メイクデビューには遅れたけど、11月第1週目、満を待したデビュー戦で6バ身差で余裕の勝利を飾った。
同月第4週目に行われたさざんか賞でも3バ身差で危なげなく勝利し、12月の第4週目のひいらぎ賞でも2バ身で力のあるところを見せつけた。メイクデビューに出遅れたこともあって同期で活躍するウマ娘から実績で一歩劣るけども――決して敵わない相手ではない。来年度のクラシックでは、全国がビゼンニシキの名を知ることになる。
そんな私は今、トレセン学園の食堂にて、個別に頼んだ食事を片手で摘みながらノートに書き込んだプランを読み返している。
「シキ、流石にそれは行儀が悪いと思うな」
そう言いながら私の向かい側の席にトレイを置いたのは同期のスズパレード、メイクデビュー戦で転けた情けないウマ娘だ。一応、その後に3連勝と勢いに乗っているが、まだOP戦にも出て来ていないのである。私の敵ではない。素質があるかも知れないが、その素質が花開くのは今暫く経ってからの話だ。
「なんで私の前に座るかな?」
しっしっと手で追い払う仕草を見せてやったが、スズパレードは意にも介さずに腰を下ろす。
「食堂だって広くないんだ、机を一人で占拠するのは頂けないよ」
「……他にも席は空いているように見えるけど?」
時に混み合うこともあるが、食堂の机は基本的に余裕がある。
「まあ良いじゃん、良いじゃん。同期の好みってことで」
「敵でもあるんだけど?」
「私達は競い合う好敵手であり、高め合う仲間でもある。そして日常では友達だよ」
そう言って、スズパレードは陽気に笑って目の前の食事を箸で突いた。
彼女のトレイには日替わり定食が乗っかっている――まあ食堂で出る定食は栄養を考えて作られている為にバランスが良い。私のようにサプリメントも使って栄養バランスを調整している訳でもなければ、大人しく日替わり定食を食べているのが正解だ。
「ジュニア三強の一角として、来年度の予定はどうするつもりなの?」
食べながら話す彼女の事を見て、行儀悪いな、と私は眉を顰める。
これからの予定か……敵に手の内を明かすのは危険だが、今の彼女は私の敵ではない。
考えをまとめる意味でも、少しだけ話に乗ってやることにした。
「ちょっと迷ってる」
「ほえ? 珍しいね」
「弥生賞から皐月賞を狙うのが本命。でも、その前にひとつレースを挟んでも良いかなって考えてる」
私、ビゼンニシキには弱点がある。それは長い距離を走れないという事だ。
私の身体はマイルが最も適している。とはいえ1800メートルは余裕で走り切れるし、たぶん2000メートルでも大丈夫だ。それ以上の距離となると少し厳しいかも知れない。
だがクラシック三冠を狙うのであれば、3000メートルもある菊花賞は避けられない。
現状では、誠に遺憾なことに菊花賞を走り切ることは難しいと言わざる得なかった。走り方の改善は必須事項、菊花賞を狙う算段なら出来るだけロスの少ないコーナーの曲がり方から研究をし直す必要があった。それ以前に2400メートルもある東京優駿を走り切れるかも問題だ。
たぶん、東京優駿はギリギリ行ける。その後で夏の間、徹底的にスタミナを鍛え上げる必要がある。
プランAはあくまでもクラシック三冠を狙う道筋だ。
しかし菊花賞を獲ることが現実的でない場合はプランBへの移行も考えなくてはならない。
プランBというのは変則三冠。つまりは皐月賞、NHKマイルC、東京優駿の3つを獲る計画だ。
これなら距離の問題に悩まされることもないし、スプリンターズSからマイルチャンピオンSへと短距離からマイル路線への切り替えても良いし、東京優駿を獲れたなら天皇賞(秋)からジャパンカップを目指す手もありだ。三冠馬ミスターシービーや京都新聞杯を獲ったカツラギエース。皐月賞の惨敗から路線を変えて、NHKマイルCの覇者となったニホンピロウイナー。スズカコバンも忘れてはいけない。
同期の中に敵は居ない、少なくとも2000メートルまでなら同期の誰が相手でも負ける気がしなかった。
「ハーディービジョンやロングハヤブサとは戦ってみたかったけどね」
同期で私の敵となりうるとしたら、この二人だった。
二人が無事だったなら私とクラシックを競うことになり、かつてTTGと呼ばれて騒がれた黄金世代の再来となったに違いない。
長距離路線は他の誰かに譲ることになるかもだが、2400メートル以下のレースは私の独壇場になること請け合いだ。
つまらない世代になってしまって観客の皆様方には本当に申し訳ない。
「ん〜、その二人も強いけど……シキと同じ時期に頭角を表した子がいるじゃん」
「居たっけ?」
「ルドルフだよ、シンボリルドルフ」
「……誰?」
重賞に勝ったウマ娘なら粗方、頭に入っているはずなんだけど――ノートをペラペラと捲っても、重賞以上の戦績を書き記した中にはシンボリルドルフの名前は乗っていなかった。
「まだ重賞には出ていないけど、君と同じ三戦三勝でオープン戦にも出ている。今年のクラシックは君とルドルフの二強だって話で持ち切りだよ」
「ふぅん?」
ハーディービジョンやロングハヤブサと云ったレベルが、そうホイホイと出て来るものかね。
メイクデビューの出遅れから早々に来年のクラシック路線に照準を絞った私とは違って、彼女が出走したというオープン戦と同時期にある京王杯2歳Sや朝日杯フューチュリティーSを避けている時点で底が見えてる。ハーディービジョンを避けて、楽なレースで勝ち星を稼いでいる相手なんて私の敵ではない。
私の敵はシニアクラスの猛者達だ、そう考えると少しでも多くの経験を稼いでおきたい。
「……というかパレード、他人のことよりも自分の心配をした方が良いんじゃない?」
彼女は素質ウマ娘だが、自分の能力を十全に生かし切れていないところがある。
今のままでは重賞を獲ることは難しい。
「私もどうするか考えているところなの〜。ねー、シキはどうしたら良いと思うかなー?」
「そんなの自分で決めなよ」
私には他人に構っている余裕なんてない。秋の来たるべく激戦に向けて、邁進あるのみだ。
それでもまあ情けない同期の為に、塩を送ってあげるとするならば、
「私と同じレースには出ない事だね」
「自信満々に言ってくれるなあ」
スズパレードは苦笑し、そして大きく溜息を零した。
私では勝てない。
それはハーディービジョンの走りを初めて見た時に感じた事であり、シンボリルドルフのレースを映像で見た時も彼女との格の違いを思い知らされた。そして、その思いは私の友達――彼女は私の事をどう思っているか分からないけど、私は友達だと思っているビゼンニシキを前にする度に抱いている。
ビゼンニシキは自信家の癖に常に自己研鑽に励み、才能だけでも太刀打ちできないのに遥か高みを目指して突っ走っている。
彼女との付き合いは長い、同じチームのニホンピロウイナー先輩よりも長い付き合いだ。ジュニアクラスのA組だった時、初めて併せウマをした時から彼女との実力の違いを知った。そして、その走りに夢を見た。GⅠの第一線で活躍するようなウマ娘というのは、きっと彼女のような才能に満ち溢れた存在のことをいうのだと思った。
それ以後、彼女は私の憧れで、たった独りでもドンドン強くなる。私にとって最高に格好いいウマ娘だった。
「おーい、パレ坊。そろそろ次の予定は決まったのか?」
チームに割り当てられたプレハブ小屋にて、ニホンピロウイナー先輩に呼び掛けられる。
「えっと……どうしようか迷ってまして……」
「おいおい、もうすぐトライアルレースも始まるんだろ? 早く決めないと後で困ることになるぞ」
「それはそうなんですけど……」
項垂れるように頭を抱える。
トレセン学園に来て、初めて出来た夢はビゼンニシキと大舞台で競い合うことだった。
しかし何処までも強くなる彼女は私のことなんか置いてけぼりで、あっという間に私の手が届かない何処かへ行ってしまいそうだった。……才能を持つ者に努力をされたら凡夫は太刀打ちできなくなるじゃないか。それで良し、と思うことは絶対にないけども、それでも何処か仕方ない、と思ってしまう自分が居るのもまた事実だった。
そもそも自分にGⅠの大舞台に立てるだけの実力を付けることは出来るのか、それどころかオープンクラスで戦って行けるのか。
「……弥生賞の前って言ったら共同通信杯だよね?」
「お、パレ坊もクラシック路線に行くのか?」
ふと零してしまった独り言にニホンピロウイナーが反応する。
「昨年の有力候補は軒並み怪我で戦線を離脱してしまったからな、ワンチャンあるんじゃないか?」
「えー、そうかなー?」
「パレ坊も素質はあるぞ。ワンチャン、G1だって狙えるさ」
「口だけは達者なんですから」
私は本物を知っている、そんな口車に乗ると思ったら大間違いだ。
「……でもシキとは走ってみたい」
激戦になるなら共同通信杯よりも弥生賞の方だ。
それなら夢を叶える為に一歩、踏み出しても良いかも知れない。
「とりあえずトレーナーに相談してみて、やっぱり無理そうならラジオNIKKEI賞を目指す感じで……」
「おいおい、戦う前から臆してどうするんだよ」
「いや、だってー。勝てないっですってー」
トレーナーに相談すると呆気なく共同通信杯にレースが決まった。
どうしよう? って相談した一時間後には私が心を決める前に予定が決まっていた。
ビゼンニシキも出るようだ。えー、んー? えーと、なんぞこれー?
共同通信杯、クラシック前哨戦とも呼ばれるこのレース。
周りには敵と呼べるだけの相手はおらず、クラシックの更に先にあるシニア戦を見据えて、今日は粛々と課題を熟すに留める。
それにしても――と全ウマ娘がゲートに収まった後、1枠1番に居座る友人未満の知り合いを横目に見た。スズパレード、まさか出走してくるとは思わなかった。弥生賞よりも勝ち目はあると思ったか、それともクラシック路線に本格参戦する腹積りなのか。まあ良い、私は私のやるべき事を熟すだけだ。
私は、この前哨戦を踏み台に栄光の道を駆け抜ける。
ゲートが開き、ウマ娘達が飛び出した。右へ左へと視線を送り、全ウマ娘の位置取りを把握したところで前を見据えた。
精々、ビゼンニシキ伝説。その一歩目を間近に見られることを光栄に思うが良いよ。