10月終わり。この時期になるとトレセン学園はハロウィンの雰囲気に包まれる。それに伴って様々なイベントも催され、校内外から大勢のお客さんが訪れる。
もっとも、トレセン学園所属のウマ娘は必ずしもイベントに参加しなければならないというわけではない。イベントの委員に立候補でもしていれば話は別だが、今年……というか例年、ぼくはそういう立ち位置からは離れるようにしていた。文字通り忙殺されかねないためだ。
とはいえ商売人としてはこのチャンスを逃すわけにはいかない。のだが――。
「トリックオアトリート。今日のオススメ料理をくれないとこの拳銃が火を吹くぞ」
「脅迫やんけ」
開店早々やってきたのはガンマンのコスプレをしたオグリ先輩とミイラのコスプレをしたタマ先輩だった。*1
対するぼくはごくオーソドックスな魔女のコスだ。特に奇をてらうつもりは無い。
……オグリ先輩が来たことで早急に次の仕入れを手配しなければならないことを確信することになったが、今は置いておく。
「そうか……この言い回しだと脅迫のようになってしまうな……」
オグリ先輩が肩を落としながら引き金を引くと、銃の先端から旗が飛び出してきた。なんて典型的なオモチャの銃だ。しかもこの旗デフォルメされたオグリ先輩と共に「
「ご心配なく。ちゃんと用意してますよ」
「ん……そうか。感謝する」
「ところで、なあストライプ。いつもなら表に出してんのに、何で今日はひっそりと店構えとん?」
「それですか」
普段ならできるだけ良い立地を探してお客さんを呼び込むことになるのだけど、今日は校内の奥まった、あまり人が来ないであろう場所に屋台を持ってきていた。
正直大した理由でもないのだけど……。
「生徒会から『混雑するから表でやらないでくれないか』って」
「ああ、うん、せやろな……」
「それにしてもこんな奥の方でやることは無いと思うんだが」
「それはアレです。『隠れた名店』とか『知る人ぞ知る店』とかってあるでしょう? そういう雰囲気を演出して逆にお客さんを呼び込む手もあるんです」
「そうなのか……」
「テキトー言っとるんやないやろな?」
「ぼくにそういうフシがあるのは認めますけど今は別にそういうわけじゃ」
なので「今回はここでやります」とSNSで宣伝をすると、意外に食いつきが良い。今は開店直後だからオグリ先輩たちしか来てないけど、時間が経てば結構な人数がやってくるだろう。
その前にオグリ先輩の注文で消費した食材をなんとか補充しないといけないのは……誤算と言えば誤算だし、想定内と言えば想定内ではある。夏合宿での教訓を活かして仕入れはしているんだよね。今この場に現物が無いだけで。
「お待たせです。ハロウィンシーズンといえばカボチャですけど、もうこの時期しょっちゅう食べて少し飽きていらっしゃるでしょうし」
「飽きることがあるのか? カボチャ……」
「……食べ飽きる人もいるでしょうから今日は各国のハロウィン料理にしてます」
「オグリが食べ飽きることってあるんか?」
「うーん……食べ飽きる、というのは考えたことも無かったな。ああ、でも、毎日同じものしか食べられなかったら、少し辛い……かもしれない」
それでも残すとか別のもの食べるとか言わないあたり、オグリ先輩の食に対する真摯さがうかがえる。
あとはもうちょっと食べる量を制限というか、せめて十人前程度に抑えてくれると
「アイルランド料理のコルカノンとボクスティです」
「マッシュポテトとパンケーキだな」
「今説明あったやろ」
「まあ大雑把に言うとそれで問題ないです」
「それでええんかい」
「いいんですよ。名前が直接味に関係するわけじゃないし」
大雑把な言い方をすると、コルカノンはマッシュポテトに数種類の野菜を混ぜ込んで作ったもので、ボクスティはジャガイモで作ったパンケーキだ。
当然――と言ってはなんだけど、量はそれぞれ少なめ盛りと超が4つくらいつく大盛りだ。
ボクスティはパンケーキ状にこそなっているが甘くない。外国ではパンケーキは主食として扱われることも多く、これもその一種と言えるだろう。タマ先輩は一瞬戸惑っていたが、説明を受けるとなるほどと頷いてちょっとずつ食べていた。
「ところでなストライプ、アンタ
「ステイヤーズステークスで考えてます。有馬も、まあ可能なら」
「可能ならって……十分出られるやろ」
「キミは自己評価が低いな」
「そうは言ってもダービーと菊花賞と負けましたし……」
「イヤミか! 逆に言やダービー菊花賞以外負けなしやんけ!」
「そうだな、確かにその時の印象は強いと思うが。今は……10戦で、8勝だったか?」
「ですね?」
「その上連対率100%とか何の冗談やねん。ウチの戦績聞かせたろか。18戦やって9勝やぞ」
「ぼくが悪かったですごめんなさい……」
「おう、よー反省しとき。ウチに対してやないで? 負かした相手に失礼やからな」
「はい」
反省しながら、ぼくは次の料理を出した。デビルエッグとマカロニ&チーズ。どちらもアメリカの料理だ。
デビルエッグは、卵の黄身をくり抜いて、代わりにタルタルソースなどを詰めた料理だ。どちらかと言うと前菜の趣の方が強いが、国ごとにまとめるために今回は途中で出させてもらった。
マカロニ&チーズは、書いて字の如くマカロニにチーズソースを合わせたものだ。本場のものはマカロニ&チーズ&チーズ&チーズ&チーズというくらいチーズをもりもりにかけることがあるが、流石にそこまで行くと日本人の口に合わない可能性もあるので抑えておく。ここに更にプルドポークというほろほろに崩れるほど煮込んでほぐした豚肉を添えれば更にアメリカ風になる。これらはリムジン先輩に教わった。
「ところで、逆にお二人に聞いてもいいですか?」
「なんや?」
「
「あー……」
「
「正直何とも言えん。ストライプの言いたいことってのはつまり、自分が
「……はい」
ここまでの2敗、いずれも敗因……の、一つとなっているのは
アイネス先輩はガムシャラながらも限界を超えて、一見すると崩れそうなほど不安定でありながら驚異的な粘り強さを見せて勝利を収めた。マックイーンは最速ならぬ「最適」の走りを披露し、最後の最後で大きなロスを生んだ
あるいは、負けた二戦。ぼくも同じところに到達できていたなら――そう考えてしまうことは傲慢だろうか。
「やめとき。ウチらの話しても参考にはならん」
悩むぼくにかけられた言葉は、残酷なほど明確だった。
めちゃめちゃバッサリ切って捨てられとる……オグリ先輩まで頷いてるし……。
「ぬえぇ」
「分からんとは言わさんで。アンタは基本、レース中はメチャクチャに計算して策練って走るタイプや。確かにそれはレースのためなんかもしれんけど、レースに『集中』しとるわけやない」
「
「言葉遊びの範疇じゃないですか……?」
「まあできんとは言わん。超が3つ付くくらい難しいだけや。ただ、この上ウチらからこうだって示したら、それがアンタの足枷になる。なまじ頭ええヤツっちゅーんは、『知ってる』からこそ先入観が視界を狭めてまうんや」
「むぅ」
そう言われると、こちらも言葉を返し辛い。考えてみると先入観=知識というのはこれまでぼくが走る上での大きな下地ではあった。
それが「枷になった」実例がまさしく菊花賞。自分自身の適性への正しい認識を欠いたことで、田んぼのようになった不良バ場に文字通り穴を開けながら走るハメになっている。
超集中状態と銘打つこともあって、マックイーンが見せた走りのように、
「キャラメルアップルです」
続けて出したキャラメルアップルは、りんご飴のアメリカ版というか飴の代わりにキャラメルをつけたもの……なんだけど、日本のりんごは基本的に甘さを追求した種が多い。これはりんご飴と同様、酸味の強い姫リンゴなどを使用することで対応するのが普通なのだけど、タマ先輩含め少食なひとは結構多い。こちらの場合には、普通の大きさのりんごを6等分したものを提供することにした。
オグリ先輩は長い棒に数個のりんごが連なってる特別製だ。野菜とか果物とか、物理的な制約で大きいものを出せないときはもうこれ以上どうすればいいのか分からん。多分これ秒で消えると思う。消えた。
「ま、そう急がんでもええやろ。ウチかてちゃんとできるようになったんはシニアからや」
「それよりも、有馬記念の対策に動いた方がいいかもしれないな」
「そや。次の有馬、順調に行けば出走者エラいことになるやろ?」
「……エラいこと?」
少し深く考えてみる。
今年のクラシックでは怪我人が多かった。その内、アイネス先輩は出られないし、マックイーンも怪我で今年いっぱい出ないってことを表明してる。
ライアン先輩とぼくと、最終的にダブルティアラでクラシックのレースを終えたミークが半ば確定してるとして、シニア級以降は……。
「……うん?」
まずスペ先輩とグラス先輩、それからスカイ先輩にキング先輩。場合によってはエル先輩。ツルマルツヨシ先輩もか。香港ヴァーズ出走予定のスナイパー先輩除けばあとブライト先輩……?
なんじゃコレ地獄か?
「出る前から微妙に恐ろしくなってきたんですけど?」
「頑張れ」
「ファイトだ」
せめて助言をおくんなまし。
思いつつもそういうわけにはいかないんだろうなぁと、頭のどこかで冷静に考えるしかなかった。