錦の輝き、鈴の凱旋。   作:にゃあたいぷ。

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第6話:夏の上がりウマ娘

 ウマ娘界隈の素人にとって、7月から9月という夏真っ盛りの季節は箸休めの印象が残る。

 春のクラシックレースが終わり、春シニア3冠も幕を閉じる。これから先は菊花賞や秋シニア3冠に向けた準備期間であり、トレーニングに精を出すウマ娘も居れば、春に酷使した肉体の療養に当てる者も居る。ウマ娘の夏の過ごし方は千差万別、秋の勝利は夏で決まると云っても過言ではない。

 そして真夏の炎天下であってもレースは開催されている。

 

 ウマ娘界隈の玄人は知っている。

 既に勝負は始まっている、秋の火蓋は既に切られている。

 皆は以下のフレーズを覚えているだろうか。

 

 ――皐月賞は、最も速いウマ娘が勝つ。

 

 それはスピードが速いウマ娘という意味だけではない。

 最も成長の早いウマ娘。即ち、身体が出来上がるのが早いウマ娘が皐月賞を勝つと言われているが為の言葉だ。

 つまり菊花賞では成長が遅いウマ娘。所謂、晩成と呼ばれる者達が台頭し始める。

 古くはアカネテンリュウ、グリーングラス。共に春のクラシック路線には間に合わず、夏頃から台頭し始めたウマ娘である。

 ウマ娘界隈の玄人にとって、夏の上がりウマ娘は風物詩だ。 

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 

 私の名前はニシノライデン、シンボリルドルフと同期である。

 身体が出来上がるのが遅かった為かメイクデビュー戦は遅れに遅れて、ジュニアクラスC組に進級してからになった。

 1月の初陣には勝利を飾ったが、続く1勝クラスのレースで苦戦を強いられて、3戦目でようやくオープンクラスに昇格する。この時点で3月も半ば、月末のオープン戦では勝利を飾ったが、春のクラシック戦線では皐月賞6着、東京優駿5着と掲示板に入るのが限界の戦いを強いられてしまった。

 トレーナーは善戦したって言ってくれるけども、勝負は勝てなきゃ意味がない。

 勝てなきゃ走る意味がない。

 

 先頭争いをするウマ娘っていうのは皆、輝いている。

 その中でもシンボリルドルフは同世代で別格に格好良いウマ娘だ。

 私も彼女と競ってみたい。

 この想いが憧れで終わるのは嫌だった。

 

 ある意味で安定した戦績を持つスズパレードはラジオNIKKEI賞で箔を付けた。

 だから次は私の番だと気合いを入れる。

 

「ねえねえ、トレーナー! トレぇーナぁーっ! 私も重賞レースに出ーたーいー!」

「ええ……今の時期にクラシッククラス限定のレースなんてありませんよ?」

「スズパレードも勝ったのに私だけ何もないなんてやーだー!」

 

 プレハブ小屋にて、困り顔の眼鏡トレーナーの服を掴んで揺すって強請る。

 私は弱い。夏に休んでいる暇なんてないのだ。

 

「まあ鉄は熱い内に打てと言いますか……」

 

 トレーナーは傾いた眼鏡を中指で直しながら告げる。

 

「試しにダートを走らせるのも悪くはないでしょう」

「……ダート?」

「距離的な問題もあったかも知れませんし……貴女の力を試すのに打ってつけのレースがありますよ」

 

 にっこりと微笑むトレーナーに「それ、なんてレース!?」と飛びついた。

 プロキオンS。ちゃんとGⅢの重賞レースだ! レースの名前も格好良い!

 ダート1400メートル。ダートは走った事ないけど行ける行ける!

 

「……ニア混合なので……てる見込みは……いですが……」

 

 何かトレーナーがポツリと呟いたけど私の耳には届かなかった。

 でもまあトレーナーが私に言わないってことは、きっと私が知る必要のないことだ。

 私はトレーナーの言う事を信じて、真っ直ぐに突っ走れば良いのだ!

 

「私、絶対に勝って重賞ウマ娘になるから!」

「ええ、期待していますよ。それはさておき外に寄れる癖は治しておかないといけませんよ」

「えっ? 私、真っ直ぐに走っているけど?」

「何時か大事にならなけば良いのですが……」

 

 私の走りを見ている時のトレーナーは時折、難しい顔をする。

 プロキオンS。勝って、格好良いウマ娘になるんだ!

 

 7月第1週、中京レース場。GⅢレース、プロキオンS。

 体格の大きな先輩のウマ娘に囲まれたレースは結果、5着という春のクラシック路線と大差ない結果に終わった。

 いや、おかしい。話が違ってる。距離は短いし、砂は走りにくいし!

 観客席に居るトレーナーが顎を撫でながら、ふむ、と何か納得したように頷いた。

 

「やっぱりシニアクラスが相手では難しかったようですね」

「話がちがーうーっ!」

「クラシッククラス限定のレースはないって言ったじゃないですか」

「……そうだっけ?」

「そうですよ。あと、やっぱりライデンは中距離芝が合ってますね」

 

 次は神戸新聞杯ですよ、と涼しい顔で告げるトレーナーをじとっと睨みつける。

 勝負は勝てなきゃ意味がない! 私、トレーナーの事を信じてたのに!

 

「とはいえシニアクラスを相手に掲示板内は予想外ですねぇ、嬉しい誤算ですよ」

 

 にんまりと意味深に笑うトレーナーに「次は勝てるレースに出してよね!」とぷんすこと文句を言ってやる。

 

「次は勝てますよ、ええ、勝てます」

「ホント!? ホントにホントだよね!?」

「ええ、本当に本当です。ちゃんと私の言う通りに走れば勝てますよ。それと今日も外によれていましたが……」

「真っ直ぐ走ったよ!」

「……はい、後で一緒に映像を確認しましょうね」

 

 なんだかあしらわれているようでムキャッと怒り散らかした。

 

 9月第4週、阪神レース場。

 ジュニアクラス限定のGⅢレース、神戸新聞杯。

 私は2着という結果に終わった。

 

「むっきゃー! 勝てなかったー! なんでー!?」

「外によれたからじゃないですかねえ?」

「真っ直ぐ走った!」

「あ、はい。……さておき今回はアタマ差なんですから成長していますよ」

「今までで1番手応えあったのに……もう終わりだあ! 私の競走生活はもう終わるんだあ!」

 

 控え室で四つん這いになって項垂れる。

 勝負は勝てなきゃ意味がない。2着も最下位も等しく同じ負けなんだ。

 もう私は生涯ずっと負け続けの生活を送ることになるんだ。

 負け犬ならぬ、負けウマ娘なのだ。

 ポロポロと涙を流して、己の弱さに絶望する。

 

「……次は10月末に開催される京都新聞杯です」

「皐月賞から半年、勝ち星のない私に価値なんてないんだあ……もう頑張っても無駄なんだあ……」

「GⅡレースです、スズパレードのラジオNIKKEI賞よりも上ですよ」

「……勝てたら格好良い?」

「ええ、格好良いですよ。スズパレードよりも余程、格好良いです」

 

 濡らした目元を服の袖で拭い取り、パンと両頬を叩いて萎えた心に喝を入れる。

 

「私、格好良い!」

「ええ、格好良いです」

「私、凄い!」

「ええ、凄いです」

「私、頑張る!」

「ええ、頑張ってください」

「私、次は勝つから!」

「ええ、期待してますよ」

「うおおおおおおおおおおおお! ファイッ、オー! ファイッ、オー! ファイ、オー私!!」

 

 気合を入れる為に控え室で咆哮した私は係員の注意を受けてしまった。

 

 10月第3週、京都レース場。

 ジュニアクラス限定のGⅡレース、京都新聞杯。

 遂に私は念願の重賞を制覇した!

 

「がでだああーっ! がでだよわだじぃぃ……っ!!」

「ええ、そうですね。よく頑張りましたよ」

「うええええん!! がでだよおおおお!!!」

「周りの目もあるので観客席にいる私を抱き締めるのは止めてくれませんか?」

「うええええ……うえっ、げっほごほ……うっぷ、おえっ……私、勝てたよおおお!!」

「ええ、勝ちました。おめでとうございます、落ち着いてください」

 

 半ば諦めの表情を見せるトレーナーを抱きしめて顔を擦り付ける。

 格好良い姿を皆に見せてあげてください。と頭を撫でられたので彼の胸元から顔を離すと、彼の衣服にくっついた鼻水がびろんと伸びた。トレーナーは溜息をひとつ、胸元から取り出したハンカチでチーンと私に鼻を噛ませる。

 

「皆、貴女を待っていますよ」

 

 そう言って背中を押されたので(ターフ)に戻った。

 これで晴れての重賞ウマ娘、観客席の皆に手を振って応える。

 みんなー、私やったよー! 私、格好良いよー!

 

 翌日、トレーナーに抱き着いた場面がウマ娘新聞の1面を飾った。

 他のスポーツ誌でも私の写真が載っていたが、ウイニングランやウイニングライブと別の場面であるにも関わらず全てが全て泣き顔のアップシーンで統一されていた。

 なんで、どうして? こんなの格好良くない!

 

「トレーナー! これ、おかしいよ!」

「勝利の涙、格好良いじゃないですか」

「格好良い? ホントにそう思ってる?」

「ええ、思ってますよ」

 

 彼は面倒臭そうな顔で缶コーヒーを啜る。

 

「思ってない! それ、絶対に思ってない!」

「おお、やっと気付きましたか」

「えっ!? それって今までも嘘吐いてたってこと!?」

 

 私、トレーナーの事を信じていたのに!

 トレーナーを信じてトレーニングをして、トレーナーを信じてレースに出て、そして勝ったのに!

 こんなんじゃ私、トレーナーの事を信じられなくなっちゃうよ!

 

「ライデンは格好良いですよ」

「うっそだー! 私、もう騙されないもん!」

「新聞の写真は情けないですが、走っている姿は格好良かったですよ」

「……ホントにホント?」

「本当に本当です」

 

 じとっと睨みつけてやれば、じっと私の目を見つめ返してくる。

 ……たぶん嘘は吐いてない。これで嘘を吐いてたら私、人間不信になる。

 ということはホントのホントに私は格好良かった!

 

「え〜へへ〜、そうでしょそうでしょ〜? ライデンは格好良いんだよ〜?」

「ええ、レース場で走る貴女は格好良いですよ」

「……なんか含みがあるような?」

「言葉通りの意味ですよ」

 

 嘘を吐いている気配はない。

 なら私は格好良かったということだ。

 ふふん、と鼻高々にどや顔を決める。

 

「それで次走なのですがシニアクラスリベンジということでチャレンジカップか中国新聞杯辺りを……」

「菊花賞!」

 

 ピンと手を伸ばして自分の意見をはっきりと告げる。

 

「……えっと?」

「GⅡに勝ったなら次はGⅠ! トーゼンでしょ、トーゼン!」

「シンボリルドルフが居るのですよ?」

「行ける行ける! なんたって私は無敵のGⅡウマ娘なんだから!」

「相手は無敗の2冠ウマ娘なんですが、それは」

 

 トレーナーは溜息1つ、珈琲を啜りながら暫し考え込んだ。

 

「……まあ、それが王道ですかね」

「王道!? なにそれ格好良い!」

 

 まだ悩んでいるトレーナーを尻目に「頑張るぞ!」と私は気合を入れ直した。

 皐月賞と東京優駿では辛酸を舐めさせられたが、あれから私は進化して重賞ウマ娘だ!

 ただの重賞ではない、GⅡである! 二段階進化だ!

 

「本当に出走するつもりなんですね?」

「モチのロン!」

「芝3000メートルですよ?」

「ヨユーよ、ヨユー! 餅は熱い内に搗けってトレーナーも言ってたじゃん!」

「打つのは鉄ですが、意味は通りそうなのがなんとも……」

「餅は熱い内に食べた方が絶対に美味しい!」

 

 無敵の私を止められる者は何処にも存在しないのだ!

 

「……やるからには徹底的に鍛えますよ」

「あれ? トレーナー、なんだか顔が怖いよ?」

「勝負は勝てなきゃ意味がない。そう言ったのは貴女じゃないですか」

 

 にんまりと悪い笑みを浮かべる彼の横顔を見て、私はまた何かをやらかしてしまった予感がした。

 菊花賞まで残り3週間、私は地獄を見ることになる。

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