【本編完結】ロバ娘:ファンディングストライプ   作:桐型枠

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こいつ何企んでるんだろう

 

 2200mという距離は、クラシック級に上がってきたばかりのウマ娘にとってはやや過酷な距離だ。

 ダービーより短い距離だし、1ハロン(200m)程度なら……と思うひとも多いだろうけど、実際のところその200mが絶妙にスタミナを奪いに来る。

 いつも通りのペースで行くと最後に伸びきれず、かと言って脚を残そうとすると仕掛けどころがまた微妙に難しい。時によっては先行する他のウマ娘に焦らされ、ペースを崩されることもあるだろう。

 2月。阪神レース場、すみれステークス。

 今日のぼくの方針は――ゴリ押しだった。残り1000mちょっとでロンスパかけて競り潰すいつものやつ。

 慣れない距離で精神と体力を削られるウマ娘が続出する中、ぼくはひとりピンピンした状態のまま一着で入線した。

 なお、差は半バ身。いつものことである。

 レース後、言外に「お前いつまでもオープン戦でグダグダしてないでとっとと重賞行け」という旨のことを言われたがどうか4月まで待ってほしい。皐月賞出走できるの確定出来たら流石にこれ以上は出ない……もう出走確定できる程度に賞金稼いでる? ええ、まあ、はい……まあ……それはそうなんだけど……。

 

 さて、ともかく3月のとある日。トレーナーさんウマ娘問わずホワイトデーのお返しのためにお菓子の需要が大幅に膨らんでいる頃のこと。

 ぼくは学園内の空き教室へ、アイネス先輩と一緒にアルバイトの面接に向かっていた。

 

「それにしても、トゥインクルシリーズの走者歓迎、なんてアルバイト珍しすぎて怪しいの」

「それは確かに……」

 

 今回の募集要項を思い出して、ぼくは思わず苦笑いした。

 トレセン学園の生徒限定ってだけでも大概だけど、そこに加えてトゥインクルシリーズの走者なども歓迎ときた。思わず飛びつきたくなる字句こそ使っているが、客観的に見ると怪しさ満点もいいところだ。会社名も聞いたこと無いものだし、理事長とたづなさんの許可印が無ければ信用できるかどうか……。

 

「とはいえ、やっぱりバイトの需要自体はそれなりにありますからねー」

「税金もかかるし、賞金は貯金して使わせてもらえないって子も多いもんね。そうじゃなくってもまだレースに出られない子もいるし……」

 

 トレセン学園に通っているウマ娘は、なんというか実家が「太い」ひとが多い。ぼくの周りだけ見て言っても、テイオーやマックイーンはかなりのお嬢様だ。

 そうでなくとも、大成して名前を残せるウマ娘の割合が非常に少ないこのレース業界、結果を残せずに引退というようなことになった場合に十分なフォローができるのは家族だけだ。

 加えて、仮に成功を収めたとしてもその後学生だけでまともな資産運用ができるかと言うと、これも難しい。税金の問題もあるし、必然的にトレセン学園生徒の親には、一定以上の金銭感覚やモラルが求められる。

 ――結果、子供に大金を持たせると色々な意味で危険だということで、親が貯金の管理をしてそこから「お小遣い」という形でお金を引き出す、というケースが多い。

 現在、デビューしていて収入があるにしろ無いにしろ、「自由に使えるお金が欲しい」と思っている層は潜在的にかなりいるわけだ。バイトには許可証要るけど。

 

「けど、いくらなんでも週一回一時間でもOKなんてあざとすぎるの。いかにも配慮してる感強すぎるの」

「あっはは……」

 

 トレセン学園の本分はやはり学業とレースなので、バイトをするにしてもトレーニングと両立できる程度のものじゃないなら論外だ。

 だけど、バイト先としては、雇う相手がどういう立場でも関係ない。できるだけ長く勤めてほしいし、できれば忙しい時間に来てほしい。シフトの組み方が偏ったりヘルプに入ることができないとなれば、やっぱり採用しづらいだろう。

 その点で行くと、確かに週一回一時間でも可、なんて条件としては破格……なんだけど、破格すぎるし都合良すぎてむしろ超怪しいようだ。そう思うと急に不安になってきた。

 

「人、来てますかね……」

「んー。なんだかんだ理事長たちが問題ないと判断してるみたいだから、募集は来ると思うの」

 

 理事長の承認ッ! の効力強いな。いや、当たり前だけど。

 この辺はたづなさんが秘書としてある程度やってもいいものか悪いものか判断している側面も大きいか。

 私財使って学園の環境改善に取り組む、とかは……それこそウマ娘たちのためにはなるし、紛れもなく善意なので、そんなにお金を使わないでください――なんて咎めるのも憚られるが、こちらは学園の運営や規範に関わることなので口出しはしやすいだろう。

 しばらく歩いて空き教室へ到着する。アイネス先輩を含めた数人が一列に並んだ椅子に着席しているのを見てから、ぼくは向かい側の席に座りに行った。

 

「ちょ、ちょっとちょっと! そっちはお店の人の席! こんな時にふざけちゃダメなの!」

「わたしが雇用主です」

「……へ?」

「わたしが雇用主です」

「……………………ええええええええええええっ!!?」

 

 ――ようやく状況を理解したらしいアイネス先輩の声が響いて、続いて他のひとたちも遅れて驚きの声を上げた。

 

「というわけで、はじめましての方ははじめまして。知り合いならお疲れ様です。本日、面接させていただきますサバンナストライプです」

「あ、よろしくお願いしますなの……ところでこれどういう状況?」

「んー、簡単に説明すると、ぼく会社を興しまして」

「会社を」

「興して」

「ええ、はい」

 

 オフィスについては定期的な収入が無いと借りるのも難しいので今は置いとくとしても、とにかく事業だ。

 以前、会長たちに食品関係の仕事をするという風に伝えた通り、まずは料理、食事……というところはすぐに固まった。

 ではその内容をどうするか。レース場とか色々考えたのだけど、まずレース場のテナントは経営実績が数年無いと入れてもらえないので却下となった。

 じゃあ店舗を……とやるには初期投資が痛すぎるし、かと言ってそれなりの拠点が無いとそれはそれで困る。

 なので、キッチンカーを購入。イメージは寮の前にやってくるはちみードリンク売りだ。その上で、他の料理も色んなことができるように改装した。

 で、あとは店員……という段取りだ。

 

「ともかく、今までより事業を拡大するために皆さんの力をお借りしたいわけです」

「じゃあ、あのやたらトレセン学園生向けの募集要項も……」

「配慮が行き過ぎて逆に反感買いそうな時間指定も……」

「現役走者のぼくが募集かけてるのに配慮しないわけがないじゃないですか……」

 

 自分基準で「こういうのあったらいいな」を詰め込んだ結果、逆にできすぎた話になってしまって怪しさがマシマシになったわけだ。

 冷静になって見直すまで気付けなかった自分のマヌケっぷりにはもう笑うしかない。

 

「もうっ、それならそうと先に言ってほしいの!」

「先に言うと『こいつ何企んでるんだろう』って目で見られるじゃないですか」

「普段人を疑心暗鬼にさせてるウマ娘の言うことじゃないわ……」

「因果が巡ってるよね」

「実際企んでそう」

「げふんげふん」

 

 ともかく!

 

「業務の内容は事前に資料でお伝えした通り、接客です。注文を取ったらキッチン担当に伝えていただいて、出来上がったらお客さんに渡す形です」

「質問!」

「はいどうぞ」

「この内容でトレセン学園の生徒に限定する理由は? 身内人事?」

「身内人事です」

「ぶっちゃけてるの!?」

 

 そりゃ外部に募集かけてもいいんだけどさ。せっかくだしトレセン学園生徒という立場と環境は最大限活用していきたい。

 コネがあって知り合いも多いから一定以上信用できて、学校自体の知名度も高いから集客も見込める。加えてお互いにトゥインクルシリーズ走者なので求めてる環境も把握してる。バイト先としては良い方なんじゃないだろうか。うん。

 

「はい質問」

「どうぞ」

「時給は?」

「1600円と、業績に応じてボーナス」

 

 言った瞬間、皆の椅子が軽くガタガタと揺れた。

 東京都の最低時給は1000円と少し。このことを知ったぼくは一瞬気が遠くなりかけた。ケニアの農家の平均月収は日本円換算で10,000円程度だ。物価が高いからこその賃金の高さとも考えられるけど、調べてみようと思うまで知らなかった。

 ともかく、今ぼくが提示している額に行き着くにはそれなりに専門的な資格が必要になったり、アルバイトではなく派遣社員の立場まで行き着いていることが多い。それをポンと出すとなれば色めき立つのも致し方ない。

 

「なにか企んでる悪い顔してるの……」

「そんなことありませんのことよ?」

 

 ふほほほ。

 ――と、実際のところ別に何か企んでいるというほどのことはない。

 ただ、勘定の計算はしている。まず実働時間を8時間、勤務日数は20日、時給を1600円とすれば月あたりの給料はおよそ26万。お客さんをさばくにはできれば二人体制にするのがいいだろう……とはいえ、常時やる必要は無い。シフトの入れ方を考えると、月あたりだいたい費用は40万というところだろうか。ぼく自身の収入との差し引きも考えればそこまで痛い出費ではない。

 ある程度歩合制の色が入っていると知れば、より多くお客さんを呼び込もうとするはずだ。加えて更に知名度を高めるためにSNSや広告などで宣伝を打つ。正攻法だが、それだけの手段が揃っている今は正攻法が一番有効だ。奇策珍策を講じるのは、正攻法が通用しないか効果が低い時だけにすべきだろう。

 じゃあ何で毎回レースで策を弄するのかって、通じないんだよなぁ! 正攻法が!

 

「ぼかぁ正攻法が使えるならちゃーんと正攻法使いますよ」

「あんたが正攻法使ってんの見たこと無いんだけど」

「使えるなら使うけど使わないだけっていう詭弁よきっと」

「信用度がひっくい」

 

 なぜかって……分からないとは口が裂けても言えないけどさ……。

 自業自得っちゃ自業自得なんだけど、正直な気持ちをちゃんと伝えても伝わりきらないのはちょっと悲しい。

 

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