【本編完結】ロバ娘:ファンディングストライプ   作:桐型枠

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既に大変なことにはなっていた

 

 スズカ先輩の件が強く心に残っていたせいか、ぼくは思わずウイニングランを放り出してパーマー先輩に駆け寄っていた。

 

「だ、だ、大丈夫ですかパーマー先輩! 何があったんですか!?」

「うわっ、びっくりした!? そんなに焦るなんて珍しいね、あはは……痛っ」

「言ってる場合じゃないですってば!」

「パーマー!」

 

 うわあどうしよう。脚が痛むってことは怪我してる可能性が高い。けど状態がイマイチわからない。

 こうなると、今迂闊に動かすのは危険だし……とオロオロしていると、客席の方からマックイーンやパーマー先輩のトレーナーさんがやってくるのが見えた。更にうちのサブトレさんも、救護班の方々を引き連れてやってくる。大事になってきた、ということが否応なく感じ取れてしまった。

 

 ――やっぱりというか当然というか、それからぼくに何かできるということは、結局なかった。

 ウイニングライブはなんとか気を持ち直……そうとした。外見は少なくとも取り繕ってた、と思う。けどいつもならダンスの時などに揺れているという尻尾が完全に萎びてた(※テイオー談)とのことで、思ったよりショックを隠せない自分の体が少し恨めしく思えた。

 

 さて、何はともあれ翌日のこと。ぼくは前日から引き続き京都にいた。ジャパンカップの観戦も考えたけど……パーマー先輩のことがあったことでちょっとショックが強くて帰るどころじゃなかったのもある。

 ちなみにサブトレさんはウイニングライブを見届けたらジャパンカップのために東京に帰った。

 トレーナー寮は門限無いんですからそっちに一緒に行って泊まればいいじゃないですか~なんて冗談めかして提案などしてはみたけど、前にそれやった人が本気で怒られたとのことでこの手は使えないそうな。……やったの? マジで?

 ……まあそれは置いとこう。

 しかしながら、ぼくは(内情はともかく)実年齢はまだ14。義務教育真っ只中の中等部だ。それをひとり京都に置いて帰るわけにもいかないとのことで、今回はある人たちに預けられることになった。ちょうど一緒に京都に来ていたメジロ家御一行様である。

 マックイーンが友人ということで比較的簡単にツテを辿れたのもあるし、保護者役に執事さんがいるので安心、というのもある。相手方も快く受けてくれて助かった。

 これでぼくはメジロストライプ! ……嘘です。

 今回やってきていたのは、マックイーンと執事さん、それから同じクラシック級のライアン先輩だ。ドーベル先輩とブライト先輩は、次の有記念に向けて調整中――あと半分くらいドーベル先輩がエアグルーヴ先輩のジャパンカップ観戦に行きたいのもあると思う――だ。

 時刻はお昼。そろそろ昼食にしようということで、執事さんやマックイーンたちのご厚意もあってご相伴にあずからせてもらうことになったのだが……。

 

時価(ハウマッチ)……?」

「どうしましたのストライプ?」

「ごめんねマックイーン、ぼく今脳が情報を処理しきれてないの」

 

 ――やってきたのは、テレビなどで芸能人が番組の企画などで行くような非常に()()()お店だった。

 想定しておくべきだった! メジロ家が行くんだからそういう格調高いお店になると!

 ……いや、確かにこう、心の片隅にへっへっへ普段食べられないような良いものを人のお金で食べるとか最高でゲスなぁへっへっへ……みたいな気持ちがちょっとでも無かったと言うと嘘になる。

 なるけども、想像を超えた代物をお出しされるとそんなゲスな心が一撃で粉砕されて申し訳無さと恐縮で心がいっぱいになってしまった。我ながら器の小さいヤツ!

 

「お決まりになりましたか、ストライプ様」

「え……ええっとぉ……」

 

 レースの時よりも頭がフル回転してる気がする!

 もう少し待ってください、と言っても執事さんは特に気にしないだろうが、少なくともぼくはメタクソに気にする。

 どうする!?

 安いのにしてしまうとそれはそれでメジロ家のメンツに関わるし、かと言って遠慮しなければしないでぼくの方の品位に関わる。ちょうどいい感じでかつ相手に気を使わせない感じの選択肢は……!?

 

「――こういったお店に来るのは初めてなので、マックイーンと同じものを頼んでみたいです」

「あら、私?」

「ほほ、かしこまりました」

 

 にこやかにそう返して注文を告げに行く執事さん。ぼくはその裏で服の下にすごい冷や汗をかいていた。

 冬目前で良かった! 上着脱いだら絶対大変なことになってるよコレ!

 

「震え、隠せてませんわよ」

「ひゅい」

 

 既に大変なことにはなっていた。

 

「……あっ、そうだ。ストライプ、パーマーのことはありがとう!」

「ひょえっ?」

 

 と、そんな折にふと、努めて明るい声を出すようにして、ライアン先輩がそんな話を振ってきた。

 

「パーマー先輩のこと? ……って、そんな、ぼくは何か違和感あるなぁ、くらいのことしか……」

「それが大事なんだよ。パーマーのトレーナーさんも、いつも一緒にいるのにって落ち込んでたけど……いつも一緒にいるから気付けないことだってあるしね。筋肉の成長だって自分じゃ分からなかったりするし」

「あ、はい……はい?」

「だいたい、コースに出ている以上何かできるならその方が驚きですわ……」

「筋肉の件はスルーなんだね。でもさ、気付いたのに何もできなかったって悔しいよやっぱり」

 

 野性の動物じゃないんだ。怪我したらほっとくなんて心情的にもできない。

 かと言ってあの場で素人が余計なことをしようものなら、その方がもっと酷くなる可能性もあり……なんて言っても堂々巡りになるだけか。話を変えよう。

 

「ところで、パーマー先輩の具合は?」

「骨折。だけど、早めに処置したおかげで後遺症は残らないって」

「少し頑張りすぎですわね。レースもトレーニングも……このままですとクラシックは……分かりませんけれど、走れるようになるまではそう遠くないでしょう」

「そっか……」

 

 安心した、と軽々しく言っていいのかわからないけど、選手生命に大きな影響が無いのは良かった。

 しかしこう短期間に何人も故障が発生してしまうと……しかもそれが知り合いだったりもすると、思った以上に気が滅入る。

 ……というか、ちょっと話をするくらいのぼくですらこうなんだから、同じチーム、同じメジロ家なマックイーンなんてどれくらいのショックなんだろう。ライアン先輩も努めて明るく振る舞ってはいるが、内心で心配してるのを隠しきれてはいないし……。

 

「お待たせいたしました」

 

 差し出がましい心配かな、と思っていると店員さんが料理を運んできた。華々しくあり、しかし過度にきらびやかなのではなく上品な程度に収まった創作和食のようだ。

 それが一皿、二皿、三皿……ん?

 

「…………」

「…………」

 

 店員さんに余計なことを言わないように、しかし視線でマックイーンに語りかける。これ多くない?

 ふいとそのまま目をそらされた。ははーん。やけ食いだな?

 

「では、ごゆっくり」

 

 店員さんが離れた後、少ししてライアン先輩がマックイーンに尋ねる。

 

「……マックイーン、確か体重が絞れなくってデビューできなかったんじゃ……」

「ん゛んっ!」

「あとぼく同じもの食べるって言ったんだけど……」

「……あなたも私と同じ気持ちだと信じていますわ」

「言葉は綺麗なんだけど使う状況がなぁ」

 

 要は「やけ食いしてストレス発散したいけどあなたも同じ気持ちですわね?」ということじゃん。

 いや同じ気持ちなことはそれほど間違ってはないけれども。

 

「もしかしてマックイーンの方がクラシック危うくない?」

「うぐっ……」

「体重落とすためにトレーニングしてたら脚痛めるし……」

「余計なことを言わないでくださいまし……」

 

 こりゃまだしばらくデビューは無理っぽいな……。

 

 その後はライアン先輩たちに少しテーブルマナーなどを教えてもらいながら、生まれてはじめて食べるような高級料理を食べることになった。

 が、ドえらい美味しいことは分かる、のだけど、それはそれとしてぼくの貧乏舌ではこの複雑な味わいは上手く言語化できないし、あと緊張で微妙に味が分からなくて完全に味わい尽くすこともできなかったようにも思う。

 ……次はもっと舌が肥えてから行こう。うん。

 

 

 ・・・≠・・・

 

 

 ジャパンカップは結論から言えば大波乱だった。

 まず一着に今期まだクラシック級のはずのエルコンドルパサー先輩。クラシックでのジャパンカップ制覇は日本トレセン史上初の偉業だ。以前から「世界最強」を豪語していたエル先輩の実力がその言動に恥じないと証明したと言っていいだろう。

 二着は同じリギルに所属しているエアグルーヴ副会長。オークスと同じ2400mということだけあって有力候補だったものの、今年に関してはエル先輩が一枚上手だった。

 そして三着は、エル先輩と同じくダービーウマ娘のスペ先輩。絶好の距離だったのは間違いないんだけど、スズカ先輩のことを気にしすぎて気もそぞろ。とにかく走りづらそうにしていたのが印象的だ。

 ……で、ドーナッツ先輩は四着。あの顔ぶれ相手に入着は大したものなんだけど、いかんせん本人は全然納得できてないというか目に見えてわかるくらい荒れて悔しがっていた。気持ちは分かるけどぼくの耳みょんみょんするのやめてほしい。伸びる。

 

 ともかく、うちのチームとしては今年の大舞台が残すところあと有記念だけとなったある日の練習後のこと。

 

「アタシ有で引退するわ」

 

 ――ドーナッツ先輩は突如としてそんなことを言い放った。

 ビックリして思わず声を上げてしまったのはぼくを含めスナイパー=サンくらいのもの。他の皆はある程度予想していたらしく、反応はむしろ納得のそれだった。

 

「分かっちゃいたがもう本格化終わってる。このままやりあっても仕方ねえわ」

「Ah……だったらワタシも次の高松宮杯で……」

「オイオイリムジンもかよ」

 

 ウマ娘というものは、本格化の「テッペンを越える」――競争者としての能力がピークアウトを迎える日が必ず訪れる。

 稀に史実においても例外はある*1が、基本的に本格化が維持できる期間は長くとも4、5年だろうか。

 もっとも、それで競争能力を喪失するということは無い。ウマ娘固有の身体能力はそのままだし、培った技術も失われない。ただ――少なくとも現役時代と同じだけの速度は出せなくなる。同じような走りもできなくなる。

 もっとも、本格化を終えたウマ娘というのは、全員が「能力が落ちている」という前提を共有している。皆同じように能力が落ちているのだから、競技を行う上で差は無い。ドリームトロフィーは、トゥインクルシリーズで高い知名度を得たウマ娘のセカンドキャリア……本格化を終え、トゥインクルシリーズで走っているような競技者と同じステージで走るに適さないとされた人の受け皿という側面が大きいだろうか。

 トゥインクルシリーズは競技性が高く、ドリームトロフィーは興行的側面が強いというのが世間一般の見方だ。単純な距離別競走のみならず、様々な催しが行われているのもドリームトロフィーリーグの特徴と言えるだろう。

 フィギュアスケートのアマチュアとプロの関係に近いかもしれない。いや、分かりづらいから微妙に例えとして不親切か。

 

 ……ともかく、数年間走ってきた先輩方はそろそろ引退でもおかしくない頃合いなのはその通りだった。

 

「じゃあ、私もそろそろ引退だろうねぇ」

「タキオン=サンもか!?」

「うわぁ、一気に抜けますねー……」

「やっぱりドリームトロフィーに?」

「籍は置くかもしれないが、しばらくは完全に引退のつもりだよ。いつまでも本格化を維持できるならともかくね……」

 

 そう呟くタキオン先輩の表情には、憂いと同時にどこかすっきりしたような雰囲気が感じられた。

 そうか……速さを追求する以上、本格化が終わって最高速を維持できなくなった段階でレースに出る意義があまり無くなってしまってるんだ。それでも、元々を辿ればタキオン先輩はいつまで走れるか分からない程度に脚が脆かった。本格化の期間を長く維持して何年も走ってこられたから、ある程度の割り切りができたのだろうか。

 あるいは、いつかその研究成果によって再度本格化の状態を再現できるようになるなら、復帰……という線もあるだろうけど。だから籍を残しておく、とは言ってるんだろうし。

 

「そうか……そうなると少し寂しくなるな……」

 

 しみじみとした表情のトレーナーさんの発言に、ぼくは少しだけ苦笑いした。

 本当に寂しくなると思ってますあなた? 毎日のように娘さんが発光してるのちょっと心苦しく思ってたりしません? 内心若干ほっとしてたりとか……。

 しかし、そうなると年齢的に……どうだろう、トレセン学園に在籍してられるのかな? 

 

「来年度以降の身の振り方は決めているか?」

「トレセン学園に准教授相当の役職として在籍するよ?」

「そうか…………何ィィィィ――――!?」

「あっはっは。見たまえモルモット君、お茶でも飲んでたら今にも吹き出しそうな表情だよ」

「あ、お父さん知らなかったんですか?」

「初耳だぞ俺は!」

「トレーナーさん、学校ですよここ」

「ゲフン!」

 

 親としての顔を覗かせた直後、すぐに気を取り直してトレーナーの顔に戻せるのはそれだけ場数を踏んでる賜物だろうか。

 正直、個人的には「あー、なんかそんな気はしてた」という程度の認識だ。タキオン先輩がこの絶好の環境見逃すはず無いんだよ。そもそもいくら付き添いとはいえ、タキオン先輩も一緒に学会に出席したことがある*2わけだし、サブトレさんも公的な場でのコミュ力は低くない、アカデミックな分野で伝手を作っておけば、タキオン先輩の研究成果が認められることは大いにありうることだろう。何ならちょっとフラッとアメリカなんかに行って飛び級して帰ってくる可能性も無くはない。

 一般的に教授になるには博士号が必要と目されているが、別にそんなことは無い。ジャーナリストや芸人さんが教授として在籍している例もあるし、何なら大学教育の場ではそもそも教員免許なども必要無い。この場合中等部や高等部に授業を教えに来ることは無いが、その辺やろうとする人でもあるまい。

 あと理事長が理事長だし話が来たら絶対即「許可ッ!」とかやってる。

 

「そもそもトレセン学園は『Japan Uma Musume Training Schools and Colleges』――大学(Colleges)の機能を併せ持つわけだ。でなければ会長や私がいつまでも在籍し続けているのが不自然だろう?」

「言わんとすることは分かるが……」

「というわけで来年以降もよろしく頼むよ。あ、モルモット君、紅茶」

「はいはい」

 

 ――そんなわけで、来期以降トレセン学園にアグネスタキオン准教(相当)が爆誕することになった。

 トレセン学園の倫理観は無事で済むのだろうか。済まないだろうな。気にするのやめよう。

 

 

*1
2022年現在、平地競走では8歳で重賞を勝利した後、9歳現在でも現役を継続している馬がいる。公式記録においては10歳で重賞を勝利したケースあり。また障害競走においては、11歳で現役を続けている同一重賞5連覇の絶対王者がいる。

*2
「ここでまさかの肩透かし」より。





○本編の補足
・本格化の終了及びドリームトロフィーリーグについて
 アプリのサクラチヨノオーシナリオで語られた設定を元に独自に設定しております。
 本格化が終わった後の能力ですが、こちらは同じくサクラチヨノオーのシナリオで語られたマルゼンスキーの走りや能力値で「やろうと思えば現役相手でも本気でやりあえる」程度と判断しました。
 併せてメイショウドトウシナリオでは本格化前に出走、クラシック級10月になるまで本格化しないままで出走し続けておりますが、こちらを史実にあてはめるとドトウは少なくともそれまでに3勝はしており、場合によっては競走能力自体にも大きな差は出ないと考えられます。
 本作では「本格化で能力の上昇がピークに達してる相手には敵わない」程度のものとして、ドリームトロフィーに関してもそれに準じた扱いにして参ります。

・トレセン学園は大学なのか
 「Japan Uma Musume Training Schools and Colleges」というアニメうまよん第2話の英語表記から来た独自設定です。
 本来「中高一貫校」ですが、ある程度そうでもしないと年代・本格化の時期の個人差の問題もあるため大学くらいまで幅を設けているのではなかろうかという願望も入っています。今後アプリやアニメの設定と大きく矛盾する可能性もありますので予めご了承ください。

・タキオンの引退
 アプリのマンハッタンカフェのシナリオを見る限り走り続ける可能性は高そうですが、本作では「一旦」引退という扱いとしております。

・准教授相当
 調べはしましたが本当にそういうことしていいのか分からないのでフワッとした役職にしてます。トレセン学園の独自性の賜物ということで許してください。
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