いやあ、大怪獣オグリは強敵でしたね。
……いや本当、なんだろうねあのひと。もうテッペン*1越えてるはずなのにあの食事量。本当に同じウマ娘か? ……いや亜属が違うが。*2
ぶっちゃけそこまでは良かった。オグリ先輩の襲来は天災のようなもの。お金はちゃんと支払ってくれるので、収益的には万々歳。
しかし問題は直後のシン・スペチャン襲来だった。
もう食材がありませんと泣き言を吐くのは、まあ別に大したことではないのだけど、それを告げてションボリしてるスペ先輩を見るのが忍びなく、翌日使う分の食材まで使ってしまったのであった。
情に流されたぼくがマヌケなだけと言われると何も否定できないのだけど。
ともあれ結論を言うと、ぼくは結局何もおやつを食べることができなかったということだ。
「困った話だよ」
「なんて言ってる割にその手元にあるお茶漬けは何……?」
「コンビニで買ったんだよ」
身も蓋もない返答に、ネイチャはその場でガックリ肩を落とした。
お茶とインスタントごはんとお茶漬けのもとで完成。あとおつまみコーナーにあった鮭の皮を買って軽くあぶって乗せれば軽く高級感が演出できる。鮭とばとかも可。ついでに漬物でも横に添えれば気分的にもなんとなく満たされる。
という旨を説明するとネイチャはちょっとだけ納得したように頷いた。
「おふくろが本当に冷蔵庫に何も無い時やってるやつだそれ」
「ネイチャの家って確か……」
「スナック。んだからおつまみは結構残ってることがあってさ」
「豆腐残ってるなら枝豆と一緒に片栗粉混ぜてすりつぶして火にかけたらちょっとした料理になるよ」
「よくまあそういう案ポンと出せるよね」
正確なことを言うと、出せるように日々何かしら考えてるというところだろうか。
自ら屋台を引いているわけだし、トレセン学園生はノリの良さのせいで時々変な注文をしてくるときもある。そんな時のために予めどうするかを計画しておくわけだ。
「個人的にはたこわさとかイカの白造り*3をご飯にのっけてお茶漬けにするのが好きだけど――」
「アタシ時々ストライプが何人なのか分かんなくなるよ」
「魂は日本人!」
「あ、うん」
「ここツッコミどころぞ?」
「ツッコむようなことある?」
「?」
「ごく自然なことみたいに
「フラッシュ先輩」
「いたわ……」
フラッシュ先輩は単純に納豆フリークなのでノーカウントではないかと言われるとこっちも言葉を返し辛い部分があるが。
……まあ冷静に考えるとぼくも自分みたいな外国人いたら、まず外国人かどうか疑うか。魂が日本人とか言われても「そうだね」くらいしか返しようがないわ。
「で……何か食べるだけのためにぼくのところに来たわけじゃないんでしょ?」
「まあね。あ、でも小腹すいてるから何か欲しいかも」
「だから、売り物もう無いって……あ、お刺身の残りならあるよ」
「何で!?」
「その辺で釣ってきた魚だから売り物にできないんだよ……漁業権の侵害で密漁になっちゃうから」
日本の海岸はそのほとんどに漁業権が設定されており、遊漁――非営利目的での竿釣りなど、基本的に環境に影響が無い行為のみが認められている。
なので、ちゃんと許可を得ている漁師さんなどでなければ、釣った魚を売るというのは法律違反になってしまうわけだ。大漁だったからおすそ分け、というような事例は問題ないとは思うけど。
なので、ぼくが普段お店で出すような魚は市場で買ってきたものだけだ。
「はいカワハギのお刺身と肝ぽん」
「うわ、絶対美味しいやつだこれ……」
「半身焼きにしてもいいけど」
これを美味しそうと表現できるあたりネイチャはお酒飲みになる資質があると思う。
というか少なくとも現時点で既におつまみの味に親しんではいると思う。多分おやつ感覚で。
ともかくネイチャが食べ終わるのを待ってから、話の続きを促す。
「アタシさ、そろそろデビューじゃん」
「うん、まあ時期的にはそうなるね」
まだしばらく時間はあるけど、それでも半年足らずで確実にデビューにはなるはずだ。
「でも、毎日トレーニングしててもさぁ、すぐ近くでテイオーがジャンジャンバリバリ自己ベスト更新していってるの見せつけられるのよ」
「……まあ、そうだね」
チームスピカとカノープスのトレーニング場所はそう遠くない。日によっては互いの練習時の声が聞こえてくるということもあるだろう。ちょっと覗きに行けば練習風景も見ることができる。
で、テイオーは今この時期でも既に頭角を現しているうちのひとりで、会長とやった模擬レース――話によると伸びた鼻っ柱を一度折るためにやったらしい――以外で未だ無敗。2400mの自己最速タイムをちょくちょく更新し続けていて、本格化の最盛期が近いことを予感させる。
「だからナーバスになってると」
「そんなとこー……で、そういうの一番割り切れてそうなストライプさんや、どうすればいいですかね?」
「同じ土俵に立たないか全力を出させない」
「も……もーちょっとこう実力差を埋める方法とかー……」
「あったらぼくが欲しいくらいなんですけど」
「だ……だよねー……」
あったらこんな必死に頭回してないんですけど。
あえて言うならなんとか頭回して不利を無理やり覆しにいくのが実力差を埋める方法なんですけど!
……ちょっと恨み節が出かけた。反省。
「ともかく、たとえ『最強』でも『無敵』じゃないんだよ。会長さんだって『このウマ娘には絶対がある』って言われてるけど、なんだかんだジャパンカップや天皇賞では勝てなかったしアメリカ遠征も失敗してるんだから」
「逆に言うとそれ以外全部勝ってない?」
「まあそれはそうなんだけど、全16戦のうち3敗してて……およそ20〜25%の確率で勝てると思うと、なんとなく何回かやれば勝てそうな気はしない?」
「詐欺師の論法じゃん」
まあうん。数字のトリックです。
実際会長さんが現役の時にやってたらまず間違いなく負けてるはずだ。流石に同条件かつ重バ場通り越して不良バ場の3200mとかなら勝ちの目もあるけど……あるかな……あると信じたいが……。
「でも、絶対に勝てないわけじゃない。10回に1回……100回に1回は勝てるかも」
「それは……うん」
「ならあとはその『1回』を引き寄せる努力をしよう。天気やバ場状態を見極めたり、自分に有利な距離を選んだり……それこそ、人生に1回しか使えないような作戦をぶつけたりさ」
少なくともぼくはそうやって勝ってきた。
問題は人生で1回しか使えなさそうな作戦がいくつもあるということだが、まあそこはバリエーションということで……。
「それでもどうしても自信が持てないならそんな時は」
「時は?」
「――――特訓だね」
ぼくは山を指差して、そんなマッチョイズムの権化じみたことを宣言した。
・・・≠・・・
「それでどんなヤバいことするかと思ったら登山て」
「いくらなんでも他人に危害加えるようなことはしないよぼかぁ。いや、それより問題があるんだけど」
そして準備を整えてやってきたのは、合宿所近辺にあるそれほど高くもない山だった。
登山。多くの人が趣味として興じている……広義的に見ればスポーツの一種だ。
老若男女問わず様々な人に親しまれており、特に運動不足解消のために老人が山に登るという話をよく耳にすることから侮られがちだけど、毎年何人もの死者・行方不明者を出す過酷かつ危険な側面も持ち合わせている。
そのため、登山道が整備されていて登りやすい合宿所近辺の山を選んだのだけど……それとこれとは関係無い問題がひとつあった。
「何でしょうか」
「そうやって何食わぬ顔でここにいるイクノたちだよ」
「だそうですよタンホイザ」
「ぶーぶートラちゃんたちだけ秘密の特訓とかズルいぞー」
「まあタンホイザたちはまだいいとして」
「いいんだ」
「テイオーとマックイーンまで来てるのは何なのさ」
ネイチャだけ呼んだはずなのになぜか友人たちが大集合していた。
イクノとタンホイザはまあいいとして、どうしてよりにもよってネイチャのコンプレックスの根源とも言えるテイオーや、ぼくにとっては目下最大のライバルとも言えるマックイーンまで来ているのか。これが分からない。
首を傾げていると、マックイーンはひとつため息をついた。
「脚を怪我した友人が突然山に登るなどと言い出したんですのよ。心配になって見に来るくらいのことはしてもいいでしょう」
「あ、うん、ごめん」
真面目な理由だった。反省。
「でもさ、何で急に登山なんて言い出したの?」
「理由はふたつ。まずネイチャの長距離適性の高さを伸ばしたいこと」
「え、アタシそうなの?」
「言われてみればそうですわね。常々思っていましたが、ネイチャさんは重心のすわった安定感のある走り方をされるので、長距離にも向いているはずです」
「おー……ステイヤーのふたりに言われるとこそばゆい……んだけど、長距離路線の壁として立ちはだかってくるじゃんこのふたり……」
そこは仕方ないと思っていただこう。ぼくだって得意距離のレース走りたいし。
ともかく、登山というのは過酷だからこそ、トレーニングとして多少なりとも効果がある。特に足腰への負荷が強いため、先程マックイーンが指摘したような安定した重心を更に伸ばすには効果的だろう。
加えて――ここはそれほど標高が高くないけど――多少なりとも高い場所に行くことで低圧・低酸素状態になるため、心肺機能も鍛えられる。ぼくのスタミナが豊富なのは単純な生まれつきのものだけではなく、ケニアという国土のほとんどが高地で占められている場所に生まれたことで鍛えられたことも一因だから、まさしくぼく自身が自分の体でトレーニング効果を実証していることになる。
それに……本当はテイオーがいないところでっていうのが一番面倒が無かっただろうけど、考えようによっては近くで行動する分、よりネイチャがテイオーと異なる自分の良さというものを見つめ直す機会にもなるかもしれない。本人がどう思うかは分からないけど……。
「で、もうひとつは、申し訳ないんだけどぼくのリハビリ」
「えっ、リハビリで登山?」
「たまにあるよ。一般的に言うリハビリとはちょっと感覚が違うけど」
そもそもぼくの怪我自体は大したことないし、本格的なトレーニングに戻るための前準備という趣の方が強い。
本当は高山トレーニングがしたいところだけど、流石にそれは色々各方面で問題があるのでやるわけにいかなかった。
「皆分かってるとは思うけど、順路からは外れないようにね。遭難するかもしれないから」
「ボクらの脚ならフツーに抜けられない?」
「と思ったら運の尽きだよ。木の根が張ってて足元はデコボコだし、急斜面があったりしてウマ娘だろうとまともに走れないからね。下手したらコケて頭打ってそのままお陀仏」
「ひぇぇ」
山をなめたら死ぬ、なんて伊達で言われていないというわけだ。
それから、注意した成果もあって皆特に道を外れたりということもせず、トレーニングという目的もあってやや早足気味に山を登っていくことになった。
途中、ふと思い立ってマックイーンに話しかける。
「そういえば今年は屋台に顔出さなかったね?」
「……行けば確実に食べすぎてしまいますもの。自制しなければ」
「そこは……量を控えればよくない……?」
「あなたのお店は誘惑が多すぎますわ」
「マックイーンの自制心スポンジか何かでできてんの?」
「うるさいですわよ!」
そうなると理解しているから行かない、というのもまあ立派な自制心と言えば自制心かもしれないが。
「――次にあなたと当たるであろう菊花賞、そこでコンディションをベストに持っていかなければ勝つことはできませんから」
「マックイーン」
少し驚いた。どうやら、マックイーンはかなり本気でこちらを難敵と定めてくれているらしい。
思わず口元が少しだけ緩む。警戒されているということはそれだけ難しいレースになるということだけど……それでも、強敵と認めてくれているのはやはり素直に嬉しい。
……しかし、待てよ?
「……菊花賞、賞金額足りる?」
「……う゛っ」
メジロマックイーン。連対率は非常に高い強豪ウマ娘である一方、現在は1勝クラス。
オープンウマ娘に上がってこれていない現状、次のレースで勝てないともしかすると菊花賞への出走そのものが危ぶまれる状態なのだった。
「不戦勝だけは勘弁してよ」
「……もちろんですわ」
マックイーンの声は震えていた。