錦の輝き、鈴の凱旋。   作:@飼い猫

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第16話:よろしい、ならばかかって来い

 私、シンボリルドルフは生まれた時から強者であることを義務付けられていた。

 ちょっと本気で走っただけで周りからは誰も居なくなる。ヨーイドンの時は隣を走っていた仲間達は、遥か後方で息を切らしながら茫然と立ち尽くしていた。そして皆、走るのが好きなはずなのに私と一緒に走ろうとする者は誰も居なくなっていた。

 トレセン学園の入学試験を受ける時もそうだ。

 地元の同期で私と同じ学園に入学しようと試みた者は誰一人として居なかった。

 中央のレースで活躍するぞ、と意気込んでいたウマ娘も今は地方で活躍していると話に聞いている。どうにも私の力は他者に大きな影響を与えるようだ。無闇に力を晒しては相手の人生を変えてしまう事になり兼ねない。

 私は自分の力を正しく認識していたから、それを誇示するような真似を極力控えた。

 授業には、きちんと参加している。チームには所属しない代わりに自己鍛練に励む毎日を送る。淡々と一人でトレーニングメニューを熟していたので同学年のウマ娘達から少し孤立気味になってしまった。

 私が初めて本気の走りを披露したのは、ジュニアB組に進学して間もなくの話だ。

 選抜レースで、私は堂々と1着を勝ち取った。

 

 2着とは残酷的な差を付けた。

 この日の事で心を折った者も少なくないはずだ。

 唯一抜きん出て並ぶ者なし。私の走りは、そういう類のものであると理解はしている。

 絶対は、此処にある。絶対の体現が、私という存在だ。

 無論、至らぬ点は枚挙に暇がなく、いずれ至るべき頂点の座は遥か遠くだ。

 なればこそ、私は共に帝道を歩む儕輩を強く求めている。

 

 私は道の果てが孤高である事を知っていた。

 だからこそ、立場は違えど並び立ってくれる存在に憧憬していた。

 トレーナーが欲しかった。

 誰でも良い訳ではない、私の隣を歩いてくれる存在を欲していた。

 実力は見せた、後は求めるだけだ。

 

「我こそはと思う者は、是非名乗り出て欲しい」

 

 しかし感触は想像していた以上に悪かった。

 私の実力を見て気遅れする者、私がレースで負けた時を考えて保身に走る者、周りの反応を窺う者、反応は多種多様だったが、その場で名乗り出てくれる存在は誰も居なかった。

 まあ仕方ない、想像していなかった訳ではない。

 

「もし諸君の中に私の儕輩になっても良いと思ってくれる者が居れば、後日、声を掛けてくれると嬉しい」

 

 その日は、それで解散した。

 

 翌日、トレーニングコースで走っていると3人ものトレーナーが私に声を掛けてくれた。

 1人は私を必ず強くするという決意を語り、1人は私と必ず歩むという覚悟を語った。そして最後の1人は、私の走りをもっと見たいという期待を語る。

 嬉しい事だ、強い想いを胸に抱いて熱の込もった言葉で私を求めてくれた。共に歩むと誓ってくれた。

 ただ1度だけの会話では決められなかった。

 だから私は試すような真似をすることに心苦しく思いながらも3人に課題を出した。私に掛ける期待を、私に託す夢が如何なるものか形にすることを望んだ。

 正直、実力を問うつもりはあまりない。

 ある程度までは許容できる。それ以上に重要な事は彼らが私を通して見る未来が如何なる光景になっているか、という事だった。お互いの見ている先が違っているとお互いに不幸になると思ったから最初の段階できちんと擦り合わせをしておく必要がある。

 私の力は強過ぎる、それこそ世界にまで手が届くほどに。

 どんな未来でも掴み取れる可能性が私にはあった。

 

 そうした経緯を経て、私は1人のトレーナーの手を取った。

 彼女もまた私と同じように未熟な存在ではあったが誠心誠意、私に尽くしてくれている。練習スケジュールは基本的に私の要望に沿う形で進められるし、レースのプログラムは幾つも用意した上で私に選び取らせる形を取った。トレーニングコースの使用許可は必ず、翌日の練習時間までに取って来てくれるし、練習が終わってシャワー室で汗を流した後は髪と尻尾を丁寧に乾かして整えてくれる。何処で学んできたのかウマ娘用のマッサージまで身に付ける始末だ。

 そして今もまた手作りの蜂蜜に漬けた薄切りのレモンを用意してくれている。

 うん、美味しい。感想を聞かれても美味しいとしか答えた覚えがないのに、日々の試行錯誤から今では完全に私好みの味になっていた。所属するチームのプレハブ小屋でウマ娘雑誌を片手に寛いている時の話になるが、私の好みに合わせた味わい深い紅茶を欲しいタイミングで淹れてくれる。私好みの菓子の補充も問題ない。使ったシューズは言わずとも綺麗に洗ってくれる。体操服の洗濯は勿論として、制服のアイロン掛け、果てには下着や私服とかも洗って貰うようになった。

 身の回りの煩わしい事は全てトレーナーがしてくれる。

 おかげで私はトレーニングに集中し、次のレースの事だけを考える事もできた。

 正に至れり尽くせりの生活を満喫している。

 

「あれ、シャンプー変えた?」

 

 時折、うちのトレーナーから感じる好意が少し重たく思うことがある。

 

「ああ、前に使っていたものが切れたからな。売店で売られているもので間に合わせたんだ」

 

 私の後ろ髪に顔を近付けて、スンスンと鼻を鳴らすトレーナーに事情を説明する。

 

「これはこれで良い肌触り、私の時とは全然違う……やっぱり個人差ってあるなぁ」

 

 彼女は私の髪を手に取り、その感触を確かめる。

 この程度のスキンシップは日常茶飯事なので咎めることはない。

 というよりも慣れ切ってしまって、安心感すらある。

 そのまま私の髪を使って複雑な編み込みを施して遊ぶのも何時ものことだ。

 ……やっぱりおかしいんじゃないかな、この状況。この距離感。

 

「同性同士なら普通よ」

 

 そうかー、普通なのかー。たぶん違うと思うんだけどなー。

 でも、まあ、この件に関しては随分と前の段階で深く考えることは止めている。

 と云うのも彼女が一度、風邪で休んでしまった時に私は自分で自分の身の回りの事が面倒で出来なくなってしまったのだ。

 人も、ウマ娘も、一度上げた生活水準を下げるのは多大な困難と精神的苦痛を伴うものだ。

 彼女の献身は私を堕落させ、今やもう彼女なしの生活に戻るなんて考えられない。

 その対価として、多少のスキンシップや写真撮影は許容すべきだった。

 

 また彼女の献身はトレーナー方面でも存分に発揮される。

 私の顔色を見るだけで大まかな体調を把握し、髪や肌に触れるだけで寝不足といった軽度な症状まで見破ることができた。それで肌荒れと診断されるのはまだ分かる。でも、それだけで太り過ぎと診断された時は流石におかしいと思った。

 現在の体重を1キログラム未満の誤差で的確に当ててくるのは、ちょっと怖くなったので他のトレーナーも一緒なのか知り合いのウマ娘に相談した事がある。引き攣った笑みで首を横に振られて以来、誰にも相談できなくなった。

 今では健康診断と称して毎朝、出会い頭でトレーナーに頬の感触を確かめるようにもっちもっちと撫でられている。

 

 トレーナー関連は、そういうものとして受け入れるようにしている。

 実際問題、彼女に任せていれば何の問題も起きないのだ。チームリギルは徹底的な管理を方針にするチームであるらしいが、たぶん、きっと私よりも管理されているウマ娘は学園には居ないはずだ。過酷なトレーニングに励んでいるはずなのに、日に日に肌や髪が綺麗になっていく恐怖を彼女達は知らない。そして気付いた時には全てが手遅れで受け入れるしかないと悟った時の恐怖を彼女達は知らないはずなのだ。

 近頃はオイルマッサージの習熟に励んでいるとの事であり、妹分のシリウスシンボリの肌艶がめっちゃ綺麗になってた。

 シリウスシンボリは彼女の手腕により、完全に堕とされている。私生活駄バ娘である。

 

 私達はもう手遅れなのだ。このままトレーナーと共に突き進んでいくしかない。

 そもそもの話、私が帝道を歩む為には今のトレーナーの能力は必須だ。乗り換えるメリットは欠片も存在せず、大きなデメリットだけが幾つも思い浮かんだ。そして私はトレーナーの事が嫌いではない。というよりも此処までの好意と献身を見せられて、嫌う方が不可能だ。好ましいと感じている事は間違いない。たぶん、おそらく、私はトレーナーの事が凄く好きだ。断言できないのは複雑な気持ちが私の理性に疑問符を飛ばしているだけであり、親愛と呼べるほどの感情を抱いているのは疑いようもない事実である。ちょっとばかり受け入れ難いだけの話なのだ。このままではいけない。と頭の何処かで思っていながら、これ以上の環境はない。と心の何処かで確信している。

 人としての、ウマ娘としての、尊厳の葛藤はあれど、たぶん私がトレセン学園に居る間は彼女との縁が切れる事はない。

 むしろ競争ウマ娘としての人生を終えた後、ちゃんと自立できるのか心配なくらいだ。たぶん、出来ない。出来ないので、世話して貰う為にドリームトロフィー・リーグへの参加を果たさなければならない。

 その為にはGⅠレースを幾つも勝利する必要があった。

 

 大丈夫、うん、大丈夫だ。

 私の目的は最初から何一つ変わっていない。

 大丈夫だ、私の野心は昔のままだ。

 そこに他の理由が加わっただけの話に過ぎない。

 そうだ、大丈夫なのだ。

 

 編み込みを終えたトレーナーが満足げに手を叩いた後、スマホで手早く写メを撮る姿に苦笑する。

 このトレーナーに関しては深く考えるだけ、ドツボに嵌るのは分かり切っていたことだ。

 どうせ結論は変わらないのだから、今は次のレースの事を集中した方が良い。

 

「ビゼンニシキがマイル路線に行ってしまったのは残念だったな」

 

 今週のウマ娘雑誌には、NHKマイルCで1着を取ったビゼンニシキの姿が表紙に飾っていた。

 他ウマ娘を置き去りにする異次元の末脚、ジュニア世代最速ウマ娘。秋に開催されるマイルCSでの現役最強マイラーであるニホンピロウイナーとの激戦が期待されている。

 実際、中継で観た時も逃げ戦法から最後の直線で末恐ろしい伸びを見せていた。

 あれだけの伸びは私とのレースで見せたことはなかった。中距離は適正が合っていなかったのかも知れない。それなら秋のジャパンCと有マ記念でも出走が被る事はなさそうか。

 でもまあ野心家な奴のことだ。道は違えたが来年度、遅くとも秋の天皇賞で衝突することはあるはずだ。

 更に速くなった好敵手を想い、うかうかしてはいられない。と気合を入れた。

 

「あ、ヴィクトリアマイルが始まる時間ね」

 

 そう云って、トレーナーがプレハブ小屋に備え付けたテレビを点ける。

 

『ダービーには出走する』

 

 番組が違ってたのか、長椅子に座ってインタビューを受けるビゼンニシキの姿が映り出された。

 

『下バ評ではシンボリルドルフの一強なんでしょ? それじゃあ観てる方もつまらないだろうしね。私が出走して東京レース場を盛り上げてあげるよ』

 

 そこには自信に満ち溢れた好敵手の姿があった。

 

『皆が観たいのはルドルフの2冠じゃない。あの無敗の絶対王者が地に伏せるところなんでしょ?』

 

 彼女は不敵に笑いながら饒舌に話を続ける。

 

『大丈夫だよ、安心しなって。最後の直線で体当たりをして来るような相手には負けたりしないよ』

 

 あれはお互いにとって不本意な結果だったけども、と彼女は目を伏せた後でテレビの向こう側にいる誰かをじっと見つめて続ける。

 

『シンボリルドルフは私が倒す』

 

 確かに彼女はそう言った。

 

『雌雄はダービーで決する。首を洗って待っていろ』

 

 それは清々しいほどの宣戦布告だった。

 心に火が灯るのを感じる。物足りない気持ちはあった。

 トレーナーが隣で拗ねるよう口先を尖らせて私の写メを撮るのも気にせず、テレビ画面に見入った。

 やはり私が走るレースには、彼女の存在が必要なのだ。


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