錦の輝き、鈴の凱旋。   作:にゃあたいぷ。

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遅れて申し訳ありません。
リアルで忙しい事になっていました。


第10話:短距離マイル戦線

 ミスターシービーとカツラギエースが秋のシニア路線を賑わせている頃、短距離マイル路線でも大きな動きがあった。

 10月第1週、中山レース場。スプリンターズS。丁度、カツラギエースが毎日王冠に出走していた頃の話になる。

 

 私、ハーディービジョンは再びGⅠレースの舞台に立っている。

 NHKマイルCで古傷を悪化させた私は、夏の間は再びリハビリに励んで9月開催のセントウルSに出走した。

 シニアクラスに混じっては初めてのレースだったが、辛うじての2着で善戦することは出来た。スプリンターズSのトライアルレースでもあったセントウルSで2着に入着したことで当レースの優先出走権を得て出走している。

 パドック会場は盛り上がりはいまいち欠けている。それはマイルの帝王と呼ばれたニホンピロウイナーが大事を取って、GⅠレースの出走を回避した為だ。九月半ばに行われるチャレンジカップを経て、10月末のスワンSに出走。前年度に優勝したマイルCSの連覇に照準を定めている。

 私に勝ったビゼンニシキは怪我で引退し、ニホンピロウイナーも出走しない。

 主役の居ないGⅠレース。ウマ娘ファンの間では、そう揶揄されているのを私は知っている。

 そして私の人気も低い。前走のセントウルSではNHKマイルCの失態が祟ってか10番人気、そして今回も8番人気と期待されていない面子の中で更に期待されていなかった。

 まあ良い、関係ない。

 私は愚昧な大多数よりも、見る目のある少数を尊重する。

 無理をして、馬鹿やって競争能力を喪失した莫迦なんて今日にでも忘れさせてやる。

 NHKマイルCで万全だったなら私が勝っていた。万が一もない、私が勝っていたことを教えてやる。

 ニホンピロウイナーにしてもそうだ。マイルの絶対王者だかなんだか知らないが、今年からの主役は私だってことを教えてやる。

 戦線を離脱した者にもうレース場に居場所なんてないことを教えてやる。

 ロートルは新しい世代に居場所を追いやられるものだと教えてやる。

 

 ゲートに収まって態勢完了、意識を高める。

 全身の体温が上がっていくのが分かる。短距離決戦は集中力を高めると同時に姿勢を低くする。

 勝つ、勝つさ。勝ってみせるさ。

 ゲートが開くと同時に、今日、改めて未来に向かって駆け出した。

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 

『最後方からバ群の中を通ってハーディービジョンが抜けて来た! 前を走るはハッピープログレス! 若き王者の誕生か!? 遅咲きマイラーの悲願が叶うか!? ビジョンか!? プログレスか!? 届くか、届いたか!? いや、粘る! 粘ります! アタマ1つ分を残して、ハッピープログレス!!』

 

 テレビ画面に映されるのはハッピープログレスとハーディービジョンが並んでゴール板を駆け抜けた姿だった。

 ハッピープログレスはシニアクラスに入ってから重賞レースに出走するようになり、去年の夏頃から短距離路線で頭角を表した有力ウマ娘の1人だ。今年の春には高松宮記念、安田記念と2つのGⅠレースを取っている。

 ウィナーズサークルで行われた勝利インタビューでは、最優秀短距離ウマ娘の称号を取ると豪語した。

 それはつまりニホンピロウイナーに対する宣戦布告である。

 

 ……やっぱり、レースは良い。

 最後の接戦は心が滾り、無意識に拳を握り締めていた。

 怪我をしてもレースに関われる事は、きっと幸福なことなんだと思う。

 私、ビゼンニシキは珈琲を啜る。

 そういえば、近頃、スズパレードとスズマッハの姿が見当たらなかった。

 2人共に秋で忙しくなる頃合い、心配は無用か。

 それに私には私を頼ってくれるウマ娘が居る。

 私にはやるべき事がある。

 雑念を追いやって、数字を打ち込む作業に戻る。

 

「今からマイルチャンピオンシップが楽しみだね」

 

 気付けば、そんな事を呟いていた。

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 

 また負けてしまった。

 ジュニアクラスとシニアクラスでは余りにもレベルが違い過ぎる。

 NHKマイルCの時はビゼンニシキだけを相手にしていれば良かったが、シニアクラスが混じるだけで全員を相手にしなくちゃいけなくなった。追い込み一気を仕掛ける時もジュニアクラスのウマ娘とは粘りが違っており、綺麗に抜かすことが出来なかった相手が何人も居た。対して私の先を走るハッピープログレスは差しウマ娘であるにも関わらず、私よりも遥かに早くバ群を抜けて、私がバ群を抜け出た頃にはもう随分と距離が空いてしまっていた。

 強いというよりも上手い。素質だけならビゼンニシキの方が強い、しかし彼女の強かなレース運びは私達とはレベルが違っている。

 これがシニアクラスか、これから先は彼女達を相手に戦わなくてはならないのか。

 

「今のままでは勝てない。先ずはそれを認めよう」

 

 悔しさを噛み殺し、大きく息を吐いた。

 ニホンピロウイナーの名前の影に埋もれていた彼女であったが、仮にも現在の最優秀短距離ウマ娘の最有力候補だ。今の短距離マイル界隈のトップレベルの強さを肌に感じ取ることが出来た、と前向きに捉えよう。

 速くならなくては、もっと、もっとだ。

 マイルCSでは彼女だけではなくて、マイルの絶対王者ことニホンピロウイナーも参戦する。

 時間が惜しい、早く学園に帰ってトレーニングをしたかった。

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 

 10月末、京都レース場。スワンS。

 芝1400メートルの最後の直線をニホンピロウイナーが駆け抜ける。

 2着とは5バ身を超えて、6バ身、そして7バ身になったところでゴール板を横切った。

 そのポテンシャルを遺憾なく発揮して、余裕の勝利だ。

 故障明けとは思えない力強さを見せつける。

 

 ――マイルの絶対王者が(ターフ)に帰ってきた。

 

 そうウマ娘ファンに知らしめるのに充分過ぎる結果を残す。

 巷ではニホンピロウイナーとハッピープログレスの短距離最強ウマ娘論争が繰り広げられてきたが、実際に本物の走りを見ると意見が覆る。短距離マイルの舞台においてはニホンピロウイナーこそが最強、そう思わせるに足る説得力が彼女の走りにはあった。

 そんなことは分かっている。

 観客席から強敵の復帰を見て、拳に力を込める。

 

 ニホンピロウイナーの強さは肌身に染みている。

 私が何度、走ってきたと思っている。

 私が何度、負かされてきたと思っている。

 ただ走るだけなら私、ハッピープログレスがニホンピロウイナーに敵うことはあり得ない。

 

「それでも……」

 

 気付けば、呟いていた。

 そう、それでもだ。ウイニングランを続けるニホンピロウイナーを睨みながら続く言葉を口にする。

 

「……マイルチャンピオンシップは渡さない」

 

 前年度の短距離マイルの覇者が居ない中で、無双の活躍を続けても自分が最強だと思った事はない。

 それはニホンピロウイナーの存在を知っているからだ。もし彼女が万全の状態で高松宮記念、安田記念に臨んできた時、勝っていたのはニホンピロウイナーの方だ。

 レースに絶対はないが可能性として高いのは、間違いなく彼女の方になる。

 

 私は、誰かに持てはやされるような才能は持っていなかった。

 ジュニアクラスでは目覚ましい活躍を見せたが、クラシッククラスでは1度も勝つ事ができなかった。シニアクラスに上がった後で漸く勝利し、重賞も1つ制覇することができたが、2年目のシニアクラスではハギノカムイオーとニホンピロウイナーに才能の違いを見せつけられる。3年目になって、悲願のGⅠ勝利を果たすもニホンピロウイナーが骨折で離脱している時の話だ。骨折したのは相手の方だと言うのに、ウマ娘ファンからは空き巣扱いを受け続けてきた。

 それもあって短距離マイル路線は長らく、王者不在とされてきた。

 

「……ニホンピロウイナーが居れば、なんて事はもう言わせません」

 

 もう自分には勝つしかない。

 シニアクラスも3年目、トゥインクル・シリーズで走れるのは今年で最後になるはずだ。

 つまり次のマイルCSが雪辱を晴らす最後の機会になる。

 

 ニホンピロウイナーが居なくても私が勝ったGⅠレースは嘘ではなかったはずだ。

 高松宮記念、安田記念、スプリンターズS。

 私が勝ってきたレースを本物にする為にも、私は勝たなくてはならなかった。

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 

 復帰戦のチャレンジカップでは、アタマ差の勝利。

 次走のスワンSでは、7バ身差の圧勝。

 調子は万全、怪我をする前よりも強くなっていることを実感する。

 

 ……短距離マイル路線は人気が低かった。

 

 ウマ娘の花道と云えば、クラシック3冠だ。

 皐月賞、東京優駿、菊花賞。どれもが2000メートル以上の長丁場であり、秋シニア3冠や春シニア3冠のレースも距離の短いレースは1つもない。人気が集まるのは短距離マイルよりも中長距離のレースの方だ。

 その為か中距離や長距離を走れないウマ娘が短距離やマイルを走ることが多い。

 私、ニホンピロウイナーもその口で、皐月賞で最下位になった事で中長距離で大成する道を諦めた。

 しかし最初から私はマイル以下の距離では敵なしだと考えていた。3冠ウマ娘のミスターシービーやカツラギエースにも負けない自信があるし、シンボリルドルフが短距離マイル路線に参戦してきたとしても返り討ちにできる自信がある。

 逆に2000メートル以上の距離では、上記3名のウマ娘に勝てる気がしない。

 

 それは実力云々というよりも得意分野が違うという意味合いだ。

 私は短距離マイルが中長距離で失敗した落第者の集まりだとは決して思わない。

 クラシック3冠を目指すのは当然だ、それだけ注目度が違うのだ。

 クラシッククラス限定のGⅠレースで中長距離は5つもあるにも関わらず、短距離マイルのレースは2つしかない。クラシック3冠やトリプルティアラという称号があるにも関わらず、短距離マイルのウマ娘を象徴する称号は1つもない。

 これだけ扱いが違うのであれば、そりゃあ中長距離にウマ娘が集まるのも当然の話である。

 

 しかし私はまだ諦めた訳ではない。

 短距離マイルにも人を集めれば良いのだ。もっと短距離マイル路線に人気が出れば、短距離マイル路線を目指すウマ娘も増える。かつてハイセイコーが今のウマ娘ブームを作ったように、私もアイドルホースと呼ばれるほどの活躍を魅せれば良い。

 その為には記録が必要だ。

 マイルチャンピオンシップ3連覇、中央競馬で同一のGⅠレース3連覇の偉業はまだ誰も達成していない。

 私は短距離マイル路線の火付け役になる。

 

 調整は済んだ、調子も良好。

 あとは私の走りで短距離マイルを盛り上げるだけだ!

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