【本編完結】ロバ娘:ファンディングストライプ   作:桐型枠

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影すら踏ませない

 

 毎日王冠。

 その成立は相当に古く、有記念や安田記念が初めて開催されるよりも前から開催されてきた歴史あるレースだ。

 現在は秋の天皇賞の前哨戦として扱われており、一着のウマ娘には優先出走権が与えられている。オグリ先輩が連覇を成し遂げたレースとしても有名だが、今年はこのレースに対する注目度がまた違った。

 主な出走予定者として挙がっているのは、スズカ先輩とエル先輩とグラス先輩。なお、スズカ先輩が出走を表明した段階で出走を回避するウマ娘が続出した。あの大逃げへの対策が打てないとなると出走回避もある意味致し方ない。ぼくだって割と真面目に考える。

 現在クラシック級のエル先輩たちがどこまで食い下がれるか……そして、春に大逃げに覚醒した時から現在まで続いている連勝記録はどうなるのか。様々な意味でこのレースは強く注目を受けていた。

 

 が。そもそもぼくたちのチーム、大半はこのレースを現地で観られていない。同日にスカイ先輩の出走する京都大賞典があったため、皆でそっちの応援に行ってたからだ。

 一応、次のレースで当たるドーナッツ先輩と、何か気になったらしいタキオン先輩、それからタキオン先輩のお世話役としてサブトレさんの三人は毎日王冠の偵察に行っている。

 メジロブライト先輩たちを含むシニア級の強豪を相手に、スカイ先輩は見事逃げ切り勝ちを見せてくれた。ダービーでの敗戦を糧とした快走は、菊花賞での好走を予感させてくれるほどのものがあったと言えるだろう。

 さあこのまま他の皆も続くぞ、と意気込んでいたのだが。

 

「勝てねェ――――!」

 

 皆が帰ってくるなりそんな弱音がドーナッツ先輩の口から漏れた。

 

「開口一番皆の気勢を削ぐようなことを言うのはやめんか」

「けどよ~」

「現状、サイレンススズカの走りは『それができれば世話は無い』という理想論をそのまま実現させているようなものですからね」

 

 誰より先にスタートを切り、ハナをきったらそのままペースを維持し続ける。脚が残っていれば最終直線で再加速。

 なるほど完璧な作戦だ。不可能という点に目を瞑れば――と言いたくなるようなことを実現してしまった。思ったことがつい口をついて出てきやすいドーナッツ先輩がこんなことを言ってしまうのも理解できないではない。

 

「まァドーナッツにゃ相性最悪か」

「多分誰にとっても相性悪いと思いますよ?」

「特にっつーこった」

 

 スリップストリーム走法に入るためには、当然前にいる走者の背後に入る必要がある。影すら踏ませない大逃げをされてしまえば戦術がまったくの無意味になってしまうわけだ。

 似たような理由でぼくもスナイパー先輩も多分完封される。「逃げ」をあくまで戦術として用いているスカイ先輩もやや厳しいだろうか。スズカ先輩は戦術とか戦法とかそういうのじゃなく完全に性質として逃げが染み付いているからだ。もはやそういう生態だ。

 おハナさんの指示そのものはセオリーに照らし合わせれば間違いなく上々だったんだけど、スズカ先輩に限って言えば先行策をしろというのは鳥に地面を走れと言っているようなものだ。

 

「勝ち目があるのはリムジン先輩ですかねぇ。マイル、それも1600ピッタリで」

「ンー……勝つにしてもレコード出すほど急がないといけないので、苦労すると思いマス……」

「折れるほどの無理はさせられんぞ」

「Ah……ハハハ……」

 

 その気になったらガチで脚折るほどの無茶かますのが怖いわこのひと……。

 実際のところ、スズカ先輩と言えどレコードタイムを叩き出せたのは小倉大賞典と金鯱賞くらいのもので……いや待てよ、2つもレコード取ってるなら大概だな……。

 ……ともかく、タイムそのものは限界ギリギリを突き詰めてはいるものの、決して非現実的なほどのものじゃない。最終直線か、あるいはゴール前ギリギリで……こちらの存在を気取られる前にハナ差で差せば、あるいは……。

 ……それにしても珍しい。不自然なくらいタキオン先輩が静かだな。そう思っていると、不意に何やらデータをまとめる手を止め手招きされた。

 

「ストライプ君」

「あ、はい」

 

 突然何なんだろうか。そう思って駆け寄ってみると、今の今までまとめていたはずのデータブックをそのまま手渡されてしまった。

 

「君はチームスピカの面々と懇意だったね。この資料、あのチームのトレーナーに渡しておいてくれないかい」

「? ……あ……はい。分かりました」

 

 中身を軽くパラパラとめくって内容を少し見てみる――と、概ねその理由が理解できた。

 ()()()()話か……予想はしてたけど、実際に目にするとより強く実感が生まれてくる。それと同時にちょっと心が重い。これをぼくが伝えないといけないのか……スカーレットと仲良いんだからタキオン先輩が言えばいいのではないのだろうか。いやしかし、率直すぎて反感買うかもしれない。そう思うと適材適所……と言えるのかな、どうかな……。

 

「いつから目を付けていらっしゃったんですか?」

「春だね。映像越しとはいえ、少々気にかかったところがあったものでね……結果的に確信を得るのが遅くなったが」

「……ですか」

「彼女の走りが()()()()()()()()()()のは惜しい。私では警戒させてしまう可能性もあるのでね」

「わかりました」

 

 どうやら何も言わないところを見ると、サブトレさんたちはどういうことか把握しているしこれも容認しているらしい。

 それはそうして当然なのかもしれないけど……これぼくが持っていかないといけないの、ちょっと精神的にキツいなぁ……。

 

 

 ・・・≠・・・

 

 

 というわけで後日。スピカが練習しているコースの前にやってきたのだけど、気が重い。

 渡さないわけにはいかないんだけど……だからって率直に言いすぎるとそれはそれで問題があるし……。

 いいや、とにかく状況から考えると仕方ない。スピカのチームメンバーの大半と同級生なのでぼくが一番渡りをつけやすい。

 そう思って客席に入ってコースを見る、と――丸太を担いでスペ先輩やスズカ先輩、マックイーンと並走しているゴルシ先輩の姿があった。

 ぼくはその場で小さな付箋にテキトーな絵を描いて爪楊枝に巻きつけて外ラチに立てた。

 

「何あの丸太」

「分かんねえ……」

 

 ラチの外で休憩中らしきウオッカに聞いてみると、そんな答えが返ってきた。そりゃそうだ。

 ぼくも分からん。特に意味は無いんだろう、多分……そう思っていると、そこでようやくぼくの存在に気付いたのか、ウオッカが驚いてこちらを振り返った。同時にこちらの声に反応したスカーレットやテイオーがやってくる。

 

「うおっ、ストライプ!?」

「出たな恐怖の偵察マッスィーンストライプ! スズカのデータは渡さないぞぉ!」

「ぼくどういう風に見られてんの?」

「気付かない内に知らないデータ集めて変な作戦立ててる本質的に何考えてるか分からない子?」

「HAHAHA」

 

 言葉の返しようが無かった。

 

「急にどうしたんだよ?」

「ちょっとタキオン先輩に頼まれてトレーナーさん探しに。今いる?」

「タキオン先輩から? すぐ呼んでくるわ」

「え、いやいるかどうかだけで――」

 

 自分で探しに行くよ……と言う間に、もうスカーレットはトレーナーさんを呼びに駆けて行ってしまった。

 

「タキオン先輩のこととなるとスカーレットのヤツすーぐ行動に移しちまうからなぁ」

「だね……」

 

 そうなんだよね……スカーレットってタキオン先輩に対してすんごい憧れてるというかもういっそ盲目的というか……憧れること自体は別にいいんだよ? ただもうちょっと……そこを見て見ぬふりするのはどうなのというか、もうちょっと見るべき場所があるでしょっていうか……。

 ……まあいいや、ちょくちょく実験に(無断で)付き合わされてるけど、先輩としてウマ娘としての能力を疑ったことは無いし。憧れる気持ちも理解できる。

 

「なになに、どうかしたの?」

「んー、ちょっと……今日はシリアスな方の話で……」

「まさかスペちゃん対策?」

「いやそういう話でもなくって」

「歯切れが悪いな?」

 

 思わず一瞬、テイオーの脚に目が向いてしまった。その直後にスズカ先輩の方に目が向いて……不安に駆られる。

 話していいのかな、どうかな。同じチームだし……と悩んでいたところ、スカーレットに急かされるようにしてトレーナーさんがこちらにやってきた。

 

「何だ何だ一体……何だこれ、ラチにクソみてェな旗立てやがって……」

「ストライプ?」

「それは今いいんだ、重要なことじゃない」

「おい」

「で、俺に話っていうのは……?」

「あ、そうでした。コレ……タキオン先輩から、トレーナーさんに」

「何? アグネスタキオンから?」

「ひっでぇ表情っすね」

「何か問題でもあるのトレーナー?」

 

 じろっとスカーレットに睨まれて、凄まじい表情をしていたトレーナーさんは僅かに顔を引き締め、萎縮しながらもデータブックを受け取る。

 何がどういうことなのかと状況を把握しかねている様子だが、しばらくページを捲っていくとこちらの言わんことを理解してくれたのか、徐々に表情が先程とは別の理由で固くなっていった。

 

「……本当か?」

「こんなことまで作戦に組み込みませんよ」

「だろうな……」

「どうしたの?」

「スズカ先輩の脚が折れるかもしれない」

「……はぁ!?」

「どういうこと!?」

 

 率直に現状を告げると、ウオッカとスカーレットが目を剥いて驚きをあらわにした。

 意外にこの状況でも冷静なのがテイオーだ。二人を抑えるように少し前に立つ――立――立ててないな。体が二人に比べると小さいから押されてる。代わりにトレーナーさんがウオッカたちを手で制した。

 

「あくまでレースのデータからの判断ですが、筋肉量と骨格、平均スピードとトップスピードの差、摩擦係数と地面を蹴る時のパワー、それに伴う衝撃、それからウマムス……」

「ねえストライプ、その話長くなる?」

「……諸々端折って、あの大逃げのせいで毎レース脚に常識外れの衝撃が与えられて負担がかかってるから、そう遠からず疲労骨折する可能性が高いんです」

「分かりやすくなった! ……ヤバいじゃん!」

「ヤバいんだよ」

「……スズカの様子を見る限り、痛がってる風でもないし問題は無いと踏んでたんだが、アグネスタキオンが言うならそうか……」

 

 タキオン先輩は、類稀な速度を弾き出せる脚を持っていながらも、その「脆さ」のせいで、サブトレさんにスカウトされるまでトレーナーすらつけていなかった。

 その話そのものは有名……というわけでもないが、夏合宿で盛大に高笑いをしていたので知っている人は知っている程度には知名度もある。スピカのトレーナーさんも知っているうちの一人だろう。

 

「すぐ秋の天皇賞が控えてることは把握してますけど、せめて今週中……いえ、二、三日は完全な休養を取らないといけないと思います」

「そうだな……いや待てよ、確かスズカは……」

「朝とか夜とか、気付いたら走りに行ってるような……」

「スペ先輩になんとか言って部屋から出さないようにするとかしてください……多分それが骨の疲労を溜める原因になってます」

「そうだな……ありがとうな、違うチームなのに」

「いえ。ぼくは先輩たちにデータ持っていくように頼まれただけなので……何も力になれてないです」

 

 こればかりはどうしようもなく事実だ。

 ぼくはメッセンジャー役にしかなれてない。データを取ったのはトレーナーさんやタキオン先輩たちだし、それを活かしているのもトレーナーさんたちだ。ぼくはいち選手の立場以上のことは何もできていない。

 いけない、感情がどんどん後ろ向きになってきている。不安の種がそのまま結実しそうになっているからだろうか。きっと大丈夫だろうと楽観視していた結果がこれだ。

 ……前向きに考えよう。この警告があるなら最悪の事態は免れる可能性はある。何せ自分自身の努力と、トレーナーさんたちの尽力あって脚の脆さを克服できたタキオン先輩だ。きっとなんとかなる! はず、多分……。

 

「ストライプ、ところであの旗は何を意図して……」

「勢いでやってるだけで何も意味は無いです」

 

 それはそうと即席で作った奇っ怪なデザインの小さな旗はその場で即取り払われてしまった。ちくしょう。

 

 

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