【本編完結】ロバ娘:ファンディングストライプ   作:桐型枠

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1000直の覇者

 

 

 ぼくのスマホの主な用途は、仕入れ、宣伝、それから写真撮影と連絡だ。

 娯楽のために使いたい気持ちは大いにあるのだけど、現状は時間的な問題と、あと料金プランを最低限にしたせいでデータ容量が少ないことで一歩踏み込めずにいる。

 トレセン学園内にフリーWi-fiなんかはあるっちゃあるけど、基本的にみんなが使っているので激重だ。なので今はいいか、としてこの問題は置いていた。

 ……で、トレセン学園の所有物件ということで、合宿所にも同じようにネット回線は引かれているし、フリーWi-Fiも開放されたりしている。

 早朝、まだ皆が起きてきていないくらいの時間帯に、ぼくはふと思い立って食堂までやってきていた。ウマ娘の姿は、当然ながら無い。ちょうどいいな。

 

「さて、と」

 

 ぼくはまずあるものを取り出す。昨晩作っておいたコーヒーゼリーと、コーヒーを冷凍させて作った氷だ。氷の方はウマ娘パワーで細かく砕き、ゼリーはえいやとスプーンを使ってぐっちゃぐちゃに混ぜてしまう。この二種類を入れたグラスに牛乳を注げば……。

 

「できた」

 

 氷カフェオレinゼリー。チェーン店のオサレな喫茶店なんかにありそうでいいじゃないか。むふふ。

 単純にコーヒーと牛乳という鉄板の組み合わせな上に、ゼリーを加えて食感を楽しむ余地をプラス。氷の方は時間が経つごとに徐々に溶けていくから、味の変化も楽しめる。

 

「じゅるりら……」

「……!?」

 

 むっ、殺気!?

 いや食欲!

 入り口に視線を向けると、そこには物欲しそうにこちらを覗き込んでくるスペ先輩とマックイーンの姿があった。

 ぼくは新たに2つ同じものを作ってふたりに差し出した。

 

「えへへぇ、すみません、催促したみたいになっちゃって」

「や、別にいいですけど。それよりスペ先輩もマックイーンも、こんな時間にどうしたの?」

「つい早く起きちゃって……お母ちゃんが農家で、そのお手伝いをしてたので」

「あーあるある」

「わかりますか?」

「わかりますわかります。ぼくの実家も農家ですし」

「わっ」

 

 思わずふたりしてへへっと変な笑いが出た。マックイーンはよく分からなかったらしく、首をかしげていた。

 

「マックイーンはお腹すいたの?」

「どうして理由をほぼ断定していますの!? 軽い朝練ですわ!」

 

 そうは言っているがぼくは知っている。昨晩、テイオーが目の前でパフェを食べ始めたせいで触発され自分も食べてしまったことを。そして朝練と言いつつ多分これは帳尻合わせという意図が多分に含まれていることを。

 そして恐らく、今多分普通に小腹が空いていることも。

 

「そういうストライプはまた悪巧みを?」

「ううん、動画見ようと思ってただけだよ。人が多い場所だと別の分析と布石打ち(こと)始めそうだからひとりの方がいいと思って」

「何の動画なんですか?」

「……チョクセンバンチョーのレース映像」

 

 ――チョクセンバンチョー。

 1000直*1の覇者とも称された、ぼくらにとってはだいぶ前の世代のウマ娘だ。日本のウマ娘としては初めてドバイワールドカップを制したとして知られている。*2

 あの(・・)ギンシャリボーイのライバルとも目されており、調べてみれば実在していることが確認できた時のぼくはもうどエラい衝撃を受けたものだった。

 

「ああ、あの……けれどストライプにはあまり学ぶところは無いかもしれませんわよ」

「学ぶところがあるかどうかはぼくが決めるよ。けど、そんなに?」

「バンチョーさん……あっ、今時々レースの番組で解説してますね!」

 

 えっ、なにそれ知らない。

 概要を知っているらしいマックイーンには一旦解説は控えてもらい、動画を再生する。多分、一番有名なドバイワールドカップのそれだ。

 ……ウマ耳でセットし辛いだろうにあのキマったリーゼント――ポンパドゥールって言うんだっけ?――は、見るからに気合が"注入(はい)って"いることが分かる。

 勝負服もサラシに特攻服(トップク)といっそ時代錯誤的な雰囲気を醸し出して……あ、トレーナーさんと思しき人がTシャツ手渡した。流石に外国は肌の露出に厳しいか。

 ともあれ、レースがスタートする……。

 

「そういえばバンチョーさん、ダートコースも走るんですね?」

「適性はむしろそちらの方があると聞きます。けれど、ライバルとの対決に強いこだわりがあったらしく、血の滲むような努力で適応した……と。そういうインタビュー記事がありましたわ」

 

 ライバルとはこの場合ギンシャリボーイのことだろう。よっぽどのこだわりだったと見える。

 とりあえずお金なぼくとはあまり価値観は合致しそうにないかもしれない。

 

 ほどなくして、レースも本番が始まった。

 序盤から中盤にかけてのレース展開はごく穏やかなものだ。先頭に立った外国のウマ娘がペースを作りながら、後方に睨みをきかせる。やや逃げ有利の配分といえるだろうか。ぼくなら早めに仕掛け始めたりやめたりして周りを揺さぶっていくところだが、チョクセンバンチョーは不気味なほど沈黙している。

 

(メイダンの直線は400mほど……だったっけ)

 

 レースの舞台となるメイダンレース場のダート2000mは最終直線が長めで、チョクセンバンチョーにとっては走りやすい環境といえる。

 しかし、現地の天気は晴れ。日本と違って乾燥しやすいあちらでは、アメリカのダートコースと同じようにキックバック*3が起きやすく、前方の走者からダイレクトに影響を被りやすい。差しウマ娘にとっては不利だが……。

 

「あ、行った……!」

 

 そんなぼくの懸念など吹き飛ばすように、チョクセンバンチョーは第4コーナーを大きく回って外に出た。

 常識で考えると走る距離が増える分ロスになってやや悪手だが、あれならキックバックの影響も受けることなく走ることができる。そして彼女の本領はコーナーではなく直線に入ってから。

 加速する……いや、まだか。チョクセンバンチョーはまず前傾姿勢になって……ん、んん?

 

「んんん~?」

「あれぇ?」

 

 そこでぼくとスペ先輩は一気に怪訝な顔になった。

 何この……何、これは?

 

「し……獅子舞?」

「ソーラン節……?」

 

 チョクセンバンチョーは、ぐわんぐわんと上体を左右に揺らしていた。

 いっそ今にも蛇行してしまいそうなくらいの派手な動き……これは……別の意味で外に出ないとやれないことだ。

 それでもなんかよくわからないうちにグングン加速してどんどん前に行っている。何コレ。

 

「ですから言ったでしょう、参考にはならないと」

「そうだね」

 

 ほぼ完全に身体ポテンシャル任せの、暴走じみた超強引な差し……というか……追い込み……というか……。

 何なのだろうね、この感覚は。どこかで味わったことがある気がするが具体的に言葉にすることができない。

 ただ……はっきり分かるのは、チョクセンバンチョーが他の一線級のウマ娘よりも遥かに高い身体能力を持っているということだ。

 あれだけロスが出る走り方をするとなれば、そりゃあ直線でしかやれないしやろうとも思えない。斜行になるし。

 

(……待てよ?)

 

 ロスが出る走り方と言うか、「ロスが出るように走る必要がある」のではないだろうか?

 1000直の覇者……というか、例えば1000直でなければ本領を発揮できないような……。

 

「あっ」

「突然どうしましたの? あなたが『あっ』と言うと怖いのですけれど!?」

「ううん、バンチョーさんの走り見てちょっと考えることがあっただけ」

「……具体的には?」

「あの走りをする必然性があったんだろうか……ってとこから始まって」

「ええ」

「あったのかも……ってところまでは考えて……」

「あるんですの……?」

 

 いや、推測だけども。

 例えばぼくの取り柄は加速力で、その気にさえなれば数歩で最高速に乗せることができる(最高速はお察しだけど)。シマウマ的な特徴として。

 対して一般的なウマ娘は早々にトップスピードに乗せるということが難しい。セクレタリアトと同レベルにストライドを使いこなせるとか、リムジン先輩と同レベルのフィジカルとパワーがあるなら話は別だけど、脚の負担のことも考えるとスピードは徐々に乗せていくのが普通だ。あと単純に筋肉の質の問題もある。

 ……なので、チョクセンバンチョーというウマ娘は、それ相応の助走を挟まないとトップスピードに乗せきることができないのではないか、とぼくは考えた。

 

 あの凱旋門賞が行われるパリ、ロンシャンレース場芝2400mのコースを史実において走破したとある馬について、語られていたことがある。彼は、本来仕掛けの難しい偽りの(フォルス)ストレートを、言わば()()()に仕立て上げることで、加速の乏しさを補い勝利したのだと。

 それと同じことがチョクセンバンチョーの足元だけで起きていると考えると……ちょっと異質な出来事ではあるが、納得できなくもない。

 あと、前傾姿勢になって上体を振り回しているのは、遠心力と重力によってより加速度を得るためじゃないだろうか。いやそんなことある? と思うけど、それも含めて……例えば、肉体的な感覚だけで最適な重心移動ができるような、特異な才能を持っているのかもしれない。

 

 やがて、みるみるうちにチョクセンバンチョーは速度を上げて差し切ってしまった。あれでか。マジでか。軽く戦慄するが、そういうものなのだろうと半ば無理やり心を納得させる。才能以外に説明のつかないことなんていくつもあるしね、うん……。

 

「なんだかすごかったですね……」

「真似しちゃいけませんよスペ先輩」

「そうですわよ」

「できませんよぉ!?」

 

 いーや分からんぞ。スペ先輩も大概才能豊かなウマ娘だし、あれだけで何か変なヒントを得ている可能性は低くない。

 

「こんな才能豊かなウマ娘(ひと)がケガで現役を退く羽目になるなんて、現実は無情ですわね」

「そうだね……」

 

 チョクセンバンチョーの話には続きがある。彼女はその後、秋の天皇賞でギンシャリボーイに敗北した後、年末の有記念でリベンジしようとしたところ――練習中の怪我によって競技人生を終えることになったのだ。

 典型的なオーバーワークと言えるだろう。ギンシャリボーイが所属していたベテルギウスは、その辺りも知っているからあれだけの管理体制を敷いているのかも知れない。

 

「うーん……何かスゴいものを見た気分だ……」

「実際凄いことではありますのよ」

「ドバイワールドカップですからね……」

「賞金額が……」

「そっちの話はおやめなさい」

「へーい」

 

 でも考えはしちゃう。だってサウジカップに次いで世界第二位。そりゃもう目が¥のマークになりそうなくらいだよ。

 

「ぼくも再来週のレースから思いっきり稼ぎに行くつもりだけどね」

「あら、そうなんで……えっ」

 

 ついでなのでこの場に爆弾を落としてそそくさと去っていく。

 出走表はもう出てるから問題はない。

 予定は前倒しするものだ。

 

 

*1
新潟レース場1000m直線

*2
史実では2011年のヴィクトワールピサが初。

*3
踏み込みなどで砂や芝が飛び、後続に影響を与えること。

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