錦の輝き、鈴の凱旋。   作:にゃあたいぷ。

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第3話:ジャパンカップでまた会おう!

「進路希望を聞いてると意外とレース関連の仕事に就きたいと思っているウマ娘って多いんだってね」

 

 食堂にて、ビゼンニシキが蹄鉄のカタログを見つめながらそんな事を口にした。

 いつもは最高品質のものばかりが載ったページばかりを見ていたのを覚えている。2人で蹄鉄を買いに行った時、財布から何枚もの万札を涼しい顔で取り出していたのは記憶に新しい。この時はまだメイクデビューする前で、お金が勿体なくて高い蹄鉄や靴に手を出せなかった私に「私の脚にはお金をかけるだけの価値があるからね、これは自分自身に対する投資だよ」と言って惜しみなく資金を注ぎ込んでいた。

 それで実際、GⅠレースで勝利するんだから彼女の判断は正しかった。

 私も彼女に触発されるように、メイクデビューもしてない時期からレース用だけは高いものを買うようになり、そのおかげもあってか、今では重賞を4戦して全てで着内に入ることができている。

 やっぱり良い靴、良い蹄鉄を使うと走りやすいし、タイムにも差が出てくる。

 高価な道具には高いだけの意味があるのだ。

 

「安くて良い蹄鉄ってなんだよ……って思ったけど、探せば意外とあるもんだね」

 

 今、これを取り寄せてるんだけどさ。と開いたページには仲間内で評判の高いメーカーの商品だった。

 

「軽くでも走れるようになったら色んなメーカーの商品を試して行かないとね。ウマ娘だからこそ分かるってことはあると思うし……」

 

 研究熱心なのは今も昔も変わらない。

 競争能力を喪失する程の怪我を追っても彼女は何も変わっちゃいなかった。

 そのことに安堵し、カタログに熱中し始めた彼女に声をかける。

 

「ねえシキ、もうそろそろレースが始まるよ」

「ん? ああ、そうか、もうなんだね」

 

 食堂にある大型テレビからファンファーレが鳴り響いた。

 もうすぐ始まるのは宝塚記念。実況は何時もの人、解説は私と同じ机に座るビゼンニシキだ。

 

「菊花賞以後、脚部の違和感から出走回避を続けるミスターシービー先輩が不在の中、春のシニア戦を引っ張るのはラギ先輩。対抗は春の天皇賞ウマ娘のモンテファスト先輩と直近の4戦全てで3着以内と調子が良いホリスキー先輩。とはいえ直近の大阪杯、京阪杯を共に1着で終えているラギ先輩を相手には格が落ちるといったところかな」

 

 誰かと一緒にレースを観る時、聞いてもいないのにつらつらとウマ娘の情報を語るのはビゼンニシキの悪癖だ。

 とはいえ彼女の解説は聞いていると楽しいし、視聴の邪魔をするような真似もしない。

 彼女は語りたいだけなのだ。会話をするつもりもなく、適当に相槌を打つだけで良いのも得点が高かった。

 

「それでシキの注目ウマ娘は?」

「何事も起きなければ、順当にラギ先輩が勝つよ」

 

 適当に投げた質問にも語りたがりの嫌みのひとつも言わずに彼女は拾ってくれた。

 でも、と親友は言葉を続ける。

 

「絶好調のラギ先輩に勝てるとすれば、それはたぶんスズカコバン先輩だけじゃないかな」

「スズカコバンってマルゼンスキー先輩とよく一緒にいる?」

「そうそう、彼女は何時もマルゼンスキー先輩の特訓に付き合わされているようなんだよね」

「いや、それは逆なんじゃ?」

「勿論、スズカコバンを鍛えるって名目もあるんだろうけども……マルゼンスキー先輩も、そこまで暇じゃないからね」

 

 あの人って割とストイックなんだよ、とビゼンニシキがテレビ画面を見つめる。

 

「マルゼンスキー先輩ほどのウマ娘になると練習相手を探すのにも一苦労。今のトレセン学園で彼女の練習に付き合えるのってスズカコバン先輩を除くとミスターシービー先輩とラギ先輩、それからシンボリルドルフくらいしか居ないんじゃない?」

 

 親友が言い終えたところで、ガシャン、と見計らったかのようにゲートが開いた。

 カツラギエースが先頭から2番手という何時もの好位置を取り、スズカコバンは外に振られながらも前から4番手というの位置に付いた。

 序盤、中盤と静かなレース運びが続き、第3コーナーに入る手前でするするっとスズカコバンが位置を上げる。

 

「今日は前の方に位置を付けたみたいだけど、あの押し上げ方は綺麗過ぎて惚れ惚れしちゃうよね」

 

 第3コーナーから第4コーナーに入った場面、

 気付いた時にはスズカコバンがカツラギエースのすぐ後ろの位置を取っていた。

 その淀みない加速の仕方は、職人技と呼んでも遜色がない。

 

「やっぱり、あんなあっさりと脚を残したまま上位に抜け出せるのは才能としか言いようがないよ」

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 

 スズカコバンの走りは洗練されている。

 まるでマルゼンスキーを彷彿とさせるエンジンを搭載した2代目スーパーカー。

 ただし初代スーパーカーのような唸りを上げる脚をしている訳ではなく、消音性に特化した隣人に優しい和製のスーパーカーだ。

 大阪杯の時はレースの序盤から中盤に掛けて、最後方に居た癖に第3コーナーに入る頃には先頭集団の直ぐ後ろに付けており、直線に差し掛かった時には好位置に付けている。

 メイクデビュー以前、その忍者の如し走りに皆が見惚れた。スマートに抜き去る姿に皆が憧れた。

 その美しさに天才とは、彼女の事を言うのだと皆が認めた。

 

 3冠ウマ娘のミスターシービーも、マイルの皇帝ニホンピロウイナーも、

 彼女の存在を格下として見た事は1度もない。

 いくら実績で勝っていても、スズカコバンを自分と肩を並べる同列の存在として扱っている。

 

 そんな彼女達から1歩引いた位置にいるのが私、カツラギエースだ。

 生来の性格が祟ってか、大舞台で意気込んで惨敗する失態を繰り返してきた。

 皐月賞11着、東京優駿6着、菊花賞18着と掲示板にすら入れない体たらくだ。

 重賞では活躍してもGⅠでは勝てない。

 そんな印象がファンに植え付けられつつあった。

 

 勝ちたいという気持ちなら誰にも負けない。

 その負けん気だけが私の強さだと信じていた。

 それが勘違いだと気付いたのは、奴を知ってからだ。

 

 勝ちたいと思うだけじゃ勝てない、負けないと意気込むだけでは勝てない。

 誰よりも負けん気の強い彼女は、精神力の使い時というものを心得ていた。

 気持ちを落ち着ける、静かに滾らせる。

 心の水面の奥底で煮立つ想いを必死に抑え込んだ。

 ぐつぐつと、ぐつぐつと、溶岩が噴火する一歩手前で維持し続ける。

 決して、鎮火させてはならない。

 今にも発狂しそうになる闘志を、臨界点の限界で維持するのだ。

 無理に落ち着かせる必要はない、大事なのは制御する事だ。

 激情は、私の武器だ。

 それ故に振り回されてはならない。

 激情は、正しく使えば誰にも負けない武器になるとビゼンニシキが証明した。

 感情に身を委ねることは甘えだとビゼンニシキが証明した。

 根性論上等、精神論上等。

 

 突っ張ることがウマ娘のたった1つの勲章だと、この胸に信じて生きてきた。

 

 泣きたくなるような辛い思いを乗り越えて、

 肩を並べた2人が手の届かない場所に行った時も夜空の星を眺めて誓いを新たにする。

 譲れない一線がある、乗り越えるべき壁がある。

 諦観に流されそうになる時も必死になって堪えてきた。

 己の胸に刻んだ、たった1つの誓いを守る為に……!

 

 これから直線一気、ぶっ込みかけるんで夜露死苦ゥッ!

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 

 シンザンを超えろ!

 それはシンザンが産まれてからシンボリルドルフが7冠を達成するまで掲げ続けられてきた指標のひとつだ。

 しかし、この時代にはもう1つ。歴史的に重要な事柄がある。

 

 日本の競走馬は、世界のレベルには通用しない。

 

 シンザン以降、

 海外に挑戦した競走馬は少なくないが、

 その全てが世界の高過ぎるレベルを前に無残な敗北を繰り返してきた。

 日本は世界に劣っている。

 野球に然り、サッカーに然り、ほとんどの分野で日本が世界のレベルに付いていけなかった時代がある。

 しかし何時の時代も世界に挑戦し続けた者達がいる。

 

 その挑戦の積み重ねが今の時代を作る。

 過去の先駆者が死に物狂いで築いた道を後世の者達が延伸する。

 伸身の新月面が描く放物線は、栄光への架け橋だ。

 意図的に、無意識に、紡がれてきた歴史が後の成功を生むのだ。

 単身で世界を相手に乗り込んで、その地位を確立した先駆者が後世に夢を見せる。

 希望を残す。そうしてまた次世代へと紡がれる。

 残された因子が継承される。

 

 私、ハッピーミークは信じている。

 ハクチカラが拓いた道から長年続いた失敗の経験は、終ぞ私が天命を全うするまでに成功を収める事はできなかった。

 しかし私は信じている。私達が築いた挑戦の歴史は、何時の日か、成功を収めると信じている。

 サッカーのキングがそうであったように。

 何時の時代だって先駆者は偉大だ。

 ライト兄弟は本気で鳥のように空を飛ぼうとして、実際に飛んだ。

 その後に功績が残せずとも、その事実の偉大さは決して廃れようがない。色褪せようはずもない。

 後世に道を残した、道を示した。その事実こそが、最も大切なのだ。

 黒船来航以降、日本という国は常に世界への挑戦が命題として挙げられている。

 そして最終的に成功を収めてきた偉大な国だ。

 

 ――日本も世界なんですよ。

 

 カツラギエースという存在は、私が知る中で最も偉大な競走馬の内の一頭である。

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 

 ――何時だってそうだ!

 最後の直線で綺麗に抜け出せると思えば、私の前を走るウマ娘は何処までも粘ってくる!

 私の方が実力上位のはずなのに、何故かまったく垂れて来ないのだ!

 もう限界だろうに!

 体力は使い潰しているはずなのに!

 理不尽に、不条理に、彼女達は限界を超えて末脚を伸ばしてくる。

 私だって負けてはいない。

 マルゼンスキーにも負けない体躯、身体能力だけなら決して負けていないはずなのだ!

 それでも届かない、あと数バ身からが縮まらない!

 脚は残していた、体力は残していた!

 最後の直線に備えて万全を喫して挑んでも何時も届かない!

 もっと、と芝を踏み締める。

 もっと、と腕を振り上げる。

 肺は今にもはち切れんばかりで、心臓は今にも張り裂けそうで、

 心が挫けそうになっても歯を食い縛って堪えた。

 勝てるはずなのに、何時だって勝てるはずだったのに!

 手を伸ばせば届く距離が届かない……ッ!

 

 ゴール板はカツラギエースの先行のまま、通り過ぎた。




最初は野球界のトルネードも入れようとしましたが年代的に出来ませんでした。
かっとばせー、ユ・タ・カ!

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