錦の輝き、鈴の凱旋。   作:にゃあたいぷ。

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第2幕「皇帝の神威」
第1話:努力だけでは超えられない。


「あん? 俺が出会った中で最も才能を感じた奴は誰かだって?」

 

 スペシャルウィークを中心とした世代の激戦を終えてから程なくした頃の話になる。

 世紀末覇王を名乗るテイエムオペラオーが台頭し、トゥインクル・シリーズは黄金世代と新世代による対立構図によって新たな様相を見せ始めていた。時代は移り、過去は色褪せる。そんな時分に古き良きを知る編集部の誰かが働きかけたのか、月刊トゥインクルで過去の名ウマ娘を題材にしたシリーズを取り扱うことになった。

 その名も、名ウマ娘伝説。1年間を通して、過去の名ウマ娘を取り上げるシリーズだ。

 今もドリームトロフィー・リーグで活躍するシンボリルドルフやマルゼンスキーは勿論、シンザン、トウショウボーイ、スピードシンボリ、カブラヤオーといった多くの世代を取り上げて来た。そして来月発刊される月刊トゥインクルでは、ミスターシービー世代の記事にすることが決まっている。

 3冠ウマ娘のミスターシービーは勿論、ニホンピロウイナーとカツラギエースをメインに取り扱う予定だ。

 そして、そんな彼女達に同世代で最も才能を感じたウマ娘を問い掛けてみた。

 

 これは最初、ミスターシービーにしたものである。

 その時の解答が面白かったので、同じものをニホンピロウイナーにも訊き、そして今はカツラギエースに問い掛けている。

 今の彼女はチームレグルスのトレーナーであり、現在では葛城一佳と名乗っている。

 

「先ずはニホンピロウイナー、あいつこそ天才と呼ばれるべきだろうよ」

 

 此処まではミスターシービーと一緒の答えだ。

 それから、とカツラギエースは続ける。

 

「スズカコバン」

 

 ミスターシービーが2番目に、ニホンピロウイナーが1番目に上げた名前を彼女も口にした。

 

「意外です。他の方も同じ名前を口にしていました」

「まあ戦績だけ見るとパッとしないしな。実績を出しているピロの方が分かりやすい天才ではある」

「素質という意味ではミスターシービーが一番かと思うのですが……」

「あいつはゴリラだぞ、末脚ゴリラ。レース脳は発達してるが基本、ゴリラ的思考しか出来ないからな」

 

 ピロも同じことを言ってたんじゃねえか? という問いに対しては私は曖昧に笑って誤魔化すしかなかった。

 

「ミスターシービーさんもニホンピロウイナーさんも当時、最もレースを理解していたのはカツラギエースさんだと言っていましたよ」

「それはあいつらが考えなし過ぎるだけじゃねえか。俺くらいのことは他のウマ娘でも考えていたよ。まあレースの理解度という点ではシキが一番だったけどな」

 

 昔を思い返すように彼女は遠くを眺める。

 しんみりとした沈黙の後、「コバンの話だったな?」と彼女の方から話を戻しに来た。

 

「あいつは本気で走れたことがほとんどないんだ」

「……それはどういう意味で?」

「誰かと競い合うことに本気になれなかったんだよな」

 

 スズカコバン。30戦近くもして10勝にも満たない戦績であり、彼女を推した他3人と比べると些か見劣りする。

 しかし彼女は戦績の7割以上を掲示板内に収めており、半分以上を3着以内に収める隠れた実力ウマ娘ではあった。

 

「あいつが最初から本気を出してたらシービーの3冠はなかったかも知れないし、その後のルドルフの冠の数も幾つか減らしていたことになるだろうよ。ピロもマイラーの王者と呼ばれる事はなかったかもな」

「……それ程ですか?」

「それ程だ。シンザンを超えることが出来るのは、あいつだけだと入学当時の同期はみんな思ったもんよ」

 

 そうして、つらつらと語る彼女の言葉に耳を傾ける。

 当時の苦労話とか、昔はこうだったとか、ああだったとか、取り留めがない話のメモを取りながら3人の口から出た1人のウマ娘の存在に想いを馳せる。

 スズカコバン。天才と呼ばれる彼女は一体、どのようなウマ娘だったのだろうか?

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 

 夏も本番が近付いて来た。

 じりじりと照り付ける太陽が煩わしくて、少し走るだけで肌に張り付く下着類が鬱陶しい。

 こんな日は冷房を効かせた部屋でゆっくりと過ごすのが吉。下手に外を出歩くと電柱の支線にぶつかったりする、それで胸が断裂する重症を負ったりする。昔、そんな目に合ったウマ娘が居たんだってよ。嘘みたいな本当の話、世の中なんて何処に危険が潜んでいるのか分かったものではないのだから無理をして良いことなんて何処にもない。

 レースの最前線でバチバチに張り合うのは格好良いとは思うけど、それで故障をしては元も子もない。

 善戦は記憶に残らないかも知れないが記録には残る。激戦は記憶には残るが記録には残らない。

 無事是名バとはよく言ったもので、賢いウマ娘は現役を長く続ける為に息の細い活躍を長年に渡って続けているものだ。

 汗臭く生きる必要なんて何処にもない。仮に頑張ったところで、私ではドリームトロフィー・リーグを戦い抜く事はできない。

 あのハイセイコーですらも着内に入るので精一杯の世界。頂点には神と称されたシンザンが待ち構えており、2着以下ではトウショウボーイ、テンポイント、グリーングラスといったTTGの面子に加えてカブラヤオーとスピードシンボリが凌ぎを削っているのだ。ドリームトロフィー・リーグの参加には最低でもGⅠレースの3勝が条件とされている。特別枠で招待されることもあるが、そういうウマ娘はマルゼンスキーといった活躍する事が半ば約束されている面子だけだ。

 ひいこらとGⅠレースを走っているような連中が足を運んで良い場所ではない事だけは確かだ。

 

「コバン、貴女は本当に勿体ないですね」

 

 私を追いかけ回した後で涼しい顔をしたマルゼンスキーが告げる。

 彼女は私には素質があると言い続ける。しかし、そんな事はない。そんな事があれば、今、私が肺が破裂してしまう程の苦痛を感じながら仰向けに倒れているはずがない。ドリームトロフィー・リーグの格の違いを感じさせられる。

 トレセン学園に入った後、運命を感じた彼女との出会いは絶望の始まりだった。

 血気盛んに挑んだ模擬レースで私は10バ身以上の大差、タイムにして2秒以上の差を付けられる。心はポッキリと折られてしまって、レースに勝っても上には上が居ると思えば、嬉しくともなんともなかった。

 トレーニングに身が入らない。マルゼンスキーに追い回されなければ、真面目に走ることもしない。

 それでも、それなりの戦績は残せるのだから良いじゃないか。

 

 6月第1週目、阪神レース場。宝塚記念。

 その数日前に撮影されるレース前の記者会見にて、カツラギエースが他の注目ウマ娘と共にテレビに映っていた。

 彼女は少しやつれた顔で静かに告げる。

 

「……俺は勝つ、絶対に勝つ。それ以上の言葉は必要ない、勝つ。それだけを覚えていて欲しい」

 

 マイクパフォーマンスもへったくれもない言葉で周囲を黙らせる。

 何処までもストイックな姿に皆が威圧される。

 そんな彼女のことを私はテレビ越しに冷めた目で見ている。

 

 馬鹿らしいな、と思った。

 

 そうだ、馬鹿らしいのだ。

 熱血だとか、根性だとか、そんな事を言いながら走るのが馬鹿らしくて仕方なかった。

 根性を出しても届かない差がある。

 世の中には、才能の壁というものが存在している。

 ビゼンニシキも届かなかった。

 

「ビゼンニシキは頭はええんやろうが、生き方は下手くそやったなあ」

 

 シンボリルドルフという才能の壁に負けた上に、競争能力喪失という事態になっているのだから笑えない。

 もっと適度に手を抜くことを知っていれば、あんな風に走れなくなる事はなかった。

 ビゼンニシキのデビューは遅い。去年の11月からメイクデビュー戦を果たし、今年の5月終わりに競争生活を終えてしまっている。

 たった半年で、彼女はどれだけ稼いだのか。GⅠ1勝に重賞2勝、その程度なら1年も走れば稼ぎ切ることはできる。2年、3年と掲示板内を狙って重賞を走り続ければ、彼女よりも稼ぐ事ができるウマ娘は多く出る。

 折角の才能も使い潰してしまっては意味がない。

 賢い生き方というのは、無理せず、怪我せず、のらりくらりと生き続けることを言うのだ。




ウイニングポストやってました。
スズパレードで春秋グランプリ制覇したり、メジロラモーヌで17戦17勝したり、スーパークリークでクラシック3冠秋春古馬3冠などをしていました。そのついでに構成の再点検などをしました。
その過程で修正内容というか、構成上のミスに気付きましたので修正してきました。

・修正内容
ニッポーテイオー世代、存在が消えました。
ニホンピロウイナーのチームにダイナガリバーとニッポーテイオーの代わりにホクトヘリオスが入ります。
その後でタマモクロス世代以降が1つ繰り上がっています。
修正ついでに、名前だけ出ていたオサイチジョージが消えました。
世界観はアプリがメイン、アニメで補足する方針で固定します。

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