「いやー、今年もちゃんと開催したねぇ」
「開催できたねぇ……」
「何でそんな死にそうなのストライプ……?」
妙に年寄りめいたことを言うネイチャの隣、ぼくは軽くヨロヨロになりながらそうぼやいた。
正直、今年は仕事を増やしすぎた気がする。
ここまでの忙しさも今年だけのことと思って乗り切ったけど、誰かが「いっそ皆がコスしてるひとの代表的な曲歌おうよ」と言い出した時は一瞬クラッと来た。
テイオーなどは元から会長のファンだったから持ち歌くらいは苦もなく歌えるし、ダンスも覚えてる。会長といえば無敗三冠だし、「winning the soul」を歌えば問題ないだろう。これはテイオーの得意な曲でもある。
が、他はそういうわけにもいかない。ぼくだってタマ先輩と仲良くさせてもらっているけど、持ち歌のこと詳しく知ってるわけじゃないし、オグリ先輩役のカレンなんかもなかなか大変だ。マイルCSや安田記念を取ってるのに有馬記念を二度も勝っている。有馬はマイルなのでは? ぼくは訝しんだ。
だからって有馬記念も実質マイルだから「本能スピード」歌えばいいんじゃない、とマジで何も考えずにポッと呟いてしまった時は「長距離に脳やられすぎてついに狂ったか」とでも言いたげな表情を向けられてしまったが。
「ふふふ……まだ天皇賞走る予定無いのに『NEXT FRONTIER』歌って踊れるようになったよ。ほめて」
「はいはいえらいえらーい」
「ネイチャのこのゆるい感じが安心する……」
「なにそれ」
寮ではともかく、チームも別、クラスも別になったとなると一緒に行動する機会というのはめっきりと減ってしまう。
クラス替えは新しい人間関係を構築しやすいメリットはあるのだけど、それまでの関係が一変する*1ところもあるのがネックだ。何せ中央トレセン学園の入学者数は毎年1000人を軽く超える。クラスもそれだけ細分化されるため、同じ顔ぶれになることがまず無い。逆に、それまで頭角を現してなかった実力者と出会うこともあり得るのだけど。
「ま、たしかにそっちのクラスはなんていうか、もういっつも賑やかだよね。見るたびにキラキラしててさ、もーこの主役どもめー、って感じ」
「出た、ネイチャのキラキラ論」
いや、気持ちは分かるよ?
主にカレンチャンとかカレンチャンとかカレンチャンとかマックイーンとかマックイーンとか……いやあの二人の占める割合大きいな。
あとあの二人芦毛だから時々物理的にキラキラしてるし。通りすがりのアシゲスキーさん(仮)がひょっこり覗いてきたと思ったら親指をグッと立てて去っていくこともあったっけ……。
いやそれはいいんだ。重要なことじゃない。
「そんなネイチャさんに耳寄りな情報がありましてぇ」
「うっわ胡散臭い揉み手」
「今からこれを着るだけでキラキラな皆の
「へー? なにそ……れ……」
ぼくが取り出したのは、水色と白の柔らかな印象を持った……クリーク先輩の勝負服だった。
「うおぉおい! 巻き込む気満々か!?」
「たーのーむーよーこれまともに着こなせそうなひと少ないんだよ~」
「ええい放せ放せぃ! というか仮にやるにしても当日に言い出すのは禁止っしょ!?」
「ごもっとも」
それはその通り。だから正直半分くらい冗談のつもりではあったんだ。
「まあ、クラスが違うからそこまで本気じゃなかったけど」
「だろうねぇ」
「でもあの世代のコス揃えてる中でクリーク先輩だけいなかったらつゆだく牛丼肉抜きみたいな締まらない状態になるでしょ」
「玉ねぎ丼じゃん」
「オグリ先輩ならそれでも美味しくいただきそうだけど」
「おかわり付きでね」
他のひとはだいたい揃ってるんだよ……レッちゃんはヤエノ先輩のコスしてくれてるし、メイクデビューの後話すようになった二着のルーちゃんはバンブー先輩のコスだし……他にもたくさん。
クリーク先輩役だけ皆尻込みしてる。ぼくも自分の身長や外見については理解してるからハイやりますとは言えなかった。だってねえ。そりゃねえ。ムリだよ。マーベラスがもうひとりいるなら別だけど。
「まー頑張りなよ。いつも言ってたじゃん、なんだっけ、ありあわせでなんとかするしかないみたいな」
「今ある手札だけでなんとかするしかない、だよ。お昼ごはん作るんじゃないんだから」
「これはこれで言ってなかった?」
「言ってる」
食堂が休みの時に度々言ってる。
ネイチャが言ってるのも聞いたことある。
ともかくそんな感じで結局クリーク先輩役は見つけられなかった。
こうしてつゆだく牛丼肉抜きミニライブが始まることとなってしまったわけだ。めげそう。
・・・≠・・・
それやこれやあって。
ぼくは今年もチームの出し物があるため基本的にはあっちにいることになるが、せめて開会してしばらくは皆と一緒にセッティングしようと思って教室にいた時のことだった。
「邪魔するでー」
「邪魔するんやったら帰ってー」
「あいよー」
ピシャッと扉が閉まり、今しがたやってきたばかりのタマ先輩たちは教室を出ていった。
しまった。つい反射的に。
「いや用があるから来とるんやないか! アンタら何本気で帰っとんねん!」
「そういう流れだろう?」
「よう分かっとるやないかい!」
「なあタマよぉ……あたし毎回付き合わされてんだが何なんだいコレ?」
「なんばの有名な劇場でやっとるアレや」
なんばの有名な劇場他色んなところでローカライズされたりミーム化したりしているアレである。
ふと見ると、外ではクリーク先輩と……生徒会のひとだろうか? 教室の前に貼り付けている案内表示を弄っているようだ。
……一体何を? いや、これは……読めてきたぞ。いやぼくも想定すべきだったんだろうけど。窓越しにクリーク先輩に向けて手をふると、ニコニコ笑顔で手を振り返してくれた。和む。いや和んでる場合でもないが。
「タマ……ふと思ったのだが、いいだろうか?」
「何や藪からスティックに」
「私はカサマツにいたからテレビで見られた。けど東京では見られないはず……イナリが分からないのに、何で外国出身のストライプが分かるのだろう?」
「…………………そういえば何でや?」
「――――」
曖昧な笑顔のまま両手でサムズアップして見せる。
こういう時変に取り繕うとまた面倒なことになるので相手の想像に任せる形にするのが一番手っ取り早い。
まあ多分商業的なアレやコレやで学んだんだろうくらいに思ってくれるだろう。
「考えても仕方あらへんわ。何や悪さ色々しよるから何を見とるとも分からん」
「悪さて」
「タマ、安くて美味しい食事を出す屋台を出してくれるストライプが悪いことをしてると私は思いたくない」
「言葉の綾やっちゅーねんマジに受け取んなや」
ぶっちゃけぼくに対する印象が混沌としすぎてると思う。
こっちはレースで勝つために動くけど盤外戦術は情報戦までというスタンスで一貫してるのに。
「あのさぁ、結局タマモたちは何しに来たの? 漫才?」
「ちゃうわい!」
あ、しびれを切らしたテイオーが先輩たちにツッコみに行った。
ここからまた漫才が始まる可能性もあるがとりあえず一歩前進ということにしておこう。
「会長からの伝言を預かってきたんだ。キミたちのクラスの出し物なんだが、生徒会で指定した場所でやるようにと」
「ええっ!? 何で!?」
「……テイオー、外をご覧なさい」
「外?」
マックイーンに促されて窓から外を見下ろすテイオー。つられて同じ方向……生徒会が用意してくれたらしい会場の方を見れば、そこはもう黒山の人だかりだった。
何人かが驚きであんぐりと口を開けたが、状況が把握できた人の行動は早い。納得の表情を浮かべながら皆の手荷物をまとめ始めた。
「何アレ!?」
「事前に出してもらった見積もり以上に人が来すぎたって話でい。理由は……多分目星くらいついてんだろ?」
「カレンチャンカワイイ……ってことですね」
「は?」
「皆、カレンのせいで迷惑かけちゃってごめんね……うるうる」
「「「カレンチャンカワイイ!!」」」
「何なんやこのノリは」
……確かにちょっと普段の様子を知らない人には理解し難い部分もあるだろうけど、これはそういうことだ。
カレンチャンは有数のフォロワー数を誇るカワイイの伝道師。トレセン学園への編入後もSNSでの情報発信は続けており、今回の聖蹄祭のことも宣伝していた。
その結果首都圏にいたのだろうファンが一斉に押し寄せ、ご覧の有様である。これくらいは予測しておくべきだったんだろうけど、忙しさにかまけててうっかりすっかり忘れてた……。
「ストライプ、あなたなら予測できたんじゃありませんの?」
「買いかぶり過ぎだよマックイーン」
「と、言いつつ~?」
「いや今回は本気で疲労が先に来て考えるどころじゃなかったよ」
「ごめん」
懐疑的な目で見られるのも分かるんだけどもね? 伊達にスタミナおばけとか言われてないし。
けど仕事をする時の疲れって肉体的なそれじゃないんです。皆もきっとそのうち分かるようになると思う。たぶん。