【本編完結】ロバ娘:ファンディングストライプ   作:桐型枠

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 序盤に少しだけ三人称始点があります。



高地トレーニング

 

「ストライプが行方不明になりました」

 

 定例のトレーニング日――ではない、自主トレーニング日。トレーナーに呼び出されたセイウンスカイとピーピードーナッツは、唐突にそのような話を聞かされた。

 

「あいつ自主トレの日はしょっちゅう行方不明になりやがるじゃねーか」

「正直、かなりいつものことですよ? サブ……っと、トレーナーさん」

 

 しかし、セイウンスカイたちにとって、その程度のことは今更の話だ。

 サバンナストライプは、自主トレの日に必要なトレーニングを終えて自分の時間を確保したり、休日になると、仕事の取引などのためにあちこちを駆け回っている。友人と遊んでいたりすることもあるが、ともかくトレーニングをしていなければ学園内にいないことが多い。彼女と親しいウマ娘たちからすれば大して気にしていないというのが実情だ。

 どうしても必要なら電話をすればすぐに通じることもあって、心配することも無い。

 もっとも、金城梨紗(ギンシャリボーイ)もそれを把握している。普段であればこのようなことは言わないと嘆息しながら、彼女はそっと一枚の紙を差し出した。

 

「このような置き手紙がトレーナー室にありました」

「ん? なになにー……『自分探しの旅に出ます。探さないでください。夕飯までには帰ります』……何これ?」

「プチ家出ですらないじゃねえか何だこのみみっちい手紙は」

「電話は?」

「電源を切っているようです」

「ナイーブな女子中高生じゃねーんだぞ」

「15歳ですよ」

「……今一瞬マジで忘れてたわ……」

「チーム内であなたたちが知らないとなると、他に心当たりもありませんね……スナイパーは……こういう時あまり頼りにはなりませんし」

 

 同室のハッピーミークなどは知っているかもしれないが、梨紗とはほとんど関わりがないため改めて聞くというのも難しい。加えて、このような置き手紙を残した以上、そもそも誰にも行き先を告げていないことがありうる。無駄に計画性が高いのがサバンナストライプというウマ娘である。夕飯までに戻ると言うなら確実に夕飯までに戻るだろう。

 そういった部分で抜かりがないからこそ、会社経営とレースと学生の三足のわらじを履いてなお結果を残すことができているのだから。

 

「ほっときゃいいだろ。晩飯までに戻るんだから」

「今の私はチーフトレーナー、チームの責任者です。こんな手紙を見てしまった以上、もしものことを考えて行き先を知っていないと問題になるんです……」

「大変ですね~」

 

 にゃはは、と一見脳天気な風に笑みを見せるセイウンスカイだが、急にいなくなるという意味では彼女もそう大差ない。逃げ出すクセのあるニンジャスナイパーと併せて、下手な逃げ方をすればこの新人チーフトレーナーの胃に穴が開くことが容易に推察できて、背筋に一筋の冷や汗が伝った。

 

「しかしあいつがそんなことまで予想できないもんかね」

「まあ、たしかにちょっと考えれば分かることですけど……あ、裏に追伸が」

「は?」

「『P.S. 居場所を把握する必要がある時は位置情報アプリを使ってください』」

「あ゛あッ!!」

「落ち着けトレーナー!」

 

 梨紗は思わずその場に帽子を叩きつけた。

 

「気の回し方の! 方向性が! 違う!!」

「耳、トレーナーさん、耳」

 

 責任を負う立場になっていろいろなものが限界に達して思わず激した梨紗に対し、ピーピードーナッツは平然とアプリを開いてサバンナストライプの位置を特定した。

 それと共に軽く首を傾げる。確かにサバンナストライプはことあるごとに知能を溶かして奇行に走ることこそあるが、よりにもよって春の天皇賞が迫っている今の時期に無駄なことをするほど愚かでもない。仮に商談があるとしても、わざわざ自分探しの旅などという胡乱な言い訳など使わないだろう。

 

「見つけたぜ。でもなんであいつ長野の山ン中にいるんだ?」

「は?」

「長野?」

 

 ――サバンナストライプの位置情報は、彼女が今府中から遠く離れた長野にいることを示していた。

 

 

 ・・・≠・・・

 

 

 長野は日本でも数少ない、高地トレーニングが行える施設がある県のひとつだ。

 ぼくはそこに設けられたウマ娘用のコースで、かれこれ数時間ひとりで走り続けていた。

 標高にして1750m。ケニアの故郷に近いこの環境で走っていると、心地よさと同時に小さな飢餓感に見舞われる。

 長く、長く、何も考えずに走っていると、余計な感覚が徐々に削ぎ落とされていく。

 あのファン感謝祭の日、ネイチャに言われたことはしばらく頭に残り続けていた。

 

 ――アタシたちにとってはこっちの方が仕事じゃない?

 

 その言葉は、ほとんどのウマ娘とぼくの中にある意識の違いをより明確にしていた。すなわち、走ることを目的としているか、手段としているかだ。

 ……もちろん、自己実現のために走っているひとも少なくはない。カレンは「カワイイ」のために走っているし、タマ先輩もお金のためと公言している。けど、それらはあくまで始点だ。がむしゃらに走っているうちに走り競い勝つことそのものに思いを馳せ、やがて重ねた成果とそれによって積み上げられた矜持によって、レースをすることそのものに大きな意義と価値を築き上げていく。

 

(ぼくはまだビジネスとしてレースを捉えてる)

 

 だからこそ、咄嗟にレースを「仕事」として――ファン感謝祭のようなそれ以外のイベントを「余暇」のようなものとして捉えて発言してしまった。

 一着を逃した。でも、()()()()()()からいいか。

 周りが強すぎて勝ちの目が見えない。まあ、それでも()()()()()()なら問題ないか。

 強いストレスに対する心の自己防衛機能もあるだろう。一線を引いて「これは仕事なんだ」と捉えることにすれば、何事に対しても許容できる範囲が広がる。

 

 ――それは同時に、何事に関しても()()()範囲が広がるということでもある。

 

 身体能力だってそうだ。限界値を定めてそういうものだと思って、それ以上があるとは考えてなかった。だからこそ、制約の中で勝つための思考力を養ったとも言えるのだけど……今はそれが枷になっている。

 このままでも勝てるは勝てるだろう。少なくともそれだけの研鑽を積んではきたし、策も練ることができる。けれど超一流どころが集まるレースでは……分からない。

 だから、自分の根本を見つめ直すため、無心になるために走り続けることにした。

 

(しかしマズいな。全然頭空っぽになる気配がない)

 

 さて。

 そもそも、こうしてわざわざ学外のトレーニングコースにやってきたのは、負荷なんかの諸々の事情を考えずにただ走って走って疲労の極地に達することで、余計な考えを一旦全部抜いてしまうためだった。

 しかし冷静に考えてみると分かるのだが、ぼくはトレセン学園の中でも有数の体力自慢だ。ちょっと息を入れようものならすぐ回復してしまうし、マルチタスクを鍛えたおかげで走っている最中の思考もより明瞭になっている。ぶっちゃけ全く思った通りの結果になってくれていなかった。

 ……このままがむしゃらに続けても、ただ脚に疲労を蓄積してしまうだけに終わるだろう。せっかく高地トレーニングができるような環境にやってきたのだから、もうノルマのトレーニング終わらせて今日はもう帰った方がいいだろう。

 

 小さな落胆とともにそう判断すると、まずはクールダウンのために徐々に速度を落として野外コースから整備された側へと戻ることになった。

 

「待っていましたよストライプ……!」

「えっ」

 

 戻ってみるとなんかいた。

 身長はだいたい160cm半ばで服装はジャージ。普段から圧力をかけてしまっているせいだろう、ウマ耳がやけにへにゃっているのが特徴的だ。が、それ以上に目を引くのは、なんか変な粒子でも出しているのかと思ってしまうほどキンキラな毛と、恐らく顔を隠すために装着しているらしい紙袋だ。

 言うまでもなく梨紗トレーナーである。

 見なかったことにできねえかなこれ。

 できないだろうなぁ。

 周りの人の視線が痛い。

 

「何してんすかトレーナーさん」

「今の私はトレーナーではありません。私は――………………」

「そういうことするなら何で先に偽名用意しておかないんですか」

「……マスクドお寿司!」

「ダッセ」

 

 あっ、ガチ凹みしてる。

 今即興で考えただけの雑な名前で何でここまで凹めるんだこのひと。

 

「ところで何の用すかお寿司マスク」

「恐らくあなたが的外れなことをしているのではないかと思って来たのです」

 

 うぐ……変なとこ鋭いな。いやしかし、何でそれを察知できたんだろう?

 

「不思議そうな顔をしていますが、あなた結構読みやすいですよ。今回の件にしても、数日前からなにやら悩んでいるようでしたし――何らかの後ろめたさがあるからこそトレーナー室に置き手紙など残したのでしょう。そう推測できれば、黙ってオーバーワークでもしようとしているのだろうとわかります」

「それはそうだったんですけど……」

「どうせ悩みを解消しようと思って疲れ果てるまで走ってやろうなどと思っていたのでしょう」

 

 何で一言一句当たってるんだよ。

 多分これだと、結局それで体力有り余ってるせいで失敗したってところまでバレてるんだろうな……ぼくのスタミナのことよく知ってるわけだし……。

 

「あなたではスタミナがありあまりすぎて無理です」

「うぐぅ……客観的に見てもそうですか……」

「ですが唯一、あなたが体力を使い切る瞬間があります」

「と言うと?」

「レースのゴール直後です」

 

 そう言うと、仮面オスシーは軽く準備運動を始めた。

 ……この姿勢にこの勢い。よもやこれはやる気なのか? ここで?

 

「そういうわけで――私とあなたでレースをしましょう」

「……ウソでしょ?」

「大マジですよ」

 

 え、ええ……!?

 そりゃあなた確かに咄嗟の時の速度すごいし、下手すりゃOP戦くらい勝てそうなスゴ味があるけど、じゃあ現役選手に対抗できるかって言うとそれは難しいだろう。

 そもそも普段デスクワークばかりだし、レースから遠ざかって……10年以上? 流石に勘も鈍ってるはずなんだけど……。

 

「引退して10年以上も経った相手に負けるのが怖いとか?」

「やってやろうじゃねえかよぉ!!」

「あなた実は沸点低くありませんか?」

 

 高地にいると気圧差の関係で沸点低くなるんだよ! ってやかましいわ。

 ともかく、そういうアレコレを抜いても、単純に今この状態が手詰まりなのは事実だ。挑発というか意図に乗っておくのも悪くない。

 こちらは幸い事実上アップが済んでる。よっしゃ、と気合を入れて軽くスタートの構えを取ると、不意にハリボテボーイが頭に手を当ててその場にしゃがんだ。

 

「……すみませんちょっと待っていただけますか? さっきから頭痛が酷くて」

「気圧差ァ……!」

 

 ぼくたちの今いる場所は標高2000m少し手前。

 高山病にこそならなくとも、悪影響が出るひとがいて不思議はない程度の位置だった。

 

 






 流石に次回このノリであまりガチなレース展開にはならないと思います。
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