『まもなく始まります、年末のグランプリレース有馬記念。例年にもまして豪華な顔ぶれが揃った、まさしく夢のレースと言えるでしょう』
ゲート前のターフ。ぼくは軽い準備運動をしながら緊張で目が回りそうだった。
夢のレース……うん、まさしく出走者を見ればそう言っても過言はない。
ぼくだって見る側に回ったら夢のレースだって大興奮してただろう。現実は出走者なので悪夢のレースである。ワハハ。
「はぁー…………」
「ちょっと、ストライプさん! 隣で重々しい溜め息をつくのやめてくれる!?」
「あ、すみませんキング先輩」
……原因の一端はキング先輩にもあるわけだが、言葉にはすまい。
昨晩は結局ほとんど眠れなかった。ミークはスッと寝てたけど、あれはあれでもう考えすぎてもしょうがない、みたいな境地に入ってるんだと思う。
「いやぁ、ストライプは色々考えちゃうからねぇ。昨日は寝られなかったんじゃないの? なーんて」
「スカイ先輩、クマ隠しきれてませんよ」
「え、嘘っ」
「嘘です」
「ちょっ……」
「あなたね……そういうことするから色々言われるのよ」
「カマかけたらボロ出したスカイ先輩が悪い部分もありません?」
「こいつぅ」
「責任転嫁しないの」
そうは言っても隙を晒した方も晒したほうである。*1
同じチームで数年も一緒にトレーニングしてきただけあって、スカイ先輩はぼくの能力や戦術、思考パターンをよく知っている。それは逆説的に言えば、ぼくもまたスカイ先輩のやり口や能力は知っている、ということだ。
スカイ先輩も相当考えすぎる
だからもしかするとと思って引っ掛けてみたらこれだ。もしかすると考えてることが同じかもしれない、というところまで含めて。
『ここで出走者の紹介です』
さてそろそろ出走かな、と思ったところで、ふとアナウンスが入る。
『ファン投票第5位はメジロライアン。クラシック戦線ではレース展開が向かず惜しくも戴冠を逃しました』
『しかし、全てのレースで3着以内に入っており、ポテンシャルは一級品です。今回こそ鋭い差し脚を炸裂させてくれるかもしれませんよ』
出走者の紹介――パドックで一度やってはいたけど、改めて、って形式か。
紹介を受けてるライアン先輩は、照れてるような恐縮してるような、それでいて今までよりも強く力が入っているようにも見える。
メジロ家三人出走してる分、家からかかる重圧は分散されてそうだけど、それでもライアン先輩はちょっと背負い込みがちな性格だ。仕方ない面もあるだろう。
……だけどこのひと、同時に重圧を力に変えるのも得意なんだよな。ちなみに、なにげにトップクラスの女性人気を誇る。やや判官贔屓な面こそあるが、毛色や出身というどうしても人目を引きやすい要素を持つぼくやミークを除けば、クラシック級で最高峰の人気の持ち主なのは間違いない。
『ファン投票第4位ハッピーミーク、ダブルティアラ、白毛の女王』
『どのようなバ場でも距離でも走れるのが魅力の、極めて安定感のあるウマ娘ですね。現在初の白毛G1ウマ娘。 2500mは初めてですがオークスウマ娘ということで期待は高まります』
「むん」
ミークは見るからにいつも通りだ。
惜しくも人気投票は4位に落ち着いてしまったが、これは……他が人気投票という面で強すぎたと言うべきだろうか。
白毛ウマ娘の期待の星であることは間違いないが、それでもトゥインクルシリーズで一定数の出走者がいる。このため観客への訴求力という意味ではやや他に分散してしまった面があると言えるだろう。
夏以降、勝利から遠ざかっていることも一因……これに関しては勝利を奪ったぼくが言及していいことでもないか。
『ファン投票第3位、グラスワンダー。春秋グランプリ連覇の偉業を達成しています』
『中長距離路線のここぞという時の勝負強さはまさしく驚異の一言。果たして史上ふたり目のグランプリレース三連覇はなるのか』
そして第3位、グランプリ春秋連覇を成し遂げ、更に有馬記念の連覇……合計三連覇を狙うグラス先輩。柔らかな笑顔をしてこそいるが、鋭い気配がダダ漏れだ。
直近では毎日王冠で勝利。さらにその前は宝塚記念。秋シニア三冠のレースにここまで出走こそしていないものの、やはり以前一度スペ先輩を真正面からねじ伏せたことが評価点となったのだろう。
やはり強さというのは明確な指標だ。以前言われていた怪物二世という異名も、現在ではあまり聞かなくなってきた。
怪我に悩まされながらも復帰し、常に高い結果を残してきたことから、今では不死鳥と呼ばれることの方が多いだろうか。
最も注意すべきウマ娘を挙げるなら、やはりこのひとだろう。
『ファン投票2位は、尻尾を回すサバンナストライプ。前走では大差勝ちを演じた驚異のステイヤー。母から貰った耳飾り』
「ストライプさん。あなた個人情報が漏れてるわよ」
「インタビューで言ったことなので問題ないですけど今言いますかアレ」
『中央トレセンにおける唯一の縞毛ウマ娘、そして初のG1制覇者。セイウンスカイとの新旧トリックスター対決、そしてメジロブライトとの新旧ステイヤーズステークス覇者の対決も見ものです』
……2位はぼくだった。
要素を分解して考えるとそうなる理屈は分かるんだけど……あー……いや、うん。
正直に言うと小っ恥ずかしいというか、グラス先輩を抜いて2位に選出されるのは畏れ多くて萎縮してしまう!
グラス先輩だってほら、闘志剥き出しに……してないな。コントみたいな紹介のせいでちょっと笑ってしまってる。
……中央唯一の縞毛ウマ娘、いくつもの史上初の記録を残した上にダートも走れるので、そちらの方面での需要というか、ダートG1を取ったウマ娘として頑張れ、という方向で応援を受けている。老若男女、国籍、芝砂と言った要素を問わず、色んな意味で満遍なく票を獲得した形だ。
とはいえ正直、半分くらいネタ的な意味での人気があるのだろうなと考えてしまう。実況の紹介も踏まえると。
『なお主な勝利G1レースは2000m』
余計なこと言ってオチつけるんじゃないよ。
『ファン投票、堂々の1位、1番人気はスペシャルウィーク。秋の天皇賞、そしてジャパンカップでの活躍は記憶に新しいでしょう』
『このレースを勝利すれば史上初、秋のシニア級中長距離路線の三冠を達成することになります。モンジューを破った日本総大将は伊達ではないと示してほしいところ』
そして1位、日本総大将スペシャルウィーク。
日本における史上初の秋シニア三冠にリーチをかけたこと、加えてジャパンカップでのモンジューとの激戦。期待感、という意味ではこの中で最も集めていることは疑いようもない。
そして疑いようが無いという点で言えば――疑いようも無く、強い。
シニア級、3年目の年末に至って、早くも上がりが来つつあるのかもしれない。しかし肉体的なピークと技術的なピークがほぼ一致している現在のスペ先輩は、間違いなくキャリア中最強の実力を発揮していると言っていい。
だからこそ、競い甲斐がある――――。
……いやいや。これだけ極まってると単純にクラシック級のぼくだと勝ち筋が見えないんだって。どうすりゃいいんだ真面目に。他のウマ娘も含め同じことが言えるんだけれども。
「そろそろね」
「ええ」
「そうですね~」
ゲートに入り、横並びの三人で頷きあう。
レースは今、ここからだ、と。
『さあ、冬のグランプリレース有馬記念。今――スタートしました!!』
ゲートが開いたその瞬間、まるで示し合わせたかのようにぼくとスカイ先輩は弾けるようなスタートを切った。
――そうするよね、と、一見するとゆるい笑みながら一皮むけば闘志に満ちた表情を向けられる。
――そうしますとも、と、ぼくは半ば苦し紛れに苦笑いを浮かべて応じた。
今回の出走者、それぞれ脚質が分かれているが純粋な逃げウマ娘は実質スカイ先輩のみだ。ツルちゃん先輩はメイクデビューで逃げ切り勝ちを演じたが本質的には先行・差し。今回ほど有力差しウマ娘過多の状況で勝ちを狙おうと思ったら、超ハイペースの前残りを狙う以外に手が見つからない。
『スタートからチームベテルギウス二本の矢が飛ぶ! 4バ身ほど離れてハッピーミーク、ツルマルツヨシが続きます』
「アイツらいきなり同じチーム同士で潰し合いとか大丈夫かよ!」
「大丈夫じゃないが」
「『大丈夫じゃないが』ぁ!?」
「アレしかやりようはあるまい。これだけ役者が揃ったレースだ。差し脚の勝負になったらストライプは確実に沈むぞ」
概ね、トレーナーさんの言うとおり。ちょっとタイミングが遅れたらまくっていくのも間に合わなくなるだろう。
勝つだけならやりようはあるんだろうけど……そっちは論外だろうし。
「まあ、もっと勝率が高い方法も無いではありませんが……」
「というのは?」
「スカイを先頭に、ストライプを最後尾に置きます。ストライプが後ろにいれば前にいるウマ娘は迂闊には動けなくなるでしょう。そのままゴールまで全員牽制し続ければ、スカイが一着になる可能性は高くなります。逆にスカイが暴走ペースで走り続ければ、ストライプが体力を温存できるのでそのままごぼう抜きできるでしょう」
「Ah……それは……」
「ええ、一方は一着でゴールできるかもしれませんが、もう一方は確実に下位に沈みます。犠牲にすると言い換えてもいいかもしれませんね」
――が、当然ぼくらはそんなことやりたくはない。
本当に勝つこと以外に目を向けないならそれも一つの手だろうけど、アスリートとしてここに立ってる以上、そんな八百長めいたマネはしたくないし、するわけにもいかない。
「
「ええ。なので、方法はあるけど使えない、というところですね。もっとも使えたとしても――」
「カラテとカラテのぶつかり合いを所望するスカイとストライプがそのような手段を取るはずは無いのだ」
「スナイパー、オメーいつの間にいたんだ」
「ウカツなりドーナッツ=サン」
……まあ、そういうわけでもある。
規則として考えても道義的にも、そんなことをするわけにいかない。何よりぼくらが勝ちたいというのは、あくまで競い合ったその結果だ。チームメイトの間柄だろうとそれは同じこと。勝ちを譲られるなんてことあってはならないし、勝ちを譲ることもありえない。
勝負は本気でやるからこそ価値が生まれる。曲がりなりにもそうした「価値」から利益を得ようとする以上、勝負に対しては常に真摯でなければならない。
――勝てるかどうかは別として!!
有馬記念に限った話ではありませんが、名前などについて作中で触れることが無ければ出走者は基本的にモブウマ娘です。ご了承下さい。