数万の観客が見守るウイニングランの最中、ふとした拍子に観客席からこんな声が聞こえてきた。
「皐月賞は『最も速いウマ娘が勝つ』と言われている」
「どうした急に」
いつもの人たちである。
あ、見に来てくれてたんだーとのんきな思いを抱くのと同時に、いつもなら始まる前に話し始めるよねこの人らと思わなくもない。
「古くはイギリス2000ギニーがそう言われていたことに由来するが、皐月賞でもそれは変わらない」
「実際、アグネスタキオンやヤエノムテキなど、皐月賞ウマ娘はスピード自慢が多いな」
「……ベテルギウスのウマ娘も多いな」
「多いな……」
……タキオン先輩にスカイ先輩にシャカール先輩。そこに加えてぼくだ。いや本当に多いなベテルギウス所属の皐月賞ウマ娘。
そこ言い出すとダービーウマ娘が多い(予定の)スピカや三冠ウマ娘がいるリギルも大概ヤバいんだけど、そこは置いとこう。
「そんな中で勝ち上がってきたのが『レースに向いていない』と言われる速度の縞毛のウマ娘だ。これは業界としても間違いなく異例のことと言えるだろう」
「確かに異例だということは分かるが……あれは結局何がどうなって勝ったんだ?」
「…………」
「…………」
お兄さんたちは二人して首をかしげていた。
表面的には、尻尾の回転を逆用した幻惑逃げを決めて押し切った、までは読み取れる。
同時に、「何でそこまで上手くいったのか」を読み解くことは難しい。
幻惑逃げとは本来、長距離での逃げ切りを狙うための戦術だ。序盤の1000mをハナに立ってオーバーペース気味に差を広げ、次の1000mでペースを緩めて息を入れる。最後の1000mで息を吹き返して速度を上げ、先頭に立ったまま逃げ切る……という流れになる。
それをわざわざ中距離でやろうというのがまずどうかしてるし、加えてスピードこそが重視される皐月賞で、他のウマ娘が皆して速度を抑えるのがもうおかしい。様々な要因が絡み合った結果なので、分析してみても多分二度と再現不可能だよコレ。
そうなるように仕組んだとはいえ、全員を罠にハメられたのは我ながら出来すぎなのは確かだ。
ひと通りウイニングランを終えて戻ると、ライアン先輩とアイネス先輩にふたりして背中を軽くぺしぺしされた。
「あたたた」
「ナイスラン……だけど、こんなに悔いが残るレース初めてだよ」
「せめてベストを尽くさせてほしかったの」
「そう言われても……」
ぼくにとってのベストとは、相手に全力を出させないことにある。一方的にぼくが全力を出せる環境を作らないと勝負にもならない。
情報戦や心理戦、印象操作や、どこまで能力を見せるかという駆け引きまで。全部がレースの一環だ。
ゲーム的なことを言うと、ぼくはデバフを常時撒いてくるタイプのクソボスだと思ってほしい。
後からすれ違ってくるウマ娘もこぞって背中をぺしぺししてくる。そりゃまあレースってそういうものだとは分かっていても、イラッとはするよね。普通に考えて。
「一着おめでとうっ★」
「うわっ」
その中に、一際強く背中を押す手があった。ファル子先輩だ。
その表情はウマドルらしく笑顔を絶やさずにいるけど、悔しさや悲しみの色は隠しきれてない。
――18着、という結果は、残酷なほど明確に彼女の芝への適性の低さを物語っていた。
「ホラホラ、お客さんに手を振ってあげて! 今日のセンターはストライプちゃんなんだから!」
「……はいっ!」
そうした内心の感情を飲み込んで背中を押してくれる先輩に感謝しながら、ぼくは再び観客に手を振って応えた。
・・・≠・・・
世界初、日本のクラシック三冠における縞毛のG1勝利。それは、「winning the soul」のライブ映像と共に大々的に報じられた。
元々カレンのせい――というかおかげというか――で変にコアな知名度があったぼくだけど、これによって全国的に爆発的に知名度が向上した。これは単なる勝ちじゃなく、皐月賞の大本命であるライアン先輩とアイネス先輩を破っての勝ちだったのが影響したせいもあるだろう。
急に各所でダービーの本命、なんて持ち上げられるようになったのはだいぶ居心地悪いけど。
で、だ。
「また取材……!?」
「また取材です……」
皐月賞から数日。連日取材が続いてそろそろぼくはうんざりしかけていた。
インタビュー用の原稿を作るためにパソコンのキーを打つ手は動かしながら、しかし上半身はその場に投げ出すようにしてでろんと机に突っ伏す。サブトレさんやトレーナーさんも今回は少なからず疲弊しているようだ。
ここんところ学校、取材、トレーニング、取材、トレーニングのローテーションで一日が終わってしまっている。いくらショートスリーパーでも寮生なのだからルームメイト、というかミークにかかる迷惑も考えないといけないし、この上に仕事となると相当キツい。
サブトレさんも申し訳無さそうにはしているけど、これ自体は別にサブトレさんのせいというわけでもないから何とも言い辛いし……。
「この調子で一週間か。ダービーへの調整もしなければならんし、そろそろ学園の方からより強く制限をかけてもらわんといかんな」
「現状ですら制限はかかってるんですか……」
「メディアとして質の良くない会社というのは必ずありますので、そういったものを弾いてはいるはずですよ」
「四六時中密着取材とかはされてないからまだマシではありますけど……」
「何十年前のマスコミじゃないんだぞ」
我ながら基準が古いのは否めないし、オグリ先輩がそういう目に遭ったという話も聞かないので多分大丈夫だろうけど、どうしても想像してしまうのは強く印象に残っていることだ。
変な話、頭の中で「マスコミと言えば偏向報道と捏造ですよね!」とばかりに良くないバイアスがかかってる。なんというか古いながらも過激な実例を知っているがゆえの悲しいサガだ。
「ミークもずーっと取材受けてますし。というかぼくらふたりセットで」
この前は雑誌の表紙、その前はオフショットで特集インタビューだっけ? で、明日は合同トレーニングの風景をテレビ取材して……これ全部ミークとだ。
同じチームだからってスナイパー=サンとスカイ先輩が二人で合同でやってたのは見たことあるけど、ミークは専属、ぼくはチームで境遇が違うのに……。
「縞毛に白毛、走らんと言われとるウマ娘がふたりしてクラシックの一冠をもぎ取ったんだ。そうもなる」
「毛の色で走る、走らないという見方をすること自体が偏見では? 縞毛と白毛の絶対数が少ないからそう見えるだけで、走れるかどうかという点はあくまで個人の資質によるもの。オグリ先輩やタマ先輩に対するスカイ先輩のように、将来的に大勢後を追うひとが出てくるはずです。ここまで大々的に扱う必要は無いのでは?」
「その第一人者として先駆けになった以上大々的に扱われて当然でしょう。詭弁を弄さないでください」
「はい」
「お前という奴は本当に……」
「というか私達に言ったところで逃れられるわけがないでしょう」
「ですよねぇ」
逃げちゃいけないのも分かってるし逃してくれないのも分かってる。言わばこうやってテキトーなこと言ってガス抜きしつつ、逃げないことを再確認してるようなものだ。
思いっきり体を逸らして椅子を……体格のせいで、揺らしたらそのまま後ろに向かってガッチャンするのが目に見えてるのでやらない。
「……ちなみに、依然無敗ですがダービーの方はいかがですか?」
「どうでしょ? 言っても一番マークがキツくなりますから、無敗期間はそう長くないと思いますよ」
既にぼくは史上最遅の皐月賞ウマ娘、なんて名誉なんだか不名誉なんだか分からない呼ばれ方されてるし。実際にあの場にいたひとたちは勿論注目してくるし、聞く人が聞けば「遅いのに皐月賞を制するなんて何かあるに違いない」と思って研究もしてくるはず。
「ぼくもやる分には勝つつもりですけど」
「……それはそうでしょうね。インタビューまで利用してわざわざ意図的に勘違いさせやすい情報を撒くとは思いませんでしたよ」
「ふほほ」
――せっかくなので、一応。インタビューなどで色々根掘り葉掘り聞かれるのを利用して、今後の布石は打っているつもりだ。
こういった雑誌インタビューや一問一答、対談というものは人が思うよりも遥かに多くの情報を読者に与えてしまう。逆にそうして与える情報に指向性を持たせて、恣意的にある程度の「歪み」を持たせられればどうか? これは一種の実験でもある。
全部のインタビューや雑誌をチェックするとも思えないし。数撃って当たればいいな程度の認識だけど。いずれにしろやらない理由も無い。
「いずれにしろ、練習通りに行けば……」
「
「多分ですけど」
現在のダービーのレコードは2分25秒半ば。坂やコーナーでの減速を考慮に入れつつ、現状の9割5分の力……60kmで走行し続けることができればあるいは……レコードに迫ることはできるかもしれない。
逆に言えば今のところ、ぼくにできるのはそこまでだ。等速ストライドができていればもしかしたらレコード更新までありうるけど、この基礎能力じゃこれが限度。データは嘘をついてはくれないし、騙されてもくれない。
だから、人を騙す。人は限界を超えてくるものだ。それを前提に動く。
「ひと月程度で仕込みが機能するかは未知数ですけどね」
「ひと月丸々使って仕込みをしようというのが異質なんだお前は……」
「トレーニングみたいなもんですよトレーニング」
まあぼくの能力向上じゃなくて他人の(レース中の)能力低下を狙った仕込みだけど。ひひ。