錦の輝き、鈴の凱旋。   作:にゃあたいぷ。

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第17話:合間の話

 前走、NHKマイルCを終えた後の事だ。

 レースが終わった後のライブ会場、これから始まるウイニングライブに犇めき合うのは観客達にレースを共にした好敵手達。彼女達にはライブ衣装には着替えさせず、色とりどりな勝負服のままステージ上に上がってもらった。

 そんな彼女達の中心で椅子に腰を掛けるのは天下の快速ウマ娘ジュニアクラス。つまりは私、ビゼンニシキだ。

 思い入れの深い真っ白なテンガロハットを被った私はギターを両手に弾き語る。

 

「さあ早くも、早くも第4コーナーをカーブした! テンポイントか、トウショウボーイかクライムカイザーか。内へ1頭、内へ1頭! ハマノクラウドか。さあこの辺り、テンポイントか? テンポイントが先頭か!? テンポイントが先頭に立っている! テンポイントが先頭か!? 内からグリーングラス、内からグリーングラス! さあテンポイントが先頭だ! テンポイントだ、テンポイントだ! それ行けテンポイント、羽など要らぬ! 押せ、テンポイント先頭だ! テンポイント先頭!! ……内からグリーングラス? 内からグリーングラス! グリーングラスかテンポイント! グリーングラスが先頭だ! グリーングラス、グリーングラスが1着でゴールイン!」

 

 私が脚を痛めて派手な踊りが出来ないことを素直に打ち明けると皆の方からプログラムの変更を提案してくれた。

 歌う楽曲はトレセン学園に所属している者ならば誰もが誦んじて歌うことができる走れウマ娘。今より40年前にリリースされて以来、未だに替え歌やリメイクがされ続けているウマ娘にとっての定番曲だ。学園祭でも定期的に使われる曲である為、練習せずとも振り付けはみんな覚えている。

 折角、今日の日の為に振り付けを練習をしてくれた皆を申し訳ないと思いながらも皆の想いを無駄にしないように走れ走れと歌い切り、事前に打ち合わせをした漫才を披露する。私の隣で椅子に座るのは私と同じく脚を痛めたハーディービジョン、彼女はギターを弾けないようなのでマイクだけを持っている。

 今回は理事長を務める事もあってか不満顔を見せている。

 

「エーこの度、ファン感のライブを、どのように中止にするかという問題に対しまして、慎重に検討を重ねて参りました結果……」

「理事長、そう何度も中止、中止と申されましても……」

「エーですから、皆もトレーニングで疲れている事ですし……」

「理事長! ライブには、ウマ娘には夢があるんですよ! 浪漫があるんです!」

「エーですから、予算とか考えた末ですね……」

「理事長! ライブのセンターはハイセイコーですよ! アイドルウマ娘のハイセイコー!」

「えっ、ハイセイコー!? 名前が好きだなぁ。やっぱり開催するかあ〜!」

「開きましょう、開きましょう、そうしましょう!」

 

 当時、海外から日本に来たばかりの理事長はハイセイコーのことを知らなかった。

 少し前まではウマ娘人気が低迷していた事もあり、企画されていたライブに掛かる費用と効果を見て、理事長から中止にする案が出た事がある。しかし当時の生徒会長であるスピードシンボリが反対し、その説得として出したのがハイセイコーのアイドル的人気だった。この反対意見に押し切られた理事長が最後に発した台詞が「承諾! ハイセイコーという名前が気に入った!」というのはウマ娘達にとっての語り草だ。実際、ファン感謝祭のライブは大成功を収めた。

 その翌日から噂が噂を呼び、レース後に開催されていたウイニングライブの人気も急激に高まり、それまで寄付金と補助金によって成り立っていたURAの収益は翌年より黒字に転換することになる。

 今あるウイニングライブは、当時の理事長の判断とハイセイコーの存在があってのものだ。

 

 さておき、次の実況物真似はハーディービジョン。

 彼女は不服そうな顔をしながらもプロ根性から声を張り上げた。

 

「……大地が、大地が弾んでミスターシービーだ! ミスターシービーだ! 内からリードホーユー来た! 内からリードホーユーだ! さあミスターシービー、驚異の末脚! ミスタシービー、ミスターシービーが先頭だ! ミスターシービー先頭だ! ミスターシービー逃げる、逃げる、逃げる! 史上に残る3冠の脚! 史上に残る、これが3冠の末脚だ! 拍手が沸く、ミスターシービーだ! シンザン以来の3冠! シンザン以来の3冠ウマ娘ミスターシービー! 驚いた! 物凄いレースをしました! ダービーに次いで物凄いレースをしました! 坂の下りで先頭に立った9番のミスターシービー!」

 

 結果は着外に落ちた彼女を準センターの位置に置くことに反対意見は出なかった。

 本人は不服ではあったが、彼女の走りにはそれだけの夢と浪漫が詰まっていた。2着だろうと殿だろうと負けは負け、勝負は勝つか負けるかの2択。大敗するのはみっともないかも知れないが、勝負から逃げるのはそれ以上に情けない。

 怪我をしてから復活し、最後尾から最後の限界まで追い縋ろうとした彼女の走りは多くのウマ娘に影響を与えていた。

 ウマ娘だけに留まらず、常に挑戦し続ける姿勢に人間相手にも勇気を与える結果になった。

 

 いつも違う趣向のウイニングライブではあったが、大概は好意的に受け入れられる。

 とりあえず成功はしたということで胸を撫で下ろす。

 カツラギエースといった先輩方に捕まる前に私は一人、タクシーを使って帰路に着いた。

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 

 五月半ば、夏の本番も近付いて来た頃合い。

 頭上から照らす日差しは早くもキツくなり始めていた。

 トレセン学園、美浦寮。その一室にて、氷水を張った桶に左脚を突っ込むのは私、ビゼンニシキ。寮の共用冷蔵庫に入れておいた人参味のガリガリ君を齧る。袋に名前を書くだけでは他のウマ娘に食べられる事もあるけど、袋に食べたら罰金1000円の付箋を貼っておいたら最初の一人を除いて誰も手を付けなくなった。

 1000円分のガリガリくんを報酬に使って、寮のみんなで追いかけ回したのが良かったようだ。協力してくれたウマ娘にはガリガリ君を一本ずつ、捕まえてくれた子にはハーゲンダッツを進呈した。今も他の子は勝手に食べられる事もあるみたいだけどね。

 ガリガリ君をガリガリと齧りながらベッドに横たわる。勿論、左脚は桶に付けたままだ。

 私は強くなった。

 私はやれば出来る子だ。やれば出来るからやっただけの話、世の中にはやっても出来ない子はいるけども、私は天才なのでやればやるだけなんでも出来るようになった。レースを重ねる度に速くなり、今では世代最強の一角として名を馳せている。

 今の私が皐月賞に出走したら、間違いなくシンボリルドルフに勝てた。その確信がある。

 私は強い、そして誰よりも強くなれる素質がある。素質があるなら誰よりも強くなる為に努力するのが当然だ。

 だから私は走り続ける。走って、走って、誰よりも速く駆け抜ける。

 今は休養するのが東京優駿までに速くなる一番の近道なので、全力で休養しているだけに過ぎない。

 東京優駿までに怪我が完治する事はない。

 痛みは感じる。でも、痛いだけだ。痛いだけなら私は走れる。

 でも治すに越したことはないので治療には専念する。

 嗚呼、早く走りたいな。と窓の外を眺めた。

 澄んだ青空が広がっていた。

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 

 ジリジリと太陽が照り付けるトレーニングコースを私、スズパレードは走り続ける。

 汗を拭い取り、もう一周。と駆け出す。

 現状で戦績は7戦3勝、重賞どころかオープン戦での勝ち星もない。未勝利、プレオープン、プレオープンと重ねた勝ち星は、東京優駿に出走する他のウマ娘と比べて見劣りする。ビゼンニシキと共に走り続けたくて選んだクラシック路線、彼女はずっとGⅠの最先端を走り続けると思うから、私も彼女と同じレースに出続ける為にも日々の努力を怠る事はできない。

 それにビゼンニシキは後ろを振り返らない、常に前だけを見ている。

 彼女の視界に映りたければ、前に出るしかない。彼女よりも先着する。その為には、私はシンボリルドルフをも相手取らなければならない。次こそはビゼンニシキがシンボリルドルフを超えると信じているから、私もまたシンボリルドルフを超える必要がある。

 このままでは足りない、もっとトレーニングを続けないといけない。

 ビゼンニシキは自らを追い詰めることで更なる高みへと駆け上がっていった。なら私も同じくらいの事はしておかないといけない。

 彼女に置いて行かれるのは嫌だった。

 だからといって、私のせいで彼女が立ち止まるのはもっと嫌だった。

 なので私が頑張るしかないのだ。

 少しでも追いつけるように、少しでも追い縋れるように、延々と走り続ける。

 ビゼンニシキは、かっけぇんですよ。

 その名が示す通り、誰よりも眩く輝いているんですよ。

 だから私も頑張るんです、頑張れるんです。彼女が頑張ってるから私も頑張れるんです。

 あの背中に憧れて、私は今日も走り続ける。

 少しでも近付けるように、いずれ、私を見て貰えるように。

 

 自分を追い詰めてから一週間が過ぎて、二週間が過ぎる。

 ビゼンニシキがトレーニングコースに出て来た頃合い、調整程度に走る彼女を傍目に最後の追い込みを掛けた。

 そしてレースの前日、まるっと一日を使って体を休める。

 東京優駿はもう間もなくだ。


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