【本編完結】ロバ娘:ファンディングストライプ   作:桐型枠

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メイクデビュー

 

 9月上旬、この時期には多くのウマ娘がメイクデビューを迎えレースの世界に飛び込んでいく。

 中には6月とか7月とかにメイクデビューするひともいるけれど、そこは一旦置いといて。

 ともかく10月を予定していたぼくのデビューは、少しだけ繰り上げられ、今日からガンガン鎬を削る事になっていた。

 というのも。

 

「体ができきって()()うちにデビューしたいって何事だよ」

「えへっ」

 

 ドン引きするドーナッツ先輩に、ぼくはぼんやりした笑いで返した。

 メイクデビューは完全に体ができきってないギリギリの段階で迎えたい、というのがぼくからの要望だ。

 中山レース場地下道。レース場に向かう道の半ばで、ぼくは他のウマ娘たちと同じようにトレーナーさんたちに応援を受けていた。……と言ってもチーム全員だと大所帯になりすぎるので、今回はシャカール先輩とドーナッツ先輩だけだけど。

 ちなみに人選は厳正な抽選(じゃんけん)の結果だ。ぼくも何度か先輩方の応援に行ったことがある。

 これがG1レースとかなら準備時間もあるし、チーム全員で応援ってこともあるんだろうけど……メイクデビューの段階だからね。

 

「どうせ成長曲線を誤解させてやろうってロクでもねェこと考えてるだろ」

「そですよ」

「マジかよ……」

 

 シャカール先輩、言い当てておいてビックリするとか器用なことしてんな。

 実際のところその通り。数値を絶対とするシャカール先輩の理論を借りて言うと、そもそも始点となる数値を誤認させることでその後の全部の数値をバグらせるという形だ。

 感覚派を相手にする時は元より、これで理論派も罠にかけやすくなる。数字に強ければ強いほど、基準値に目を向けて間違った分析をしてしまうのだ。ぐへへ。

 

「オレはよく他人の能力を評価するのに器で例えるが……お前は器に穴開けて中身を掻き出すタイプだな……」

「アタシ絶対(ぜってェ)こいつとは走りたくねえ」

「諸先輩方からの評価が酷い」

 

 いやこれはこれでしっかり評価はしてくれているのか?

 致命的に与えてる印象悪いけど。他のチームはともかく同じチームですらこれってどうなってんだぼくの印象は。

 

「お前達、もうちょっと良い印象は持てんのか」

「ヤだよ手の内知っててトレーニングも一緒にやってっから実力だいたい把握してんだぞこいつ!」

「併走でも油断してたら食いにくるじゃねェか……」

 

 そんな、油断してたら食うなんて滅相もない。ぼくはこのように10割フルパワーで走っても他のウマ娘が9割程度の力で出せるほどの速度しか出ず……。

 ……まあそれは置いとこう。流石にそろそろ本バ場の方に行かないと。

 

「ストライプ、今日の作戦はどうするんだ」

 

 苦笑しながらトレーナーさんが問いかけてくる。ぼくは少し考え、周りに聞くひとが誰もいないことを確認してひとつ返した。

 

「普通に差しますよ」

 

 

 ・・・≠・・・

 

 

 ――と、言ってはみたものの。

 まだ体ができてないうちになんて言って、この上更に「普通に」差すなんて余裕ぶっこいてるわけだが、それはつまり元から低めの能力が更に未完成の状態でレースを迎えないといけないということだ。

 分かりやすくゲーム的に表現すると、スピードがGのままだ。オマケに脚質が差しで滅法事故りやすい。ちょっと気を抜くと前を走るウマ娘が横一列に並んでたりして不利な状況に陥ることだってありうるし。

 

(ま、何にしても気は楽にしていこう。メイクデビューで勝てるウマ娘の方が少ないんだ)

 

 シャカール先輩やフラッシュ先輩もメイクデビューでは勝てなかった。それでもその後G1を複数制覇するほどの名ウマ娘になっているのだから、問題はこの場で勝つことではなくその後いかに勝つかだ。勝ちたい、は前提として、勝てなかったとしても次に繋がるようにするのが道理だろう。

 

 地下道を抜けようとすると、外の歓声が耳に入ってくる。

 通常、中央主催で土日に行われるレースは、第12R(レース)まである。基本的に第11Rがメインレースと称され、重賞や重要なOP戦が行われることになるけど、ぼくが出てるのは第5R。それもお昼のど真ん中だから、観客は少ない……と思ってたんだけど。

 

(……せっかくだから全部のレースを見ていこうってファンも少なくないってことか)

 

 特にレース観戦が趣味、みたいなディープなファンは未勝利戦やメイクデビューなどにもよく目を向けると聞く。今は芽が出ずとも、将来的に素晴らしい才能を発揮するようなウマ娘も少なくないからだ。早い内から注目しておいて推しているとファンの間で一目置かれるとか……。

 う~ん……肖像権やURAとトレセン学園、ぼく個人の契約の問題もあって、関連グッズが売れたほうが当然ギャラも良くなるし、注目される方が好ましくはある。

 けど、注目されればされるほどマークがキツくなってより動きづらくなる。レースに勝つ、というそもそもの目的が果たせなくなるのはちょっと……ジレンマだなぁ。

 

 ターフに出ると、今日の出走者が視界に入った。ひい、ふう……予定通り9人。ぼくを入れれば10人。出走取消は無し。16人が標準的なメイクデビューとしてはやや人数少なめだけど、時期が早いことを考えるとこのくらいでも納得はいく。

 

「…………」

(むっ)

 

 ふと、周りから割と強めに警戒心を向けられていることに気付いた。

 当然と言えば当然だろうか。ただでさえ(不本意ながら)悪名が広まっているし、ぼくの所属チームも今年のG1を2つも制している古豪。オマケにシードリングカップで勝って少し知名度が上がってる。

 一方で、小さいからと侮っているウマ娘も少なくないし事実能力は高くないので仕方ない。……けど、その方が罠にかけやすくていい。

 対して、警戒しているウマ娘については……これも実は罠にかけやすい。気負ってたり気を張っている状態というのはおよそ「普通」とは程遠い精神状態だ。そうなれば視野は狭まり、自ずと脳の処理能力が落ちる。

 やはりぼくにとっての一番の大敵は、自分の走りだけに集中できるウマ娘だ。テイオーやマックイーン、スペ先輩もそうだしスズカ先輩に会長にオグリ先輩に……いや該当者多いな。

 まあ、そんなものだ。一流どころは皆それなりにメンタルコントロールの方法を会得している。そういった相手と競り合うつもりなら、場当たり的な戦術は意味がない。

 

(このレース終わったら考えるか。戦略レベルでの奇策)

 

 もっともその前にまずは目の前のことから、だけど。

 

『3番人気は5番サバンナストライプ。新春に行われたシードリングカップでは一着。注目のウマ娘です』

 

 紹介されるのと同時に小さく上がる声援に向けて軽く手を挙げてゲートに入る。表情は……多分いつものへらっとしてる感じになってる。笑顔作ろうとするとなんだかこんな風になってしまう。だから胡散臭いのだろうか。

 続いてひとり、またひとりとゲートに入ってくるのを感じ取る。がしゃりと扉が閉まる度に聞こえる金属質な音に反応して耳がびくびくと倒れたり起き上がったりした。

 あー……なんとなくゲート難のひとの気持ちが分かった。今日は早めにゲートに入ったからなお顕著だけど、あの金属音はウマ娘にとって結構なストレスだ。耳が良いから尚更。

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了』

 

 頭の中を冷やして集中する。最初から仕掛けることが無いとはいえ、走る位置というのは重要だ。イニシアチブを取るならスタートは大事にしておきたい。

 そして直後、スターターの旗が振られて……ゲートが開いた。

 

『――スタートしました。まず飛び出したのは4番ジュエルアズライト、8番コルスカンティ。7番テンダーステップ、1番……』

 

 スタートは上々。位置取りは中団からやや後ろで全体を見通せる。

 このレース、一番警戒するべきは……逃げに回っている二人、ではなく先行策を取っている1番。逃げの二人……4番はスズカ先輩やマルゼン先輩のようなタイプと言うよりは、気性の関係で逃げの手を取っている方だ。対して8番は戦術として逃げを活用している方だけど、まだ習熟度が高くない。

 対する1番、彼女の走りは教科書どおりの極めて堅実なものだ。どことなく、以前並走した時に間近で見た会長の走りに近い気もする。……というのは、会長の走りがまさしく教科書的で、それでいて極めてハイレベルに完成されているためだろう。お手本としてはこれ以上無いほどで、模倣しようと考えるウマ娘がいても決しておかしなことではない。実績もあるし。

 堅実に勝負できるというのはそれだけで才能だ。ぼくもどれだけ堅実にやりたかったことか。けどそうはならなかったんだから仕方ない。

 

 さて、次いで問題なのは、ぼくの後ろにいる二人。先程こちらに視線を向けてきてたウマ娘で、どうもぼくのことをある程度知っているようだ。完全にマークしてきてる。

 この位置ならこっちが何をしてきても対応できると考えてのことだろうか。仮にも所属チームがチームだ。凡走することはないとも判断してのことだろう。ぼくもできればそうでありたかったところだけど、残念ながらここからできるのは、完全にセオリーから外れた走り。彼女たちの思うであろう好走とは似ても似つかない異質な技法だけだ。

 

『400mを通過して縦長の展開です。ここからどう出るでしょうか』

『後ろの子が間に合うか心配なところです』

 

 内心難しいだろうとは感じ取っている。

 逃げの二人が競り合ってペースを早めつつあるし、全体的に配分が狂いつつあるのが感じられる。煽る必要無いな。

 差しや追い込みというのは仕掛けどころが難しい。天性のセンスでそれを感じ取れるひともいるが、そうでなければ場数を踏んでそれを読み取れるようになるか、単純にそれ以外の能力で補う必要がある。

 それこそメイクデビューで追い込みがスパッと決まるなんて、英雄なんて呼ばれるほど極まった才能を持ったウマ娘でもないと無理だろう。

 

(脚力を考えるとあと……向こう正面まで待つか)

 

 1コーナー、2コーナーは温存する。繰り返しトレーニングは重ねてきた距離だ。周りに流されないようペース配分するのもわけはない。

 まだ我慢。本番のレースとなると心がざわつくのが分かるけど、仕掛けどころまではあと少し待つ。あと5秒ほど……。

 

『さぁレースは中盤に入って向こう正面。先頭は依然4番――』

 

 ――ここだ。残り1000m。グッと脚に力を込め、踏み込んで一気にトップスピードに乗せる!

 

「!?」

「ちょっ……」

『おっとここで5番サバンナストライプ上がっていきます。これはかかっているでしょうか』

『流石に仕掛けが早すぎますねぇ……おっと、尻尾が回っています』

『あれはいったいどういったことでしょうか』

 

 そこを真面目に解説に入れるのやめない?

 ともあれ、まともに考えればここで仕掛け始めるのはどう考えても暴走。スピードそのものはやや鈍くとも、まっとうな考え方をしているなら、いくらマークしているとはいえ付き合う必要は無い。そして実際、セオリー通りにマークしていた一人はそのまま中団に残ってこちらを見送った。だがもうひとりは逆に闘争心を燃やしてこちらに付き合ってくる。

 「普通なら」そんな馬鹿げたことはしない。しかし実際にしでかしている。追ってきた方はぼくのことを多少なりとも知っているようだ。半ば疑問を持ってはいるようだが、このまま放置するのもマズいということは把握しているらしい。

 

「ふっ……――――」

 

 3コーナーに差し掛かったところで先頭集団と出くわした。ギョッとした顔で8番の子が見てきたが、ここで気付いても遅い。ぼくはそのまま集団を抜き去って先頭に立った。

 

『ここで先頭が入れ替わった、サバンナストライプ先頭! 次いで10番、ペースが早いぞ、これは体力がもつのか!?』

『4コーナーに入ると共に後続のウマ娘たちも続々仕掛けに入っていきます。早い仕掛けにつられたようですねぇ』

『まもなく直線に入ります。中山の直線は短いぞ! 後ろの子たちは追いつけるのか!?』

 

 それ毎回言ってないです?

 何はともあれそろそろ直線、ということは同時に2.2メートルの上り坂を登らなければならないということだ。

 本来、このコースの仕掛けどころはここか、もう少し登ったところだ。少なくとも、ここまでの間にスパートをかけるだけのスタミナが残っていないと一気に減速するハメになってしまう。

 だから早めにロングスパートをかけて煽った――その一方で、やはり教科書どおり(・・・・・・)を貫徹している1番の彼女は周りにつられることなく、坂を登るための体力を温存していたらしい。

 

「…………」

「はぁっ、はっ……む、むりぃ~……!」

 

 徐々に、それこそ徹底的にマークしてきていた10番の子すら脱落していく中、1番の子がぐいぐい上がってくる。

 ぼくにとってはかなり嫌な展開、だけど……同時に、上り坂というのは一気に突き放すチャンスでもある。

 カッと目の奥が熱くなる。獣性が満たされ全身に力が漲り――ぼくはここで、更に力を込めて地面を踏み砕かんばかりに踏み込んだ。

 

『ラストスパートだ! 先頭依然5番、いやしかし1番がどんどん上がってくる! 先頭は二人の鍔迫り合いだ! まるで上り坂を意に介さない、羽ばたくような走りを見せるサバンナストライプか! それとも意地を見せるか!!』

「――――ッ!」

「っ、うあああああああ!」

 

 伸びる、伸びる、伸びてくる。対するぼくの速度が伸びることは無い――――けれど、落ちることもない。例え坂路を登りきった直後だろうと関係ない。スタミナとパワーが武器というのはそういうことだ。

 伸びなくともいい、粘りに粘って追いつかせなければいい。計算は既に済ませている。このまま前に前に、前傾姿勢になって……!

 

『サバンナストライプ粘る! 粘る! そして今二人並ぶように――ゴールッ!!』

 

 競り合い、粘り抜き――ぼくたちはゴール板を駆け抜けた。

 速度を落とすとともに急速に頭が冷えてくる。計算は合っているはず。その上でもギリギリだった。勝敗はどうなっているか……。

 

『ややサバンナストライプ体勢有利でしょうか』

『――結果が出ました。クビ差で一着はナイロビからの刺客サバンナストライプ!』

「っし……!」

 

 結果がアナウンスされる。ギリギリ、と自覚はしていたけど、本当にギリギリだった。初めて、というほどではないけど、緊張があったためか珍しく息が上がっているのを感じる。それも数秒ほどすると整ったけど。

 得も言われぬ高揚が胸を刺す。歓声に後押しされるように、ぼくはそのまま感情任せに片腕を振り上げた。

 

 







○レースについての余談
 今回のレースについて特にモデルはありませんが、2021年現在のレースカレンダーを参考に中距離レースをピックアップして組んでおります。
 クラシック期は1990年を参考としてモデルにしておりますが、1989年当時は2000mの新馬戦(メイクデビュー)は存在しておりません。その点の差異については基本的にウマ娘アプリと同様現実・現在のレースに準拠しているものとしてご容赦ください。

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