錦の輝き、鈴の凱旋。   作:にゃあたいぷ。

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第1幕「錦の輝き」
第1話:錦の名を持つウマ娘


 私が走れば、誰も彼もが私の後塵に拝した。

 脚に力を入れた分だけ速度が増した。芝を踏み締めて、全身で風を切り裂く感覚が堪らなく最高だった。

 他全てのウマ娘を置き去りに、ゴールを目掛けて突っ走る快感は他に例えようがない。

 

 私はきっと走る為に生を受けたのだ、だから私はウマ娘なんだ。

 (ターフ)に立つと此処が私の居場所なんだって分かった。深呼吸をすると生きているんだって自覚できる。

 誰が相手でも抜き去ってやる、何処までだって駆け抜いてやる。

 

 私の名はビゼンニシキ。錦の輝きは、ただ一度の穢れも受け付けない。

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 

 日本ウマ娘トレーニングセンター学園。通称、トレセン学園。

 全国にあるウマ娘トレーニング施設の中でも最新鋭かつ最大規模の施設を誇っている学園の名称だ。

 そのジュニアクラスのB組に私は所属している。まだメイクデビューも果たしておらず、粛々とトレーニングを重ねる毎日を送っている。チームには所属をしていない。トレーニングメニューや体調管理をしてくれるトレーナーは居ないが、練習法は自分で調べているし、食事も栄養素を計算して摂っているので問題ない。

 芝を駆ける、腕を振る。頭の天辺から足の指先まで、全ての動作を確認する。私には内に切り込んでしまう癖があるから、それを矯正し、より理想的な走法に少しでも近付ける。トレーニング方法や体調管理といった学んだ事を実践し、理解を深める。私の素質は天下一品なのだから今の内から競走ウマ娘としての活躍を終えた先のことも考えておかないといけない。この繰り返しが私の未来を錦のように磨き上げるのだと理解していたから力が入るというものだ。

 少しでも気になることがあれば、コースの外枠に置いたビデオカメラで確認し、自分が納得できるまで何度でも繰り返した。

 妥協はない。私は絶対の王者となるべくして産まれたのだから、誰よりも高みを目指す義務がある。

 

「相変わらず、精が出るな」

 

 コーナーの抜け方が少し気になったので撮影をしていたところ、外枠に置いていた家庭用のビデオカメラを取り上げられた。何度も繰り返し走っていたせいか、息が切れる。強い声を出すこともできず、呼吸が整うまでの間、ジトッとした目でひとつ上の先輩を見つめた。

 

「理想の走りを追求するのも悪くはないが、ひとりでは出来ることも限られるだろう?」

「……別に、誰も私には追いつけませんよ」

「まあまあ、そう言わずにだ。シキ、私のチームに入れよ。お試しでも良いんだ」

 

 どういう訳か、少し前から私のことを付き纏うようになった先輩――ニホンピロウイナーは事ある度に私をチームに誘おうとしてくるのだ。

 

「まだ試したい事がありますので……」

「そういってずっと一人で走ってばっかりじゃないか。いけないぞ、そういうのは。よし、此処は先輩が一肌脱いでやる」

「頼んでませんって」

 

 良いから、良いから。と先輩はトラックに入って勝手に私の隣に併せてくる。

 鬱陶しいこと、この上ない。私がジュニアクラスのC組に上がった時には、貴女の敵になるんだぞ? その辺り、先輩は分かっているのだろうか。確かに先輩は一期上で活躍するミスターシービーやカツラギエースといった強豪にも引けを取らない素質を持っている。併せて最後の直線、先輩が一歩抜きん出て私の直ぐ前を走る。今はまだ敵わない、しかし決して手の届かない距離とは思わない。私がシニアクラスのレースに出られるようになる頃には私の肉体も成長している。

 その時には漏れなく全員、私の後塵に拝させてやる腹積りだ。

 

「ほらほらレースはひとりでするもんじゃないぞ!」

「わっ! わぷっ……ああ、もう、わざと土を蹴り上げてるでしょ!」

「あっはっはっ! 気分良く走らせてくれるレースがあると思うなよ!」

 

 絶対にいつの日か分からせてやる。と蹴り上げた土を浴びながら前を走る背中を睨みつけた。

 泥まみれになった体、頭から水道水を被って洗い流す。すぐ後ろには先輩が居て、首に掛けたタオルで汗を拭っている。

 

「あんまり体を冷やすなよ」

「分かってますよ」

「これからの予定は?」

「たくさん運動をした後は、めいっぱいに食事を摂る。当たり前でしょう?」

「その後は?」

「図書館で調べ物ですよ」

 

 身体を鍛えるにはメリハリが大事であり、この後は酷使した筋肉を休める為に勉学に励むつもりだ。

 情報というのはナマモノで刻一刻と刷新されている、それ故に私は常に最先端の知識と技術を溜め込まなくてはならない。やるべき事は多い、やれる事はまだ残っている。やれる事が残っているという事は、私にはまだ成長する余地があるという事だ。

 類稀なる才能を持って産まれた私は、更なる高みを目指す義務がある。そして競馬界を牽引する使命がある。

 私の一生は、競走ウマ娘として活躍した後も続いているのだ。

 

「……なあ、やっぱりチームに入れよ」

「しっかり身体は休めていますし、体調管理はばっちりですよ」

「ひとりだと負担も大きいだろう?」

「そうでもないですよ。今月の体重表を見てみます? ちゃんと栄養管理もできてるし、一度も落としてないですよ」

 

 根性論が売りのトレーナーとか今時の流行りじゃないし、経験則とかいう陳腐化した情報なんて私には必要ない。

 私が求めるのは常に最先端のトレーニング理論であり、私の素質と身体に適した体調管理の方法だ。知識量で私を上回るトレーナーなんて多くないし、下手に知識をつけたトレーナーは自論を押し付けてくる奴が多いから邪魔になるだけだ。居るかどうかも分からない私に合ったトレーナーを探すなら少しでもトレーニングをしていたいし、知識を増やしておきたかった。

 私は自分のことは自分でできるウマ娘なのだ。

 

「……何時でも頼れよ、待ってるからさ」

 

 何処までも上から目線な先輩が不快で、私は棘のある言葉で睨み付けた。

 

「今はまだ眼中にないかも知れませんが――私は先輩の敵ですよ」

 

 分かりやすい宣戦布告。しかし先輩は相変わらず、後輩を心配する目をしていた。

 まあ良い、そうやって見ていられるのも今の内だけだ。

 来年、競馬界に轟くビゼンニシキの名が自らを脅かすことになるまで見ているが良いさ。

 

 その時になれば先輩も、杞憂に過ぎなかった、と思い改めることになるだろうよ。

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