スナイパー先輩に先行してもらう形で、緩やかにコースを走る。
中距離からマイルを主戦場とする先輩と、長距離をメインにしているぼくとの併走となると、併走そのものに大きな効果は期待できないが、これが技術習得のためのトレーニングなら話は変わる。
ミスディレクションと緩急を利用した翻弄をメインの戦術にしているスナイパー先輩は、相対速度の把握と調節に抜群の才能を発揮する。「抜かせそうで抜かしきれない」というシチュエーションを作るのが恐ろしく上手いので、前を行く走者を抜かすための技術であるところの無減速クロスステップを学ぶには絶好の練習相手なわけだ。
ドーナッツ先輩に度々捕まっていたのは、このあたりが理由でもあったりする。
「っ……」
今回の状況設定は、「全力を出せば抜かせるかもしれない相手が前を走っている時」だ。
だいたい時速60kmちょっと。だいたい、ぼくが全力で走れば追い抜けるギリギリまで速度は上がっていく。本当は、もっとこの上に「ゴール目前」とか、「下手な抜き方すると差し返される可能性がある」とかの条件も重ねてよりレース本番を想定した臨場感のある状況作りをしたかったのだが、まだしっかり習得できてもないのでそういうわけにもいかなかった。
(この技のキモは足先の動きよりも、体の「振り」で生み出す遠心力を強靭な体幹で制御すること――ある意味ドーナッツ先輩にはここが鬼門だった)
当然だが、ドーナッツ先輩も相当体幹が鍛えられている。そうじゃないとヒョイヒョイ八艘飛びなんてできないし、普段からあちこちぴょんぴょんと飛び移ったりもできない。
ただ、致命的にウエイトが足りない。そのせいで制御しきれず、コックスプレートでは最後の最後で吹き飛んでしまっていた。
そのあたりは技術力で補うことができるが……一応、ぼくの場合ドーナッツ先輩に足りなかったウエイトが(身長15cm分くらいは)ある。加えて、この過剰通り越して余分まで出てきたほどに有り余っているパワー。技巧の欠片も無いが、強引に方向を変えることもこれなら難しくない。
パワーがより高まったということは、今現在「最適」であることを目標にするぼくにとっては、実のところ不利なことばかりではない。感覚に慣れるまでに苦労はするだろうが、限界を超えると周りが見えなくなるという悪癖があるぼくにとっては、全力を出し切ることなくこれまでの「全力」と同じだけのパワーを発揮できるようになったのは、明確な利点だろう。
直線に入る。真後ろについたことでやや視界が狭まるが、そのあたりは何度も練習してきているので織り込み済みだ。
筋肉のバネを活かした「しなり」を作り、一瞬のステップを――踏み切る!
「!」
技術よりもパワーを重視したせいか、他の使い手と異なり、スパン、という足元を切るような音が響き、しかしぼくの体は狙い通りに速度を維持したまま横に躍り出て、スナイパー先輩を抜かしていた。
「……できた……っ、つあ……!?」
ちゃんとそれが「完成」したことを認め、緩やかにスピードを落としていく中、不意に足に痛みを感じた。
無意識のうちにカクンと膝が折れる。ちょっと待て。一回でコレってダメージ深すぎんか。
「大丈夫ですかストライプ!?」
「あ、はい。とりあえ――
「隠す気ゼロじゃないですか……」
「生徒が怪我をしているかどうかという時にそんなこと言ってられますか」
言わんとすることは分かるけど速すぎるわ。
あなた今からトゥインクルシリーズ出たらOP戦くらいなら完勝できるんじゃないですか。
サブトレさんに軽く足先を回されたり弄られたりするが、大きな痛みは無い。折れているということは無いようだ。
「……少し捻っただけのようですね。大事が無くて安心しました」
「ぼくが頑丈なのは分かってるじゃないですか」
「不測の事態は常にありうるのだぞ。注意は一秒、後遺症は死ぬまでだ」
語録がシャレになってないマジな色を帯びている。
いや当たり前っちゃ当たり前だし言ってることも間違ってないが。
「これではまだ未完成ですね。パワーで強引に持っていくのでは、脚にかかる負担が大きすぎます」
「できたと思ったんだけどなぁ」
「レースも近いですし、当日までに完成をというのは難しいですが……仮にやるとしたら、
「はーい」
というかそのシチュエーションだと、使いたくても使えないだろうなと思う。
限界を超えるというのは容易にできることじゃない。どうしても後からそれなりの負担はのしかかってくるし、闘争心に呑まれて技術をまともに発揮できないということもあるのだから。
「そもそも、やるならせめて
「クッソ難易度高ぇですわうぉほほほほほ」
パワーが高まっていくにつれて等速ストライドの領域が遠ざかっていくのを感じる。
まずはコレ、有り余るパワーを制御する方向でやっていかないと……。
・・・≠・・・
4月。入学と編入、進級の季節だ。
ぼくらはどうにかというかようやくというか、ともかく無事に高等部への進級を済ますことができた。
――なお、今年のクラスメイトはテイオーにマックイーン、ウオッカにターボ。それからマヤノとマーベラスという顔ぶれだ。
昨年度の落ち着きっぷりと比べると凄まじいアッパーテンションになる顔ぶれと言えようか。悪い言い方をすると、ブレーキ役が足りない。
まあ、それはいいんだ。問題は、今までよりも顔見知りの数が増えていることだ。これは学年を上がるごとに生徒数もクラス数も減っていくことに起因する。
中央は厳しい。好成績を残せなかったウマ娘は地方へ移籍したり、場合によってはレースそのものを引退することになるため、毎年二桁ではきかない数のウマ娘がトレセン学園を去ることになる。中にはどうしてもレースに携わりたいということで学園スタッフの研修コースに転科する場合もあるが、絶対数は少ない。
そういう事情もあるので、ぼくの立ち上げた会社は今後、引退して学園を去ることになるウマ娘の受け入れ先の候補の一つとして期待されているとも聞くが――
そういうわけで、いつものメンバーが同じクラスになる確率が……複雑な気持ちながら、上がることになるのだった。
さて。
そんなわけで、ファン感謝祭が近づいてきたある日のこと。タマ先輩とマックイーン、そしてふたりに連れられてきたライアン先輩に呼び止められたぼくは、少しばかり嫌な予感を覚えていた。
「今年はぜひとも野球してもらえたらって思っとるんやけど」
「縦縞のユニフォームが似合いますもの。ねっ。ねっ」
「Vやねん」*1
「ゴッフォ゜」
「あ゛あ゛ッ」
縦縞の球団トラウマ多すぎねえか。
悶えるふたりを目にして、ぼくは少しばかり同情した。
――ファン感謝祭の競技をどうするか、という問題である。
まあ例年このあたりは……あまり大きく問題として捉えてはいなかったのだけど、今年はナーバスになってる時期にこれだ。もうちょっとなんとかならんかったのだろうか、時期。
マックちゃんよぉ。ぼかぁキミとの対決のためにも新必殺技の習得をどえれェ頑張ってたのだけど。
そりゃ阪神大賞典で強い勝ち方して菊花賞はマグレじゃなかったと知れ渡ったし、ぼくも映像越しに見てこの半年で相当仕上げてきたのも分かったけどさ。何で率先してこの緊張感を粉砕しに来るの? そういう策略なの?
「ご、ごめんねストライプ。ほら、さ。マックイーンも悪気があるわけじゃないから!」
「いえ、別にぼくは誘われた分にはやりますけど」
横からライアン先輩のフォローが入るが、そもそもぼくだってトゥインクルシリーズに関わるひとりのウマ娘として、ファン感謝祭を盛り上げることには賛成だ。
ライアン先輩も素で縦縞の
「じゃあ何で今口撃しましたの……!?」
「条件反射でもあるし……天皇賞でバチバチにやり合うつもりで気を張ってたところにコレだからちょっとイラッとしたのもあるし……」
「あ、はい」
「あかん優勝してまう*2し……」
「サラッと追撃するのやめーや」
ぶっちゃけ誘いに来るにしても人選が悪い。
ライアン先輩も天皇賞には出走するけど……何だろうな。ライアン先輩に誘われてもあんまり抵抗感が強くならないのは。
うん、やっぱマックイーンとタマ先輩の圧が強すぎて思わず反逆したくなってしまうのが悪い。あとレースに傾けるべき情熱が別の方向行っちゃってねえかという勘繰りからくるフラストレーションもあるか。まあ、流石にそれは無いだろうし、ただ息抜きという趣の方が強い……はずだ。
「それで、相手は?」
「テイオー率いる星のチームですわ」
ハマのテイオーってか。
「あ、そういえば。そもそもだけど、ストライプって野球はできるんだっけ?」
「ルールは大体わかりますし、草野球程度ならやったことも何度か」
「まああんだけスラング知ってるんやから内容も知っとるやろ」
アフリカ大陸全体の傾向としてサッカーの方が盛んだが、野球が行われてないわけじゃない。
前世知識を除いて考えても、日本に来てからしばらく暇な期間もあったので、遊び程度に野球――に限らず球技全般だけど――をかじってみたりもしている。大して問題はない。
「ポジションはどないするんや?」
「キャッチャーでしょう」
「キャッチャーですよね」
「ぼかぁもうちょっと体格とか考えても良いんじゃないかと思いますよ」
「あなたレベルのいやらしい配球ができそうな方は、セイウンスカイさんくらいしか心当たりがありませんわ」
「うわぁい喜ぶべきか悲しむべきか悩む評価」
というかファン感謝祭なのにそこまでガチな対戦始めると観客がついていけなさそうなんだけど。
「そういえば、ファン感謝祭なんだから
「…………そうですわね」
「……ええねん、心に縦縞を掲げていれば」
心に縦縞ってなんだよ。
心にシマUMA宿してるぼくがピンポイントで該当するじゃねーか。