遅くなりました。文量が普段の三倍くらいありますのでご注意ください。
……さて、今度はぼくらの守備の番だが……ぼくがキャッチャーマスクを被った途端、嫌な顔をする先輩たちの姿を見かけた。
ひとつ言わせてもらうと、スカイ先輩がキャッチャーやるのも大概やぞ。
『一番、ツインターボ』
「いっくぞぉー!」
さて、一番は大方の予想――と、あと多分本人の希望――通り、ターボだ。
バットのスイングも様になっている。バッティングセンターに行くなどして練習したのだろう。
こちらのピッチャーは、元々多少の経験があるライアン先輩。これはほぼ満場一致で決まっていた。オグリ先輩案もあったけど、当のオグリ先輩自身が辞退したのでその辺は頓挫した。
(さて、どうやってアウト取っていこうかな……)
野球でアウトカウントを重ねていく方法は主にふたつ。三振にするか、打たせて取るかだ。
ライアン先輩の場合、向いてそうなのは前者。聞きかじりの知識だが、緩急を使い分けるのが三振を取るコツ、だとか。
じゃあ、最初は緩い球を見せるためにボールに……。
「うりゃああぁぁっ!」
「え」
「あっ」
「は?」
『打ちに行ったぁー! だがコイツは当たりが弱いかぁ!? いや、なんかイイとこ転がってんぞ!?』
……ターボがセオリー通りに行動するわけがないってこと失念してた!
ボールになってしまうような球を振りに行って、結果はコロコロ転がる程度のゴロ。だけど、いい具合に虚を突かれたおかげで皆の反応が残念ながら遅れてしまっている。
ターボはもう、当たったと思ったら即座に走り出してるし……。
混乱を鎮めるためにも、ここは一旦塁に出すだけ出しておこう。
『二番、セイウンスカイ』
続いてのバッターは、なるほど。小技使いのスカイ先輩が来たか。二番バッターとしては最適なのだろう。
「ふっふっふー。どうかな? この奇策」
「してやられましたよ」
なるほどね。一番バッターでターボ、というのはこうやって浮足立たせるための手段でもあるわけだ。さっきのささやき戦術といい、カマしてくるなぁ。
ライアン先輩が不安そうな表情を向けてくる。う~ん……まあ、実際読み勝負となるとやや分が悪いし……よし、仕込み発動。ぼくは一つサインを送った。
さて、一球目はボール。二球目、ストライク。ここまではポンポン取っていけた。続いて――。
「ありゃ?」
読みを外してストライク。よし、うまい具合にいけた。
更に続いてボール球を空振らせて、三振。スカイ先輩は思いっきり首をかしげているが、これ、理屈は簡単だ。単にベンチのイナリ先輩に代わりに指示してもらっただけである。
ちょっと考えれば分かることだが、逆に言うと「ちょっと考える」余裕が無い限り容易には見抜けない。
時間的な問題と運動量による負荷を鑑みて、野球の試合は5回までしかやらないという事情もある。打順は回ってもせいぜい3回。その間に完璧な対処ができるようになるかというのは――ちょっと非現実的だろう。
『三番、スペシャルウィーク』
「よろしくお願いします!」
ここからクリンナップだ。相手はスぺ先輩。
う~ん……レースでもないし、実力は完全に未知数。定石どおりが一番堅いな。
冒険する理由は無いし、まずは緩いカーブから……ボール。次は速球でストライク。
ふーむ。
「そういえばスペ先輩、スズカ先輩が留学してからちゃんと朝起きられてます?」
「うっ……せ、セイちゃんに、ストライプさんの話には乗るなって言わ」
「ストライーック!」
「あぁーっ!?」
「こすい!」
「こっすい!!」
「惑わされるなってせっかく言ったのに!」
ワハハのハ。
集中力を奪うにしても、タイミングというものがある。
例えばスカイ先輩のように事前にカマしておくのもアリだけど、バットを構えたところで行くのも悪くない。
言葉に惑わされないように注意を受けていたとしても、言葉を返した時点で応じちゃってるし、集中も途切れちゃってるんだよね。
仮に何も言葉を返してこなかったとしても、意識を向けた時点で目論見はほぼ達成していると言っていい。そして、こうやって注意を向けたところで……。
「ストライク! バッターアウトッ!」
「なしてぇー!?」
ここで速い球を打とうと意気込みすぎたせいで、スペ先輩は遅めの緩いカーブに思いっきり空振ってしまった。
『ここまで皆さん緩急の差に翻弄されていますね。投球技術の巧みさを感じますが、ゴルシさん。どのように対処するのがよろしいでしょうか』
『考えるんじゃねえ――感じろ! あ、これマジだかんな?』
本当、ゴルシ先輩は時々核心をついてくるな……。
レースと違って、野球はチームスポーツだ。比較すると、スカイ先輩はレース展開などを先読みして状況をコントロールするのが得意な方で、ぼくは他人の心理状態を読んで行動をコントロールするのが得意な方。何も考えないという対策は実のところそれなりに有効だ。
こうやって考えるとぼく自身は個人競技よりチームスポーツの方が向いてる気がするがその辺は一旦横に置いておく。
『四番、トウカイテイオー』
「待ってましたぁ!」
さーて、問題のテイオーだ。ぼくにとっての苦手分野。日常生活はともかく、ことレースなどについては本当に揺るがない精神的モンスター。
普段ならここは萎縮するところだけども……。
(普段テイオーたちとやり合いたくない理由はガチのレースになると勝ち目が薄いから。けど今日は野球だし、能力的に引く理由も無いんだよね)
ぼくはあくまで配球指示する立場。ピッチャーはライアン先輩。なーんも怖くないやワハハハハ。
『打ったぁぁー! こいつは綺麗なセンター返しィ!』
「いっえーい!」
「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛!!」
「こんな悔しそうにしてるストライプ菊花賞以来初めて見た……」
クソッ! 素のセンスがえげつねえ! 何でウマ娘の身体能力でメジャー級の球投げることができる上にフロントドア*1とバックドア*2投げ分けできるライアン先輩の球普通にパカスカ打ってんだよ!!
というかやっぱり長打力不足してるテイオーはバッターとしては三番が適性だろぉぉ!!
『現在ツーアウト一、三塁。続いて五番、エルコンドルパサー』
「申告敬遠ってダメですか?」
『ダメに決まってんだろ』
くっ。実況にいるゴルシ先輩からすらツッコまれた。そりゃダメか。エンタメとして良くないわな。
「ふっふっふ……逃げることは許しまセーン! ここはファン感謝祭の舞台。真剣勝負こそファンに求められていることデスからね!」
「一言一句正論……!」
逃げ場が無い……!
まあ、結局のとこ正面からどうにかするしか無いよなぁ……これ……。
エル先輩のレース以外の専門はプロレスだし、パワーはあるけど……って方向でなんとかできないかな。できないか。あのモンジューに認められるレベルの能力だし、動体視力もエグいでしょこれ。
ああ、もうとりあえずカーブから入って様子見……。
「ストライーク!」
「んんっ!?」
「……ん?」
………………。
も一球カーブで。
「ストライク!」
「あれぇ!?」
分かった。エル先輩落差のある変化球にドチャクソ弱いわ。
いや、しかしどうだろう。そういう弱みをあっちのチームのブレインであるスカイ先輩が把握してないわけが無いんじゃないか? 疑心暗鬼にさせるのも含めて作戦か?
「ちょっとタイムデース!」
そう言うと、エル先輩は打席から出て感覚を修正するように少し素振りをした。
これアジャストしてくるか? してくるなコレ。ON砲*3で言うところのNっぽさがすごいんだよエヌ先輩。間違えたエル先輩。
よし、ここは釣りだ。
ストレートを高いところへ。ボール。もう一球。ボール。よく見てる。しかし体はウズウズしているようだ。ここらでもう一球ボールゾーンに。ふむ、スイングをしかけて止まったな。焦れてるのは間違いない。
スカイ先輩がいるせいで、こちらは軽い疑心暗鬼にさせられているが、ここはひとつ仕返しとしてエル先輩を軽く疑心暗鬼にさせてみるとしよう。
「決め球行きまーす」
「ケ!?」
惑うがよい。ちなみにだが――。
「ストライク! バッターアウトッ!」
「うぅわぁあー!?」
ここで言う決め球とは、ここまで一度も見せていないチェンジアップである。
「あのさ、ストライプ……こんなだから、余計にこっちのチームが悪役みたいに見られるんじゃ……」
「悪く見られるのはぼくらくらいですから問題ないですよ」
ライアン先輩の懸念ももっともだが、他のメンバーはヒーロー性が強すぎるのでそういう目で見られる下地がない。となると、まあ悪役になるのは実際に指示しているぼくやドーナッツ先輩あたりになるだろう。
特にドーナッツ先輩は元から悪役演出してきたし、ぼくも手の内明かした段階で害悪戦法と呼ばれてかなり批判食らっててアンチコミュニティもあるし。個人宛に会社経由で
「アタシらみたいなのはアンチがついてこそ一人前ってもんよ。ワハハハ」
「公式動画につくBAD数は勲章ってなもんですなぁ。ウハハハ」
さて、今度はこちらの攻撃でバッターはライアン先輩。ある程度経験があるから、実は四番、五番のふたりと比べても相当手強いバッター……なのだが、ピッチャーとして一回投げきった直後のため、結構な疲労がある。今回は凡退で終わってしまった。
続いては……。
『七番、サクラチヨノオー』
「『散らぬ桜は無かろうと、チヨの桜は枯れず』です!」
「なんだかよく分からないがすごい自信だ」
「散ると枯れるで前後半意味
「ばっちこーい!」
「チヨノオーさん、逆です。バッターの掛け声じゃありません」
あるあるだよね。知識が無いからとりあえず聞きかじったこと言っちゃうの。
JWCを本当に存在するレースだと思いこんでいたぼくが言うから間違いない。
ちなみに意味合いとしては「バッター打ってこい」が短縮されてなまったようなもので、現在は野次や挑発を禁止している野球部が多いこともあってほとんど死語らしい。
「大丈夫でしょうか、チヨノオーさん……」
「彼女は私達の世代のダービーウマ娘。そう簡単に崩されることはありません」
「これ野球っすよ」
まあプレッシャーをも力に変えられるひとという意味ではそうだろうけども。
そう思って見ていると、ここぞとばかりにスカイ先輩が動くのが見えた。
「おや、マルゼンさんが観客席にいるみたいですよ?」
「本当ですか!? マルゼンさん見ててくださいよ!」
「えっ」
それは一瞬のことだった。置きに行ったというわけでもなく低めに投げられた初球を、チヨ先輩は当たり前のようにバットを振り抜いてライナー性のヒットを繰り出したのだった。
チヨ先輩だからなぁ……マルゼン先輩に見られてると思ったら、緊張するよりも逆に奮起したのだろう。
「策に溺れるのはぼくの専売特許なんだけどなぁ!」
「挑発やめーや」
「半分くらい自虐じゃあないか?」
もっさもっさとはちみつ漬けにしたレモンを丸のままふたつくらい頬に押し込めたオグリ先輩にそんなことを言われた。
ええい、余計なことは言わないでよろしい。
『八番、メジロマックイーン』
「さあ、ここで突き放して差し上げますわ!」
「ダメな予感がする」
「オイシくない予感がするわ」
「やたら私に対する当たりが強くありません!?」
それは……だってマックイーンって基本的にこう……塩試合しそうな印象があるっていうか……。
絶対撮れ高そんな確保できそうにないっていうか……。
「活躍よりもネタを気にするのやめてくださいまし!」
「ネタが求められてるんだよファン感謝祭なんだから」
ガチでやるならこっちだってカッチカチの塩戦術でやるわい。なんて、ネクストバッターズサークルでぼくは軽くぼやいた。
そして結論から言うとマックイーンはそこそこの綺麗なシングルヒットを決めただけで特筆するようなことは無かった。
「もうちょっとこう……あるだろ!?」
「ヒット打ったのに文句言わないでいただけます!?」
それはそうと思うに、ぼくを勧誘しに来た時とは裏腹に、この場では野球なんて興味ありませんわ~、みたいな風を装ってるのにあの堂に入ったスイングに関しては軽くギャグ入ってるよ。
ただこれは平時の態度とセットで語らないといけないから、ファン向けの話にならなくてもどかしいな。
『1アウト、一・三塁。続いて九番、サバンナストライプ』
「じゃ、それなりに頑張りまー……」
「皆、注意だよー!」
「何してくるかわかんないからね、油断大敵!」
……おい……何でオグリ先輩やリムジン先輩たち以上に警戒されている……?
見ての通りタマ先輩よりも小さいくらいなんだよぼかぁ。そこまで警戒すること無いと思うんだけどなぁ。
「ご覧の通り子供みたいなサイズですよぼく」
「京都レース場のコースに数日消えない足跡残したウマ娘のセリフ?」
「え。アレそんなんなってたんです……?」
「ストラーイク!」
「あ」
「にゃはは。みんな警戒しといてー!」
自分でもビックリなんだけど――と思っていると、もう投球に入っていた。あ、ちくしょう。意趣返しされた。
二球目はボール。続けてボール。バットの構えを少し変えて……もう一球ストライクで並行カウント*4。スカイ先輩のことだからこっちの予想を外そうとしてくるかな? となると、五球目は……ストライクゾーンに入れてくるな。
「よっ」
「!?」
「みんな上がっ……いや違う!」
『しかもプッシュバントだぁ!!』
プッシュバント、つまり構えたバットを「押す」ことで、通常のバントと異なり勢いを殺すことなく打ち返す技術だ。バントしてくると思っていた相手の意表を突くことができる。
これを走り出したチヨ先輩と逆方向、一塁側にやることでぼくをアウトにすることで1点取らせるか、既に本塁に手を伸ばしつつあるチヨ先輩に対してイチかバチかでアウトを狙うか、を選ばせる。特にファーストにいるツルちゃん先輩は、更にここで前に出るかそのままの位置にいるかの選択も迫られる。ぼくは体が小さいのでタッチアウトを狙おうとしても躱される危険があるわけだしね。
さあ、どうする!?
「ああっ、観客席の後ろの方で腕組んでるシブめのおじさんたちが皆して訳知り顔で頷いてる……」
「誰あの人たち!?」
彼らはぼくの主要ファン層、トリックプレーや変則プレーになにやら一家言あるらしい玄人おじさん、または玄人おばさんと呼ばれている人たちである。
その中でも野球おじさんを併発しているタイプの人達がああいう風に後方で鼻を高くしている。実害は無い。
で、プレーの方だが、ツルちゃん先輩は手堅くぼくをアウトにするに留めた。
既に飛び出してたチヨ先輩をアウトにするのを狙うにはリスクが高いので、そうするのが自然だろう。しかし、これでこちらは1点追加。3-0でツーアウト……相当有利な条件だ。
だからと言って勝ったなガハハとできるような圧倒的な得点差というわけでもないのが困る。
実際、ぼくの後に打順だったドーナッツ先輩は、ストライクゾーンに投げ込まれたのを焦って打ちに行って凡退。追加得点とはならなかった。
さて、続いてはあちらのチームの攻撃だ。トップバッターは……。
『六番、キングヘイロー』
「さ、キングの打撃を見せてあげるわ!」
「さっきいい守備見せてくれたんだから加減してくださいよ-」
「それとこれとは話が別よ!」
さっきのドーナッツ先輩が凡打になったのは、キング先輩が原因だ。凡退とひと口に言っても、実際のところ打った球自体は二遊間のイイ感じのラインに行ってたんだ。
キング先輩はそれを見事に横っ飛びキャッチ。アウトにこそなったが、おかげで全身土まみれ砂まみれでドロドロだ。その捨て身さに思わず尊敬の度合いを深めたが、今は勝負中なのでそれどころではない。
「専門外のスポーツでも輝くほどの才能を発揮するウマ娘の名前は?」
「キング!」
「ヘイロー!」
「…………敵チームのあなたが言っちゃダメじゃない!」
「あ……つ、つい……」
応援のネコちゃん(仮名)*7たちに続いていつものようにキングコールに加わってしまった。
じゃあコール始めないでくださいと思わないでもない。ついやっちゃうんだから。
……ま、勝負とこれとは話が別だ。アウトを取らせてもらいに行こう。
一球目を外さずストライク。二球目にボール。三球目、変化球で空振りストライク。次はボールで焦らせる……と、可能な限り見せかける。こちらが慎重策を取ることが多いというのは知っているはずなので、ここでひとつ隅のストライクゾーンとボールゾーンの境目あたりに投げ込むように……。
「ここ!」
「むっ!?」
逆にそうした狙いを見透かされていたのか、キング先輩は狙いすましたように追っつけてボールを打ってみせた。
もっとも、やや変な姿勢で打ったこともあってか、その弾道はゴロのそれだ。
しかし……。
「あっ!?」
『ここでイレギュラー*8! うわ、すっげぇ変な方向飛んでる』
近くに石ころでもあったのか、それともウマ娘特有の筋力で深めの足跡でもついていたせいか、チヨ先輩がキャッチしようとしていたボールはあらぬ方向に飛び上がってしまった。
思い返すとあそこ、キング先輩がさっき飛び込んだ場所に近かった気がする。そう考えると自分で引き寄せた幸運と言えるかもしれない。
というかそうとしか言えないんだけど。狙ってイレギュラーバウンド起こせるなんて野球漫画でもないと無理でしょ普通……。
『七番、グラスワンダー』
続いて七番はグラス先輩。
「この打順詐欺でしょ」
「……ストライプちゃんがそれを言うんですか?」
そんなことはないですよ。パワーの云々と言いつつも主には脚力なので。
しかしグラス先輩、やたらスイングが鋭い。どうするんだよコレ隙が見えないぞ。
なんかレースでも同じようなこと思ってた気がするぅ……。
「そうですね~……確かに、エルのように簡単にはいかないつもりですが」
「なにやら酷いことを言われている気がしマース!」
「言うほど簡単じゃなかったですよ……」
偶然見え見えの弱点があっただけで、普通にストレートを投げ込んでいたら多分ホームランになっていた。そういう迫力がある。
その辺はグラス先輩も同じだけど、さてどうしたものか。まずは投げてもらって考えるか。
一球目はカーブからボールゾーンに入れてもらって……。
「!」
「ストライーク!」
「あら」
え、怖。
何でこのひと初球から振っていってんの? 完全にぼくが変化球要求するの読んでない?
……いや、本当に読み負けてるのか? グラス先輩ってそんなにガチになって思考読みにくるタイプじゃないだろう。むしろ……。
少し考えて、ぼくはライアン先輩へ「好きなように投げてほしい」というサインを送った。
次の一球、ど真ん中ストレート! は、打ち損じのファール。続いてストレート、これもファール。
思った通りだ、グラス先輩は勝負ごととなると相当燃えるタイプ。多分、今求めてるのは投手を相手にした一対一の果たし合いだ。チームスポーツなのに。
だから基本ぼくのことは気にせず、ボールが来たままを打っている。当然揺さぶりになんて動じない。逆に言うと、純粋に高スペックな球を投げられると弱いということだ。
「っ!」
ライアン先輩の速球のおかげで長打にはならず、一、二塁。ぶっちゃけ今はこれで抑えるのが限界だろう。
『八番、ツルマルツヨシ』
……おや、アナウンスがかかったのにツルちゃん先輩が出てこない。
いや、なんかBGMが新たにかかってきた。なんだこの演出!?
「ツルは千年カメは万年……ツヨシは人生五十年……」
「何で今敦盛突っ込んだ?」
「ここで一つ、ツヨシ、一花咲かせてみせます!」
ツルちゃん先輩さては年始の例の特番好きなひとだな?
さあ来い! と見せたフォームは、テイオーのそれと似ている。なにかと親しいっぽいし、参考にしたのだろうか。
ともかく、まずは第一球――投げた。打った。と思ったらツルちゃん先輩は肘に当たった自打球で悶絶していた。
大丈夫かコレ。いや大丈夫じゃないなコレ。
「ツヨシがやらかしましたね」
「セイちゃん!」
結論から言うとこの打席、ツルちゃん先輩は凡退に終わってしまった。
が、何やかや一、二塁にいたキング先輩とグラス先輩はそれぞれ二、三塁に進んでワンアウト。ここでバッターは……。
『九番、ニンジャスナイパー』
いや~な打者が来た。
レースでもトリックプレーはお手の物、マジ忍術を使うこともある、ある意味ぼく以上に何をやらかすか分からないのがスナイパー=サンだ。
それにしても姿が見えないな。どこ行ったんだろ。
「どこを見ているのだ。ワタシはここだ」
「アイエエエ!?」
虚空から突如現れたかのように見えたスナイパー=サンにより、ぼくは
「フフフ……カラテが足りぬぞストライプ=サン」
「マスク剥ぎますよ」
「ゆるして」
これしきのことで揺るがされるとはチャドーが足りぬぞスナイパー=サン。
しかし指差されて煽られればちょっとイラッとして反撃食らうと思わんのだろうか。
さて、問題は何をしてくるかなんだよなぁ……まさかNINJUTSUを使ってくるとはあんまり思いたくないが……。
一球目――バントの姿勢!?
「オヌシの技を使わせてもらうぞ」
『いきなりスクイズだぁぁー! しかもプッシュバン……』
『各内野手動いていません。そのままホームに投げてアウト。ツーアウトです』
「ワッザ!?」
「警戒されてないのにプッシュバントしてもただのゴロでしょ!?」
問題点はだいたいキング先輩の言うとおりである。そもそも何してくるか分かってない状態なのだから、意表を突くなら初手でバントするだけで十分なわけだ。
そこでなぜか相手の予想を外し裏の裏をかくためのプッシュバント。意趣返しのつもりだったのだろうが、使い所を完全に誤った形になってしまっていた。
「あのウカツなところはスナイパーだわありゃ」
ドーナッツ先輩から酷い言い草が飛んできた。
……いや言わんとすることは分かるけども。
ともかくこれでツーアウト。初球打ちしてくると分かればさっきのような奇襲にはならず、ターボがアウトになってこの回はチェンジとなった。
三回は流石にテイオーも慣れてきたからか、大きな番狂わせも起きず三者凡退でチェンジ。三回裏では反対にこちらの配球を読まれ、2点を奪われる結果になった。
そして四回。先頭バッターのリムジン先輩が三振で抑えられると、続いてはライアン先輩の出番だ。
さっきと違って今度は一人分の打撃時間が間に挟まれたこともあって、いい感じに疲れも緊張も抜けている。いけるかなぁ、と少し思う。同時に、あとひと押し欲しいなとも思う。
う~ん……絶妙なところだ。
「頑張れライアンせんぱーい!」
「ファイトー!」
おや。流石、学外のファンのみならず、校内の後輩たちも一緒になって声援を送っている。
それだけじゃない、どうやら声援を受けたライアン先輩はいい感じの力具合になっているようだ。ベストなコンディションと言って間違いないだろう。
いやぁ、声援を力に変えられるウマ娘ってやっぱりいいね。同じレースで走るのは勘弁してほしいけど!
そろそろテイオーも疲れが出てきつつあるはずだ。甘い球のひとつも投げてきておかしくないはず……。
第一球、投げた!
「やぁっ!」
「あ!?」
『打ったぁ! こいつは大きい! 入るか、入るか――入った! ホームラン!!』
やるかもしれないとは思っていたけど、まさか本当にやってのけるとは。これには会場も大きく揺れた。
なぜかマックイーンが腕を組んでうんうんと頷いているが、キミ次の次の打順なの覚えてる?
「じゃ、続けて行ってくるでぃ!」
『七番、サクラチヨノオーに代わりまして、イナリワン』
さて、続いてイナリ先輩の出番だ。これでチームの平均身長が更に低くなった。図抜けてるリムジン先輩がいるおかげで平均150cm半ばくらいはあるけど。
イナリ先輩はぼくよりも大きいけど、タマ先輩とほぼ同じくらいの身長だ。代わりに、元々は主にダートを走っていたせいか体格がガッチリしていてパワーがある。連続ホームラン、とまでは流石にならないと思うけど……。
しかし素振りがやけにアッパースイングだな。当たったとしてホームランかフライかってくらいの飛び方にならない?
『第一球、投げた』
「てやっ!」
「うわっ!?」
一球目を打った! しかしファール。ただ、軌道は綺麗な山なりですごい勢いで打ち上がっている。
打たれたら持っていかれる、というのが視覚的に分かる。警戒を植え付けるには十分だろう。
『ファールボールにご注意ください』
「キャロットジュースいかがですかー?」
今アイネス先輩の声しなかった?
……ともかく、次の球は続けて二球ボール。そして四球目。
「あっ!」
『打った、だがこれは大きなフライ!』
「フライ?」
「オグリは黙っとれ」
いかん。試合終了後に揚げ物屋が全滅することが確定してしまった。
ん~……しかし、ライトへのフライか。ライトへの……ライト?
「あ」
「ターボぉぉ!?」
「走りやイナリぃ!」
「お、おう!?」
フライを取る練習をしていなかったらしい。ターボはバンザイ状態でボールを取りこぼした。
結果、ライトのエラーが記録されワンアウト一塁。流石にそろそろ時期も良い頃だと思ったのか、ここでターボがネイチャと交代した。
続くマックイーンは三振。更に続いてぼくの番だ。
――が、打席に入った直後にそれは起きた。
「左で打ちなよ……」
「えぇ……」
予想外のささやきである。
いやいやいや……。
「ぼく素人ですよ? 左でなんて打とうとしたらどうなることやら……」
「いやぁ左で打つ練習してるの見たよ? リードしてるんだからさぁ……打っちゃいなって」
ヤな精神攻撃だな。
いや大して通用してないんだけどねこのくらい。このくらい。
「次代のトリックスターなんて褒められちゃってるのにさてはスイッチもできないんだな?」
「やってやろうじゃあねえかよお!!」
「今の一瞬で知能投げ捨てたな」
「あいつレース辞めてもいっぱい仕事あるやろな」
「タマ、もうストライプは仕事がいっぱいあるぞ」
「せやったわ。なんなんあいつ」
できるかどうかはやってみないと分からん!
試してみようじゃないかさあ来い!!
『一球目投げた!』
「しゃあっ!」
「えっ!?」
『打ったぁぁー! 左中間真っ二つー!!』
素人が左で打とうとなんてしたらどうなるかとは言った。
打てないとは言ってない。
「やっぱりあの子の体格であのパワーは詐欺じゃありませんの?」
「それがレースに必ずしも繋がってるわけじゃねえから別にいいだろ」
「いえ今話してるのはそういうことではなく……」
エレファントパワーとジラフパワーを継承すればこうなれるよ!
だから皆もあの継承を経験しよう。
しろ。
ぼくと同じ混乱を抱け。
……恨み節は置いといて、その後ぼくがホームに帰ってこれてとりあえず更に2点追加。対して、裏の攻撃。打順を変更したテイオーのチームはそれが功を奏し反撃で更に2点を返して7-4。そして打順は回り――。
『打順代わりまして二番、ナイスネイチャ』
「おー……プレッシャーでお腹痛い……」
ツーアウト二塁。得点のチャンスにネイチャの打順が回ってきたのだった。
「気を楽にして行こうよ。別にこれで負けても何かあるわけじゃなし」
「リードしてる方は余裕かもだけどさぁ……」
「余裕大事だよー。別に仕事じゃないんだからさ」
「え? ん?」
「んえ?」
やり取りの間にも、ネイチャがなかなか集中を切らしてくれないもののカウントは重ねている。さて、これで決まるかと思ったその時、さっきまでのやり取りを思い返しながら、ネイチャは軽い感じで一つ返してきた。
「なんか言いたいことちょっと違うかもだけどさ、アタシたちにとってはこっちの方が仕事じゃない?」
「――え?」
その瞬間、頭が真っ白になった。
それと同時に球が投げ込まれ――あ、と思った時にはもう遅い。ネイチャはバットを振ったが、ぼくは後ろにボールを取りこぼしている。振り逃げ成立だ。
「ほあ!?」
「やば……!?」
まさかの事態に反応が遅れたぼくに、まさかの事態に反応が遅れたネイチャ。グッダグダの攻防の始まりだ。
結論から言うとここではアウトは取れなかった。何より一瞬上の空になっていたのが良くなかった。ウマ娘にとってみれば十分すぎる隙……一応は走る体勢になっていたのと、上の空になっていた状態から回復して走り出すのとでは相当な差がある。
……そんなわけで一、三塁。慣れてきたスペ先輩に打たれて2点が入りチェンジ。
次の回はこちらのチームが点を入れられず、最終回。エル先輩の同点ホームランが最後の得点となった。
7-7の同点引き分け……これが本当の試合なら渋い顔の一つも出そうなものだが、あくまでエキシビションであるためこれはこれでヨシ、というところだろうか。
――そうした一方で、ネイチャとのやり取りはぼくの心にしばらくトゲのように刺さり続けることになった。