【本編完結】ロバ娘:ファンディングストライプ   作:桐型枠

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地の利を得ているぞ

 

 謎(特に謎は無い)の覆面ウマ娘お寿司ウーマンとの野良レースは、まずぼくが先手を取る形でスタートした。

 頭痛に気圧差、オマケに顔を隠すための紙袋。慣れない環境のオンパレードな上に、久しぶりに併せで走ることになっているはずだ。ハナを奪えたのもある意味自然なことではあった。

 対して、ぼくにとって今の環境はケニアのそれによく似ていて走りやすい。地の利を得ているぞ!

 

(……読めないな)

 

 ただ、その有利な状況であっても、なにぶんあちらの顔は紙袋で隠れている(流石に空気穴は増やした)ので、見たくても見ることができない。

 動揺が多少でもあるのか、普段どおりなのかさえ分からない。覆面選手と走ることなんて普段まず無いし。

 ……あー……いや、待てよ。エル先輩も広義で言う覆面選手だ。スナイパー=サンもメンポつけてるからそうだな。これいないわけじゃないな……レアケースだけど……。

 まあ、あくまで「顔が見えない」というくくりにしとこう。エル先輩もスナイパー=サンも表情は見えるし。

 そういえば、「ギンシャリボーイ」のレースは見たことあるけど、トレ……マスクドトレーナーの走りってほとんど見たこと無いんだよな。そういう意味でも今回の野良レースは勉強になるかもしれない。

 そう思っていた時のことだった。

 

「ふっ――」

「!」

 

 鋭く息を吐くと共に一気に後ろから追ってくる。この100メートルほどは様子見か、はたまたアップの代わりか……いずれにしろスタート直後のそれとは明らかに違う。

 しかし、勢いがつきすぎている。このままじゃぶつかってしまうんじゃないか……!?

 ――その危惧は杞憂に終わった。ぶつかるかと思われたその軌道は次の瞬間に()()()()()()()()()に変化し、ぼくを抜き去っていたからだ。

 

(今のが……!)

 

 本家本元、無減速クロスステップ(スシウォーク)

 ――すごい。

 初めて体感した。使い手自体はドーナッツ先輩がいるけど、実際にこの目でオリジナルを見るとその精度が段違いだ。

 単純に走りの迫力に押されて本当に激突するんじゃないかと思ったし、コースの変え方もほとんど無駄がない。そして何より特筆すべきは、その「自然さ」だ。常識はずれの技だというのに、梨紗トレーナーはこれを息をするように当然のことのようにやってのけた。

 

(しかし、それにしたって速すぎる……! 本当にこれが上がりを迎えたウマ娘のスピードか!?)

 

 確かに、本格化が終わったとしても瞬発力を上手く使えばぼくを抜き去るくらいのことはできるだろう。けど、持続力に関してはそうもいかない。本格化が終わってなおぼくよりも最高速度が上だとしても、その速度を維持するために必要なスタミナは桁違いなほどに跳ね上がる。

 特にこの分野に関しては、確実にぼく以上のウマ娘はそうそういないはずだ。いや……しかし……。

 ……待てよ? 髪がまーたまたまた変色してるってことは、まず間違いなくタキオン先輩のアブないクスリをやっているということだ。研究テーマから考えるとこれは……。

 

「さては体を全盛期(ほんかくか)の頃に近付ける薬でも使ったんですか!?」

「ノーコメントです!」

 

 使ってるじゃん! 絶対使ってるじゃんこれ!

 くそっ、ふざけた見た目してるくせにテクニックもフィジカルも最強クラスとかなんて詐欺だ。オマケにT大クラスの倍率と難易度がある中央のトレーナー試験に合格するほどの頭脳まである……なんだよこれ無敵かよ。

 無敵の無敗三冠だったわ。

 こなくそ、と声が漏れる。

 確かにこの三冠仮面はレジェンドもレジェンドだ。けど、だから勝つのを諦めるなんていうのは嘘だろう。

 何よりぼくは今、現役の走者なんだ。ここで「ダメだ」なんて弱音を吐くのは競技者失格だ。挑む気持ちは捨てるな!

 

 先を行くギンシャリボーイはその動作全てが完璧に近いほどに洗練されていた。ひとつひとつの動作にまるで無駄が無く、それ故にほぼ同じ速度で走っているにもかかわらず細かいところで差が生じてしまっている。

 どれだけ追っても差を埋められないんじゃないかという危惧があった。なるほど、フィジカル自体は衰えが来てるだろうけど、技術は年を経ることでそれに比例して円熟している。総合力という意味ではその当時と遜色ないほどだろう。当時のウマ娘たちはこの絶望感を相手に戦っていたのかと思わされる。

 

(上等!!)

 

 ぼくが競わないといけない相手はこれからが本当の意味で最盛期を迎えるメジロマックイーン。大阪杯を復帰戦に選び鮮烈な勝利で飾った、ここまで掲示板を一度も外したことの無いマイル~中距離の覇者、シニア期に入って更に成長を遂げたアイネスフウジン。そして、G1戦線で(主にぼくにメタられたせいで)結果こそ残せなかったものの、潜在能力と筋力は随一のメジロライアン。それだけじゃなく、後から才能に溢れたクラシック級の猛者もうじゃうじゃとやってくる。

 これで退こうものなら、この先もずっと相手が格上というだけで退き続けることになる。この野良レース、距離は短めに抑えているからここで抜きに行かないと勝ち目も無いし……!

 

「……」

 

 ちらりと、わずかに視線がこちらを射抜いた。

 勿論トレーナーさんの期待通り、動きを実際に見て反芻して学ばせてはもらいますとも。けど、学んだところで体格や筋力に差がある以上そのまま吸収はできない。

 今はとにかく、「限界以上」を引き出すことを意識する……!

 

「ふぅ――――」

 

 気圧の薄さはそのまま空気の薄さに繋がる。春先のこの時期の気温と併せて、ひとつ息を吸ったこの感覚はケニアで走っていた頃のそれに似ていた。

 だからこそ、この場所を選んだとも言えるのだけど。自分を見つめ直すのにこれ以上の環境というものも無い。ぼくにとってこの感覚はよく慣れ親しんだものだ。自然と、過去に抱いていた思いや情景が頭に浮かぶ。

 木々が生い茂る長野の高原と違うのは、山と言うよりも草原という点だ。降水量が少なく、木々はまばらにしか生えていない。土地もあまり良いとは言えず、走るのに適してるかと言うと……表現を選んでも、「微妙」がせいぜいだろう。

 環境も良くはなかったし、生まれもそれほど良くはなかった。なにせ何もかも無い無い尽くしだ。あるのはせいぜい食べ物くらい。それだって気候によって平然と収量が変わる。ぼく――正確にはその「半分」――は、いろいろな贅沢を知っていたから、正直に言って相当辛い生活だった。何より娯楽が無い。

 様々な不便を解消するために必要なものは、何よりお金だ。JWC開催――は、ミークに教えられて初めて知ったことだけど、お金に対して強いこだわりを持ち始めたのはこの頃からだろう。何を欲するにしても、お金が無ければ何もできないと思い知ったのだから。レースでお金を稼ぐという発想が明確化してきたのはこの時期だ。

 

 それ以上に、お金があっても解決できないことも多かった。

 人の心や価値観は生半可なことでは変わらない。数年前は、最高速で劣る縞毛はレースに向いていないということで、併走の役にも立たないと判断され一緒に走る相手すらいなかった。同じ縞毛でも、やっても無駄だという諦めが強く、付き合いを持ってくれるひとも極めて少なかった。

 例外的に姉妹はぼくに付き合って走ってくれることもあったが、年齢が年齢だ。併せで走れば長女であるところのぼくが勝つに決まっている。結局、独りで草原を走ることばかりだったように思う。

 当時、偶然とはいえぼくを見出してくれたナイロビのトレーナーさんには頭が上がらない。あれから色々なものが変わってきた。

 そうなんだよな。ぼくは――――。

 

「ちょっ、待っ……待って……」

「あ」

 

 今日、ぼくが本来抱えていた目的は、頭を一度真っ白にして自分を見つめ直し、悩みを解消することだった。

 結論から言うと体力的心理的両面で自分一人ではどうにもならなかったことで、一瞬でも自分の世界に没入できた現状は期待通りというか、期待以上というか。いや本当にありがたいのはありがたいんだけど……肝心の併走相手であるおコメ仮面はここに来て体力切れでへばっていた。

 カーブでもたれて倒れ込みかかり、そこで野良レースは打ち切りと相成った。

 髪から生じていた謎の発光現象も止んだ。高地に適応するために時間を使ったせいで制限時間が来たんだろう。

 ……いや、悪いとは言わないんだけどさ。

 

「もうちょっとでいい感じの答えが出そうだったんでもうちょっとなんとかなりません!? 菊花賞で余裕持ってゴールしてた頃のスタミナどこ行ったんですか!?」

「じゅ……10年以上前の話をされても困ります……確かにあの頃は多少の無茶もきいた頃でしたが……」

 

 多少無茶してたんだ……。

 いや、そうじゃないと無敗三冠なんてできっこないか。ローテーションもキツいし。

 

「あなたもあと12、3年もすれば分かるようになります……!」

「実感こもってますね」

 

 いやその辛さはぼくも知っとるが。

 腰から来るんだよね。基本。

 

「それで――何か掴めましたか?」

「掴みかけたところで終わったんですけど」

「それは……ええ、正直申し訳ないのですが。しかし、あなたならいずれ必ず本当の意味で大切なものをつかめると信じています」

「耳触りは良いけど要はこれ丸投げだな?」

「冷静な分析をやめなさい」

 

 まあ、とっかかりをくれたのは強く感謝したいことだけど。

 酸素缶を取りに行って戻ってみると、トレーナーさんは紙袋をつけたまま器用に酸素を補充していた。外せばいいのに。

 

「そんなに顔見られるの嫌ですか?」

「少し詳しい人がいればすぐにバレますからね。騒ぎにならないためにも……普段の心がけを台無しにしないためにも、隠しておかなければ」

「そんなもんですか」

 

 これまでの発言から、その趣旨は全面的に理解はできる。

 ――ただ、それはそれとして、こんなに呼吸と視界が制限されるようなものを身に着けていては、当然全力のレースなどできるはずはない。今日のこれだってまさしくそうだ。

 そもそもあれだけの技術、使わなければ錆びつくのが当然だ。今もまだ使いこなせるということは、すなわちぼくらに隠れて衰えない程度にどこかでトレーニングは積んでいるということ。

 

(本気の勝負してみたいなぁ)

 

 不意にそんな思いがよぎった。

 ドリームトロフィーはその性質上本格化を終えたウマ娘しかいないから、より広い世代のウマ娘が参戦しても自然だ。

 もしも運営側が許すなら。もしも本人にその気があるのなら。元々抱えていたJWCに対するぼくの思いもあることだし、一緒に走ってみたいんだよなぁ。

 ……ま、考えるとしても一年二年は先だけど。

 

 もう少しで4月が終わる。

 天皇賞の日が、近づいている。

 

 

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