【本編完結】ロバ娘:ファンディングストライプ   作:桐型枠

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継承らしきもの

 

 

 後日。定例トレーニングの時間になると、この日学園内にいるチームメンバーが一度部室に集合することになった。

 というのも。

 

「ビワハヤヒデだ。チームメンバーとして()()()()よろしく頼むよ」

 

 これまで、何やかやで仮入部のような扱いでチームに出入りしていたハヤヒデ先輩が、とうとう正式にチームに入ることになったためだ。

 本人曰く、どうにもこうにも心配性で、実際に行動に移すまでが長くかかってしまったのだとか。気持ちは分かる。

 拍手の音が響く中、ハヤヒデ先輩は照れる……ということもなく、眼鏡をクイッと上げながらごく自然体でそれを受け取っていた。

 

「フラワーの時は照れ照れだったよね~」

「そ、そこまでじゃあ……」

 

 そこまでだったんだなぁこれが。

 まあ、その辺は経験の差というやつだろう。フラワーはあくまで飛び級。周りは年上ばかりとなれば、気が引けたり照れが出るのもごく自然なことだ。むしろぼくらとしては、反抗期に入る気配も無くずっと素直なフラワーなのでそっちの方がちょっと驚く。

 さて。挨拶はほどほどにして、この日のトレーニングメニューは、数日後にチーフトレーナーに就任することが決まっているサブトレさんから、今年の目標と併せて発表されることとなった。

 

「はい、ではスナイパーは年末のBCマイルを目標に据えて……昨年はパワー不足が目立ちましたからね、ダートトレーニングをメインにしていきましょう。目標はストライプくらいで」

「ワッザ!?」

「理想高すぎる上に過剰ですってばサブトレさん……」

「理想は高く持っておくべきですよ。たとえその通りにはならなくとも、届かせようという努力はいずれ別の形ででも実を結びますから」

 

 それは例えばセクレタリアトの等速ストライドを真似ようとして、結局無減速クロスステップになっちゃったギンシャリボーイ(サブトレさん)みたいにだろうか。

 まあ、スカイ先輩の言う通り、ぼくと同レベルのパワーとなるとそれは流石に過剰だ。いくら海外の芝が足が埋まりそうになるほど深いと言っても、そこまで必要になることはあるまい。あくまで目標値ということもあるだろうし、単純に身近にいるから比較しやすいというのもあるだろう。チームでは一、二を争うほどとなれば、まあ理解はできる。

 ちなみにチーム内最強はリムジン先輩だが、これはあの大きな体ありきのもので、かつ本格化の山を越えてドリームトロフィーに移籍したので、比較しようにもし辛いものがあったりする。そこで同じく現役のぼくに白羽の矢が立ったというところだろう。

 

「次にスカイ。まずはスタミナをもっと伸ばしていきましょうか。2000m程度の中距離でのスピードも良いですが……海外選手の差し脚の切れ味を考えると、余力が残りにくい長距離が恐らく最も望ましいはずです」

「はーい。目標はストライプ?」

「もちろん」

「ぼくをバロメーターにするのやめてくれます!?」

「しかし、やはりあなたはこの中で最も突出したスタミナの持ち主ですから。一番わかりやすいんですよ」

 

 そりゃ分かるけど……なんか恥ずかしいんだよねこういうの。何の裏もなく褒められてるだけっていうのが、ちょっと背筋ムズムズする。

 チームメイトやトレーナーさんからの称賛を素直に受け取れないって、もしかしてぼく結構屈折してるな?

 ……いや、称賛を素直に受け取れないのって、そもそもぼくが作戦のために悪名を広めたせいでは? ははーん。つまるとこ自業自得だな?

 はは……は……はぁ……。

 

「ストライプ君はなぜ急に落ち込んだんだ……? 今褒められてたはずだが……?」

「コヤツの精神構造は色々と複雑なのだ」

「多分、何か思うところがあったんだと思います……」

「話を続けますよ。スカイは十分な能力があると思いますが、しかし海外での活動経験が不足しています。早め早めに行動できるようにしておかなければ。水が合うとも限りません」

「水って?」

「文字どおりの意味じゃないですか?」

「でも、ちょっと水が合わないくらいなら……」

「水を甘く見るではないぞスカイ。下手をすれば死ぬぞ」

「なんて?」

「死ぬ」

 

 スナイパー=サンが珍しく真面目な話をしている……。

 いや真面目に話したことが無いわけじゃないんだけど、圧倒的に真面目なこと言う頻度が低いんだこのひと。

 

「インストラクション・ワンだ。日本と海外は基本的に水質が異なる」

「それは知ってるよ。軟水と硬水でしょ?」

「それが分かるなら、スカイならばもうちょっと深く考えればすぐに分かるはずだ」

「具体的にどういう理屈?」

「……説明してやれストライプ!」

「えー」

 

 話し始める前に理論構築してなかったんじゃないだろうなスナイパー=サン。

 スカイ先輩はスカイ先輩でなんとなく理解してそうな顔してるけど。慌てたスナイパー=サン見てちょっと面白がってるフシがあるし。

 あのひと感覚派な面が多少あるから「日本と海外の水は違う」の一点だけ把握して話し始めたんじゃなかろうな。単に説明するのが面倒になった可能性も否定しきれない。

 

「飲み水も料理に使う水もその土地の水なんだから、水のせいで海外で一度体調崩すと海外にいたままじゃなかなか復調できないって話でしょう?」

「うむ。そう言いたかったが言葉にできなかった」

「もっと深く言えば、海外の水……硬水にはマグネシウムが多量に含まれていることが大きな理由だな。これは下剤にも含まれている成分で、腸を刺激しやすい。料理に使った場合は……化学反応が起きて変質するだろうから一概には言い切れないが、やはり成分は残留するだろうね」

「なるほどなるほどー」

 

 ほとんどハヤヒデ先輩に補足されたけど、理屈はそういうことだ。

 これは海外挑戦を視野に入れているウマ娘全体に言えることで、体質が合わず断念という危機には常に晒されることになる。

 まあ、海外と言っても一概に全ての国が硬水というわけではないし、実際ぼくが住んでたナイロビの水も軟水だ。……いやそもそも水の安全性って問題があるんだけどねケニア。

 

「あと単純に味に慣れないひとも多いでしょうね」

「その点はコーヒーにしたりお茶にしたり、味を変えれば解決するだろうね」

「あー……それ、お茶のパックとか買うなら日本での方がいいですよ」

「うむ、基本的に砂糖が添加されておるからな……」

「……そうですね」

 

 サブトレさんが遠い目をしている。海外についていって観戦する時に緑茶を買って痛い目でも見たのだろうか。

 お寿司が好きなからみか、お茶(あがり)にも一家言あるからな……流石に海外SUSHI文化に物言いまではしないけど、常々何か言いたそうにしてるのは見る。

 

「……ともあれ、そういうことです。まずは慣らすところから始めましょう」

「は~い」

「次は、ストライプ。あなたは……まあいいでしょう」

「いきなり扱いが雑!」

「信頼の賜物と思ってください。ローテーションまで含めて頭の中にあるでしょう、あなたは……」

「まあありますけど……」

「あるのかストライプ君……」

 

 元々ぼくの強みはそういうところでもある。それをもって信頼していると言われるとこちらもそういうことならしょうがないと言わざるをえないし、実際考えてはいるのでその点で文句を言う気は無い。ただ、ひとりだけ扱いが雑なのは流石に文句言っても構わないだろうか。

 

「では、今年の締めを有に据え――」

「ないです」

「ええっ!?」

「何で!?」

「有は……もう勘弁してほしいっていうか……」

「トラウマになっておるぞこやつ」

「あんな陣容になるなんてこと今後10年はありませんよ」

「10年にひとり出るかどうかというはずの三冠ウマ娘がシービー先輩、会長と2年連続で出た話します?」

「ああ言えばこう言いますね本当に……」

「なので出るとしたら東京大賞典で」

「そっちかぁ……」

 

 ファル子先輩との約束もあるしね。

 時期柄、帝王賞は……色々条件が厳しいから見送る格好にはなりそうだけど、せめてこっちは出走しておきたい。

 

 さて、ハヤヒデ先輩とフラワーについては、こちらはどちらも基礎トレを重点的にということになった。

 フラワーは今年デビュー予定のため、やや大きめの負荷をかけることになる。万が一のこともあるが、ぼくらはぼくらでトレーニングがあるため、強く注意するというのも難しい。約一名トレーニングに向ける意識が散漫になりそうなひとがいるがそこは触れずにおこう。

 ともあれ、トレーニングだ。問題はここからで、先日のあの……継承の一件で自分の能力がどう変化したのか、まだぼくは把握していない。

 能力が何かしら向上しているのか、何も変わってないのか、はたまた落ちているのか。流石に能力が落ちてるとは思いたくないが――そう思ってタイム計測に臨むと、それだけで何か異変があったことに気付いたのか、サブトレさんの視線が険しくなる。

 実際に計測になれば、ぼく自身も何が起きているのかはっきり分かった。

 

「ストライプ、あなたパワーがまた強くなっていませんか?」

「えぇ……」

 

 元々、やや過剰気味だったパワーが更に強くなってる。

 過剰通り越して余分出てる。いや、まあ、加減すればいくらでも「適切」な力加減に持っていくことはできるだろうけども……動物界最大級にパワフルな二匹の継承ともなると、そうなって仕方ないかもしれないが……。

 

「それに、体幹も。一朝一夕でどうにかなることではないと思うのですが……」

「ですよね……」

「パワーはともかく、体幹が鍛えられたのは良いことです。練習していた無減速クロスステップも――」

「あの……サブトレさん、ちょっと耳に入れたいことがあるんですが」

「――と、なんですか?」

「三女神像の前を通りかかった時、暗闇の中駆け抜けていくゾウとキリンの幻覚を見まして……」

「何がどうしてどうなったと言いましたか?」

 

 明らかにサブトレさんは困惑していた。当たり前だ。変な薬でもやっているのかと心配になっていることだろう。でなければ高熱でうなされている時に見る夢か何かだ。

 おでこに手を当てられたが、特に熱は出ていない。サブトレさんは首を傾げた。

 

「……秘伝の、こう、例えば精神がトリップする薬を使っているとか、そういうことはありませんね?」

「ぼくを何だと思ってんですか」

「必要とあらば何でもやる子だと……」

「それは……そうなんですが……」

 

 ヤバいクスリをやることに必然性も必要性も欠片もないじゃないですか。

 むしろアスリートとしても人としてもリスクしか無いのに何でそういう発想が出てくるんだ。普段のぼくの振る舞いのせいか。泣きたい。

 

「現役時代似たようなことがあったりしませんでした?」

「ありませんよそんな……そんな…………いや、あったかも……」

「あったんじゃないですか」

「もう十年以上も前のことですし、ええと……そうそう。たしか、見慣れないウマ娘が見えて……」

 

 ふむふむ。思ったよりかなりオーソドックスなようだ。

 いや、出自も含めてぼくがイレギュラーすぎるだけか? まあ、どっちでも話は通るが……。

 

「カンパチと並走していて……」

「なんて?」

 

 ちょっと待ってほしい。雲行きがドチャクソ怪しくなってきた。何で魚と並走してるんだウマ娘が。

 なんすかその熱帯夜にうなされながら見る悪夢みたいな光景は。

 

「……きっとストレスと疲れで変なものを幻視したのだと思って、その日はそのまま寮に戻って寝ましたが……」

「でしょうね。その後何か変化は?」

「いいえ、何も。しいて言えばちょっと体調が良くなったような……?」

 

 このひと、まさか元から能力が高すぎて多少のことは誤差みたいになってたんじゃなかろうか。

 ともかく、こうなるとサブトレさんはあまりアテにはできそうにない。次にスカイ先輩とスナイパー=サンを呼んで聞いてみるとことにした。

 前提となる状況を説明したところで、やはりふたりとも大困惑だった。そりゃ困惑するわと思うけど。

 

「う~ん……確かに何か、『あ、誰か走ってるなー』って思って、つられて走り出しそうになったことはあるけど……」

「力がみなぎってきたり、みたいなことは?」

「えー……? 流石にそれはどうだろ……」

 

 ふむ。ぼくみたいなイレギュラー的な存在のみならず、スカイ先輩も――多分まっとうな方式で――継承らしきものを経験している。

 基本的に皆記憶が曖昧だが、これは一瞬の出来事で、かつ非現実的な光景のため、「気のせい」ということで記憶を処理してしまうと考えられる。実際、ふたりとも「そんなことあったっけ?」程度の認識で止まっているようだし。

 この分だと、一定の時期に達したウマ娘はだいたい経験しているものと見るべきか。特別なものじゃないのはちょっと残念にも思うが、しかし同時にそれで良かったとも思える。勝負は何事もフェアであるべきだ。

 

「スナイパーは何か無かった?」

「ワタシがベンチに座っていると、不意に周囲が暗くなり背後から駆けてくる影があった」

「ほうほう?」

「ニンジャである」

「待って」

 

 いけない。ソウル違いが起きている。

 

「黒いニンジャと赤いニンジャはワタシの前でアイサツを行った。その後は瞬時のことだ。『イヤーッ!』『グワーッ!』交錯! やがて二人のニンジャが駆け去るが、ワタシはそれを見過ごすこともできず、心が命じるまま追いかけた――」

「何で一人だけ世界観が違うのさ……」

 

 まさかサバンナストライプ(ぼく)と同じように、よそから存在の支柱になる何らかのソウル的なブツを持ってきているのだろうか。そしてそれがニンジャのそれとか……。

 いや、このひと単なるフリークのはずだよな?

 ……はず……だよな……?

 

 

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