ジャパンダートダービー。東京都品川区に設立された大井レース場で開催される、Jpn1*1に認定されたダート2000mのレースだ。
ところで品川区にある大井レース場を地方と表現することに強烈な違和感を覚えるのはぼくだけだろうか。
いやURA直轄じゃないという意味で法的にそう呼ばれてるわけなんだけど。URA、国がお金を出している公的機関が「中央」と呼ばれていることに対して、それぞれの地方自治体や公共団体がレース場を管理しているから「地方レース場」。一応これには明確な区分けがある。
……「地方」という言葉が普段、東京などの都市部以外を指しているから勘違いしがちなだけと言えるだろうか。
スポーツでは常用語とは別の使い方をされる用語という例は少なくない。例えば野球なんかではエラーという言葉が使われるが、これは野球では守備者の失敗を意味する。対して日用語の場合、エラーという言葉は主にプログラムの誤りなどを意味する。
ともかく、ジャパンダートダービーは地方レース場で開催されている地方のレースだ。
時刻は午後八時前。地方でのレースは午後からの開催のため、メインレースがこの時間になることも珍しくはない。
基本的にゴールデンタイムでの出走になってしまうことから、時間的に夕食やプライム帯の花形番組のテレビ放送と被ってしまうため、観客はやや少なくなってしまう傾向にある。
――しかしこの日、大井レース場は地方レース場としては異例とも言える観客動員数を記録した。
史上最遅の皐月賞覇者、サバンナストライプ。白い二冠女王、ハッピーミーク。都心部という絶好の立地に抜群の話題性のせいで、興味本位だったり不安半分だったり、感情はまあ様々なんだけど、ともかく地方主催のレースとしては想定外と言えるほど人がギッチギチだ。
それこそ、ダートを主戦場とする出走ウマ娘たちが困惑してしまうくらいには。
「あわわ……ダートに……ダートにこんなに人がたくさん……」
そして約一名、何やらアイデンティティがクライシスしかけていた。
ファル子先輩はダートの発展を願い精力的に活動しているウマ娘のひとりだ。よって今回は正直なところ、ファル子先輩には複雑な心境だろう。なにせこの大入り満員の状況を作り出した要因の大きな部分は、ぼくとミークだろうし。
元々芝で活躍しているウマ娘が来たから賑わっている、というのはあまり望ましいことではないはずだ。本来想定しているのはダートを活性化させた先で芝の実力者を招致して……という方向だろう。狙うのは人気の定着であって、一過性のブームではない。
(さて)
ここで観客や他のウマ娘が感じているのは恐らく、果たしてぼくとミークはちゃんと走れるのか? という点だろう。
脚に負担を大きくかけないことからダートトレーニングは多くのチームで行われているが、芝と同じように走れるかは別問題だ。パワーを鍛えるトレーニングとして採用されているだけあって、ダートでのレースは相応のパワーやスタミナ、砂上で走るためのコツが必要になる。
つい先日まで芝でしのぎを削っていたウマ娘にそれが備わっているか、不安視するのは当然だろう。中には明らかに敵意を向けてきてるひともいて、話題性目当てで安易にダートの世界に踏み込んできた、なんて思われていそうなほどだ。というかネットで見た。
しかし当然、ぼくは勝つ気でここにいる。侮るつもりも全く無い。全力で勝ちに行く……んだけれども。
(ミークの考えが読めない)
残念なことに、ミークの考えが全く読めない。流石に話題性に興味は無いだろうから勝つ気でいるのは間違いないだろうけど。むん。ってしてるし。
何で出走する気になったか、というところが正直よく分からない。うーん。
「ストライプちゃん、ミークちゃん!」
「あ、はい?」
「?」
少し悩んでいると、そこで唐突にファル子先輩に声をかけられた。
ぴしっとこちらに指を突きつけてきてひとこと。
「ウマドルとして負けないよ!」
「ウマ」
「ドル」
どうしよう。ファル子先輩、何やら変な対抗意識持ってしまってる。ぼくらウマドルのつもり無いのに。
いやファル子先輩的に言うと在り方がウマドルとでも言うのか? しかし、そもそもこうして盛り上がってるのはあくまで縞毛や白毛という物珍しさに由来するものだ。そりゃ確かに観客ウケする要素は多いけど、アスリートに加えて経営者、そこにウマドルまで加えて三足のわらじを履くつもりは今のところない。去年の聖蹄祭で懲りたよもう。
「ウマドル……」
ミークは言われたことがよく分かっていないようだ。そりゃあそうだよ。ぼくはフラッシュ先輩経由だったり実際に皐月賞で一緒に走って、かつ知識として人物像を知ってるからこの程度の困惑で済んでるんだけど、予備知識が無いところからいきなりぶっこまれたらこうなる。
少しずつ噛み砕いて考えると分かるんだけど、噛み砕くまでがなんというか長い。
「そういえばミークは何でこのレース出る気になったの?」
「ん……」
ぼくは一端、余計な考えを打ち切らせるためにひとつ話を振った。元々気になってたことでもあるし、ちょうどいい。
ミークは顎に軽く指を当てて少し考えると、こう返してきた。
「一緒に走りたかった」
「へ」
予想外の回答で、いいパンチでももらったように一瞬脳が揺らぐ。
一緒に? 走りたかった? ぼくと?
去年今年と一緒に走りたくないウマ娘ジュニア級クラシック級と連覇しそうなのに?
「オークスはレコードが出てない……」
「……そうだね?」
「だから一緒に走ったら、どっちが勝つかわからない。むん」
「むん」
まあそれはそうなんだけど。
ミークはいい具合に先行策から差し込んで快勝、だったけど、レコードが出たわけではない。
対してぼくは負けこそしたが、タイム自体はレコードタイムにクビ差。明確にどっちが強いか、というのは、今現在はっきりしているわけではない。
……もしかして、それが理由で?
「やるなら、
「おおう」
違う路線のウマ娘が一堂に会して走る機会は、あるにはある。たとえば代表的なのは有馬記念だろう。
しかし、これはシニア級とクラシック級混合のレースで、現在クラシック級のウマ娘から見た時は格上挑戦という趣が強い。
ライバルと競う、ということを一番に考えるなら、クラシック級に限定されているレースの方が適しているのはそうなんだけど……こう来るかぁ。
あ、ヤバい。シマウマ娘の
それにしたってこんな選択肢取れるの、ミークくらいのものだろう。いや、ぼくやデジたんパイセンもできるか。なんだ思ったよりいるじゃん。*2
「こっちだって負けないよ」
「ふぁいとー」
「おー」
こつんとお互いに拳を軽く打ち当てる。そしてぼくは――高揚感をまるごと振り払った。
普通のウマ娘にとって、テンションは高い方がポテンシャルを発揮しやすい。しかしぼくの場合、ポテンシャルと言ってもたかが知れてる上にテンションが高ければ高いほど頭が回らなくなるので、むしろ本気でレースをするためにはテンションは多少下げ気味なくらいがいい。
本当の本当にテンションを上げないといけないのは、限界を超えないといけない時だけだ。