スポ根要素が強まっている回なので初投稿です。
距離2000m、芝。皐月賞や秋華賞、秋の天皇賞を目標とするウマ娘が多いこともあり、人気のコースと言える。
クラシック三冠、ティアラ三冠、多くのウマ娘にとってほとんど必ず通らなければならないレースで採用されている。当然――今回出走するぼく以外の五名にとっても得意な距離だ。
唯一、マックイーンは春天を目指してそちらを前提にトレーニングしてるだろうし、更に長距離のレースの方が得意かもしれない。ウオッカも将来的にダービーウマ娘になりうる逸材とはいえ、本質的にはマイラーだ。未だ発展途上である現状なら、勝ちの目はまだ見える。
『ゲートイン完了。出走の準備が整いました』
一歩、前に出る。
ぼくの体は他のメンバーに比べるとやや小さい。だからこそゲートの中でも少しなりとも前傾姿勢になる程度に余裕がある。
一瞬、息を止める。その瞬間に音を立ててゲートが開き……一斉に、一歩を踏み出した。
『各ウマ娘綺麗にスタートを切りました!』
「行っくぞぉぉ――――!!」
『先頭に出たのはツインターボ! 二番手マヤノトップガン。三番手にはトウカイテイオー、四番手メジロマックイーン。その後ろからウオッカ。最後尾にはサバンナストライプがつけています』
当然と言うべきか、ハナを切ったのはターボ師匠だった。
後先をまるで考えていない見事なまでのスタートダッシュ。嘘だろ、とばかりに皆の表情が強ばるのが後ろから分かった。
マヤノは唯一平静を保っているが、これは恐らく先にぼくを見て「わかった」事実から導き出した結論。ぼくは「逃げ」をされるのが多少、苦手だ。
ぼくは他のウマ娘と比べると最高速に劣る。いくら
マヤノがぼくの走りを見たのは一度きりだと言うのに、そのことが即座に「わかった」のは驚異の一言だ。逃げを打つのはむしろ望むところ。動揺する理由も無いのだ。
ここで一瞬、ここで皆の判断が緩む。どう見てもペースは早い。ターボはあのペースを維持して逃げ切れるということか? いやしかしターボだし、何も考えてないかもしれない。けれど、いやしかし。もしかして――。
「絶対」はどこにも無いのがレースだ。大逃げという戦法が確立されている以上、明らかなまでのオーバーペースでも「もしかすると」が必ずウマ娘全員の頭によぎる。
「マジかよ……っ、ストライプ!?」
『ここでサバンナストライプ五番手に出た! これはかかっているか?』
そこでぼくはウオッカの前に出た。主な戦略が差しのウオッカだけど、本来先行することも逃げることもできる万能型だ。彼女は普段、本来の差しの位置につけるよりもやや前に出る。
差し型から追い込み型に近いため、普段最後尾に近いところにいるぼくがこのタイミングで前に出るというのは、否応なく「この位置につけていると差しきれないかもしれない」という印象が生じる。否応なくペースが上がるのだ。
「っ!」
『ウオッカ、再度前に出た。一番手ツインターボから二番手マヤノトップガンの差は6バ身――7バ身に広がる。大きなリード。三番手、トウカイテイオーとはそこから4バ身開いています。おっと、メジロマックイーン、トウカイテイオーを抜いて三番手!』
「まだまだっ!」
背後のウマ娘たちのペースが上がったのに合わせて、ターボ師匠のペースが更に上がる。
――どう見たって破滅に向けて一直線だ!
それを理解するのにそう時間はかからない。だから、ぼくは
「んなっ」
『サバンナストライプ再々度前へ! ウオッカ、つられて更に前へ!』
「ここで競り合うのか……!?」
(どうかな)
――残り1000m。
マヤノ……見たところテイオーも、そろそろ気づくだろうか。だとしてももう遅い。仕込みは済ませた。
一瞬、かくりとマヤノの脚が「落ちる」。
『1000mを通過しました。タイムは1分02秒5! これは速い!』
「「「「!!」」」」
皐月賞のレコードタイムは、ぼくが知る限りだと約1分58秒……57秒だっけ。そうしたレコードなんかと比べると通過タイムは一見大したことが無いように思えるが、デビュー前のウマ娘、それも体が仕上がっておらずトレーナーから正式なトレーニングを受けていないウマ娘としては驚異的なハイペースだ。それを牽引しているのは他でもないターボ師匠。今は軽快に飛ばせているが、あと600m……いや、400mもあれば逆噴射し始めるだろう。
『先頭は変わらずツインターボ! 続いてマヤノトップガン、ジリジリ差を詰めていきます! メジロマックイーン三番手! おっとトウカイテイオー、脚を溜めているか!?』
残り800m。
――ここだ。
一足で踏み込み、全力を解放する!
『最後尾のサバンナストライプここで仕掛けた! まくっていくまくっていく! 凄まじい加速! だが仕掛けが早すぎるんじゃないか!?』
「ふっ……はっ……」
計算は済ませた。思考も謀略ももはや必要ない。思考を全て削ぎ落とし、全精力を両足に注ぎ込み、走る、走る、走る!
『3コーナー回って4コーナーに差し掛かる! ツインターボの先頭はここで終わり! 一番手はマヤノトップガンに替わりますが苦しい様子!』
当然だ。ターボ師匠の超ハイペースに巻き込まれてレース全体の速度が飛躍的に上がっている。
遅筋――持久力を発揮するための筋肉の割合が多くそれでいて体が絞られているステイヤーにとって、この負担は非常に大きい。さらにソレを最後方からつつき回すことで全員を擬似的に「かかった」状態に追い込む。
最高速で劣る
――お前のやり方は、肉食動物の狩りのようだな。相手が疲労するまで追い続け、「ここぞ」というところで全力で仕留めにかかる。
前にケニアのトレーナーにそう評されたことがある。だから、トラと言われた時は思ったよりもしっくりきたものだった。
(追い詰めて――食らいつく!)
『サバンナストライプ、ロングスパート! 見事なごぼう抜きを見せる! 速度は維持できるのか!? ここから他の子は間に合うのか!?
――何で尻尾が回っているんだ!?』
黙ってろ実況!!
――残り400m、最終直線!
『各ウマ娘一斉に上がってきた! サバンナストライプ、脚が衰えない!』
ぼくの最大の武器は生まれ持った体のバネと環境によって培ったスタミナだ。減速だけは
――と。
『――ここで上がってくるトウカイテイオー! トウカイテイオーが上がってきた! 驚異的な末脚! ウオッカもここで追い上げる! メジロマックイーンも並んだ!』
「っ!」
「ふっ、ふっ、ふぅ……!!」
背後からプレッシャーが来る。凄まじい重圧だ。さすがはテイオーたち。
だけど、負けない。勝ちたい。本気の勝負を望まれるならばこそ。
「テイオー……!!」
「悪いけどっ……ボクが勝つよ……!!」
柔軟な関節を備えたその脚は、常に最善の角度、最善の配分で地面に力を伝えていく。
スパートをかけるにあたってフォームもそれに適応するため大きなものに変わり、大きく足を上げることで体重をかけてより強く地面を踏みしめて前に出る。テイオーが力尽きるまで、その速度は緩まない、どころか……。
(まだ伸びる……!)
すごい。
やっぱり、テイオーは速い。
生まれ持った才能だけじゃない。無敗の三冠にかけた執念と、それを実現するために重ねた研鑽。「帝王」の名に恥じない矜持。それら全てが彼女の強さ、速さに結びついている。
ぼくも、その本気に応えないといけない。
「負けるかぁッ!!」
「勝つのは……ボクだぁぁ!!」
必死に脚を動かし、ストライドを拡げる。跳ぶような、あるいはいっそ「飛ぶ」ような勢いで駆け抜けるが……差は、広がらない。どんどん詰まっていく。
そして。
『トウカイテイオーとサバンナストライプ、ゴォォォール!! 差はわずか! どっちだ!? 一着は――トウカイテイオォォー!!』
歓声が、会場を貫いた。
――負けた。その実感が胸を突くと同時に、どこか爽やかな感覚を覚える。全力で競り合って負けたのなら、それはただ、ぼくの実力が不足していただけでしかない。
頭の中でたづなさんが「次につながる良いレースでしたね」と言ってるのが聞こえてくるようだ。いやぼくはアドバイスが聞きたいんだけど。何が足りなかったんすかね。
『続いて半バ身離れてメジロマックイーン、ウオッカ、マヤノトップガンほぼ同時にゴール! 最後尾、ぽつんとひとりツインターボ。……今ゴールしました』
やめたげてよぉ……。
デバフガン積み系