【本編完結】ロバ娘:ファンディングストライプ   作:桐型枠

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基礎トレしたら屋台引く

 

 レースの世界には必ず勝ちと負けがある。

 同率の一着というのも、確かに中にはあるだろうけど、極めて稀なケースだ。皆が本気でやっているからこそ、そこには確かな勝ち負けが生じる。そうでなくてはならない。

 それがわかっているからこそ――ぼくはその場でうずくまるファル子先輩に声をかけることができなかった。

 勝者は常に敗者の思いを背負って走っていく。それがトゥインクルシリーズの――――。

 

(いや、そういう空気で走るキャラじゃないなぼくは)

 

 そこまで考えて、考えてたことを全部投げ捨てた。

 そもそも、そういう話が通じるのは「次」が無い場合だ。トーナメント形式とか。確かにクラシック期のジャパンダートダービーはこのタイミングでしか走れないけれど、トゥインクルシリーズにおいてなら同じ相手と走る機会はこれから作ることはできる。だから今の場合かけるべき言葉は一つ。

 

「――次はシニア級でやりましょう!」

「しょう」

「……!」

 

 ぼくが声を上げるのに合わせて、ミークもファル子先輩に言葉を投げた。

 次走はそれぞれぼくが菊花賞、ミークが秋華賞。その後は有記念に出ることになるだろうから今年のダートグレード競走に出ることは難しいだろうけど、来年以降はある程度融通もきくようになる。

 ……流石にJpn2やJpn3となると色んなしがらみがあるので出走は難しいだろうけど。ハンディキャップ背負わないといけなくなる可能性高いし。あとこう言っちゃなんだけど賞金額がちょっと……。

 ともかく、出走するウマ娘のレーティングによっては今後の賞金額の見直しもありうるから、ダート競走の活性化のためにも出走すること自体は悪いことではない。

 ……いや、まあ、ぶっちゃけその、ぼくの場合勝っても全然着差離せてないからレーティングそんなに高くないんだけど。悲しいことに。

 ほんのわずかな間をおいて、ファル子先輩は顔を軽く拭って……笑顔を作ってこちらに向き直った。

 

「もっちろん! 次は絶対負けないから!」

 

 ほんのわずかに涙の跡が見える。間違いなく複雑な感情を抱えているだろう――けど、追求はしないししちゃいけない。

 強さの格付けはまだ終わってないし、終わるものじゃない。まだこの先いくらでも競うことがあると気付いてくれればまずはそれでいい。

 冷静に考えると実質敵に塩を送って再起と覚醒を促しているようなもののような気がするし、そもそもそうなったら勝てるビジョンが見えないんだけど今は置いておこう。重要なことじゃない。

 いややっぱ相当キツいな。間違ったかな。でもいくらレースにはつきものと言っても誰か泣いたり苦しんだりするの見るとこっちも悲しくなるし……。

 

「次は勝つ……」

「こちらこそ……と言いたいところだけど、ごめんちょっと肩貸して」

「むむ」

 

 不満感むき出しのミークにそんなことを言われるが、当のぼくの脚はと言うとそろそろ限界を迎えようとしていた。

 筋痛めてるっぽいのをヒシヒシと感じる。なんだか前に一度やったのを覚えてるせいなのか、脳内物質が誤魔化してくれない。

 

「……大丈夫?」

「一週間くらいトレーニング禁止かも」

 

 多分この後説教だろうな、と思いつつ、たははと無理やり笑い飛ばす。

 しかしぼくに勝ち筋はあれしか無かったんだから仕方ない。この後のウイニングライブに……どのくらい影響出るだろ。

 地方のレース、遅い時間に始まる分セットリストが詰め込み気味なんだよね。まあ、対処する時間くらいはあるか。

 

 

 ・・・≠・・・

 

 

「――というわけで全治三週間の靭帯損傷でした」

「思ったより軽いね?」

「私たちが重傷なだけじゃないかな……」

 

 後日、ぼくに下された診断は全治三週間の靭帯損傷。

 合宿所には戻ったものの、結局夏季合宿の時間の多くをフイにするハメになってしまった。ロクにトレーニングもできないので、今日は屋台で商売が主だ。本日のお客さんはパーマー先輩とアイネス先輩。怪我人と怪我人と元怪我人が揃ってしまった。

 全治どのくらいになるかイマイチ不明な屈腱炎を発症しているアイネス先輩と、去年の京都ジュニアステークスでの骨折からつい最近復帰したばかりのパーマー先輩と比べると、まあ確かに軽微と言えば軽微だ。

 ……本当にこれパーマー先輩の言う通り、ふたりの状態が特別悪いだけじゃないかな? 正直、ぼくくらいの怪我くらいしてるひとは割といると思う。

 

「というわけでしばらく基礎トレしたら屋台引く生活です」

「後半がおかしいなぁ」

「普段からやってることだし、今更なの」

「焼き鳥丼お待ち」

「わーい」

「普通に頼んでる私達も、思えばずいぶん順応してるなぁ……」

 

 そりゃもう屋台始めて三年目だし順応くらいするでしょうとも。

 ところでアイネス先輩に出した焼き鳥丼だが、これは別段特別な素材は使っていないごく普通ものだ。ただ一点、目の前で焼いているということを除けば。

 あとは一般のご家庭でできる程度に下処理をしてタレの調合と使う部位の配合を頑張るだけ。ジュウと鶏肉が焼ける匂いと音はそれだけでお客さんを呼ぶスパイスになる。

 皮はできるだけパリパリに焼くのがぼく流。出た鶏油も後で再利用できる。

 

「はいパーマー先輩はサマー・ディライト」

「うわぁ、どうしようアイネス。オシャレなノンアルコールカクテルが出てきた……」

「他に出してるお店は方向性しっかりしてるのに、この屋台だけ何が出てくるか分からないびっくり箱みたいなレパートリーしてるの」

「ていうか……居酒屋?」

「あぁー」

「学生が居酒屋経営はコンプライアンス的によろしくないのでただの食堂でーす」

 

 口元で指を使って✕マークを作る。

 いや、ホント……未成年なのにお酒を扱ってるってその要素だけでも割とよろしくないコトだから……。

 

「そういえばストライプちゃん、今年は偵察に行かなくてもいいの?」

「あー……うーん……別にしてないわけじゃないんですけど」

 

 言っていいかな?

 言っちゃうべきかな?

 ……まあ、ふたりとも今はそこまでトレーニングに集中できる状態でもないし、大して問題でもないか。言っちゃえ。

 

「関係各所にはもう話は通してあるのは前提にしてもらいたいんですけど」

「うん」

「あそこにあそこにあそこ。移動販売のひととか見かけるでしょ? あれぼくんとこの社員でスパイです。他にもいます」

「ちょっと待って?」

 

 初年度はそもそもぼくが偵察しているという想定にたどり着くひとが少なかったためぼく自身が行った。

 二年目は去年の件で明らかに警戒されてるだろうことを把握してたので、ここであえて他のひとに行ってもらった。

 しかし当然毎年同じことをしては対策を取られるので、今年は潤沢な資金を活かして単純かつ最も効率的な手段に出ることにした。つまりは人海戦術だ。

 

「毎年グレードアップして行ってない!?」

「そりゃあまあ、毎年更新しないとマンネリ化して何するか読まれちゃいますし」

 

 芸人みたいなことを言うようだが、割と真面目な話だ。策でもなんでも、同じことをし続けて効果を上げ続けるのは難しい。

 

「つまりストライプも……」

「ぼく? ぼく()何もしませんよ」

「『は』って言ったね」

「むほほ」

 

 こういう時は虚実を織り交ぜるのが有効だ。こちらが本当に何もしないとしても、自然と疑心暗鬼になってくれる。

 評判というものは上手く使わないとね。

 

「ぼくの話はいいんですよ。それよりアイネス先輩、足の具合はどうなんです?」

「んー……正直分かんない。注射はしたんだけど……」

「注射って……アブないクスリじゃないよね?」

「そんなわけないの。かん……ナントカって言ってたけど」

「自分が受けた施術の名前、もうちょっとちゃんと覚えててくださいよ」

「あはは。治る可能性が高まるってだけで舞い上がっちゃって」

 

 ……良い言い方をすると、実態だけを正しく見てると言えなくもない、のだろうか。

 ともかくタキオン先輩の話によれば治癒の可能性が上がるということだし、復帰も……近くはないだろうけど、一年後とかにはならないかもしれない。

 あとはリハビリの具合次第だろう。少し安心で息が漏れた。

 

「というわけで今は腱を強くするべき時期なの。おかわり!」

「ういー」

 

 鶏肉や鶏皮にはコラーゲンが多く含まれている。腱を形作り、強くするにはもってこいなわけだ。

 ……ぼくも後で食べとこっかな。限界超えての怪我は腱の問題だし。

 

 

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