錦の輝き、鈴の凱旋。   作:にゃあたいぷ。

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遅れてすみません、イメージを深めていました。


第5話:次の段階へ

 まとめたプリント用紙をホッチキスで綴じる。

 プリント用紙には今日まで私が見てきたトレーナーが居ないウマ娘に関する情報が書き込んでおり、簡単にデータ化した数値と総評、更には本人に書かせた自己PRと志望動機をまとめている。これは来月の7月の第1週目にお試しで開催する公開模擬レースの一環であり、参加資格はトレーナー契約を結んでないウマ娘。参加条件に自己PRと志望動機の提出を上げている。

 とはいえ今回は記念すべき1回目だ。

 見込みのありそうなウマ娘に声を掛けて協力を促していると、何処から情報が漏れたのか。模擬レースへの参加希望するウマ娘が次から次へと溢れ出して、結局、レースは条件を変えて3回も開催する羽目になってしまった。

 芝1600メートル、芝2400メートル。ダート1600メートル。

 これで3レース共に16頭立てが組めるのだから、どれだけトレセン学園のトレーナーが不足しているのかよく分かるというものである。

 後は片っ端から声を掛けるだけだ。

 模擬レースに参加するウマ娘の他、私の指導を受けるウマ娘達と手分けして100近くもあるプレハブ小屋を巡っては手製の資料を手渡す。

 内面はさておき表向きは私達のことを邪険に扱う人は少ない。

 とはいえ実際に来てくれるのは何人になるか。10人も居れば大成功、2、3人も居れば良い方だと思ってる。

 最悪は誰も来ない事だが、可能性としてはない訳ではない。

 

 ……この行為にどれだけの意味があるのか分からない。

 トレセン学園が提供する機会として、トレーナーがウマ娘をスカウトするのは選抜レースの時だけだ。

 他はウマ娘が直接、ウマ娘がトレーナーにアタックを仕掛けたり、偶発的な出会いによるものが多い。

 これがひとつの切っ掛けになればと思う。

 こういうウマ娘がいる事を知ってもらう事が大事なのだ。

 

 松葉杖を突きながらプレハブ小屋を巡っていると、ふと後ろから気配があった。

 振り返れば、手をワキワキとさせながら私の脚を狙う不審者が1人。

 

「ここは関係者以外立ち入り禁止のはずなんだけど?」

「いやいや、俺はトレーナーだ。それにしても良い脚をしているな、ちょっと確かめさせて貰えないか?」

「尻尾にリボンでも付けておいた方が良かったかな?」

 

 まあ松葉杖なので蹴れないのだけど、横目にプレハブ小屋を見るとチームスピカの表札が掛けられていた。

 

「ここのトレーナーさん?」

「ああ、そうだな。それにしても良い脚をしてるのに惜しいな。その怪我は何時治るんだ? トレーナーは居るのか?」

「……私の顔に見覚えは?」

 

 私の脚ばかりを見る変質者に顔を上げるように促せば、彼は私を見た後で気不味そうに目を伏せる。

 

「……そういうことか。すまない」

「申し訳なく思っているんだったら、これに来てくれると嬉しいかな」

「これは?」

 

 男は差し出された資料を手に取り、それをパラパラっと捲る。

 途中から真剣な眼差しで目を通し始めた。

 

「これは誰がまとめたんだ?」

 

 それは、これまでプレハブ小屋に回った時も何度か聞いた質問だった。

 

「私だよ」

 

 と慣れた調子で答えてやれば、男はじっと私を見つめて問いかける。

 

「俺のチームに入らないか?」

 

 流石にそれは初めてだ。

 

「私はもうレースには復帰できない身なんだけど?」

「そうじゃない。トレーナーの補佐としてウマ娘を支えていく気はないのか? これも他のウマ娘達の為に作ったものだろう?」

 

 パンパン、と資料を軽く叩きながら告げる。

 何処かのチームのトレーナーの補佐に就く事は考えていた。

 しかし、それは今ではない。

 そもそも私にも学ぶべき相手を選ぶ権利があるはずだ。

 

「チームスピカのトレーナーは新米だと聞いているけど?」

「経験を積むことも大事だと思うんだけどな」

「後ろから脚を触ろうとしてくる変質者はちょっと……」

「いやいやそれはトレーナーの性というか、やっぱり直に確認した方がだな……」

「ま、これだけのことを始めておいて、今更抜ける訳にはいかないでしょ」

「それもそうか」

 

 納得して頂けたところで「それでは」と次のプレハブ小屋を目指して松葉杖を両脇に歩き出す。

 

「ビゼンニシキ、他に行く宛がなければ俺が面倒を見てやる」

 

 それはきっと本心からの言葉だったに違いない。

 でも私には行く宛もあれば、最後の拠り所に出来る場所が2つもある。

 私は横目で背後に振り返り、にんまりと笑い返してやる。

 

「私、こう見えて結構モテるんで」

「……強いんだな」

「そりゃもう誰よりも」

 

 良い男はデートの誘いを断らないもんだよ、と最後に告げてから今度こそ次のプレハブ小屋を目指した。

 

 トレーナーは基本的に良い人が多い。

 それ故にウマ娘を預かるという意味がどういう事なのか弁えている。

 人一人の人生を預かるのだ。その重大さを理解すれば、生半可な覚悟でウマ娘を預かる事は出来る訳がなかった。

 それにトレーナーとは慈善事業でもない。

 ウマ娘に取らせてきた重賞とG1レースの数、オープンクラスまで押し上げたウマ娘の割合と数が実績になる。

 そして実績のないトレーナーに実力のあるウマ娘は寄り付かない。

 優しい世界にも、現実はある。

 現実が伸し掛かって来る。

 

 求めるだけでは意味がない。

 私達には双方の歩み寄りと新たな道の提示が必要なのだ。

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 

 ビゼンニシキが傍に居ない時の私は基本、無気力だ。

 レースを走り続けるのも親友の走りを見届けたかった為、少し目を逸らした隙に何処か遠くへ行ってしまいそうな彼女に置いて行かれないように必死で追い縋った。

 それだけだ、それだけの為に私、スズパレードは過酷な練習にも耐えてきた。

 ビゼンニシキは常に私の先を走っている。

 瞬きをする間にも小さくなる彼女の背中を私は必死に追いかけていた。私には到底、理解にも及ばないような高みを目指しているようなウマ娘だったから、私は彼女の背中を目指して走るだけで良かった。

 そんな彼女の背中は、今はもう何処にもない。

 親友が居なくなった後、私の心に残ったのは喪失感だった。

 胸にポッカリとした穴が空いてしまったかのような錯覚、今の私は何の為に走っているのか分からない。

 右も左も分からなければ、何を目標にして走っているのかも分からなかった。

 親友の背中を必死になって追いかけたのは、そこに親友が居たからだ。

 ビゼンニシキの居る場所が私の居場所だった。

 

 それでも私は走り続けている。

 走り続けるのは何の為か。

 雑念を振り切るように練習に打ち込んだ。

 胸に空いた穴を埋めるように鍛錬に勤しんでいた。

 

 ある真夜中の事だ。

 ふと眠れない夜に部屋を出る。月明かりだけが差し込んだ暗い廊下を歩いていると、自分以外のだれかの気配に気付いた。

 なんとなしに隠れてみると見慣れた顔、憎き面構えのシンボリルドルフの姿があった。

 ジャージ姿をした彼女を見て、こんな夜更けに何をしに行くんだろうと思って後を付けてみる。

 

 彼女は門限を超えているにも関わらず、学生寮の敷地内から出て行ったではないか。

 少しの逡巡の後、彼女の後を追いかけることに決めた。交通量の少ない道を直走り、暫くすると川沿いの道に出る。

 そこで何かをする訳でもなく、彼女は延々と川沿いの道を登り始めた。

 夜道、彼女を見失わないように、彼女に見つからないように適度な距離を保ちながら追いかける。

 それから、どれくらいの時間が過ぎたのか。

 延々と走り続ける彼女を途中で追い掛けることができなくなった。

 息が切れて、顎が上がる。脚は鉛のように重たくて、闇夜に消える彼女の背中を見送ることしかできない。

 どれだけ走り続けるつもりなのか。汗だくになった体で闇に包まれた道の先を見据える。

 

 こんな夜遅くまで鍛錬を続けているのか。

 荒い呼吸、肩で息をしながら自分と彼女との距離の差を再認識する。

 分かりきっていたことだ。

 私ではビゼンニシキが目指した先の景色を想像する事すらもできない。

 ビゼンニシキの好敵手はシンボリルドルフであり、シンボリルドルフの好敵手もまたビゼンニシキでしか成り得ない。

 私ではビゼンニシキの好敵手に足り得ない。

 勿論、シンボリルドルフの好敵手になることも無理だ。

 私は今、何処を向いているのだろうか。

 ビゼンニシキ、私は何処を目指して走れば良いのだろうか。

 どうして私は走り続けているんだろうか。

 

 意気消沈する日々が続いた。

 私ではどう足掻いても辿り着けない高みがある。

 ビゼンニシキの目指した先を見据えて、直向きに走って行けるのはシンボリルドルフだけだ。

 私ではない。鍛錬に身が入らない、それでも私は走り続ける。

 最早、トレーニングは逃げ道になっていた。

 

 そんな私を見るに見かねたのか、菊花賞を目指す前にニホンピロウイナーが1つの提案をしてきた。

 6月末に開催されるジュニアC組限定のレース。ラジオNIKKEI賞への出走、つまりは目先の目標を作ることで走ることへの意欲を繋ぎ止めようという話だ。

 その提案を私は2つ返事で承諾する。

 とはいえだ。

 目標を与えられたからと云って、すぐに気持ちの持ちようが変わる訳でもない。

 それでも目標があるから今日も今日とて練習三昧、重石付きのシューズを履いて、全力ダッシュを繰り返す毎日を送っている。

 私、スズパレードには足りていないものが多過ぎる。

 ビゼンニシキは勿論、シンボリルドルフと比べても何もかもが足りていない。

 私は全てを鍛え直さなきゃいけない。

 やるべきことは多い、やるべきことしかない。

 そのことは私にとって救いだった。

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 

 6月第4週、福島レース場。芝1800メートル、ラジオNIKKEI賞。

 ジュニアクラスC組(通称、クラシッククラス)に限定して開催されるGⅢレース。その開催時期から東京優駿に敗れたウマ娘、もしくは参加できなかったウマ娘が集うレースでもあり、古くは残念ダービーという俗称で呼ばれていた時期もあった。能力はあるが春のクラシック路線の重賞レースを勝てなかったウマ娘が箔付の為に参加することが多々ある。

 菊花賞を目指すことになる夏の上がりウマ娘とは、また一風変わったラインナップでも知られている。

 まあ残念ダービーという俗称があるようにラジオNIKKEI賞に参加するウマ娘は皐月賞や東京優駿に参加するウマ娘と比べて幾分か格落ちする。春のクラシック路線で良いところを見せられなかった私には丁度良いレベルなのかも知れない。

 そんな気持ちで出走したレース。私、スズパレードは集中力を欠いたままゲートを飛び出した。

 

『スズパレード1着! スズパレード1着! その差は2バ身か3バ身春、完勝です! クラシックを経て、念願の重賞レースを勝利しました!』

 

 勝ててしまった。思いの外、あっさりと。

 ポケッとした頭で控え室に戻るとニホンピロウイナー先輩が待ち構えており、私の姿を見ると嬉しそうな顔で私の頭に手を乗せる。

 わしゃわしゃっと髪の毛を乱しながら優しい声で告げる。

 

「格下相手ならこんなものよ。今の貴女には重賞を勝てる程度の力は備わっている」

 

 その言葉が、なんだか私の事を認めてくれているようで嬉しかった。

 次は菊花賞トライアルレース、GⅡセントライト記念。

 今の私が何処まで通用するのか分からない。この道が何処に繋がるのかも分からない。

 それでも、ぶつかってみようと思ったんだ。

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