「こうして見ると対照的なもんだな」
「何がですか?」
併走が終わった直後、クールダウンをしようとしていると、スピカのトレーナーさんからふとそんな言葉が漏れた。
「テイオーとマックイーンのふたりとストライプがな」
「そうでしょうか……?」
「マックイーンはメジロ家だしテイオーも旧家のご令嬢様だ。ふたりとも恵まれた環境に生まれ育った天才……」
スズカ先輩が「テイオーってそうだったの……」とでも言いたげな顔をしているのがチラッと見えた。
分からんでもないけど、長く付き合ってくるとテイオーは言動の端々で育ちの良さを見せてくる。実家に「じいや」がいたり、当たり前みたいにダンス教室に通ってたり……本人が気にしてない風だから話題に上がることも少ない。けど、食べ方とか所作とかふと見るとやけに綺麗だったりして見る人が見れば分かるという程度には洗練されてる。
「対してストライプは外国の農村出身で、恵まれた境遇はしていない。その上、血筋的にはレースに向いてもいないわけだからな」
「ハングリー精神は、養われているでしょうね……」
「……ま、確かにそこはな……」
はっきり言ってええんやで。守銭奴って。
……まあ確かにこれだけ差異があるというか対照的な境遇だと、気にかかりはするか。ぼくら全然その辺気にせず付き合い持ってたけど。
それはそれとして今後、大舞台などで直接対決でもしようものなら宣伝材料として扱われそうな要素ではある。
お金のにおいがするので気にかけておこう。
「実力の方はどうでしたか?」
「それだがな……」
トレーナーさんがこっちを見ると、ギュッとしぼるような圧力がかかったような感覚があった。
うちのトレーナーさんはデータ分析が得意だけど、スピカのトレーナーさんはひと目見るだけでウマ娘の体重の変化を即座に感じ取れるほどの洞察力と観察眼がある。ちょっと怖いけど、どういう風に映ってるのかは気になるところだ。
「ま、確実に今日は本気じゃ無かっただろうな。シードリングカップの時の何をしでかすか分からないようなおっかなさが無い」
「そういえば……」
「ただ、1月のあの時よりもスタミナは相当伸びてんな。もう息が整ってやがる」
げ。バレた。
……いや分かりきってることだしいいけど。ぼくの武器なんてスタミナスタミナパワーひとつ飛ばしてスタミナみたいな状態だし、推測するのも難しくはない。
むしろこれで全然わからんと言われたらその方が問題だ。トレーナーとして。
と、ぼくと同じように話を聞いていたらしいテイオーが問いかけてくる。
「実際いつなの?」
「早めに。だけど守秘義務あるからお伝えできませーん」
「ちぇっ」
トゥインクルシリーズはアスリートの世界であると同時にアイドルの世界でもある。いくら事前に定まっていると言っても、勝手に他人に教えるのはコンプライアンス違反になる。調整次第で変わることもありうるし。
基本的にこういったことについては、URAの公式発表が全てに優先される。
クールダウンを終えた後、スピカの皆から離れてぼくは自主トレに戻った。
合間に今度の合宿のための仕込みなどもしつつ、なので時間はかかったが、併走の反省も踏まえてより気持ちが引き締まったように思う。
・・・≠・・・
7月、夏合宿の開幕だ。今年も大勢のウマ娘がトレセン学園所有の合宿所に集い、研鑽を重ねることになる。
そしてぼくにとっては今年もまた商売時である。売上アップのフィーバータイムだ。
「今年の新作はミネラル補給もできるソルティなトロピカルジュースと健康志向のスムージーとピタサンド。去年のメニューは据え置きで、かき氷は裏メニューから表に昇格したよー」
「私のいちごミルクかき氷が表に出てきてしまっていますわ!?」
「落ち着いてマックイーン、別にあのメニューアナタだけが食べてたわけじゃないのよ」
……なんだか気に入ったのか、マックイーンは変な独占欲を発揮し始めているがそれは置いておこう。
さて、今年の変更点はまずメニューの増加。これは実は表以外にも裏メニューも少し増えている。「ここだけのお話があるんですよー」という攻勢は未だ健在だ。味をしめたとも言う。
人は皆、限定という言葉に弱い。ぼくにも身に覚えと苦い思い出がある。
で、もう一つが屋台を持ってきたことだ。持ち運びできるものを増やしつつ調理設備を利用できるようにするためである。が、スカーレットがそこのところを気にしているようだった。
「この屋台と荷物、どうやって持ってきたの?」
「業者に頼んだんだよ」
呆れたような納得いったような微妙な表情をされた。
けど真面目な話、こういう運送はプロに頼むに限るのではないだろうか。そもそもが大きなものだし。まさかトレーナーさんに頼んでトラックを運転してきてもらうというわけにもいくまい。お金がかかるのにやるのか、と思われそうだけど、この程度は必要経費というやつだ。
「しかしこう屋台を持ってきたということは、簡単に動けなくなるわけですから」
「偵察はできなくなるかもしれないわね」
「そう思う?」
「この口ぶりは……」
「……あぁ!? よく考えたらストライプが直に偵察に行く必要はありませんわ!」
「あっ!」
「バレたか」
そう。偵察そのものは別にぼくの仕事というわけではないのである。
許可は取ってあるので、必要なら別にチーム内の誰が行ってもいい。サブトレさんとか、デジタルパイセンとか。
マックイーンのように、去年の行動のせいでぼくが偵察に行くと思い込んでるひとも多いので、これが微妙に効果が上がってたりする。いやぁ、油断してくれるっていいね。
ぼくを警戒する以前にまずチーム全体を警戒しないといけないことを忘れてる人が多いんだこれが。
ぼくの悪名が広がりすぎとも言う。おかしい。悪事はしていないしルールにも抵触していないはず……。
「まぁまぁ、細かいことは気にせずに。裏メニューどう?」
「細かくはないわよ」
「まず最初に裏メニューを勧めてくるというのもいかがですの? で、どんなものを?」
「聞くのは聞くんだ」
苦笑はしつつ、透き通った青のグラデーションの棒アイスを見せた。
「色は綺麗ですけど……これは?」
「トロピカルジュースの副産物。色合いと南国フルーツ、それからほんのりつけた塩味で海をイメージしてみたんだ。名付けて……」
「名付けて?」
「……マリンソルトアイス」
「何今の間」
危ない。危険な商標に触れるところだった、
……ともかくそういう棒アイスだ。仕入れの手間がかかってる分他と比べてやや値段は高め。150円くらい。
まだ試作段階で出来はちょっと粗いので、来年の通常メニュー化に向けてここで感想を聞いておきたいところだ。
「では……8本」
「ほーん。8本。まいどあり」
「何か言いたげですわね」
「マックイーンは優しいねって話」
「そうね」
「なっ」
ちょうど8本、となるとチームスピカのメンバー全員分ということになる。
ノブレスオブリージュというやつだろうか。普段の生活でもマックイーン割と自然にこういうことするんだよね。思わずにまにましちゃう。
「スカーレットはどうする?」
「ジュースだけ、あ、アタシも人数分貰うわ」
「まいど」
ちょっとほっこりした気持ちになりながら商品を渡し、ふたりとはそこで別れることになった。
さて。運動量とエネルギーの問題で大食いが多いウマ娘だとは言っても、今はトレーニングで忙しいため、常にお客さんが来るというわけでもない。
休憩や、今のマックイーンたちのようにチームメンバー全員分を一度に買いに来る、というようなケースはあるけど、まあまあ暇な時間がある。
ということで、ぼくはこの時間を利用して、普段のトレーニングとは別にサブトレさんに事前に頼まれていた計測を行うことにしていた。
誰もいないことを確認し、屋台から距離を取る。頭の中で屋台の位置をコーナーの頂点と設定して……。
「――ふっ!」
一歩一歩踏みしめ、砂浜に跡を残すことを意識しながら、けど可能な限り自然な形で駆け抜ける。
ここで確認しているのはストライドの幅だ。普段のトレーニングでも確認はしてるけど、レーザー計測装置みたいなお高い機材は常に使えるわけじゃないし、今測りたいのは平均ストライド長ではない。
ストライド走法が得意、ピッチ走法が得意とひと口に言ってはみても、坂路やコーナーに入れば自然と歩幅は走りやすいように変化する。これはその、言わば「揺らぎ」であるストライド長の変化を分かりやすくするためのものだ。
柔らかい砂浜は負荷をかけることもそうだけど、足跡が残りやすいので計測がしやすい。そうしてしばらくやってみたのだけど……。
(問題はない……よね?)
うん、大丈夫……なはず。と、自信を持って言えるほどではない。意識しての切り替えはしてるけど、どこまで行っても主観だし。
それぞれメジャーで測ってメモを取る。途中でお客さんが来て中断させられることもあったけど、計測そのものは特に問題なく終わった。
そこでふと、今回はその辺りの意図を聞くのを忘れてたな、と思い出す。
スナイパー=サンの秋華賞、スカイ先輩の菊花賞の対策をそれぞれしないといけないので、今、チームはどちゃくそ忙しい。説明をしないのではなくできない、と言う方が正確だろう。
今やることが終わったらすぐ説明するとも言ってたので特に焦りはないけど、珍しいこともあるものだ。
……そんだけ説明が長くなりそうだと確定もしているのだけど、今は気にしないでおこう。