【本編完結】ロバ娘:ファンディングストライプ   作:桐型枠

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「競う相手」は目の前にいる

 

 レースの立ち上がりは、大方の予想に反して穏やかなものになった。

 正確に言うと、外からはそう見えるようなものになった。実際の走者たちは、ぼくから見える限り戦々恐々とした雰囲気を醸し出している。

 走りそのものは、皆堅実そのもの。基本に忠実……なのだが、どこか意識が前後、つまりマックイーンとぼくの方を行き来している。少し足元を強く踏むだけでピクリと軽い反応を見せるほどだ。

 

(ま、ぼくを気にしすぎるのが良いこととは限らないけど)

 

 前方、ハナを切って進むパーマー先輩は、気持ちよく逃げ……られてない。ぼくがしょっちゅうやってるのと同じように、その場を踏みしめることによるフェイントや最接近しての威圧を駆使してペースを握るべくマックイーンが動いている。

 ……つーかあれ、本当にぼくがやってるやつとほとんど同じやつじゃねーか。

 同じ技術何度も使いすぎたってのもあるだろうけど……ああ、くそっ、いやらしいくらいマックイーンの走法にマッチしてるなアレ。

 

「メジロマックイーンめ、ストライプのスタミナ食いまで身につけるとかなんつー貪欲な……」

「と言っても、そこまで難しい技術ではないでしょう?」

「いえ、あれは膨大なスタミナがあってこその技術です。フェイントを交えると言えば簡単に聞こえますが、前に行くように見せかけてその場に留まるのは想像以上に筋力を使います。扱う適性が無いウマ娘が無理に真似ようものなら逆に自分の体力が枯渇するだけでしょう」

「技術盗用対策のデストラップじゃねェか」

「ワルい奴だぜストライプ……」

 

 え……いや別にそういう意図無い……。

 なんかドーナッツ先輩納得してそうな雰囲気あるけど、これ単なる偶然なんだけど。ぼく用にアジャストしてる技術を他人が使うとか想定してないし、使おうと練習してみたところで無駄だと分かるだろうからいちいちそんなこと言わないだけなんだけど……これ戻ったら弁明すべきやつ? いや、弁明したらしたで逆に疑われるやつか?

 ……いいや、今はそこ考えても仕方ない。重要なのは、それを使うことで無理が出るかどうかだ。

 確かにマックイーンは最高速でぼくに勝る。ぼくはパワーやスタミナで優れているが、普通にレースをする分には過剰だ。事実上、マックイーンはぼくにとって上位互換のようなものと言える。

 しかし、それは「普通にレースをする上では」という話だ。足元での小技を駆使した騙しは、余計な動きを挟む分普通よりも更にスタミナを浪費する結果になる。これはあくまで余分なパワーやスタミナを有効活用するためのテクニックだ。

 つまり「ウマ娘としては最高峰」でも「規格外」ではないマックイーンのスタミナでは、本当の意味でぼくと同じように後ろから煽ろうとすれば必ず無理が出る。

 

(……かと言ってマックイーンがそれを把握してないとは考えづらい)

 

 となれば、まず間違いなく中盤までにやらなくなる。やる必要がないとも言えるか。

 よりにもよって天皇賞にぶっつけ本番の新技術をぶつけてくるなんてこと、絶対にありえない。確かにぼくもイチかバチかの賭けはよくやるけど、それはあくまで勝率を上げるためだ。情報が漏れるのを危惧して人前でトレーニングすることを避けたりといったことはあるが、それでもある程度そうした上で「走りきれる」という確信を持てるくらいに精度は上げている。

 マックイーンが慎重なのかどうかは解釈が分かれるところだが、天皇賞にかける思いは本物だ。中途半端を一番許さないのはマックイーン自身に違いない。

 

『綺麗なスタートから一気に沈んだ二番人気サバンナストライプ。故障がなければ良いのですが』

『このウマ娘は作戦としてこういうことをします。どうなるかはわかりませんよ』

 

 ははーん。これ本当に怪我しても気付いてもらえないやつだな?

 オオカミ少年(ウマ娘(シマウマ))とかもうわけわかんねえな。

 まあいい、自業自得だ。その時はその時として潔く受け入れよう。

 

「後ろからのストライプのレースか、不気味だな……」

「そう? トレーナーもあのレース見てたんじゃないの?」

「う~ん、私も、差してくる印象はあまり無いんですけど……テイオーさんたちは違うんですか?」

「ボクたちは一番最初の模擬レースで差そうとしてきてるの見てるしね~」

「ま、トレーナーはデビューしてからのデータとにらめっこしてることのが多いから、逃げのが印象強ぇーかもな」

 

 まもなく800m。

 テイオーたち、模擬レースの印象強いな。当たり前っちゃ当たり前か。他のレースでは結局一緒に走ったというわけではないんだし。

 特にテイオーは危うく1着を奪われかけて「無敵のテイオー様」のアイデンティティを崩されかけているんだから尚の事だろう。

 だからこれで油断してくれることは無いだろうな。あの場にはマックイーンもいたのだから、テイオーたちと同じように差してくるイメージはバッチリ残っている。

 

 芝を踏みしめる。ここまで10レース行われたこともあって、単に整備しただけでは元に戻すのは難しい。コースの内側はもう随分と荒れていた。

 このレース、今ここで前に出ることはしたくない。それじゃあ後ろに下がった意味がない。

 春の天皇賞のこのコース、京都レース場3200mはほぼ菊花賞と同じ。スタートの位置がずれて200m伸びたものになっている。

 ぼくにとってはそう大した差ではないが*1この微妙な差がランナーの脚を蝕む。「たかが」1ハロンと捉えているひとは吹き飛ばされたスタミナの上にのしかかる1ハロンの重みに泣く羽目になるし、1ハロン「も」と捉えているひとは仕掛けどころを見失って沈んでいく。

 だからぼくの捉え方はやはり、「1ハロン増えただけ」だ。それ以上でも以下でもなく。

 向正面から始まったこのレース、再び動かす――動くのは半分、2コーナーを曲がりきって2周目に入ったところだ。

 

『スタンド前入ってきます。レースはまだ動く様子がありません』

『長丁場のレースです。ここであまり焦りすぎないでほしいところ』

 

 スタンド前に入れば、どうやっても観客は湧くものだ。このタイミングであまり大きすぎる声援を上げるとウマ娘のパフォーマンスに影響してしまうことから、一周目はあまり声を上げないようにする……というのはマナーとして周知されている部分だ。しかし、それでも感情を押し留めるというのは難しい。応援が思わず大きくなってしまうというのも、ある意味では醍醐味と言える。

 同時に、G1級のウマ娘というものは得てして声援を力にできるものだ。だからこそキツい場面でもうひと踏ん張りする力が湧いてくるし、差すために必要な大きなパワーをひねり出すことができる。

 だが、それは意図してできることではない。精神状態に大きく影響を受けるという意味では領域(ゾーン)に似た性質を持っている。そして今、間違いなく走者の皆は強い高揚の中にあるはずだ。

 そこに、ぼくは踏み込みの音と衝撃を轟かせた。

 

「っ!?」

「――!!」

 

 それをひとつの合図として、前方で走っていたひとが一瞬だけ速度を上げかけた。

 それに触発されたひとがまた更に反応する。ライアン先輩はこちらの手をある程度知っている、とは言っても流石に意識を向けることはやめられなかったようだ。

 数秒の間に引き起こされた連鎖は見る間に走者たちを浮足立たせ、一部は暴発すらしているほどだった。

 ――ぼくはちょっと前に出ただけで、依然最後尾なのに。

 

「何だ今のは……!?」

「おー、そういやハヤヒデは見んの初めてか」

「ンー……あれが、詐欺師(imposter)……とか、扇動者(agitator)……言われる理由デス」

「相変わらず酷ェ異名だ……」

「言われるほどじゃねーだろ。アイツは確かに嘘はつくし他人騙すし銭ゲバ――コレ否定しきれねえな?」

「否定してやれよ」

「オメーもな」

 

 ……商売に関わることが無い範囲ならレースに利用できるからこういう風聞もアリ!!

 ただ、先輩たちが否定してくれないのはこの辺ちょっとショックだな。自分で作り上げた風潮とはいえ……。

 

 ともかく、1コーナーが見えてきた。レース展開もいい具合に荒れている。予定よりちょっと早いが――そろそろいい頃合いか?

 レースは水物だ。想定していた通りにことが運ぶとは限らない。特に今回は、ぼくが後方に下がったことと併せてマックイーンのペースが結構早まってる。頃合い、と言うよりそろそろ行かなきゃ間に合わなくなるだろう。

 

『スタンド前を抜けて1コーナー。後続の子が徐々にペースを上げていきます』

『まだ中盤です、スタミナが残るか心配ですね』

「残させる気無いだろあいつら」

「マックイーンが前でペースを壊して、ストライプが後ろからペース崩して……わぁ……エッグい……」

 

 もしこれが海外のレースでかつ同じチームだったら、チームの勝利のために煽るのに徹するようなこともあっただろう。多分今の僕らのレース運びにはそれだけのシナジーがある。

 けど、ぼくは勝ちに来たんだ。ぼくらは競いに来たんだ。当然、そんなの冗談じゃない。

 煽るのではなく、徐々にペースを上げて前方のウマ娘を躱す。ひとり、ふたり――ほぼ全員が軽い混乱状態に陥っている現状からなら、前に出るのは容易だ。

 だが、この状態からでは左右に振られてしまうので嫌な感じにロスが出る。ロスの有無が最もよく出るのは競り合いになってからだから今はまだ許容範囲内だけど……。

 

「ストライプ……!」

「――――……」

 

 一瞬、ライアン先輩と視線が交錯した。

 迷いを見せたのはほんの一瞬だ。次の瞬間には彼女はもう決断したらしく、ぼくに併せて徐々にペースを上げ始めた。

 超一流どころは、必ず作戦に対応してくる。それがフィジカルであれメンタルであれ、勝つことに全精力を傾けるひとが対応してこないわけがない。

 

(――面白い!)

 

 同時に、昂揚を覚える。ぼくのライバルたちはこんなにも強い! だからこそ競い甲斐がある!

 差しからまくり気味の先行策に切り替えか。しかし長く脚を使えるだろうか? その辺りも含めて、ここからはマジの体力勝負だ。

 ぼくがやるのは差すでもなく逃げるでもなくまくり。言わば差しながら逃げる状態だ。逃げはペースを崩されかねないし、差しでは追いつけない。半ば消去法での選択だが、今はこれしかやりようがない。

 

「――っとぉ?」

 

 と、思った矢先のことだった。目の前に広がっている光景は、混乱の中大きく横に広がった中団のウマ娘たちだ。

 

「いけません、前が塞がっています……!」

「まーた策に溺れてんのかアイツは」

 

 当たり前だが、元から前にいたウマ娘が進路の邪魔になっても、それは斜行と認められることは無い。このまま悪く行けば、横につけられて展開に蓋をされる危険があるだろう。

 ……だが。

 

(あと1ハロン)

 

 2コーナーを抜けたそのさきに、ぼくが求めるものがあった。

 ――1()()()()()()()()()()()()()()()が。

 

『さあここから向正面、後半戦に入ります。残り半分を切りました。おっとここで猛烈な勢いで上がってくるサバンナストライプ。……サバンナストライプ!?』

『内ラチ側の荒れたバ場を苦もなく上がっていきますね』

「ゴルシワープ!?」

「オラー! アタシの技じゃねーか特許料よこせー!」

「そういう問題か!?」

 

 春の天皇賞のコースは、京都レース場をおよそ一周半する形になる。淀の坂は当然難所中の難所だとしても、次いで問題になるのが1周目に踏み荒らしたコースだ。

 菊花賞の時はそもそもバ場状態が最悪に近いおかげで元から荒れ放題で問題が顕在化していなかったが、良バ場の時はまた話が別だ。あるタイミングで突然荒れたバ場が現れるのだから、普通のウマ娘は当然そこを避ける。

 ぼくのように荒れたバ場を得意とするのなら、そこが最大のチャンスだ。内ラチひとり分を開けて*2踏み込む。

 

 ――――ここからが、ぼくにとってのラストスパート。

 

『い、一気に上がってくるサバンナストライプ! メジロライアン追走! メジロパーマー、辛いところだが先頭をキープし続けています!』

 

 残り1200m――淀の坂。ここを一気に駆け上がる!

 菊花賞と同じタブー破りの3コーナーからの仕掛けだ。だがあの時と違うのは、こちらが追う側で、あちらが追われる側だということ。

 追う、っていうのは、気分がいい。本質にある獰猛さをそのまま解き放てるかのようで、解放感が胸を満たしてくれる。

 けど、これに身を任せるのは危険だ。本能を制御して冷静にレースを俯瞰しなければ勝ちは掴めない。

 ――()()()()()()()()()()

 

「まずいな、ストライプはあのペースでは思考を手放しかねん。大丈夫なのか梨紗……!?」

「大丈夫です」

 

 見つけたのは、トレーナーさんとの野良マッチレースの時だった。

 前チーフの言うことも理解できる。安全策として、そして定石としてそうあるべきだとも思ってる。少なくとも普通に、それこそG3やG2を勝つにはそれが最高到達点でも問題ない。

 けれど、それでは一手足りない。本物の超一流に勝つためにはまだ足りない。

 

「あの子はもう()()に留まる器ではありません」

 

 ぼくにとって、走ることというのは言わば一人遊びだった。

 一緒に走る相手はいない。並外れたスタミナについていけるひとがいないし、ぼく自身は皆の求めるスピードについていくことができない。だから常に独りで走り続けてきた。

 だから、ずっと求めてきた。()()()()を。

 トレセン学園に来てからというもの、「一人遊び」の頻度は減った。頭の中でレース展開を予想したり策を練ったり、それでも多少自分だけで何かすることはあったけど、それでも何やら試す時は他人に頼ることができるようになった。

 

 いつしか、求めるものが減った。

 お金も手に入ったし生活も安定した。昔ほど無い無い尽くしの生活じゃなくなったし、自分の力が通じることも証明できた。

 だから、心のどこかに今の状況に満足する自分がいた。これでいいじゃん、とその場に腰を落ち着けようとしていた自分(にんげん)があった。

 同時に、それだけでいいのかと呟く自分もまた、いた。多分それが表に出てきたのは菊花賞での敗戦から。

 求めてるもの全部が手に入ったわけじゃないだろうと心が叫んでた。何より欲していたものを目の前でかっさらわれたことに腹を立てる自分(シマウマ)がいた。

 

 ――じゃあ、どっちも手に入れればいいじゃないか。

 

 友達と仲良くしていたい。安寧が欲しい。娯楽も欲しい。競い合いたい。勝ちたい。もっと高みへ行きたい。稼ぎたい。遊びたい。贅沢三昧したい。最強になりたい。世界一のウマ娘になりたい。

 矛盾した思考のようでもそれは全部自分自身の内から湧いてくるものだ。混沌としていていい。混沌としているくらいがいい。欲張れ。強欲であれ。掴もうとすらしなければ何も掴めはしない。

 それも全部自分(サバンナストライプ)だ。冷静さも獰猛さも捨ててはいけない。捨てるべきは先入観だけだ。「理性と野生を両立できない」という常識を捨て去れ。

 あれほど求めていた「競う相手(メジロマックイーン)」は目の前にいるんだから!

 

「――()()()

 

 かちり、と何かが噛み合う音がしたような気がした。

 意識が加速し、視界が停滞する。眼の前の全てが今までよりも遥かに鮮明に映ったようで――唐突に理解した。

 これが、領域(ゾーン)だと。

 同時に、マックイーンがそこに到達したこともまた自然と理解できた。本番はここからだ!

 

『メジロマックイーン、メジロパーマーを躱して先頭に立つ! 後ろからはメジロライアンとサバンナストライプが猛追してくるぞ!』

『第3コーナー、淀の坂を超えます。まもなく4コーナー。ここから巻き返すことはできるでしょうか』

 

 視界の中の情報が瞬時に処理できる。今までなら処理できるかも分からなかったくらいの些細なロスをも即座に処理できるようになり、走りから無駄が消えていくのが分かった。

 行ける――最高速のその先を維持できる!

 

「っ!!」

 

 そう思った4コーナー、マックイーンが一気に体を内ラチ側へ寄せた。あの場所は……ぼくが今まで通ってきた荒れ放題のルートか!?

 

「バカな! あんなコース取り、ストライプでもなきゃやれねえぞ!?」

「――いや、菊花賞の走りができンならアイツも同じことができる! それだけじゃねェ、メジロマックイーンの勝ち星のうちの2つはダートだ!」

 

 つまり、仮にあのコースを行っても、マックイーンならばフルスペックのぼくと同じだけの走りが可能。

 ……上等!!

 

『ぐんぐん差を詰めていくサバンナストライプ! あ……っと、メジロライアンはここでスタミナ切れか!? まもなくスタンド前! 京都の長い直線に銀と縞のラインが描かれる!』

 

 京都レース場の直線は約2ハロン。坂を越えてもなおまだ長い。普通のウマ娘ならここで心が折れることもあるだろう。

 けど、ぼくもマックイーンも、むしろここで加速する。垂れないことがぼくらステイヤーにとっての矜持だ。最短、最高速度でゴールまで突っ込んでいく――。

 

「クソッ、ダメだ! あれじゃあマックイーンを躱しきれねえ!」

 

 その途中、流れていく光景の中でこのレースの結末が計算された。

 ゴールまであと300m。ぼくとマックイーンの相対速度、残ったスタミナと減速の可能性を考慮すると――間に合わない。

 今、ぼくの視界にはマックイーンの背中が真正面に映っている。コーナーの時のロスを考慮し、殆ど同じ最内のコースを選択したせいだ。

 無減速クロスステップの制御ができるのは最高速度の一歩手前まで。通常の躱し方ではどうやってもロスが効いてくる。行けてハナ差敗北がいいところだろう。

 行くか。行かないか。いや――。

 

 決断するか、しないか。

 

 残り150m。マックイーンの背はもう目と鼻の先に来ている。この速度のままでは追突。それだけは選手としてやってはいけないし何よりどうやっても勝ちにはならない。

 横にずれれば速度が落ちてハナ差惨敗。今の時点で最高速だ。これ以上絞り出しようが無い。

 残る手段は、イチかバチかの大博打。

 

 ――――ごめん、トレーナーさん! 約束破る!!

 

 内心で謝罪した直後、ぼくは全意識を脚に集中させた。

 歯を食いしばり、体幹を安定させるために腹筋に力を入れて全力で踏み込み――遠心力を味方につけながら歩幅を調節。そして、一気に踏み切る!!

 

「うおああああああああああッ!!」

「やあああああああああああっ!!」

『長い長い京都の直線のデッドヒート! メジロマックイーンか!? サバンナストライプか!?』

 

 ――限界を超えた速度での、無減速クロスステップ。

 ゴール手前で発動させたそれはぼくの体を上手く横へと運び、マックイーンに並ぶのとほぼ同時にゴールへと飛び込む形になった。

 

『ゴォォォォール!! ゴールイン!! 3着はどうやらメジロライアンか!? 1着は――』

 

 徐々に徐々に速度を緩める。ぼくらの視線の先、電光掲示板には「写真」の二文字が輝いていた。

 

『判定です! 只今判定を行いますのでしばらくお待ち下さい。4着はミセスマリア。5着にはコズミックシャインが入ります』

 

 視界が元に戻るのと共に、息が上がる。久しぶりに本気で疲れた気分だ。

 同時に、どこか清々しい。ある意味では、初めて肉体的な限界を引き出し「全力」というものに到達したから、だろうか。

 

「…………」

「…………」

 

 判定は、まだ出ない。

 速度を落としきったところで、ぼくとマックイーンは示し合わせたようにコースの真ん中で無言のまま対峙した。

 息を吐く。

 互いに今出せる全力を出し切った――と、思う。ほとんど未知の領域(ゾーン)にも、ぶっつけ本番ながら突入できた。悔いは……。

 

(いや無理だな。負けたら悔いだらけだ)

 

 どんな結果でも残るだろう。勝っても反省点が残るだろうし、負けたら当然死ぬほど悔しい。

 だがとにかく、今はまず結果を厳粛に受け止めることだ。判定は――…………。

 

「……判定は?」

「……終わり……ませんわね」

 

 ……判定全然終わらねえ。

 どんだけ審議してるんだコレ? そろそろ5分? ……なんか緊張の糸切れてだんだん足元が覚束なくなってきた。

 

「……()っ……」

 

 それに少し、無理しすぎたか。やけに右脚が痛みを訴える。

 ……………………いや、それにしても判定まだ?

 

「……マックイーン、1時間くらい経ってない?」

「まだ10分も経っていませんわよ……ちょ、ちょっと待ちなさい! 顔面蒼白ですわよ!?」

「脚痛ったい……」

 

 まだか。もう体感二時間も三時間も待ったような気さえしてくる。

 そろそろ限界だ、と思って崩れ落ちかけそうになったその時、横から支える手があった。マックイーンのものだ。

 

「私のライバルがあまり弱気な姿を見せないでくださいまし」

「……へへ」

 

 ライバル。

 ライバルか。いい響きだ。

 菊花賞ではミソが付いちゃったけど、今回こそは本当の意味で真正面から競い合えて、そうなれたと思っていいかな。

 少し、痛みが和らいだ――ような気がした。

 

『――大変長らくお待たせしました』

「お」

「判定が出るようですわね」

 

 ……えーっと、時計見る限り15分近く審議してたんだな。確かに接戦だったけど大接戦ドゴーン*3レベルで競り合ってたのか?

 ちゃんと競り合いの形にできてたと考えられるなら、それもまあ成長の証と考えて良いかもな……。

 そう思っていると、会場が盛大に沸いていることに気付いた。マックイーンの顔もピタッと固まっている。これは――どっちの顔だ?

 分からん。ともかくこっちもこっちで見てみるしか無いだろう。そうして掲示板に目を向けたその時、ぼくの目はある二文字を捉えていた。

 

 「同着」。

 

「あ゛?」

「これは……」

『た……大変珍しいことが起きました。同着です! 一昨年のダービーに続きG1で同着!』

「はぁぁぁあああああ!?」

 

 同着!? あれだけバチバチにやりあって同着!?

 嘘だろ!? 結局決着ついてないじゃん!!

 

「マックイーン!! あと2000m追加痛あぁぁぁ!!」

「ちょ、ストライプ!? な、納得できないのはわかりますけれど、今のその状態でレースになると思ってますの!?」

「やるって言ったらやるんだよ!! まだ勝負ついてなああああがががががが」

 

 ち、ちくしょう! 脚が全く言うこと聞いてくれない!

 ただでさえ熾烈なレース展開で脳内物質が噴き出してるのに加えて初めて領域(ゾーン)に入ったのも相まってゴールまでは脳内物質が痛みを覆い隠してくれてたようだけど、今はそういうわけにもいかないか……!

 

「こ……こんな決着なんて認められるくゎ!!」

「結果は結果と言ってたのあなたでしょうに」

「うるさーい!!」

 

 結局のとこ、結果が覆ることはついぞ無く。

 ぼくはチームメンバーに取り押さえられるような形で担架に乗せられて医務室に運ばれることになったのだった。

 

 

*1
狂人のたわ言。

*2
競馬で言う内ラチ一頭分ルール。安全のためにラチから少し離れた場所を走らなければならない。

*3
2008年天皇賞(秋)で飛び出した空耳。この時は13分間の写真判定が行われた。






○補足
 現実におけるG1レースの同着1位の事例は2010年オークスのアパパネとサンテミリオン、2022年ドバイターフのパンサラッサとロードノース、同年エプソムハンデキャップのトップランクドとエルスバーグなどがあります。


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