いやあ、若葉ステークスの出走者は強敵でしたね。
……なんて茶化すこともはばかられるくらい、実際激戦だった。
皐月賞への優先出走権が与えられるこのレース、阪神レース場での開催のため条件そのものはやや違うにしても、同じ2000m*1条件ということで弥生賞に出る機会を逸した強いウマ娘などがこっちに出走しに来るケースは多い。
……あと、弥生賞は朝日杯覇者のアイネス先輩が出てたり、メジロ家で今年の有力候補に名前が挙がっているライアン先輩がいることもあって、「じゃあこっちなら」と思って若葉ステークスを選んで来てるひとも多いのだけど、一旦それは置いておこう。
ともかく、強い相手が多いのは確かなことで、どうしても苦戦を強いられることになるのは覚悟しなければならない*2。
今までにやってきた作戦と同じようなことをすれば、看破されて負けるなんてことも十分ありうるわけだ。2000mでぼくにとって短いから仕方ない……と見ることもできるけど、それはそれで後悔することになるだろうから勝ちには行く。
ここでぼくは阪神レース場の構造に目を付けた。スタート直後とゴール前に急坂があってパワーが要求される点だ。
主体とするのは逃げ。スズカ先輩やターボのような大逃げではなく、先頭に立つことで他を牽制するタイプの逃げだ。
この状態を残り4ハロンまで維持し続け、下り坂に差し掛かったところで――尻尾の回転を無理矢理止めることで減速。順位を落とすことでマークが外れる。名付けるなら「死んだフリ」だ。
最後の最後、急な上り坂に差し掛かったところで回転を再開して一気に再加速。最大速度で抜き去り――――切れるほど最高速は出ない。
ゴールまでずるずる一進一退のグダグダな状態になって、最後はドロドロになりながらギリギリのところでハナ差勝ち。
レース後はドーナッツ先輩に「オメーもっとスカッと勝てよ」と怒られたが、走法考えるとドーナッツ先輩も大概じゃないっすかね。
ともかく、季節は春。4月になって、進級とクラス替えの日が訪れた。
「おいっすー。サバンナストライプでーす」
「なにそれ」
「ネイチャのマネ」
「うおっ…………そんなことしたことあったっけ?」
「してなかったっけ?」
「わからん……」
進級にあたって、今年は去年と比べて更に顔ぶれが変わった。
なんと、いつものメンバーの中で同じクラスになったの、ネイチャだけである。
……いや、別に寮で会おうと思えばすぐ会えるわけだからいいんだけど、やっぱ教室で会わないとなるとそれはそれで寂しいものがあるっていうか。
仕方ないこととはいえ寂しいものは寂しい――のだけれども。
「おはようございます、ネイチャさんにストライプさん。今年からクラスメートですね。よろしくお願いします」
「あ、イクノにタンホイザ。おいっすー……今おいっすーって言っちゃった」
「ホラ」
「よろよろ~……トラちゃん、何でネイチャ頭抱えてるの?」
「自分の言動に自信が持てなくなっちゃったんじゃない?」
「どゆこと?」
「いろいろあるんだよ」
それはそれとして、新しい出会いもあったりするのだった。
ひとりはマックイーンと同室で、これまで実は何度か話したこと自体はあるイクノディクタス。
もうひとりは、びっくり部屋またはマチカネ部屋と称され、シャカール先輩にしょっちゅう注意を受けている部屋の住人であるマチカネタンホイザ。
どちらも友人を通じた知り合いで、余り深く付き合いはもっていなかったけど、同じクラスとなればもうちょっと関係性は深まるだろう。
……が。
(ターボ成分が足りない)
どうにも微妙に締まらない。
クラス替えはある程度ランダムだから仕方ないんだけど。だけれども。この気持ちが理解できる人が身近に欲しい。
「突然こっち見て遠い目してどしたのストライプ?」
「去年のこの時期は賑やかだったなぁって」
「あー、うん。ね」
「…………えい! えい!」
「賑やかにすればいいというわけじゃないよタンホイザ」
「む……むぇへへへ」
「今まで一年間過ごして慣れていた環境から別の環境に移ったことで、戸惑いがあるのでしょうね」
それは間違いなくある。
ぼく自身にぎやかなのがほんのり好きだなーと思ってるのもあるけど、一年の時はターボがほぼ常時近くにいたし二年になるとそこにマーベラスが加わったしで、体がそれに慣らされているのをひしひしと感じる。
「あとマックイーンがいなくって……情報収集がやり辛くなるのが辛い……」
「こいつ……!」
「先生方もそれを理解しているからクラスを分けたのでしょうね」
「うーん……私もトラちゃんみたく日頃から情報収集しよっかな……」
「ほーらタンホイザがすぐ悪い影響受ける!」
「悪い影響呼ばわりとは心外な」
良い影響とも言い切れないけれど。
ぼくが散々何やら変なことするせいで奇策が有効だと思われるのはちょっと悪い影響になってしまうと思う。だってタンホイザはまともにやれば普通に強いんだもの。
作戦を組み立てることができる、まではいい。自分だけじゃなくて相手のやろうとしていることを看破するのに役に立つ。けど、それを頭に置きすぎると逆に良くない。注意力も散漫になるし、本当に自分がやるべき走りもできなくなる。
トレーナーさんたちが専門に特訓をしてくれてるぼくでもその罠に陥ることが十分ありうるのだから、それ用の訓練をしていない子はとなると……。
情報収集すること自体はやるべきだとは思うけどね、うん。
それから話がひと通り終わった後は、新学年の授業の方に集中することになった……が、当初思ってた3倍くらいのんびりした時間だったように思う。
今までが騒がしすぎたとも言う。
・・・≠・・・
「ストライプ、宿題教えて!」
「フハハこやつめストレートに来おったわ」
昼休み。
勉強、じゃなくて宿題を教えてとはストレートすぎる。ネイチャが思わず吹き出しておるわ。
「あんたねー」
「マヤノには聞けなかったの?」
「マヤノは途中式教えてくれないもん」
「あー、あの子わかっちゃうからね……」
「まさにマーベラスというところですね」
「イクノ今なんて?」
「マーベラスです」
まあ、マヤノは色々突き抜けた
おかげで数学のテスト、途中式の抜けによる減点が頻出している。だいたい全部正解はしてるんだけど。
「スカーレットは?」
「最初にターボが考えて分かんないなら聞きにきてって言われた」
「ド正論だよ」
「正論だよねぇ」
「でもしばらく考えてもわかんないからストライプに聞きに来た!」
甘やかしてたな? と言いたげな視線が刺さる。
うん、まあ、まずぼくのところに聞きに来たっていうのはそういうことだわな……。
しょうがないじゃん。頼まれたら断りきれないよ少なくともぼくは。
どれだけの時間考えてたかは別問題とする。
「で、ターボや? 何秒考えてた?」
「10秒!」
なお、これは自己申告な上にターボの目分量なので実際にはもっと短い。
しかし、自己申告とはいえターボが10秒もったのは記録更新だったりする。もう少し頑張りま賞。
「ぼくらもトレーニングあるから、夕方まで待ってできなかったら栗東寮来てよ」
「分かった!」
「こやつサラッと夕方まで延ばしよったぞ」
そりゃまあ、本来宿題というものは文字通り「宿」でやる課「題」。
まずぼくらの本分はトレーニングなのだから、まずはトレーニングを終えてから取り掛からないと。
「じゃあそれまでストライプたちとトレーニングする! ストライプ今日フリーの日でしょ?」
「フリーだよー」
「あっ、じゃあ私も!」
「教官のトレーニングが終わったら私も参加します」
「えー、アタシだけ仲間外れかコレ」
「ネイチャ今日フリーじゃないの?」
「
残念。まあ、そういうこともあるか。
……で、それから自主練メニューをこなした後、ターボとイクノとタンホイザを交えて合同トレーニングを行うことになった。
話の流れの中でそれとなーくターボのスタミナ強化計画がほんのり立ち上がったりなんかもしたけれど、結局今はできないねということで話は流れた。いつになったらできることだろう。
――皐月賞まであと数週間。
進級してしばらくはのんびりと過ごしながらも、どこかフツフツと湧き上がる熱意が抑えられないぼくだった。
○ いくつかの設定について
・前話のキッチンカーなど
会社を興した後、チームのコネを使って社員を募って運転手とキッチン担当を雇った……という旨の文を入れるつもりがごっそり抜けていました。申し訳ありません。近く別の話の中で多少の補足を入れたいと思っております。
・一年目夏合宿の肝試しの時のマチカネタンホイザ
本来同室のフクキタルがペアですが、鼻血を出してダウンしていたためフクキタルがウオッカとスカーレットの引率をしていたということで補完いただければと思います。