3月末――春の三冠の第一冠となるG1、大阪杯。
春の天皇賞への直行を表明しているぼくにとってはそれほど大きく関係のあるレースではないが、今日のぼくは身を乗り出してモニターにかじりついていた。
『――まさに堂々復活ッ!! 屈腱炎を乗り越え帰ってきた風神は強かった! 一着はアイネスフウジン!!』
「や……ったああああ! っしゃあっ! 」
「…………」
「…………」
思わず声が上がると共に、椅子を蹴倒してガッツポーズまで取った。
……しかしながらここは食堂である。周りで一緒に観戦していたひとたちに見咎められて、ぼくは粛々と椅子を元に戻して再度席についた。
「ストライプってミーク先輩の時といい、観戦してる時のテンションやたら高くねえか?」
「……そうね」
ウオッカとスカーレットからもやけに生ぬるい視線を向けられる。
でもさぁ、屈腱炎との長い戦いを乗り越えて10ヶ月ぶりの復帰を勝利で飾ったんだよ。そりゃあ興奮するし入れ込むし、このくらいしても不思議はないと思うんだよぼかぁ。
それに……。
「ぼくより遥かに強火なファンがいるんだから、気にすることなくない?」
指し示した先には、滂沱の涙を流しながらうちわを振るデジたんパイセンがいた。
多少歓喜の声を上げて立ち上がるくらいぶっちゃけ大したことないのではないだろうか。
「ウマ娘全体を箱推ししてるようなひとと比べんなよな」
「ストライプ、あなた感覚麻痺してるのよ」
そんなに感覚が麻痺してるかな……してるかも……。
確かに思えば、前からそうではあるけど完全にオーバーリアクションに慣れてるフシはある。関東圏でレースがある時、ぼくはキッチンカーの出店やらのために現地へ赴くことがあるけど、そういう時はたいていヤバい方のアグネスが両方とも同乗してくる。おかげで、寮やカフェテリアでの観戦とあわせてデジたんのオーバーリアクションはすっかり見慣れたものになった。ちょっと
「ていうか問題はそこじゃねーんだけど。アイネス先輩ってお前にとってライバルのはずだろ?」
「ライバル応援して何か悪いことある?」
「え…………いや、ねーけど」
「でしょ? みんな画一的に考えすぎなんだよ。もっと混沌としてるくらいでいいんだよ、友達でありライバルであり……みたいに」
言っても人間関係なんてそんな簡単に割り切りができるようなものじゃない。一単語だけで関係性を表すなんていうのは至難の業だ。まさしくウオッカとスカーレットの関係性のように。
「それに……えー……誤解されそうなこと言うけど」
「何でわざわざ誤解されそうなこと言うのよ」
「ぼくは他人と仲良くした方が得だなーって思ってる」
「損得勘定かよ!」
「誤解って話と関係ある?」
「うん、まあ。得っていうのはお金の話とかだけじゃないんだよね。いがみあってばっかりいると辛いじゃん。仲良くしてたほうが心穏やかでいられるし。それって精神的にもお得でしょ」
「……最初からそう言えよ!?」
「例えばぼくが理屈抜きに『普段は仲良くしてたいだけだよ』って言ったら信じる?」
「………………」
「無理でしょうね……」
「でしょ?」
だからこういう説明するときは、ある程度理論先行の方が相手に納得してもらいやすくて楽だ。
いや、楽か? よく考えたら二度手間じゃない? 普段の風評のせいで損してないコレ?
……よし、この話考えるのよそう! それこそぼくの心の健康に悪い。祝福する時は祝福一本に絞ろう。うん。
「おーい、ストライプー!」
「あれ、ターボだ」
「呼んでるみたいだけど」
気を取り直したそんな折、ふとした拍子にターボが駆け寄ってくるのが見えた。
ウマ娘の「駆け寄る」だ。割と大概な速度である。ちょっとばかしハラハラしながら見守るが、そこまで大きな問題はなく、思ったよりは普通にこちらに到着した。
「特訓するぞー!!」
「特訓だってよ。え、特訓?」
「急にどうしたのよ……」
「急ってワケじゃないんだけど……」
登山である。
夏合宿の時、ネイチャやタンホイザたちと登山に「特訓」に行った後のこと。ズルい! と言われてそのしばらく後に、ターボも交えて登山に向かったのだった。
これがまたなんというか――なにせターボだ。こう言ってはなんだが、結構な難物である。遭難する可能性を考慮すると、絶対に目を離すわけにはいかなかった。結局その時は、ネイチャたちも一緒になって疲労困憊に陥ってたと思う。
で、まあその後もちょいちょい特訓ということで登山に出かけているのだった。
「言っとくけど、今回は誘わないよぼく」
「それはそれで寂しいわね。何で?」
「……スカーレットかウオッカのどっちか来たらどっちも来るでしょ。張り合って自由に走ったりしてみなよ。絶対遭難するよ」
「うっ、それは……」
「ターボだけでも結構キツいし、正直悪いけど……本当悪いけど……抑えられるって自信が無い限りはぼくもOKは出せない……!」
多少ならず自覚はあったらしい。ふたりは微妙な表情を返して頷いた。
「えぇ~!? スカーレットとウオッカも一緒に行けばいいじゃん!」
「えっ」
「あ、お、おう……」
次いで、「どうすんだよコレ」みたいな表情を返される。
まずい。末っ子気質のターボに言われると(ぼく含め)断りきれなくって弱い。そこまで言うなら……みたいな雰囲気でふたりの腰が上がりかけてる。
……よし、ネイチャかタンホイザ、マックイーンやテイオーのうち誰か巻き込んでどっちかの様子を見てもらおう。そうしよう。
(こんなに頻繁に付き合わされるなら、ターボのスタミナのためとはいえ「山を登りきったらウマ仙人と会えるかもしれない」なんて言ってみたのは軽率だったかもしれない……)
嘘にするとターボに悪いから、それとなくセットを組んだり色々な仕込みをしていたりするが、どうしても準備できる場合とそうじゃない場合がある。
ガッカリしてるターボを見るのは心が痛む。こうなると、もうちょっと安易に食べ物で釣ったりごほうび感覚の何かしらを考えるべきだったのだろうけど……そうすると関心を引き出せそうになく、遊び感覚でのトレーニングとはなりそうにないし……。
「ストライプ、なんか『策に溺れた』って感じの顔してんぞ」
「まさしくそんな心境だよ」
今回はタンホイザにターボは任せよう。
代わりにぼくがスカーレットとウオッカをなだめながら行けば、遭難はしないだろう……多分……。
・・・≠・・・
何かと張り合いがちなふたりだ。多少なりともぼくの存在が緩衝材になればと思って間に入ったのだけど、甘かった。
ぼくの頭越しに言い合いを始めた二人は、ヒートアップするにつれてどんどん接近。最初のうちは間に挟まってるお陰でちょいちょい冷静になってくれたのだけど、それも途中までだった。売り言葉に買い言葉でウオッカとスカーレットの山道レースが始まり、ぼくは挟まれたままそれに巻き込まれてどんどん圧縮されていくハメになってしまったのだった。
全体的にこう、やつれて縦に伸びた気がする。気のせいだろうけど。
「はぁ……」
ぼくは一旦皆と離れて学園の方にやってきていた。流石に疲れたというのもあり、予定外の運動についてトレーナーさんに報告するのもあり……夕方近い今の時間帯なら人も少ないから静かだろうという憶測もあった。実際、今のところほとんど他人は見ていない。
そんな折、ふと目に入ったものがある。学園の名物オブジェ、三女神の像だ。
「三女神の像か……」
全てのウマ娘の始祖と呼ばれるのが三女神だ。それはこの世界でも同じだが、冷静に考えるとぼくのいるこの世界はウマ娘と言うよりウマ科娘という種族的な括りになっているため、ぼくの知るいわゆる「三女神」――恐らくはサラブレッドの三大始祖とは異なる可能性が高い。
可能性としてはウマ科それぞれの亜属、ウマ、ロバ、シマウマの始祖だろうか。そうなると尻尾が異なっているけど……女神のモデルとなったウマ娘を実際に目にしたひとはいない。後世の創作である可能性も否定できないし……そうでない可能性も否定できない。
まあ、全ては可能性だ。
しかしこの独り言、なにやら継承の場面っぽい――。
「!?」
――その時、不意にイメージがよぎった。
駆け抜ける二条の光。それは静かに形をなし――長い鼻を持った巨体と、それを上回る体高を誇る、長い首を持った四足歩行の存在を映し出した。
「ウワーッ!!?」
ジャンボナンプラーとジラフじゃねーか!! ペンキの幻臭がする!!
ちょっと待って駆け抜けないで! これぼく何の因子を継承すんの!?
というか百歩譲って近縁分類の偶蹄目のジラフ*1はまだいいとしてもジャンボナンプラー*2はカスりもしない
キャンセルは!? 無い! そうか! 諦めよう! せめて不利益が起きませんように!!
「っ……う……」
程なくして、イメージは視界から消失した。
同時にずしんと疲労感が全身にのしかかる。ちょっと待ってほしい。継承ってもっとこう……なにやら理屈は分からないが力がみなぎる……! みたいな感じじゃないの!?
あの、まあ、単純に登山してきた直後にコレという気疲れのせいと考えるのが正解だろうけど……。
「トレーナーさんたちに伝えるべきなのかな、これ……」
あまりにもオカルトとトンチキが全開すぎて言ったところで信じてもらえる気が全くしない……。
他に同じような事例があるならまだ話せる方なんだけど……これ、天皇賞を前に精神に変調をきたしたとか思われたりしないよな……。
○余談
ジラフの主戦騎手はイギリスのエドワード・エリスですが、ムワイ・サンコンはハリボテジラフの騎乗経験があります。