【本編完結】ロバ娘:ファンディングストライプ   作:桐型枠

71 / 134
日本ダービー

 

 ――ゲートが開いたその瞬間、ぼくは皐月賞のそれに負けずとも劣らない好スタートを切った。

 この中では頭一つ以上抜け出た加速力任せにグンと前に踏み出し、機先を制する。

 

『スタートからハナを奪ったのはサバンナストライプ! 皐月賞のように周りを翻弄する逃げを見せるのか!』

「くっ……!」

「そうはいかないの!」

 

 そうはさせない、とばかりに逃げや先行策を得意とするウマ娘たちが一斉に肉薄してくる。

 まあ、そうなるだろう。そうする他無い。

 大外に近い位置からの逃げ、なんてのは現実的じゃない。加えて皐月賞と違ってスタート直後に坂があるわけでもない。コーナーも近く、構造的にそんなことをすれば逆に自分の首を絞めることになる。

 だが、皆の記憶には鮮烈なまでに皐月賞での逃げ切り勝ちが焼き付いているはずだ。先頭に出ることを許せばこの二の舞いになりかねない。だから、考えれば考えるほどこの誘いに乗らざるを得ない。

 

『しかしアイネスフウジン、ピリカコマンドー、アリススクロース上がってくる!』

 

 まもなくコーナーに差し掛かる。当然だが、ここから内へ切り込むわけにはいかない。確実に斜行だ。かと言って外めを回るのは論外だ。ロスが大きすぎる。

 では、先行集団に紛れるというのは――これも現実的ではない。「それなり」の結果にはつながるだろうけど、ぼくの狙いは最低でも入着。よく頑張った、で済ます気は全く無い。

 わずかに速度を落として、周囲を観察できる程度の落ち着きを取り戻す。さて、本番で例の技がどこまで使えるか未知数だけど……。

 

『流石に外からでは苦しいか。先頭アイネスフウジンに替わります』

 

 コーナーに合わせて内に切り込もうと一瞬考えたが、他のウマ娘の位置取りでそういうわけにもいかない。流石にダービーだ、上手い子が多い。スタートダッシュで振り切ったはずのマークも再開されているし、とにかくこちらを動きづらくさせようという意図を感じる。

 ――好都合だ。

 こちらの思惑を見逃すまいと団子状態になっている今のタイミングなら、背の低いぼくは前傾姿勢になることで他人の視界から一瞬()()()ことができる!

 

「あの技って、スナイパーちゃんの!」

「精度は低いがな」

「わあっ!?」

 

 どうやらミスディレクションもどき(これ)に反応したらしいスペ先輩が、更にそのことに気付いてスピカのいる席にやってきたスナイパー=サンを驚きで迎える。

 

「フッフッフ……あれぞまさにカクレミ・ジツ。基本的なニンポだがそれ故に奥が深く見抜くのも難しいのだ」

 

 ワタシなら観客も含めて術中に入れて見せるがな、なんて言ってふんすふんすと鼻息を荒らげているが、実際彼女の隠れ身の術(ミスディレクション)は、来ると身構えていてもなお引っかかってしまうほど巧妙だ。観客すら手玉に取るというのも大言壮語ではなく、実際に実況さえも術中にはめてしまうほど。

 現状のぼくでは、完成度は50%がいいところだろう。

 

「でもさ、それってすぐに見えなくなるものなの?」

「いい質問だテイオー=サン。たしかに普通はそう上手くはいかぬ。しかし、あやつはギャップを上手く使っているから練度が低くとも同じコース内にいるウマ娘を幻惑することくらいはできる」

「ギャップって何なんすか?」

「……なるほど。回る尻尾に、縞毛ですわね」

 

 ぼくは全身どこを見てもだいたい何かしら変な特徴がある。髪は白黒、耳は長いし、尻尾もレースに向いてないと言われる短毛。しかも、それを回転させる。そもそも日本人ですらない。街に出ると変な目立ち方をするので髪を隠していられる帽子は必需品だ。

 ――というのは、目立たせない手法を取れば、普段の姿とのギャップから、ぼくの存在に気付かれないようにすることができるということだ。

 フードをかぶる、ということは流石にレース中にはできないが、代わりに今の状態でできる範囲で耳を畳んで目立たないようにし、尻尾の回転も止める。速度は伸びなくなるけど元々速度は落とすつもりだったのでちょうどいい。

 これだけでも、つい一瞬前までの「サバンナストライプ」の姿を見失う。本来のミスディレクションとは用法が異なるが、それでも一瞬の幻惑にはなる。その間に――。

 

『まもなく2コーナー回ります。先頭からアイネスフウジン、アリススクロース……』

 

 思いっきり……下がる!

 

『――メジロライアン、フルサイクル、最後尾にエマージング。並んでサバンナストライプ……、……!?』

「最後尾!?」

「下がりすぎだろ!」

 

 ……正直言うと、ぼくもウオッカの言う通りだと思う。下がり過ぎなくらい下がってるんだよ、今。女性実況の人も一瞬困惑してる。

 しかしこれも、枠番が決まった時にトレーナーさんたちと打ち合わせた作戦の内だ。仮にこれをぼくが一人で考えていたら自信を持ちきれないだろうけど……ぼくの能力を数値として把握しているトレーナーさんたちと一緒に組み立てたんだからそこに疑いを挟む気は無い。

 

 ――お前に追い込みができるほどの切れ味は無い。そのことは競争相手も織り込み済みだろう。「まくり」をしてくることを前提として動くはずだ。

 ――始動のタイミングは任せるが、お前の体力なら……。

 

「あれはまくりを狙っていますわね。ストライプの脚では追い込みというわけにはいきません」

「先行の位置から行けばいいじゃない。アタシならそうするけど」

「……あの子は多分それができないのよ。と言うより、そうしたら多分、埋もれちゃうんじゃないかしら」

「どういうことですかスズカさん?」

 

 リハビリも終わったが復帰の目処が未だ立っていないスズカ先輩だが、ぼくの現況への分析は正確だ。レースの勘は未だ失われていないらしい。

 そう、この状況で前めの位置につけてしまうと、ぼくは十中八九沈むのだ。

 

「皐月賞で勝ってるからマークもきつくなってるし、バ群の中にいるとブロックされる可能性が高くなると思うの。それなら、後ろからの方が視界も広くてまだ比較的走りやすいのかも……」

「なるほど……」

 

 更に加えて言うなら、前からでは後ろにいるぼくの姿を確認し辛い点が挙げられる。

 こちらの目論見を見抜くことができなくなるというのは他の走者にとっては相当なプレッシャーのはずだ。

 

『まもなく1000mを通過。道中縦長の展開になっています』

 

 ――だから、展開はこうなる。

 現状のペースメーカーはアイネス先輩だ。前走の皐月賞でぼくが遅めのペースを作ってハメたことを意識するため、どうやってもペースは多少早くなる。

 それに対して他のウマ娘はこちらの動向をうかがうことになるため、アイネス先輩を追走しきれず、かと言って下がるわけにもいかず膠着状態に陥る。結果がこの縦長の展開だ。

 

「仕掛けてくるとすれば、ストライプの適性と残る体力を考えると……恐らく1600m付近、ですわね」

「いやいや、マックちゃんよー。そんな大人しくしてるタマかあいつ?」

「いくらあの子でもそこまで無謀なことはしないでしょう。2400mの距離を本番で走るのは初めてですのに」

『ここで上がってきた! 後半に入ったと同時にサバンナストライプまくってくる!』

「……あら!?」

 

 1200m地点。向正面の坂を登ったところで、ぼくは仕掛けを始めた。

 皐月賞よりも長めの距離のダービーだ。マックイーンが考えるように、皐月賞で見せたような1000m一気に駆け抜けるようなスパートは見せないはず……と他のひとも思うことだろう。

 だが、ぼくの適正距離は3000mとも4000mとも言えるレベルの超長距離。確かに、もし皐月賞と同じペースだったら、もう少し配分を考えなくてはいけなかっただろうけど……。

 

(一度ペースを落としたおかげで、息は整ってる)

 

 最後尾まで下がるほど減速した甲斐があった。体力は十分すぎるほど残っている。

 そこに加えて向正面の3コーナー手前という状況のおかげで、ちょうど縦長の――ほぼ一直線の隊列になっている。これなら、ほんのちょっと横に出るだけで――!

 

『ここでごぼう抜き! サバンナストライプが上がってくる!』

「嘘っ、早……!」

「くううっ!」

 

 開けた道を一気に上がっていく。残り1000mに差し掛かる頃には3コーナー……流石にそこまでで全員を抜く、なんて芸当はできそうにないが、東京レース場の勝負どころは非常に長い最終直線。皆は確実にそこまで脚を溜めるはず。コーナーリングで生じる数メートル分のロスは許容してでも、ここは強引に突っ込む!

 

『グイグイ上がってくるぞ! 他のウマ娘は上がってはこないか!』

『仕掛けどころまでまだ距離があります。ここは我慢のしどころですよ』

「――そうは言っても、なかなか我慢しきれる子は多くありませんよ」

「悪い顔をしとるぞ利紗」

「そうですか? ウフフフ」

 

 サブトレさんは普段柔らかい態度や表情を心がけているけど、時々なにやらひどく好戦的な笑顔を見せることがある。今、ちょうどそんな感じだろう。

 気持ちは分からないでもない。

 

「ふむ、まあ間違いなく焦れるだろうが……他のウマ娘では全力疾走は長く続かん。体力的にも肉体的にもな。ここで我慢できなければ沈む他ない」

「あの子は減速しませんからね」

「今の最高速度はおよそ63km。数値だけを考慮すれば他のウマ娘の足元にも及ばんが、3ハロンの間それを維持できればタイムはおよそ34秒3。ダービーの時のスペシャルウィークをも凌ぐ……!」

「……まあ、机上の空論ですけれどね。現状」

「うむ……」

 

 本当にそれができてれば皐月賞はもっと楽に勝ってた。というか、実際のレースは坂がありコーナーがあり、とそう思うようにいくものではない。

 だが、いずれにしろ――――。

 

「追い……ついたッ!」

「!」

『4コーナー回って最終直線へ! アイネスフウジンとサバンナストライプがここで並んだぁ!』

 

 捉えた!

 東京レース場525mの最終直線! 他のレース場と比べても相当に長い直線だ。ここからは地獄の削り合いに付き合ってもらう!

 

『先頭はふたりの鍔迫り合いだ! 後ろからメジロライアン!! 更にカメダケオロチ突っ込んでくる!』

 

 流石にここまで来たウマ娘だ。ぼくもそうだけど、欠片も譲る気が無い。

 アイネス先輩は逃げ、ぼくはなまくら。理由の違いこそあれどお互い分かってはいるんだ。末脚の鈍いぼくらの競り合いは、恐らくちょっとした要因が勝負を分けるのだと。

 

『400を切った! ここから坂がある! 高低差2mの試練の坂!』

 

 ――しめた、坂ならぼくの方が得意だ!

 グンと勢いをつけて踏み込めば、ここで僅かながらも確かな差が生じる。ほんの数十センチ……それで十分、あとはこの差を維持できるなら!

 

「っ、ぅあああああっ!!」

『大外からメジロライアン! メジロライアンだ! ここで横一線! サバンナストライプ真ん中にいるが、ここから粘りきれるか!!』

 

 ライアン先輩の差し脚は流石だ。ここに来てついに追いついてきた。

 けど、まだ。彼女にとっては適性ど真ん中とも言えるこの距離であっても、一つ計算に入れていないことがある。500m超もの間差し脚を維持できるのかという点だ。

 ライアン先輩はこれまで未勝利戦を除いて全て中山レース場で勝利している。長い直線が全くダメだとは言うまいが、少なからず影響は及ぼしているはず。ただでさえ未経験の2400m……ここまでで正確で完璧なペース配分ができていると断言はできないはずだ。

 アイネス先輩はペースを作る立場だったから脚を残している可能性はあるけれど――――。

 

「や、ああああぁぁぁっ!!」

『ここでアイネスフウジン抜き返したぁっ!!』

「っ――――!?」

 

 息を、吹き返した。

 息も絶え絶え、フォームも正確なものじゃない、にも関わらず、アイネス先輩は気合と共に前に出てきた。

 そこで気付く。彼女の瞳はこちらを映していない。ただひたすらに前を……ゴールだけを見ている。

 彼女は、間違いなく至っていた。全てをなげうつかのような、忘我の境地。明鏡止水の領域(ゾーン)へと。

 

「――――だあああああぁぁっ!!」

 

 気付けば、ぼくも思い切り前に踏み出していた。これまでよりも大きく、強く。

 そんなことが関係あるものか。大仰に言っているだけで、それは言わば精神の高揚。パフォーマンスを限界まで発揮する状態を指した言葉であり、絶対の勝利をもたらすものじゃない。

 計算する。計測する。自分の体の動きの無駄を切り捨てる。恐らくぼくの能力の限界値では届かない。だから()()()()()()()()()()()

 体を前に投げ出すように前傾姿勢になり、風を裂いて脚を限界以上に回す。ストライドを維持したまま回転数を上げ続けるんだ!

 

『ゴールインッ!!』

 

 ――そして、過去最高の勢いを保ったままに、ゴール板を駆け抜けた。

 差は、ごく僅かだった。そして熾烈なデッドヒートを繰り広げたからこそ、感覚的にどちらが勝ったのか分かる。

 

 

『――――アイネスフウジン、堂々の一着! そして、レコードタイムです!!』

 

 

 公式戦初めての敗北は――限界を超えたデッドヒートを経たおかげか、思っていたよりもさっぱりとした気分の中で迎えられた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。