「あれただの力押しだよな?」
「ゴリ押しもいいところだねぇ」
「セイちゃんあれでよく策士みたいな顔できると思いましたよ」
「デビュー戦直後にこの言い草よ」
レースが終わり、ウイニングランを済ませて夕方からのウイニングライブの準備を済ませた折のこと。戻るや否やそんなダメ出しを食らった。
いや皆冗談めかして言ってるのは分かるけども。言ってる意味も理解できるけども。
「普通に差し切ると言っていたがあれは途中から逃げとらんか?」
「トレーナーさんまで!」
言わんとすることはわかるけど!
スズカ先輩なんかがやるような逃げ差し*1の真逆、差し逃げ? みたいな状態ではあった。
一見変っちゃ変だけどさぁ……。
「まあ、皆さんこれくらいにしておきましょう。なんだかんだ、ロングスパートをかける型のステイヤーとしてはよくできた走りでしたよ」
「『なんだかんだ』なんですね……」
「ええ、なにぶん、外から見てるとあなたが何を企んでいるかどうしたいかがわかりませんので、こう評さざるを得ません」
「ほ――――ん」
「ヌゥ……邪悪なニンジャ的な企てをしているアトモスフィアを感じる……」
一応あの一連の流れの中にも駆け引きがなかったわけじゃないけど、それが外からわからない、と。つまり今日のぼくも途中から大暴走したけど、ギリギリで勝ったラッキーウマ娘と思われる可能性もそれなりに高いわけなのだな?
良くも悪くもステイヤーとしてのスタンダードな走りだったから余計に。
「トレーナーさん、次の出走どうしましょっかー」
「お前急激に話変えてこのタイミングでそれを言い出すか」
「予定を決めるのに早いに越したことはありませんね」
フラッシュ先輩のそれはちょっと桁が違くない?
「要望はあるか?」
「なるべく早め、2000m以上の1勝クラスですかねー」
「ジュニア級2000m以上の1勝クラス……? 11月の百日草特別まで待たんと無いぞ」
「あれっ」
「百日草特別の次がその翌週の黄菊賞。更に次が……12月の葉牡丹賞ですね」
……あ、そういえばジュニア級って1勝クラスより上存在しないじゃん。
メイクデビューの後、未勝利を抜けられたら基本的にはそのままオープンに移行したり、重賞やそれこそG1を目標に組み立てていくものだった。ごく短い間に2勝クラスとか3勝に行けるほどレースを重ねるものじゃないや。特に中距離以上は。
「この後1勝クラスのアスター賞あんぞ」
「出走登録もしとらんのに出られるわけがあるか」
「着実にステップアップをしつつ賞金も狙う、という思惑なら、私はOP戦を勧めます。あまり間隔を空けないつもりでしたら、今月末に野路菊ステークス、その翌週に芙蓉ステークスがありますよ。あとはマイル戦になってしまいますが、1勝クラスで1800mの紫菊賞が10月のアイルランドトロフィーと同じ日に……」
「全部出られるなら出てしまいたい気持ちはありますけど」
「こいつヤバい」
「無茶を言うんじゃねェ」
でもできないわけじゃないんだよね、連続出走。実際にオグリ先輩がそれをやらかしてる。マイル
しかしながら、そこは馬ではなくウマ娘。人間の一形態である以上医学的にもほぼ対処は同じで、丁寧なケアと十分な休息、それから十分な栄養補給である程度はなんとかなる。それでなくても医学的な設備も人間と同じものが使え、痛みや怪我の具合についてもしっかりと言葉を使って伝えられるので、よっぽど頑丈なひとなら連続出走にあたっての問題は少ない。
……いや、だからってやる気は無いけど。今の所。冗談ですよ冗談。へへへ……。
「芙蓉ステークスがいいです。それから後はひと月ごとにレースに出るくらいで……あ、確かG3の京都ジュニアステークスがありましたよね」
「うむ。経験を積む意味でも悪くない。成績如何によってはホープフルステークスへの出走も……」
「あ、そっちは考えてないです」
「なにっ!?」
「エ゛エッもったいない!!」
まあ……もったいないと言われるとそうだろう。勝てば賞金だけでなく、名声も同時に上がる。
しかし同時にその後のレースに対する期待も高まる。勝てなかった時は……デメリットはそれほど無いけど、やっぱりぼくの思惑とは少し違う結果になるだろう。
この早期に仕込みを発動するのは得策じゃない。あとデジたんの言うもったいないは多分だいぶニュアンスが違うと思う。
「……ストライプ、何か考えがあるなら、たまにはこちらに言ってみてはくれんか。多少なりとも力にはなれると思うが」
「あ、はい。いいですよ」
「軽っ」
「お前何か明かさない理由とかあるんじゃねーのかよ」
「え。いや聞かれなかったので」
「詐欺師の論法だ……」
商取引でこの論法は使っていないので安心してほしい。
そもそも商売の基本はWin-Win。超短期的に安いものを高く売りつけるだけなら騙すまでしなくともデメリットをあえて黙っておくだけでいいが、どうやったってそれでは悪評がついてまわるし普通に法に触れる。
クレームが来るというのは、色んな人がいるので仕方ないことにしても、やはり気持ちよく買ってもらうというのが取引する上で大事だと思う。
相手を立てて尊重する。これができないとお客さんはいとも容易く離れていってしまう。
ともかくトレーナーさんに話してなかった理由は、あえて言うなら機会に恵まれなかった、という以外特に無い。
チームだからトレーナーさんは先輩方の指導にいつも追われているし。
「えーとですね、あ、できればこっそりと」
「うむ」
どこから漏れるとも知れないのでできるだけこっそりと。
トレーナーさんに少しかがんでもらい、耳打ちする形で今後の戦略を打ち明ける。すると、話していくにつれて徐々にトレーナーさんの顔が渋いものに変わっていった。
「正気か?」
「この言い草よ」
初手で正気を疑ってかかるのは酷くない?
「けど一戦は確実に嵌められる自信ありますよ」
「一戦は一戦だ。それ以降はどうする」
「それはまあ、どんどん距離を延長してこっちのフィールドに引きずり込みますよ」
ぼくが小細工抜きで走ることができるのは、やはり長距離だろう。菊花賞までの重賞だとクラシック級では青葉賞とダービー、オークス、京都大賞典の2400mが最長距離だけど、そこさえ超えれば3000m近いレースはそれなりに見つかる。別にゴリゴリの鍔迫り合いがしたいとか、そういうわけでもないし…………。
「……そういうことなら出走レースも絞られてくるな。利紗、レース日程を少し組んでみろ」
「はい」
サブトレさんが日程を組む……そういうのもあるのか、と一瞬思ったけど、それは当然そうか。サブトレーナーは指導者補佐であると同時に、将来的に本職のトレーナーになるために指導を受けている立場。トレーナーさん自身もそろそろ還暦近いという話だし、まずサブトレさんが日程を組んでみて、そこからトレーナーさんが
「となりゃあ、12月は……出るレースが無ェぞ」
「え、そうです?」
「11月の京都ジュニアで勝てばの話だがな。1勝クラスはあるがジュニア級の2000mオープン戦はホープフルしかねェ」
「じゃあ12月は全休で……」
「1月から再始動だな。追って連絡はする。まずは勝者の義務として、しっかりウイニングライブをこなしてきなさい」
「はい」
もっとも、ライブ自体は全日程が終わってからだからまだ十分時間はある。
これは……気を遣ってくれたのかな。前のシードリングカップは模擬的なものだったけど今回は本番と言って差し支えないし。初めての経験ともなれば緊張が勝るだろうと。
しかしぼくも見た目通りの子供でもない。大入り満員なら緊張することもあるだろうけど、まだメイクデビューの段階でそこまで注目度は高くあるまい。加えてこの美少女ぼでー。ほぼ10割が美少女として生まれてくるウマ娘に外見的コンプレックスはあまり無いと思っていただこう。いや個人差はあるけど。
「ふふふふーふーふーふー……ん?」
立ち位置をよく思い返しながら振り付けを確認していく。その途中でふと、この振り付け合ってたっけ? と疑心暗鬼に駆られた。
……問題ない、はず。いやはずじゃダメなんだ。ちゃんと振り付け確認しとかないと。
「ふふふふーふふーふんふーん…………?」
教本を確認しながら再度踊ってみる……けどなんだろう、何かしっくり来ない。間違ってない……はずなんだよな。
いや間違ってない。うん……本当に間違ってない?
……これはまさか。
(――――ドツボにハマった!?)
何をしても何か忘れてるような、それでいて大丈夫なような、けど実際には忘れている……はっきり言ってしまえば、変に不安に苛まれた心理状態。
久しくこんなことにならなかったから忘れてた。自信満々だったというわけでもないけど、ある程度行きあたりばったりでもなんとかなるよう常に行動には余裕を持たせてきた。
が、ライブ。これは用意をしていたところでどうしようもないというか、どれだけ準備していても失敗する時は失敗する。
あ、今ちょっと心臓が脈打った。レース中の心地よい緊張感とは別物のヤツだ。
この日、大筋は間違ってないはずなのになぜかちょくちょく絶妙に珍妙な動きを挟んでしまうサバンナシマシマロバムスメがライブ会場にて発見されることとなった。