【本編完結】ロバ娘:ファンディングストライプ   作:桐型枠

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大欅の向こうで

 

 トゥインクルシリーズ秋のG1戦線、今年はぼくらのチームもここにガッツリ関わっていくことになる。

 まずすぐ翌週に秋華賞。その翌週に菊花賞。次は府中で秋の天皇賞が開催され、少し間を空けてエリザベス女王杯、マイルチャンピオンシップ、また府中に戻ってジャパンカップ……関係者は西へ東へと大忙しだ。

 エリザベス女王杯とマイルCSを除いてだいたい誰かしら出走する予定になっているチームベテルギウスはその辺りの煽りをモロに食らっている。東京レース場で行われる秋の天皇賞はともかく、関西での開催となるとその都度あちらに行かないといけない。オープン戦や重賞はともかく、G1となら確実にチーム総出で応援に行くことになる。補助金は出るとはいえ、正直言って小さくない負担を感じる。主にトレーナーさんの懐に。

 

 まず第一戦目、秋華賞。スナイパー先輩は前回(オークス)での負けをバネに、苦手なドーナッツ先輩との併走などにも本気で取り組んだ結果、これまで以上の精度でミスディレクションを連発し、走者を徹底的にかき乱して勝利した。

 この戦法のせいで14番人気のウマ娘が2着につけてくるなどの波乱もあったけど、そこは大逃げが全体のペースを狂わせて予想外の結果に……なんてこともあるので、別段珍しいことでもない。

 

「桜花と秋華、まさしくニンジャにふさわしいアブハチトラズ……」

「秋華ってコスモスのことじゃないの?」

「えっ」

「いえ、秋華とは『あきのはな』として中国の詩人が用いた言葉ですので秋の花は関係ありません」

「「えっ」」

 

 ――そんなやり取りがあったりしたけどそれは置いといて。

 問題はウイニングライブで起こった。メンポ強奪事件(いつもの)だ。スナイパー=サンは大半の場面でメンポを手放さず、脱いだほうが良い場面では布マスクに取り替えたりマフラーにしてみたりと、とにかく口元を隠してニンジャの模倣を徹底している。

 本質的にかなりシャイな性格なので、それを覆い隠すための一種のペルソナと言ってもいいのだが……いつまでもこれじゃ通用しないとは前から言われてきたことだ。荒療治も仕方ないとしてトレーナーさんはこれを黙認。半分くらいぶっちゃけドーナッツ先輩の悪ノリなのは否めないが、ここでスナイパー=サン……というかスナイパー先輩が素顔のままステージに出ることになってしまった。

 

 ここで普段、だいたい毎日彼女と顔を合わせることになっている我々は忘れていた。

 メンポも無し、服装も普通にステージ衣装だと、ロシア系の整った顔立ちにクリーム色に近い月毛*1でただのドエラい美少女になってしまうのだと。

 後日人気が大爆発して本人は大変なことになっていた。

 ダブルティアラな時点で大概なんだけどね。

 

 続いて、菊花賞。入念な打ち合わせと研究の結果、やはり事前に話し合った通り作戦は逃げ切り勝ち狙いに決まった。

 その結果、スカイ先輩は逃げて逃げて逃げて――オーバーペースもものともせず、歴代どころか3000mの世界レコードすらぶっちぎって勝利を手にした。

 菊花賞の逃げ切り勝ちというだけでも数十年ぶりのことだというのに、世界レコードともなるともう脱帽するしか無い。流石に無茶し過ぎだとトレーナーさんからは呆れ混じりに叱られていたけど。

 ぼくとしては「来年これと比べられないといかんの?」と正直気が気でなかった。

 いや、まあ、うん。大事なのはタイムよりも勝ち負けだし、気にしないようにしておこう……。

 

 今回の打ち上げ兼祝勝会では、珍しいことにチーム外のウマ娘がひとり、これに参加することになった。スカイ先輩の友人、ニシノフラワーだ。

 フラワーはぼくから見るとひとつ下の後輩にあたる。同じ学年にはスイープトウショウやビコーペガサスなどがおり、揃って期待の目を向けられている……のだけど、なんというか全体的にミニマムな印象があるのは気のせいだろうか。

 このあたりはあくまで比較するとそう見えるというのが正確なところか。ぼくらの学年の方が成熟している子が多いというか……主にスカーレットとかスカーレットとか……。

 なおデジたんはふたりのやり取りを見て死んだ。

 一方、トレーナーさんはふたりを……と言うよりもフラワーを見てやや思案顔だった。孫でも見てるような気分なのだろうか。

 サブトレさんが20代中ほどから後半に差し掛かるくらいだと考えると、サブトレさんに兄弟姉妹などがいれば孫がいてもおかしくはなさそうではある。本人はどうにもね。プライベートがいまいちわからないし、恋人がいるようにも見え殺意を感じたのでこれ以上はやめておこう。

 

 さて。

 

 更に一週間経って――秋の天皇賞の日が訪れた。

 この日は注目のカードということもあり、トレセン学園の生徒も大勢が東京レース場にやってきていた。まず、一番人気であるスズカ先輩のチーム、スピカのメンバー。友人のフクキタル先輩と……エアグルーヴ先輩とタイキシャトル先輩。ふたりが来ているので当然リギルのメンバーも一緒だ。

 それから二番人気、メジロブライト先輩。ドーベル先輩をはじめとして、ライアン先輩やパーマー先輩などメジロ家のひとたちが大勢やってきている。マックイーンのチームとの兼ね合いもあってか、スピカと合同での応援という雰囲気にもなっている。

 ドーナッツ先輩も出走するのでぼくらも応援に総動員。見学のためにか、チームとしてはそれほど関係ないネイチャとチーム……カノープスのトレーナーもやってきているようだ。

 

「天候は晴れ。バ場は良。絶好のレース日和というやつだね」

「超高速バ場ってやつですねぇ……」

「そう、データから見ても速く走れるから『こそ』一番怪我をしやすい環境というワケだ」

 

 高速バ場では怪我が発生しやすい――と、一般には言われている。

 とはいえ専門家の目線から言うと、これは決して正しい意見ではなく、硬いバ場だから怪我をしやすいというわけではないとのこと。近年は芝や土のクッション性を研究し、より「怪我をしにくい」環境を作ろうと努力はしているそうだ。

 だから正確に言えば、バ場が原因というよりは……速く走ったその結果、脚に強い負荷がかかって怪我が頻発する。因果関係が皆無というわけじゃないにしろ、どんな状況でもどういう場所でも普通に起こりうることと言えるだろう。実際のところ、事故率そのものはそこまで高い方ではないと聞く。人工バ場(オールウェザー)を導入しているアメリカが怪我の防止という観点では世界トップとは聞くけど。

 

「まあ、あくまで可能性の話だ。そうなるかもしれないしならないかもしれない。今回はこれまでと比べて前走との間隔が短いから注意しておかないといけないだけで、今後何ともならない可能性もある」

「ですね。まずはドーナッツ先輩の応援に集中しましょう」

「しかし、私の理論は他のウマ娘に言えば怪訝な顔をされるものだが、例えばシャカール君とかね」

「データが揃わなきゃ信じる余地が無ェ。普段の言動からも分かンだろ」

「そうだね。だというのにストライプ君はすんなり信じるものだね?」

「ぼくは逆に疑う余地が無いと思ってるんですよね。脚の脆さを克服した実績がありますし、トレーナーさんたちも信用してるみたいですし」

「くくくっ、だそうだよ」

「ストライプ個人の意見だろそりゃ」

「です」

「えー」

 

 ぼくもシャカール先輩も基本、「そういう意見もあるな」で話を済ますタイプだ。人は人、自分は自分。他人の意見を取り入れて手のひらクルクルはするけどそれはそれ、スタンスそのものまで変えることはなかなか無い。

 

「タキオン=サンの実験に『面白そう! やろうぜ!』と言って嬉々として参加するストライプは実際狂人」

「酷い言い草だぁ……」

「悪いが否定できる要素が無ェよ」

「……ですね」

「皆さん、気になるのは分かりますが……そろそろ時間ですよ」

 

 フラッシュ先輩の言葉に促され、揃ってコースの方に目を向ける。

 ……いやちょっと待って、ぼくスナイパー=サンにも狂人とか思われてたの? スラングの一種としてついそういう表現取ってしまってるだけだと思うけど、そこんとこちょっと気になるんだけど。もしかして本当に頭のヤバい奴だと思われてない?

 

「ストライプ妙にショック受けてない? 何かした?」

「イエ……」

『――スタートしました! サイレンススズカ内側から好スタート!』

 

 変に思考が止まっている間にレースが始まった。

 想定通り、スズカ先輩がロケットスタート。これでスタートがそこそこって程度ならまだ手の打ちようもあるんだろうけど……当然そんなわけは無かった。

 この状況、ドーナッツ先輩はどうするのか……と見てみれば、ほとんど逃げに近いペースで二番手の背後、三番手につけていた。賭けに近い大胆な作戦だ。スズカ先輩のペースが落ちることはまず無いと見越してのことだろうけど、これまで以上にシビアなタイミングでの「乗り換え」をしないといけないので、相当な集中力が要求されるはずだ。 

 

「差は……8バ身ってところか」

『サイレンススズカ先頭、サイレンススズカ先頭! 二番手ようやく見えてきた!』

 

 最初からブッチギリの大逃げペース。本気も本気……なんてつもりは無いんだろうな、スズカ先輩だし。あれがマイペースなんだ、間違いなく。

 中盤に差し掛かるもペースは一切乱れない。コーナーまでもう少し。このまま千切るのか、という客席からの期待感が歓声となってそのまま表れているのが分かる。

 

『このまま行ってしまうのか! 会場の盛り上がりは最高潮に達しています!』

 

 こりゃこのまま行けば完全に勝ちパターンだ。異常が起きる予兆も前兆も見えない。

 ドーナッツ先輩には厳しい展開だけど、こればかりは仕方ない。そう思っていた時――大欅の向こうで、カクンとスズカ先輩の膝が落ちた。

 

 その瞬間、会場全体が水を打ったように静かになった。

 きっと誰もが、スズカ先輩の勝ちを予感していた。まさしく、いつもどおりの大逃げで何バ身差もつけて勝つのだと。そんな確信のもとにいたせいだろうか。「それ」は観客の心により大きな落差をもって叩きつけられた。

 

『――サイレンススズカ。サイレンススズカに故障発生です!』

「「「!!」」」

 

 スズカ先輩の足元がおぼつかない。痛みに耐えて歯を食いしばり、ギリギリのところで転倒しないよう耐えている。

 その走りは、既に「歩き」と言って遜色ないほどに鈍っていた。

 コースにいる走者の殆どがその事態を理解できてすらいない。後ろから状況を見ていた追い込み型の子や、あるいは天性のセンスで状況を逐一把握しながら八艘飛びで飛び移っていくドーナッツ先輩がその事実を正しく認識できたくらいだろうか。僅かに彼女たちの走りが揺らぐのが見て取れる。

 他の走者を巻き込まないためにか、スズカ先輩はよろよろとした足取りながらもなんとか外ラチの方へとその進路を逸らしていく。しかし、このままじゃすぐにでも転倒しかねない……!

 

 ――その時、客席からコースに飛び出していく影があった。スペ先輩だ!

 

「スペちゃん!?」

「スペ!?」

「何やってんだアイツ!」

「私も行こう」

「タキオン先輩まで!?」

 

 混乱に陥る場内だが、いの一番に行動を起こしたスペ先輩のおかげで少し冷静になったのか、騒ぎと言うよりもざわつきという程度に収まった。

 レースは既に4コーナーを超えて最終直線に入っている。タキオン先輩の視線に対してトレーナーさんが頷いているから競走中止ということにはならないだろうけど……タキオン先輩自身も全然冷静に見えない。

 ともかく、スペ先輩にタキオン先輩のふたりとスピカのトレーナーさんも向かっているなら、これ以上誰かあの場に行っても邪魔になるだけだ。

 状況は把握しているだろうし、URAの職員が担架も持っていってくれるはず。

 あとはどうするべきか……と考えても、この状況でできることは多分無い。タイキ先輩が「No~!!」と悲痛な声を上げながらコースに飛び込もうとしているのを食い止めている副会長を見習って、コースに入り込もうとしている人がいたら止めるために動こう。

 

 

 ・・・≠・・・

 

 

 スズカ先輩はそのまま救急搬送されることになった。

 気を取られたドーナッツ先輩はわずかに順位を落としたものの、結果的には3着。上々と言える着順ではあるんだけど……本人は色んな感情がまぜこぜになってるのでこの結果には触れられたくはないようだった。下手に触れたスナイパー=サンはメンポどころか上着まで剥がされていた。

 

 ――さて、天皇賞の翌日。

 天覧試合ではなかったとはいえ、G1の天皇賞の舞台だ。勝手にコースに入ったことで(理由が理由だけに処罰こそ無かったものの)URAの偉い人からスペ先輩とタキオン先輩、それから両トレーナーさんがお叱りを受けているその頃、ぼくはスピカの部室に拉致されていた。

 

「フォッフォッフォ……我が名はゴルゴル星人……貴様はこれから中山3600m星人に改造され人類に牙をむく存在となるのでゴルシ」

「イヤァァァ! ニッチ需要すぎて特殊ギミック解かないと倒せない系のクソボスみたいにされちゃうううう!」

「今真面目な話をしようとしているのですからやめていただけます?」

「でもよぉマックイーン、真面目な話すぎるとどこかで息入れねーと潰れちまうぜ?」

「話の最初から息を入れてどうしますの!?」

「諦めなよマックイーン、麻袋で拉致ってる以上いきなり真面目には無理だよ」

 

 状況が状況だけに真面目にやれというのは分かる。がしかし、ぼくも一日気を揉んでだいぶ胃が痛いので少し心を緩めたい。

 ただでさえどこでも今は皆が気を張り詰めすぎなくらい張り詰めてるし……。

 

「というか何でぼくが拉致られたの? そこはトレーナーさんたちとかじゃない?」

「そっちをしたら冗談じゃ済まなくなるじゃん!」

「先輩たちにやんのも失礼だしな」

「で、一番気軽に話を聞けて、いつの間にか事情を知ってそうなストライプが適任かなって」

「印象だけで話を持ち込まれても困るよー」

「それは……そうですわね」

「知ってるけど……」

「知ってるんじゃねーか!?」

 

 麻袋にくるまれたミノムシ状態のまま、その場で転がって逃げようとした……が、すぐにテイオーに捕まってしまった。

 

「ボクたちだってスズカのことが気になるのにさ、付き添いで話聞きに行ったスペちゃんは今帰ってこれないし」

「明日になったら公式にも発表されるんだから待てばいいのに」

「ふーむ、ストライプがこの反応ってことは、さてはあんまり深刻な状態じゃないってことだな?」

「ギクッ」

「口で言ってるじゃない」

「教えたいのか教えたくないのかどっちだよ」

 

 実は先日タキオン先輩から状況について耳にはしている。ただ、それを教えるというのは強い抵抗を感じる。だって明らかに個人情報だもの。

 そろそろ事業を法人化しようかと考えているところで、個人情報をおもらしという明確なコンプライアンス違反はよろしくない。

 

「個人情報を漏らすのはコンプライアンス的にちょっと……」

「気にするところそこ!?」

「分かりましたわ。つまり個人情報を漏らさない範囲でなら教えられるということですわね!?」

Exactly(せやな)

「復帰はできそうなの?」

「後遺症が残るかは運だけど体の方は大丈夫だと思う」

 

 目に見えて皆がホッとしたのが見て取れる。

 これについては、実のところ内心の驚きは半端なものではなかった。あれだけの速度を出したとなれば、足根骨の粉砕骨折というのもありえないことではなかったはず。

 しかし実際には、これは衝撃を吸収する部分……中足骨及び舟状骨の単純骨折に終わった。手術ということにはなったけど、骨移植なんかの治療に数年を要するほどのものじゃない。発見から処置までも早かったので、よっぽどのことが無い限り数ヶ月あれば復帰は見込める……と思う。

 毎日王冠から秋の天皇賞までの間隔は非常に短い。思うに、補強をしようと思っても限度があった……と同時に、休息を取り、筋トレなどに力を入れて負担を軽減しようとしたことは間違っていなかったのだと思う。タキオン先輩の懸念が当たったことを嘆けばいいのやら、対策が功を奏したのを喜べばいいのやらという複雑な気持ちだ。

 ただ……。

 

「『体の方は』……か?」

「……です」

「どういうこと?」

「……体は治っても、心の方は……ということですわね」

 

 人間もウマ娘も、心というものは複雑にできている。

 一見何でもない風に見えたことがそのひとにとって強くトラウマとして刻まれることはあるし、逆もある。

 

 スズカ先輩にとって、「走れなくなるかもしれない」というのは――いったいどれほどの恐怖だろうか。

 

*1
この毛色を持つサラブレッドは極めて珍しいため、JRAにおける毛色の区分からは現在削除されて扱いは鹿毛の一種となっている。類例は河原毛、佐目毛、斑毛など。






○アニメ一期 第7R「約束」における天皇賞(秋)との差異について
 Season2以降の展望がこの時点で無かったせいか、アニメ本編では該当レースにエルコンドルパサー、ウイニングチケット、メジロライアン、ナイスネイチャ、ヒシアマゾン、エイシンフラッシュ等の本来出走しないキャラが登場していますが、本作では該当レースでは登場させておりません。
 主にメジロライアン、ナイスネイチャ、ウイニングチケットの三名について、秋の天皇賞に出走しているのに翌年以降(ウイニングチケットは最短でも四年後)にクラシック戦線で走ることになってしまい時系列の致命的な矛盾が発生するためです。ご了承いただければと思います。

○補足
ニシノフラワー等の旧設定で「飛び級」とされていた一方で現在は公式サイトから記述を削除されているキャラクターについては、実装後どのように設定が転ぶかが分からないので現在は年齢について明記しておりません。


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