金の問題ですか……」

「うん。一万円くらいかかるでしょ」

 

 何かと……それこそぼく自身もかなり感覚が麻痺しがちだが、一万円は大金だ。

 ケニアの農村なんて月収一万円なんてザラにある。農家なので食べるには困らないけど、都会に出てトゥインクルシリーズで活躍して……という夢を見るシマウマ娘も数多い。ただ、ほとんどはスピードの差で諦めるけど。

 ぼくはある種の例外だが、「ここまでやれば勝てる」という前例を示すことができればたとえ例外であろうとそこには道ができる。鋼の意志*1で本能を抑え込んでるぼくとちょっと違って――というかぼくが異質なだけだけど――多くのシマウマ娘はレースとなるとかなり気性難というか気が荒い部分が露出してしまうが、それでもスタミナや荒れ地を物ともしないパワーは据え置きだ。

 一応人間の一形態であるウマ娘の一種であるわけだから、理性は備わっているし本来のシマウマほどヤバい気性してるわけでもない*2ので、スタミナ任せの大逃げ戦法で勝ちを拾える可能性はあると思うんだよね。その辺を見せて後に続いてもらいたい。

 話が逸れた。ともかく、それほどの大金をおいそれとは使えない。お金稼ぎともあんまり関係ないし……。

 

「お店にもよるけど、そこまですっごく高いってことは無いよ?」

「それに、も~っとカワイくなればも~っと注目されるよね★」

「何してるのマヤノ、カレン! 行くよ!」

「ミークちゃん、トラちゃんが今どういう感情であんなこと言ってるのかマヤわかんないの」

「お金稼ぎのことしか考えてないと思います」

「あと行くのは今からじゃないよ……?」

 

 いずれ顔出しの機会が増えるならば、と考えていたが、よく考えると顔出し自体は今だって屋台でやってるようなものだ。その時に何だこの小汚いガキはとでも思われたらいけない。それこそ機会の損失、商売をする上で避けなければならない事態と言えるのではないだろうか。

 まずは行ってみようそれから考えよう。費用対効果とか。

 

 

 ・・・≠・・・

 

 

「急におなか痛くなってきた」

「ここまで来て!?」

 

 一晩経って、ぼくは急に冷静になってしまった。

 はっきり言おう。怖気づいた。ぼくは知っての通り、休みの日にはウマクロの無地Tと学校指定のハーフパンツで過ごす程度のクソダサロバ娘である。

 美容院なんてそんな、カレンやマヤノが行くみたいなお店、もうオシャレすぎてオシャレ総本山(意味不明)じゃん。クソダサの化身のぼくにはハードルがいささか以上に高い。

 流石に、今の服装は普段の休日のそれじゃないけど……まあ普通だ。シャツと長めの丈のジャケットにジーンズとかそんなん。

 

「場違いじゃないかなー」

「場違いじゃないようにするために行くとも考えられない?」

「なるほど」

「……」

「どうしたのマヤノ?」

「カレンちゃん、もうトラちゃんがどうしたら動くのかわかってるみたい」

「そうだね」

 

 自分で言うのもなんだけど、わかりやすいもんね、ぼく。

 お金のことならド級にチョロいし、ちゃんとメリットを示されれば即手首が大回転。もっとチョロくなる。

 ……まあ、その辺はアスリートの皆が察するのは少し難しいかもしれない。でもそれは普通のウマ娘はだいたいそうなのでそれ自体は大した問題じゃない。カレンチャンがSNSの女王なので人の心の機微に非常に敏いだけだ。

 

「いらっしゃいませ」

 

 ほどなく、美容院に到着する。これまでに感じたことのないどこか異質でオサレな雰囲気が包み込んでくるのを感じた。

 ムーディーなBGMだ……ここ本当にぼくがいていい場所?

 

「予約してたマヤノトップガンとカレンチャンとサバンナストライプですっ」

「はい、お待ちしておりました。こちらへどうぞ」

「二人も髪切るの?」

「もー、髪切る、じゃなくってカットする、って言ってよねっ。その方がオトナっぽいでしょ?」

「そういうものかな……」

「言葉遣いもカワイさの秘訣だよっ★」

 

 なるほど、そういうことなら理解はできる。治るかどうかは別にして。

 

 ……そうこうあって、カットとシャンプーをしてもらって一時間ほど。

 特にその辺こだわりのないぼくは「おまかせで」としか言いようがなく、店員さんにも苦笑されてしまったが……初めてなので仕方ないということにしてもらいたい。

 ともかく。

 

「ほぉー?」

「おぉー、随分印象が変わったね!」

「ホントだ、写真撮ろ写真!」

「いいよー」

「こちらでお撮りしましょうか?」

「あ、お願いしまーす★ さてさて、#お友達 #ハジメテの美容室、なんてねっ」

 

 ファサァと前髪をかきわけてみる。……できた! なんだか新鮮な気分だ。

 丁寧に手入れしたおかげか、髪が普段の数割増しでサラサラだ。すっげ……。

 店員さんに三人揃った写真を撮ってもらうと、続いていくつかの注意を受けた。曰く、ちょっと手入れを怠ってるので普段からやるようにとのこと。トリートメントなどを使って普段から手入れし、お風呂から上がったらドライヤーで乾かすように……とも。

 髪の手入れってものも大変だとは感じていたが、やっぱり皆気を使ってるんだなぁ。

 ……と思ったけど、それ以上にぼくの髪質にも原因はあるとか。縞毛だからこう……白黒分かれてるから、日光の反射率の問題があって傷みやすさが違うんだとか。

 ケアのための美容用品、結構お金かかりそうだなぁとげんなりしつつも、アドバイスは素直に受け取ることにした。

 

 ……ということでその後、美容院を出てしばらく三人で遊んでいた折のことである。

 

「あっ、あの! ウマスタグラマーのCurrenですよね!?」

「うん?」

 

 何度も言うようだが、カレンチャンは超がつくほどの有名ウマ娘だ。そんな子が街で遊んでいるとなれば、当然だけど気付く人も出てくる。ウインドウショッピングに行こうとしていたぼくらに近づいてきたのは、おおむね高校生くらいの年齢の女の子たちだった。

 思わず、ぼくとマヤノはひょいと一歩下がって、彼女らを遮らないようにした。

 

「そうだよ。あはっ、こんにちはっ♪」

「う、うわ~……生Currenだ……あっ、ウマスタ、フォローしてます!」

「こうして見てもやっぱりカワイイー!」

「ふふっ、ありがとうございます♪」

 

 わー、有名人ってこういうことあるんだーすごいなー、なんて内心で舌を巻く。その上何気にそんな子と同級生で友達という扱いでいられるあたり、ちょっとした誇らしさも同時に湧いてきた。

 カレンは特に気負うこと無く自然体で女子高生に応対していると、話の流れで写真を撮ることになった。ぼくらは一般人のため一旦この場からは下がる……けども。

 

「じゃあ、ぼくが写真撮りますよ」

「いいの? ありがと~!」

「カレンも皆もカワイく撮ってね♪」

「お任せあれ~」

 

 ぼくは女子高生たちとカレンのスマホを受け取ってカメラ係になることにした。

 はいチーズ、パシャリ。綺麗な芦毛がキラッと輝いたその時をちょうどシャッターに収めることができた。うん、こんなものかな。

 

「撮れたよー」

「ありがと、ストライプちゃん。それじゃ、これからもよろしくね♪」

「「カワイイカレンチャン!」」

 

 それ挨拶なの?

 ……いや、まあいいか。あの人たちが楽しめたなら何よりだ。

 

「トラちゃん、写真撮るのにお金取ったりしないんだね?」

「冗談でもそんなことしないよ」

 

 これも一種のファンサービス。ぼくがやるわけじゃなくカレンがやってることだけど、だからこそぼくの冗談というノイズを挟んで空気を壊すのは避けたかった。

 

「それにね? こういう時はそれとなく『あ、あの子見たことあるなー』くらいに思ってもらった方が、ぼくのウマッターなんかを見た時に好印象を持ってもらえるでしょ? それはつまり真面目でいることがお金に繋がるってことなんだよ」

「そんなことだろうと思ったよ」

「もー、いつものことだけどサイテーだよ!」

「へへぇ」

「褒めてないよ?」

 

 あと、ぼくのデビューも近いしね……とは、流石に言わなかった。その辺守秘義務もあるし。

 ま、空気感でなんとなく理解はしてるだろうけど。カレンも、もうちょっとトレーニングを積んで仕上がったらデビューだろうし。

 その辺、なんとなくでも分かっちゃうんだよね。

 

 ……絶対カレンと一緒にやれるとお金稼ぎ捗ると思うんだけどなぁ。

 路線被らなくって良かったと思うべきやら、残念と思うべきやら。

 

 

*1
スキルではない。

*2
調教できない、乗りこなせない、レースにならないの三重苦。アメリカで実際に行われたシマウマレースでは逸走や斜行が続出というかそもそも前に進むことすらままならないレベルだった。





 ハッピーミークのヒミツ①
 実は、オセロで後攻(白)だと負けたことがない。


○余談
 ヒミツは捏造です。
 髪の長さについてはあくまで一年でだいぶ伸びたので調髪した、というだけですので具体的にどのくらい伸びたか、どのくらい切ったかはご想像にお任せします。



  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。