地獄の有馬記念を終えてしばらく経った大晦日の夜。今年もキング組(非公式名称)*1はネコちゃん(仮名)*2とボブちゃん(仮名)*3の部屋に集結していた。
今年の疲労を吐き出すようにこたつでぐっでりする。ぼくもキング先輩も先日に激戦を繰り広げたばかりで、まだ疲れが抜けきっていないのだった。
ぬぁぁぁとうめきながら鍋に鴨肉を投入する。今年のお夜食は鴨鍋……からの、〆にうどん、ではなくソバを落とす変わり種鴨南蛮風。卵はお好みで。
「ストライプちゃん、お疲れならこっちでやるよ?」
「ぼく作るひと、みんな食べるひと。OK?」
「そんなにキッカリ役割を分けなくってもいいのよ。さ、キングの配膳を見せてあげあっっっつ!!」
「キング~!?」
なんか露骨に気を使われている気がする。けど、何かそういうことしたっけ?
有馬の結果に関してはキング先輩もぼくも揃って勝ちは逃したから、ぼくだけの話というわけでもないし……そう思って訝しんでいると、視線に気付いたらしいキング先輩はついとそのまま視線を逸らした。対してふたりは、それに代わるように語り始める。
「ストライプちゃん、連対率100%が途切れちゃったでしょ~?」
「それに、去年まではお金が無かったから帰れなかっただけなのに、何でか今年は帰省もしてないし……ね? キングもちょっと不安なんだよ」
「えっ、別にぼくどっちも気にしてない……」
「あ、あら? そうなの?」
まず連対率だけど、これは元々狙ってやってたことではないので執着もしてない。今後の結果次第でいくらでも覆るものだし。こういうのを気にするとしたら、引退後に「あの時ああだったら」と回想する程度でいい。
家族に関して言えば、定期的に連絡は入れているし、何より距離が距離だ。渡航に時間がかかりすぎるとトレーニングに差し支えるし、事業的にも今トップのぼくが何日も留守にしていいと思えない。ホームシックにかかるような精神構造でもないし……。
「あと家族、今年はこっちに呼んでて」
「あ、そういう流れ?」
「お待ちなさいな。ストライプさん、あなた確か結構な大家族と聞いたけど?」
「そうですけど――ああ、その辺の問題が解決できたから呼んだんですよ」
「あなたに限ってお金の問題は心配してないわよ! そうじゃなくて……ほら、ご家族と長く会ってないんだから……」
「それならもう昨日まで一緒にいましたので」
「抜け目無いよねぇ」
「『学生の間は友達と一緒に過ごした方がいい』だそうで」
色々理由はあるだろうし、今現在学生であるぼく自身が言うのもなんだけど、その辺は同感だった。
コネや何やというのは抜きにして考えても、気兼ねなく付き合える友人というのは一度社会に出てしまうとどれだけコミュニケーション能力が高くとも得難いものだ。
もちろん、家族との時間も大事にするべきだ。兼ね合いを考えて折り合いをつけつつ、というのが理想になるだろうか。まあ理想論なので、できるかどうかはどうにもこうにもなんだけど……。
「というわけでご心配なく。あ、そっちの白菜煮えてますよ」
「話題の変え方が急よ!」
「そんなこと言われましても……」
しょうがないじゃないですか煮えたもんは煮えてるんだから。
食事に関してぼくは費用対効果が見合う限り、最適な出来栄えにこだわっていきたい。たとえ話の途中でも!
……ダメかな? ダメか。
・・・≠・・・
1月中旬。例年であればこのタイミングでURA賞の発表になるが――今年のぼくは呼ばれていなかった。
……いや分かってはいたよ、分かっては。トレーニングに打ち込んでるのも別に現実逃避というわけじゃあない。元から気にしてないんだから気に病むも何も無い。
「……気にしてないっていうのに何でみんな見に来ますかね」
「それだけお前の発言の信用度が低いということだ」
「え。辛辣……」
「お前も弱味を見せないために何かと強がりを言うタイプだろう」
またトレーナーさん直々に指摘が来た。いや分かるし納得しか無いけど。
しかし、ぼくはこういう表彰に対して興味がない……と言うと嘘になるけど、別に直接お金が動くわけでもないから、優先度がそんなに高くない。
すすす、と音もなくスカイ先輩たちの方に近づいていくと、変な悲鳴と「シマシマの……ニンジャ!」というシャウトに迎えられた。
「変に感情移入するのやめてくださいよー。特にスカイ先輩」
「そうだけどさぁ。ストライプひとりだけあの世代でG1を2勝してるのに……」
「それは見方の問題ですね。URA賞があくまで『記者投票』である以上今年のぼくに受賞はまず無いです」
「なにゆえ?」
「最優秀クラシックと最優秀ダートで票が割れとるんだこいつは」
「あー……」
今年のぼくの勝ちは、皐月賞とジャパンダートダービー。これでもし芝かダートでもう一勝していればどっちかに偏るだろうけど……芝のウマ娘だという記者と別に、いやダートウマ娘だと主張する記者もいるので、このあたりの意見が統一されない限り受賞はまず無い。
「あとは印象論だな。シーズン後半のストライプは決して弱いわけではなかったが、G1では結局勝てとらん」
「ステイヤーズステークスで大勝ちしたじゃないです?」
「けしからんことに、G2の勝ちを考慮に入れとらん者は大勢いる。そこも含めて『印象』ということだ」
珍しく、トレーナーさんが叱るでも説教するでもなく、違うベクトルで明確に憤りを見せている。
今在籍しているぼくらのG1勝利数は結構なもので、客観的に見ればこれがチームとしての全盛期としても過言ではないほどだ。しかし、以前……ギンシャリボーイ、サブトレさんが引退した直後の話については、基本的に話題に上がることは無い。
とはいえ推測はできる。例えばデザイナーになった人はいる。社会に出て働いているひともいるし、ぼくはそうしたひとをスカウトして社員として引き込んでもいる。が……ドリームトロフィーに関わっているひとはほとんどおらず、大抵は競技の最前線から外れている。
偉大な先達というのは、やはり後輩にとっては重いことだろう。場合によってはそれこそ、G2やG3を勝てていてもG1で勝てなかったというだけで批判に晒されたひともいるかもしれない。そういうことを思い出すと苛立ちも募るのだろう。
サブトレさんも顔をしかめてる。普段ふざけて実績マウント取ってくることはあれど、やはりそういう点では苦々しい思いを抱えているようだ。
「……まあ、今はそこは置いておくか。問題は、今年をどうするかだ。ストライプはどうする?」
「天皇賞直行で。ちょっとこの年末で色々思いついたことあるから、手の内見せたくなくて」
「よくオヌシそうポンポンと色々思いつくな……」
「で、どんなの?」
「言うわけないじゃないですか……」
と言うか毎度のことだけど、ぼくの作戦というのは基本的にぼく専用にチューニングされているので他のひとが聞いてもあんまり意味無い。
その上対策ができるかと言うとそれもまた別問題だ。言っても構わないと言えば構わないんだけど……いや、なんか気分的に嫌だな。黙っとこう。
「スナイパーはどうする?」
「うむ、去年と同じく海外路線を狙いたい。二度あることは三度四度と続くだ」
「そうか。では、スカイについてだが……」
「あー……私はー……どうしたもんかなぁ……」
「では私から提案を。スカイも海外挑戦を視野に入れてみるのはいかがでしょう?」
「うぇ。私がぁ~?」
苦笑いしながら、スカイ先輩は頭の後ろに手をやった。あれ本当に困った時にやってるやつだ。
うー……ん、用意してないのに突然言われると困るのも分かるっちゃ分かるんだけど、ぼく個人としてはサブトレさんのこの発言も理解はできるんだよね。
「札幌記念勝ったじゃないですか。ぼくはあれ、ある程度海外視野に入れてたからやってたものだとばかり思ってたんですけど」
「こちらとしてはそういう意図のもと出走を勧めた。札幌レース場の芝は全て洋芝だからな、ストライプのように明確にどのバ場にも適性を示してるような特例と違って、一度走らせてみないと分からんことも多い」
「幸い、スナイパーやエルコンドルパサーが海外挑戦をしたことで導線は繋がってます。今ならむしろ海外挑戦のチャンスですよ」
「あー、いや、突然言われるとこっちも困るので、もうちょっと考えてからにさせてくれません?」
「分かった。だが、そう長く時間は取れんからな。俺もそろそろ引退だ」
「了解でーす……は?」
「え?」
「今なんて?」
「ちょっと待ってくださいお父さん!?」
いや今突然聞かされたぼくらより何で実の娘が一番狼狽してるんだよ。
皆この勢いのせいで困惑より先に疑問の方が来てしまっている。
「前々から思ってたことだがな、もう還暦だぞ俺は。利紗に引き継ぎができるよう教育はずっとしとったんだ。それに、あくまでチーフの地位を退くだけでな。まだ全面的に任せるというわけにはいかん」
「立場的には、タキオン先輩と似たような感じですか」
「そうなるな。それに長いことURAの医学会からも声がかかっとったから、流石にそろそろ誤魔化しきれん」
「そうなんですか!? 私聞いてないですよ!? まさか普段の意趣返し!?」
「いや、何でサブトレさんが一番驚いてんですか」
こりゃ家でほとんどそういう話してなかったなこのひとたち……。
いや、仕事の話を家でまでしたくないって気持ちはなんとなく分かるけど。
「はっはっは。そういうわけだ。引き継ぎの書類はとうに作っとるから安心しろ」
お父さん!! と鳴き声を上げながらサブトレさんは去っていきそうになるトレーナーさんを追いかけていった。
まさしくこれこそが報連相をしないことで起きる弊害だということを見せつけられたかのような気分だった。
……ギンシャリボーイを翻弄するのってどんな気持ちなんだろ。いや、トレーナーさんにとってはただ娘をからかってるだけか。