錦の輝き、鈴の凱旋。   作:にゃあたいぷ。

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第3話:順風満帆

 共同通信杯。私、スズパレードの結果は4着と着内に入るので精一杯だった。

 全力を出し切って芝の上で仰向けに転がった私を、私の友達は涼しげなどや顔で私のことを見下ろした。

 友達のビゼンニシキは2着と1バ身を付けての1着、GⅢという大舞台で好位差しという戦術の予行演習に使っちゃえる彼女は私達とは役者が違っている。やっぱり私の友達は強い。負けたのは悔しいけど、強いと信じていた相手が強いと目の当たりにするのは誇らしかった。

 試合後、トレセン学園の学食で顔を合わせた時に「な、私って強かっただろ?」と言われたので私は力強く頷き返した。

 

 それから数日間、私達は友達を変わらぬ関係を続けている。

 少し前に比べると併せウマをする回数も増えた。私の素質と実力を認めてくれるようにもなった、その事は私の心を嬉しいって気持ちで満たしてくれた。溢れるほどの想いを貰っているはずなのに、だけど、何処か渇きのようなものも感じるようになった。ビゼンニシキは私によく「私と同じレースに出るのは勿体ないよ」と告げる。「もっと勝てるレースはいっぱいあるよ」と、その言葉は嬉しいんだけど、同時に少し寂しくもあった。

 私はビゼンニシキに勝ちたいと思ったことはない。けど、一緒にレースをしてみて分かったこともある。

 最後の直線、馬群をするすると抜け出して、飛び出した彼女の背中が遠ざかるのを見て、胸がきゅうと締め付けられるように辛かった。置いていかれるのは嫌だった。ビゼンニシキ、彼女はいずれGⅠを獲って然るべき子だ。今は一緒に居るけども活躍するに連れて、もっと凄い子達に囲まれるようになる。

 ……私は彼女のことを友達だと思っているけども、彼女は私のことを友達だとは思っていないと思う。だから、もし、その時が来て、彼女の傍に居るウマ娘達の中に私が居ないのは嫌だなって思った。

 重いかな? 重いかも知れない。

 

 練習時、バテる私に彼女は「今日は、此処までで良いよ」と言い残して、一人、トラックを更に一周しに行ってしまった。

 彼女の戦果を追いかけるように伸ばした手は届かず、彼女はドンドンと先へと向かって行く――それが歯痒くて、悔しかった。下唇を噛み締めて、呼吸を無理やり整える。彼女には才能がある、その上で努力家だ。彼女の瞳は常に遠くを見つめており、足を止めることを知らなかった。

 彼女と同じことをしていたら一生かかっても追いつけない。

 彼女が一歩進んだなら私はその更に一歩先を、彼女がトラックを10周したのなら私は11周目を走らなくてはならない。震える脚に喝を入れる。惰性での練習は意味がない、と彼女が言っていたからそれを忠実に守る。ただ走るだけでは意味がない、かといって彼女のように知識が豊富という訳でもない。走り方なんて気にしたこともない、だから私は全力で走る。疲れたからって流したりせず、その場で出せる全力を振り絞って走る。

 遅くても良い。その分、時間を掛ければ良いだけだ。

 

「はあっはあっ……待って、待ってよ、シキ……ううん、そうじゃない。それは違う、それはシキじゃない。立ち止まるのはシキじゃないて……嫌なら、私が追い縋らなきゃ……はあっ……ふうっ……うん、私が行くから……」

 

 私には才能がないから、物量で攻めるしかないのだ。

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 

 登校中、固め濃いめ多めのハチミツドリンクを啜りながら、ぎっしりと文字の詰め込まれた手帳を眺めて情報を整理する。

 共同通信杯の結果は上々、とはいえ良い経験が出来た。とは言い難い。有力視されてきたウマ娘が怪我で離脱した影響が、今年のウマ娘は例年よりもレベルが低いようだ。少なくともミスターシービーの他、カツラギエースやニホンピロウイナーが切磋琢磨しているひとつ上の世代と見比べて、些か見劣りするのは仕方ない。この調子なら案外、菊花賞も取れたりするかも知れない。

 あまり楽観視してもいけないが、気を張り続けるの体に悪いと云うものだ。

 昨日は脚を酷使したので今日のトレーニングは水泳を中心に組み立てて――――

 

「おうおう、ピロから話に聞いていたが随分と研究熱心な奴なんだな」

 

 ――不意に後ろから片腕で首に抱き付かれ、ひょいっと手帳を取り上げられた。

 

「それ、企業秘密なんですけど」

「良いじゃないか別に。読んでも大半は訳わかんねえよ」

「ならなんで読むんです? ラギ先輩」

 

 ひらひらと手帳の中身を覗き見る軽薄そうなウマ娘の名はカツラギエース。

 私のひとつ上の先輩であり、昨年はGⅠにこそ届かなかったが、ミスターシービー、ニホンピロウイナーと続くシニア路線の有力株だ。先行からの好位差しを得意戦術としており、私と戦法が似ている事から彼女の戦ったレースを何度か研究したことがある。

 そんな尊敬する先輩のウザ絡みを受けて、面倒臭いと思いながらもハチミツドリンクを啜る。

 

「俺の代にはシービーの奴が居たせいで大変だったが、お前の代も大変だなあ」

「ラギ先輩。シービー先輩と走ったレースだといつも惨敗で、対戦にすらなってないじゃないですか」

「うっせー、京都新聞杯では勝ってるし!」

「あれ、明らかにシービー先輩の調整不足でしたよね? お腹、ぽっこりでしたよ」

 

 クラシック3冠でのカツラギエース先輩の戦績は皐月賞が11着、東京優駿が6着、菊花賞が20着と全てが着外で酷いことになっている。とはいえ皐月賞は苦手な不良馬場、東京優駿と菊花賞も距離の壁に阻まれた結果での惨敗なので仕方ない面もある。特に後者は私も他人事ではなかった。

 

「……あと私の代が大変って何がですか?」

 

 むしろ敵が少なくて楽な部類に入ると思うのだけど。

 

「シンボリルドルフだよ、知らないのか?」

「何処かで名前は聞いたことが……」

「まじか、同期だろ?」

「見ての通り、私は一人なのでテレビ以外の情報が入り難いんですよ」

 

 重賞しか確認していませんし、と答えると、あー、と先輩は間延びした声を漏らした。

 

「とりあえずルドルフって奴には気を付けておけ、あいつからはシービー以上の貫禄を感じるからな」

「……負けませんよ。例えシービー先輩と同じ時代に生まれても、2000メートル以下の距離でなら負ける気はしませんので」

「あいつはまだ実力の底を見せてやがらねえからな……ま、お前には期待しているよ」

 

 ポン、と背中を叩かれて手帳を返して貰った。

 ひらひらと手を振って去る先輩の背中を見つめながらズズッとハチミツドリンクを啜る。

 ……シンボリルドルフ、ね。

 

「先輩の中では私が挑戦する側ってのが気に喰わないけども」

 

 ま、頭の片隅にでも置いておくとしましょうか。

 そこまで考えて、空になったドリンク容器をゴミ箱に遠くから放り投げた。

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 

 チーム割り当てのプレハブ小屋にて、先日に行われた共同通信杯の映像を観る。

 結果はビゼンニシキの危なげない勝利。次のレースではライバルになるかも知れない。とトレーナーに言われたので目に通しているが、特に興味を引かれる内容ではない。小さく息を零すと背後の扉が開けられる。振り返ると鹿毛でふんわりとした長髪のウマ娘が部屋に入ってくるところだった。

 マルゼンスキー。今はトゥインクル・シリーズを卒業して、ドリームトロフィー・シリーズの第一線で活躍するウマ娘だ。

 

「なかなか素質のありそうな子じゃない」

 

 プレイヤーの電源を落とし、テレビを消す。

 観るべきものはなかった。一位になったビゼンニシキは勿論、他のウマ娘達も私の敵ではない。

 

「あら、お気に召さなかったのかしら?」

「気に召すもなにも……私は、私のレースをするだけです」

 

 どの時代、どの場所にも、生まれながらの強者はいる。

 私、シンボリルドルフは、そういう星の下に生まれたのだと誰もが語った。

 私自身、自分の価値には気付いている。メイクデビュー戦の選考試合の時点で、既に私の事は関係者の間で話題に上がっており、重賞勝利は当然、GⅠ勝利は責務、関係者が私を語る時、どれだけのGⅠを獲るのかが議題に上がる程だ。それが驕りにならないだけの素質が私にはあり、それを腐らせてしまうことは非常に罪深いことだと自覚も持っていた。

 夏にメイクデビューを終えた後、暫くレースに出なかったのは地力を付ける為だ。

 私はクラシック3冠、秋シニア3冠。前人未踏の6冠ウマ娘を目標に掲げていた。朝日杯フューチュリティSに出場しなかったのも将来を見据えての事、世界のウマ娘の競バを肌で感じたいが為に私は朝日杯を蹴って、ジャパンカップの観戦を優先した。そうする事に、それだけの価値があると思っての行動であり、実際、それだけの価値があった。

 あの時、観客席から観た世界の競バに私は自分の矮小さを知った。

 こんな事をしている暇はない。休養と云うのであれば、充分に体を休めることはできた。

 

「あら、何処に行くのかしら?」

「練習です」

 

 席を立てば、マルゼンスキーが問いかけてきたので、そう短く返した。

 ロッカーから体操服を取り出す後ろで「あの子も可哀想ね」と溜息混じりに零す。

 

「例年ならクラシックのひとつやふたつを獲るだけの素質もあったのに、貴女と同じ年に産まれた子は可哀想ね」

「……私も、まだまだです」

 

 私はまだ未熟だ。

 このままでは駄目だ、日本のウマ娘は世界に通用しない。私はもっと強くならなくてはいけない。

 近年になって漸く、ジャパンカップが開催されたが日本のホームであるにも関わらず、まだ一度も勝利を勝ち取ることが出来ていなかった。

 日本で頂点を取るだけでは駄目だ。私には、これまで以上の努力が必要で、私が思う以上の高みを目指さなくてはならない。

 私が世界への道を切り拓く、今はまだ道なき道であったとしても、私が通った後が道になれば良い。その為には、まずクラシック3冠を、同年でジャパンカップと有馬記念を獲る。来年度には海外へと出向いて、世界を舞台に戦って、日本のウマ娘も凄いということを世界に知らしめるのだ。

 ハーディービジョンが怪我で離脱した今、私を除き、国内に世界で通用するウマ娘は存在しない。

 カツラギエースやニホンピロウイナーは勿論、3冠ウマ娘のミスターシービーですらも世界のウマ娘が相手では見劣りする。

 今から秋のジャパンカップが待ち遠しい。

 

 芝に出る、出来ることは己を鍛えることだけだ。

 脚に力を込める、クラシック3冠は通過点に過ぎない。

 己を鍛え上げる為に芝を蹴り上げて、駆け出した。

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