【本編完結】ロバ娘:ファンディングストライプ   作:桐型枠

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ぼくらは競いに来た

 

 G1最長距離3200m、天皇賞(春)。今年もこの日が訪れた。

 事実上、国内におけるステイヤー最強決定戦であるこのレースは、春の三冠の一角というだけあって長距離レースにしては珍しく注目度が高い。同時にその距離も相まって、日本でも有数の難レースに数えられる。

 春の三冠の一つ――あくまで近年できた括りだけど――として数えられているのも、三冠を狙うひとにとっては曲者だ。大阪杯と宝塚記念と比べ1000m以上も長いとなると、天皇賞だけ適性外というウマ娘は多いだろう。逆に中距離ではなかなか勝ちきれないというパターンもある。だからこそ三冠という栄誉に相応しいとも言えるのだろうけど……。

 いずれにしろ、秋シニア三冠と比べると桁外れに難易度が高いのではないだろうか。宝塚記念が特に6月の暑い時期に催されるため、体調を崩しやすいという時期的な都合もある。やっぱもうちょっと時期を考えるべきでは?

 

 閑話休題(憂うのは後にして)

 

 ともかく、天皇賞は天覧試合が執り行われることもあるほど歴史と伝統のあるレースだ。グレード制になる前の「八大競走」という大枠で格式が示されていた頃から最上位のレースとされており、天皇賞の盾を目標にしているウマ娘は数多い。

 その筆頭が、まさしくメジロ家だ。世代を跨いでもなお天皇賞の制覇に対して強いこだわりを抱いている。

 

「…………」

「…………」

 

 そして、マックイーンとライアン先輩、そしてようやく参戦してきたパーマー先輩はまさしくその渦中にいるウマ娘だ。

 マックイーンは特に春の天皇賞で勝つことを悲願と言ってはばからないし、ライアン先輩もまたメジロ家の誇りを持ってレースに臨む。パーマー先輩は気負っている様子は無いようだけど、あくまでそれは外から見ただけの話だ。実際のところはどうなのかは本人のみぞ知る。

 彼女たちの気迫はいつにもまして高まっていて、普段と異なり喋りもしないことでより大きな威圧感を発していた。

 ――そう、喋らない。

 もう集中の極みにいるのだろうか。まだコースにすら行ってないのに、もう緊張感が辺りに蔓延している。

 ぼくはスティック状に整形して中に濃いめの味付けをした具材を仕込んだウガリ*1をもっちゃもっちゃ食べながらそんな様子を見据えていた。

 他の皆にドツかれた。

 

「何のんきに食べてんの!?」

「常々思うんですけど、こんなところで無駄に緊張して体力消耗するのも良くなぷぇ」

「生意気だぞー」

「だぞー」

「ほっぺぷにぷに」

「うぇうぇうぇうぇうぇ」

 

 なぜこう……周りからつつき回されるような状況になると、決まってエラい勢いで群がってきて頬をつんつんされるのだろう。

 いや、理由は諸先輩方から聞いたから多少は分かる。曰く、「普段してやられてる仕返し」だそうだ。ぼく自身はレース以外で何かしようって気は(情報戦以外)特に無いし、これで先輩方の気が済むなら好きにさせておこう。パドックに行くまでもうちょっと時間はあるし。

 だからわざわざ栄養補給*2してるとも言えるんだけど。3200mの長丁場ともなると消耗も半端じゃないし。

 

「逆にですけど、長距離でちゃんとカロリー補給できてなくて大丈夫ですくゎぷぇ」

「ここに来る前に食べて来たし」

「本番直前に食べたらお腹痛くなるよ」

「緊張でそれどころじゃない……」

 

 呆れてるひと、諭してくるひと、潰れそうになってるひと、色々いるがどれも主張は間違っていない。

 ただ、こういう問題は体質による部分があるので正解は無い。なんなら精神状態も踏まえると、日頃からやってるルーティーンが正解とも限らない。

 ――それは、ぼくの視線の先にいるマックイーンたちも同じだ。

 緊張状態にあったり、ストレスを受けることで逆に最高のパフォーマンスを発揮できるという例は確実にある。

 それとは別に、気合を入れて臨んだ結果、力を入れすぎて逆に動きが悪くなるという例も間違いなくある。

 アスリートは、常にそうした狭間で揺れ動いている。

 

「緊張感がありませんわね……」

 

 集中力を高めるのが終わったのか、はたまたこちらの会話に集中を乱されたのか、ともあれマックイーンは深く考えに入り込むのをやめてこちらに向き直った。

 

「そういうマックイーンはトゲトゲしいね」

「チクチクしてるわね」

「ツンツンしてる」

「あなた方が丸すぎるだけですわよ」

「マックイーンのほっぺたはこんなに丸いのに」

「挑発ですの!?」

「ははは」

 

 挑発した程度で乗ってくれるなら……その程度で勝機が増えるならどんなにか楽だろう。

 今だって、態度は間違いなく怒っていてもレースになればすぐに冷静になる。菊花賞の時から見ても、更にひと皮もふた皮も剥けたような印象だ。

 阪神大賞典の勝ち方も鮮やか……いや、あれを鮮やかと言っていいのか迷うな。好位置につけて自分より前にいるウマ娘をスタミナですり潰し、差し、追い込みなどの後方集団は上げたペースについていけずに脱落。ある意味「メジロマックイーン」のレースの黄金パターン、その基本形にして完成形……の雛形を見せた形だった。

 たとえ心を乱したとしても、この戦法を破れない限り勝つことはできない。

 

「――あなたがその調子では、私も張り合いが無いと言えば、少しは気を張っていただけますか?」

「え? いや」

「ちょっと!!」

「あのさマックイーン」

「なんです!?」

「大事なのは緊張することじゃなくて、ベストなコンディションでレースに臨むことでしょ? ひとそれぞれやり方は違うんだから、自分のやり方を押し付けるのはよくないよ」

「そ……それはそうですわね……」

「またマックイーン言いくるめられてる」

「……はっ!?」

 

 

 マックイーンは面白いなぁ。

 パーマー先輩が横から指摘しなきゃこのままうまいこと説得(いいくるめ)できたのに。

 まあ、マックイーンはマックイーンでこちらの言うことに一理あると思ってくれたのか、そこで矛を収めてくれたけど。

 

「はあ……調子が狂いますわね」

「落ち着いてマックイーン、ストライプの術中だよ」

 

 メジロ家ぼくのこと時々詐欺師か呪術師か何かと思ってない?

 警戒の度合いがライバルに対するそれと若干違うんだけど。

 

「ストライプ」

「何さ?」

「私は菊花賞で『勝った』とは思っていませんわ」

「はい?」

 

 思わず素で疑問の声が漏れた。

 何言っとんねんこやつ。

 

「あれは不良バ場に対する理解不足だったぼくの負けでしょ」

「ほんの少し水はけが違えば、あなたに多少の慣れがあれば覆っていた程度の差など認めませんわ」

「それこそ『もしも』だね。思考実験としては好きだけど、現に今ここにいて語るべきことじゃない。結果が全部だよ」

「強情ですわね」

「その言葉、利子と熨斗つけてそっくりそのままお返しするよ」

 

 ぼくは挑戦者だ。そこに関して譲る気は無い。

 レース内容に納得いかないとは言うけれど、常に納得のいくレースができるウマ娘がどれだけいることだろう。天候、体調、レース場やバ場状態。ウマ娘が思う通りにできることなんて数えるほども無い。

 誰かにとっての「得意」は別の誰かにとっての「苦手」に容易に変わりうる。本当の意味で全員が最高の状態でできるレースなんてものは、存在しないと言っていいだろう。

 今日のレースなんてまさしくその実例だ。照りつける太陽にカチカチの良バ場。他のウマ娘からするとまさしくこれこそ! という状態なのだろうが、ぼくにとっては相対的に見てベストと評するのは難しい。かと言って、雨が降りすぎるのも良くないけど。

 ……まあ、この辺の話は、普段のレースに対する考え方の違いが影響してる部分もあるだろう。ぼくは勝つためなら正道も邪道も問わず様々な選択肢を考慮に入れておくけど、マックイーンは「メジロ家の誇り」を掲げている。その戦法だって、良くも悪くも王道の先行策偏重。勝てば何でもいい、なんて軽々に口にできない立場も相まって、勝ち方にもこだわりが生まれていておかしくないほどだ。

 だから、ぼくにとっては運否天賦も何もかもを含めて「勝ち負け」でしかない。勝ちは勝ち、負けは負け。それ以上の付加価値を感じない。一方で、マックイーンはだからこそ「ベストの状態で勝負する」ことを望み、それが最も誇り高いことだと考える。

 同じやりあうなら、ハンデが生じてほしくないというのはアスリートとして十分理解できる感情ではあるけど。

 ぼくはウガリを口に運んで頭を落ち着けた。

 

「なぜ今おもむろに食べましたの……!?」

「……エネルギー補給?」

「今!?」

「今」

 

 シリアスな空気になると余分にエネルギー使っちゃうんだよね。こう、身構えて。

 だいいち、ここに来てしまえば問題はそこじゃない。

 

「そりゃ補給するよ。こうやって語るのも悪くないけどさ、ぼくらは競いに来たんでしょ?」

 

 

*1
ケニアの主食。穀物の粉を練って作る。

*2
スキルではない。

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