それは聖蹄祭を少し後に控えたある日のトレーニング中のことだった。
菊花賞、3000m。スカイ先輩の出走するレースはクラシック級でここまで経験したことの無いほどの長距離レースとなる。必然的に併走相手も限られてくるが、今回白羽の矢が立ったのは純ステイヤーのぼくと菊花賞を走破したことのあるシャカール先輩の二人だ。
ドーナッツ先輩も菊花賞を取っているが彼女は今秋の天皇賞に向けての調整中なので、秋華賞向けの調整をしているスナイパー先輩と一緒に中距離が得意な先輩たちとの併走になっている。
とりあえず一回目、3000mを走り終えて皆でストレッチをしている中、ふとした拍子にスカイ先輩が問いかけてきた。
「ストライプならスペちゃんどうやって攻略する?」
「んぬ?」
スペ先輩の……攻略?
「まずはご飯に誘って好感度を稼ぎます」
「考えてる方向性が迷子だなぁ」
「恋愛ゲームじゃねェか」
「冗談ですよぅ」
スカイ先輩、いつも飄々としてて雰囲気がちょっと中性的だし女性ファンも多いし、ファンサービスの方向性も女性ウケのするものが多いから、そういう側面だけ見るとやりかねないと思いはする。
けどパーソナリティを知ってると、冗談でもないとそんなことしないしできないだろうというのは流石に分かる。
「菊花賞でどう勝つかって話ですよね?」
「そそ」
「あァ――――」
ぼくは軽くシャカール先輩と視線を合わせた。そうして出た結論は……。
「先行逃げ切り一択」
「ブッチギリのガン逃げだろうな」
案の定、ほぼ同意見だった。
「ほうほう、その心は?」
軽くシャカール先輩に視線を送ると、ぼくの方から話すよう視線で促された。
「スペ先輩、3000mを走ることはあっても3000mの『レース』はしたことないと思うんですよ」
「それは皆そうじゃない?」
「併走でもそうだっつったら?」
「なるほど」
チームスピカの問題点のひとつ、それが層の薄さだ。
……いや、あれだけの才能の塊を揃えておいて層が薄いとは何事だという話ではあるんだけど、いずれもあくまで「将来的に」目覚ましい活躍をするウマ娘たちだ。現時点でデビュー済みなのはスズカ先輩とゴルシ先輩とスペ先輩だけだ。
単純に距離適性を見ても、ウオッカとスカーレット、スズカ先輩にとって3000mはちょっと適性外だし、テイオーには……今走らせるのは負荷が大きすぎる。では肝心のステイヤーふたりはと言うと、マックイーンはまだデビュー前ということで万全じゃないからレースの感覚を掴むためにはやや力不足。ゴルシ先輩は……時間になれば指定したトレーニング場所に来るは来るだろうけど、来たとしてちゃんとスペ先輩にとって実のあるトレーニングになるかどうか……。
「ゴルシ先輩はステイヤーとして類稀な能力はあるんですけどね……」
「アイツにもアイツなりのロジックはあンだろうがそれが伝わらなきゃ意味がねェ。この状態で『レース』の場数を踏むってのが土台無理なんだよ」
「……で、スペ先輩の前走もセントライト記念ですよね。*1これも2200mで距離的に短めだから、3000mに最適化するのに時間かかると思うんですよ」
「短め?」
「短めっつったか」
「そこは今いいじゃないですか」
「まあ、でもやっぱそうなるよね~」
「やっぱって」
「答え合わせにオレたちを使いやがったな」
「えへっ☆」
くっ、そういうごまかしはぼくの専売特許と言いたいところだが、そもそもぼくのやってるごまかしだって多々
「まあセイちゃんはスペちゃんの同級生ですし? そのあたりはふたりよりもよく見てるわけですよ」
まあそのあたりはそうだ。スカイ先輩やグラス先輩たちの方がスペ先輩のことについてはよっぽど詳しい。
ちょっとズルしてるぼくのことは置いておくにしても、レースでの姿しか知らないシャカール先輩ならそれだけフラットな見方ができるわけだから、見方としては間違ってない……と思う。
「でも、あくまで主観的なものだからそんなに自信がなくって。外から見えてる人に聞くことで、確信が欲しかったわけです」
「なるほどー」
「お前はひとりで作戦立てて相談もせずに決行してっからこの手の悩み人一倍共感できねェだろ?」
「こうやって共感してるような姿を見せて取り入って、情報を抜き出すんですよ。いやー怖い怖い」
「サイコパスみたいに言わないでくれません!? 人聞きの悪い!」
「にゃはは☆」
確かに経営者は程よくそういう資質がないとやっていけないと聞くけれども!
ぼくはそんなこと……そういうことは……無い……ような……いやでも無い、よね……? どうだろう……。
「というかストライプが怖いのってそういうところより、2200を『短い』って言い切っちゃうようなところだと思いますよ」
「それはそうなんだがな。ジュニア級で菊花賞に向けての併走トレーニングに参加してくるってどうなってンだお前」
「何ならクラシック級入ったら3000でも短いって言うかもしれませんよ」
「どうなってンだお前」
ぼく以外のシマウマ娘はここまで言わないので安心してほしい。
たぶん。
・・・≠・・・
うちのクラスの出し物は勝負服コスプレミニライブ。その特性上、衣装合わせが必須になるのだけど、この日はちょうどそのための衣装が届いた日だった。
事前に仕立てたこともあって基本的に皆とサイズは合っている……はず。とはいえ、元々は他のウマ娘のために作られた専用の勝負服だ。できるだけ背格好の似たウマ娘を当てることで違和感をできるだけ減弱させようというのが今回の想定だった。
もっとも、どうしようもない部分も多々あるので、ある程度は印象の似た子がサイズ違いのものを着たりして対応することになる……のだけど。
「ミニ会長さんだ」
「ちっちゃい会長さんだ~」
「髪ほどくともっと会長さんにそっくりにならないかな?」
「みんなさっきからそればっかりじゃん!?」
どうしてもと言うのでテイオーに会長の勝負服を着せてみたのだけど、これがやっぱりというか案の定というか、まるで会長のようだった。
クラスの皆が取り囲んでテイオーのポニーテールをほどこうとじりじり迫っている。やりたくなるよね。分かる。
「だってマックイーンとか……うん……」
「どういう意味ですの!?」
マックイーンが着ているのはドーベル先輩の勝負服だ。
同じメジロ家だけあって、全体的な印象はさほど変わらない。……実はマックイーンの方がドーベル先輩よりも背が高いので、ちょっと違和感は拭えないけど。
「良く言えば印象を変えずに上手く着こなしてる。悪く言えば意外性が無い」
「でもでも、マックイーンにすっごく似合ってるってことだよ☆ それってマーベラスじゃないかな★」
「そ、そうでしょうか……?」
「それはそう」
似合ってることは何も否定しない。
あと何気にマーベラスもすごいことになっている。
今あの子が着ているのはイナリ先輩の勝負服だが、なんというか……ぴったりだ。違和感がないという意味ではマックイーンに勝るとも劣らない。
印象をあまり変えず勝負服を着こなすというのは難しい。いや、まあ、うん、色々と言いたいことがあるけれども、とりあえずマーベラスとだけ言いたい。
ちなみに、今ぼくが着ているのはタマ先輩の勝負服(旧Ver)だ。他だと何が似合うとも言い難いので消去法でもある。
はいてないつけてないと言われがちなこの服だが、チューブトップを着ているしショートパンツも穿いている。あくまで「外から見えないだけ」ということに気付いて、ぼくは……なんかこう……ちょっとがっかりした。
自分で着る分にはいいんだけどね……。
「……意外、という意味ですとその、マヤノさんも相当大胆ですわね」
「そーお?」
頬に指を当てて首をかしげるマヤノ。彼女が着ているのは、ゴールドシチー先輩の勝負服だ。
ぼく個人はあまり違和感を覚えていなかったのだけど、思えばそうだ。あのライダースジャケット脱いだらだいぶ危険なことになる。
……結局のところ、知識としてマヤノが将来どういう勝負服を着ることになるのかということを知ってるということについても、あくまで指針程度のものだ。それとあまり印象が変わらなかったからと言っても、大胆な格好には違いない。
わあすごい大人っぽいねマーベラスだねと皆で褒めてたものだけど、その最中テイオーが何やら言いたそうにしていたのはこれだったようだ。
「オトナの女って感じがしない? どう? ちゅっ☆」
「かわいい」
「かわいい、じゃなくて大人っぽいがいいなー」
ド直球なことを言わせてもらうとそういう背伸びしたところが可愛い。
……と、そろそろ問題の二人が着替え終わる頃かな?
「じゃーん! どうだぁー!」
「あら、ターボさ……こ、これはまた……」
「意外性の塊だぁ……」
「意外ってどういうこと!?」
そしてこの場に現れたターボは――スズカ先輩の勝負服を着ていた。
なんというか……なんだろう。意外なマッチ感。
ターボの髪が青だからどうだろうと思ったけど、インナーカラーやメッシュが淡い緑色なので微妙にグラデーションがかかったようになってて思ったより似合ってる。
当初、ターボ師匠の服をどうするかという点についてはちょっともめた。
あまりにもキャラが違いすぎるのでやめた方がいい派。意外だからこそ推し出すべき派。あとターボが希望してるんだからマルゼン先輩の服着せよう派。教室は3つの派閥に分かれ混沌を極めていた。
それはそれとして「じゃあ一度着せてから判断しよう」という話になって混乱は解消された。結果だけ言えば成功の部類だろう。
「マーベラス! 意外な方向で似合ってるよ★」
「ねえ意外って何で!?」
「こんな落ち着いた服装似合うと思わなくて……」
「ところで何でトラちゃん、ターボちゃんがマルゼンちゃんの勝負服着るの反対してたの?」
「あの勝負服は……こう、こういう人専用だと思う。多分ぺろんってめくれちゃうよ」
「あぁー……」
胸のあたりでこう、お山を描くように腕を動かす。中学生の出し物でこれは問題だ。大変な問題だ。
あと色彩的にもちょっと噛み合わせが悪い。
「ターボもマルゼンみたいに走れるもん!」
「もうちょっとスタミナつけよっか……あとそういう問題じゃなくて……」
「みんな、おまたせー♪」
と、そうこうしてるうちにカレンも着替えが終わったようだ。カレンの着てきた勝負服は……オグリ先輩のもの。
同じ芦毛だけあって着こなしは完璧。いや、しかし……やっぱり着るウマ娘によって印象って全然違うな。おへそチラっと見えてるのがちょっと目に毒だ。
「「「カレンチャンカワイイ!!」」」
「えへへっ♪ みんなも似合ってるよ!」
「きゃーっ!」
「Currenに褒められちゃった!」
いつものこととはいえ、クラスの皆毎回これやって疲れないのかな……。
いやカワイイことは一切否定しないけど。実際カワイイよ。思わずぼくも声揃えるくらいには。
「この調子なら問題なく行けそうかな?」
「うーん、問題……無くは無いと思うけど」
「例えば?」
「クリークさん役がいないこと?」
「あ、あー……うん……」
それは……そうなんだけど……。
ぼくがタマ先輩、マヤノがシチー先輩、カレンはオグリ先輩だしマーベラスがイナリ先輩。あの世代のトップスターの勝負服を取り揃えている中でクリーク先輩の勝負服を着てる子だけがいない。
周りを軽く見回してみるけど、うん……クリーク先輩の勝負服は……あの抜群のプロポーションと比較してしまうと、似合いそうな人があまりいないかな……。
「スカーレットかネイチャさえいれば……」
「別クラスだよぉ」
……こう、飛び入り参加でもいいから誰かクリーク先輩役やれるひといないかなぁ。