錦の輝き、鈴の凱旋。   作:にゃあたいぷ。

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第11話:燃ゆる秋

『もの凄い脚だ! 来たぞ来たぞ来たぞ! シンボリ来た! シンボリ来た!』

 

 11月第2週、京都レース場。クラシック3冠レースの終着点、菊花賞。

 最も強いウマ娘が勝つと云われるレースの直線でシンボリルドルフが最後の直線でスパートを掛ける。流石に3000メートルという長丁場を逃げるという選択は取らなかったが、それでも伸びる驚異の末脚。先頭を走るニシノライデンは全力で腕を振っているが、残念ながら切れ味はない。早仕掛けでシンボリルドルフよりも前に立ったスズマッハの脚にも何時もの伸びがなかった。

 唯一、シンボリルドルフの脚に付いていけたのはゴールドウェイ、懸命に追い縋るがもう一杯か。

 

『外からゴールドウェイ! しかし追いつけない、影すらも踏ませない! シンボリが先頭に立って、更に突き放す!』

 

 まるで予定調和とでもいうように2着以下を突き放して、その身を更に加速させる。

 これが王者の姿だと、そういうように一歩、地面を蹴る度に距離はどんどんと開いていった。

 正に圧巻、正に圧勝。

 誰もが勝利を確信し、2年続けての3冠ウマ娘の誕生を称えるように観客席から歓声が上がる。

 無敗の3冠ウマ娘の誕生は、ウマ娘史上これが初めてだ。

 

『大歓声だ、京都レース場! 赤い大輪が薄曇りの京都レース場に大きく咲いた! 3冠ウマ娘8戦8勝! 我がウマ娘史上、不滅の大記録が達成されました京都レース場!!』

 

 ゴール板を駆け抜けて、僅かの静寂。遅れて他のウマ娘達が駆け込んできた。

 文句なしの勝利にシンボリルドルフは、興奮が止まぬ観客席に立てた3本指を高々に掲げてみせた。

 生きる神話、伝説が誕生した瞬間である。

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 

 俺、カツラギエースはジャパンカップまで残り2週間で最後の総仕上げの真っ只中であった。

 東京にあるトレセン学園から京都レース場まで足を運んでいる余裕はなく、トレーニングの休憩時間を使って、菊花賞のラジオ放送に耳を傾けている。1着は言わずもがな。ゴールドウェイが意地を見せた2着、夏の上がりウマ娘であるニシノライデンが3着。そしてセントライト記念の雪辱に燃えるスズマッハは4着と続いている。

 妹分のスズマッハは思ったよりも健闘した方だと思う。長距離の適正がない訳ではないが、得意と言う程でもない。実際、最後の末脚勝負で脚を使い切っていた。それでも粘って掲示板内に収めたのは素直に讃えられるべきだと思っている。

 帰って来たら慰めるか、それとも褒めてやるべきか。その時の顔色で対応を変えようか。

 

 そんなことを考えながらトレーニング用のトラックコースを眺めていると見た顔が思い詰めた表情で走っている姿が見えた。

 正直、言葉を交わした事はほとんどない。しかし放っておくのも気分が悪い。なんせそのウマ娘はいけすかない方の妹分であるビゼンニシキの友達なのだ。……まあ悩むくらいなら声を掛けてから考えるのが良い。それで駄目なら諦めも付くし、後に引かずに済む。

 そう結論を付けた後、彼女がトラックを一周して戻ってくるのを待ってからコースに出た。

 

「随分と辛気臭い面で走ってるじゃねえか。確か、えーっと、スズパレードつったっけな?」

 

 声を掛けると頭にキノコでも生やしそうな陰鬱な面構えで見つめ返された。

 

「……菊花賞、どうせシンボリルドルフの圧勝だったんですよね?」

「まあ、そうだが……」

「ふふっ、やっぱり……努力をしたって無駄なんだ……」

 

 ぶつぶつと呟きながらコースに戻って行った。

 なんだ、あいつ。怖いな。11月の頭にオープン戦で勝ってた気がするんだけどな。

 後でビゼンニシキに伝えておこうか?

 

 その翌日、目の周りを真っ赤に腫らしたスズマッハを出迎える。

 大舞台で勝てなかった時の悔しさは俺も重々に承知している。

 とりあえず労いの言葉の1つでも掛けてやろうか。

 

「よく頑張ったな」

 

 ポンと肩を叩いてやれば、急にスズマッハがぷるぷると震え出した。

 

「私、また勝てませんでした……」

 

 そう云うと目からポロポロと涙を零れ出した。

 嗚咽を零しながら目元を抑える後輩の姿に周りのウマ娘からヒソヒソとした声が聞こえてくる。

 

「カツラギエースさんがまたウマ娘を泣かしたんですって」

「あらあらやだやだ卑しか女ばい」

 

 違うんです。泣かしたつもりはないんです。冤罪なんです、本当なんです。ちょっと気遣ったつもりで話しかけると泣いちゃう子が時折、居るだけなんです。

 とりあえず此処は場所が悪い。落ち着いた場所で話を聞こうと思って此処から離れようと彼女の手を引いた。

 

「まぁたカツラギエースさんが部屋に連れ込もうとしていらっしゃいますわよ」

「あらまあおやまあ卑しか女ばい」

 

 周りの声を無視して、プレハブ小屋に押し込んだ。

 話を聞けば、どうにもシンボリルドルフとの実力差に打ちのめされているとの事だ。

 まあ俺も才能の違いを感じた事はある。ニホンピロウイナー然り、ミスターシービー然り、誰しもが才能の違いを感じるものだ。特にミスターシービーなんて短距離マイル路線にはニホンピロウイナーが居るっていう理由もあってクラシック路線にしがみついている癖に3冠なんてやっちまうんだぜ。元からクラシック1筋の俺とかバカじゃねえのって思ってしまう訳ですよ。本来の自分の得意距離はマイルだと聞いた時はもうバナナかと、アボカドと。菊花賞で大敗した俺とか距離を言い訳にできないじゃん。嫌味でしかないですよ、ほんと。

 スズカコバンに俺達は仲間だなって視線を向けたら、一緒にしないで貰えます? って感じで不快感たっぷりに睨み返された。

 ともあれだ、スズマッハの肩を叩いて慰めの言葉のひとつでも掛けてやる。

 

「あいつ、ジャパンカップも出てくるつもりなんだろう? 次のジャパンカップで俺が仇を取ってやるよ」

「無理ですよ、ラギ先輩じゃあ! どうせ大舞台だらかって10着以下の大敗でまた顔真っ赤になったりするんです!」

「ふざけんな! 今年はずっと掲示板内だよ! この前の天皇賞だって1着との差は1バ身じゃねえか!」

「海外のウマ娘も来るんですよ!? マジェスティーズプリンスとかいう奴なんて海外でGⅠを5回も取ってるやべぇやつなんですよ! それに加えて天敵のミスターシービーに加えて、シンボリルドルフも居るんです! そもそもラギ先輩は2400メートル以上のレースで勝てたことないじゃないですかぁっ!!」

「うっせえな! 2200も2400も一緒だよ! 見とけよ、クソガキ! ぜってーにジャパンカップで勝ってやっからな!」

「トイレで最後の直線は1騎討ちになるって言ってた癖に!」

「なんで知ってるんだよ!? おい、誰に聞いた!?」

「ニホンピロウイナーさんが言いふらしてました! ミスターシービーさんから聞いたって!」

「あいつ、ぜってー泣かす!」

 

 わあわあぎゃあぎゃあと口喧嘩をした後で「ぜってー勝つし! 絶対に見とけよ!」と指で差してからプレハブ小屋を出た。その足でチームシリウスのプレハブ小屋に足を運んだ。

 

「たのもー!」

 

 扉を蹴って、殴り込みを掛ければ、中に居るのはスズパレード1人だけだった。

 気怠げに私を見た後で、流していたテレビに視線を戻す。テレビの液晶画面に写っているのはビゼンニシキが勝ったNHKマイルCのようだ。

 その情けない姿を見て、ガシガシと頭を掻いた後で私はスズマッハにしたのと同じように指で差した。

 

「お前も見とけよ! 私がミスターシービーもシンボリルドルフも世界のウマ娘も全員倒す! だから何度、敗北したって挫けんな! 私だってクラシック全部、大敗してるんだからな! それでもやれるってところを見せてやんよ!」

 

 人生長いんだ! と最後に吐き捨て、バンっと扉を閉じた。

 それからもう1度、シリウスのプレハブ小屋に戻ってトレーニング用のシューズを片っ端から持ち出す。

 スズマッハの視線が痛かったが関係ない。

 負けた時に後悔して良いのは、やることをやった奴だけだ。

 これから人事を尽くして、レースに勝つ。

 その為に必要なことは――トレセン学園の近場にある寮に足を運んで、その扉をノックする。

 

「おい、起きろ! 仕事だ! トレーナー、仕事しろ!」

 

 ドンドンと扉を叩けば、寝惚けた面構えのトレーナーが顔を出す。

 

「……今日は定休日なんだけど? それに僕は君のトレーナーになった覚えは……」

「うるせえ、ジャパンカップに勝つんだよ!」

「ごめん、話が見えない。なんで、そんなに必死なの?」

「勝つんだよ!」

「……わかった。力にはなるけど、時間足んないよ?」

「今からでもやれることを教えてくれ」

 

 やれやれ、といった様子でトレーナーは部屋に戻り、身支度を整えてから再び顔を出す。

 

「上がりなよ」

 

 そう促されるままに部屋へ入ると、中は思っていた以上に小綺麗にされていた。

 もっと資料とか書籍とかでごちゃごちゃしているかと思った。

 なんとなしに落ち着かない。初めて入る部屋にそわそわしているとソファーに腰を下ろすように促される。

 座りながら暫く待っているとジュースに入ったコップを片手に戻ってきた。

 

「先ず1つ断言しておくことがある」

 

 彼はカップに入った珈琲を啜りながら答える。

 

「まともにレースをした時、君はジャパンカップには勝てない」

「……シンボリルドルフか?」

「それもあるけども、ベッドタイムやマンジェスティーズプリンスといった海外のウマ娘にも強いのが揃っている」

 

 出走するウマ娘のほとんどが格上だと思った方が良い。とトレーナーは告げる。

 

「君は能力のあるウマ娘だ。巡り合わせが良ければ、もっと活躍出来たとも思っている」

「そういうのは良い。勝つ為の手段を教えてくれ」

「……いちかばちかしかないよ。君がジャパンカップで勝てる手段なんて」

「もっと具体的に言ってくれ」

「気合を入れろという話だ。君が突出しているのは、その精神性。つまりは根性なんだからね」

「つまり、どういうことなんだ?」

「細かいことを考えるな。君はバカになるんだ」

 

 むらっ気が強いのは、慣れない事に頭を使うからだよ。と彼女は気軽に告げる。

 それからジャパンカップを獲る為の細かい打ち合わせに入った。

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 

 カツラギエースがジャパンカップ制覇の為、本格的に動き出した頃、京都レース場ではマイルCSが開催される。

 先ずは1番人気、ニホンピロウイナー。骨折で長期間の休養を挟んでも、その実力が疑われる事はない。その威風堂々とした佇まいは王者の風格、マイルの皇帝が再び京都の大舞台に戻ってきた!

 続いて2番人気はハッピープログレス。春の短距離マイル戦で経験に裏打ちされた実力を遺憾なく発揮してきた古強者。高松宮記念、安田記念、スピリンターズSというGⅠレースを3勝した実績はニホンピロウイナーを上回っている。私こそが短距離マイルの王者だ、ニホンピロウイナーとの直接対決に闘志を燃やす。

 3番人気はダイゼンシルバー、神戸新聞杯を勝って夏頃から頭角を現した若き彗星。短距離マイルの世代最強は私だ!

 そして、かつては世代3強と謳われた1角、怪我に泣かされ続けた若き天才。NHKマイルCでは大敗を喫した後、長い療養の末に出走したセントウルSでは2着、スプリンターズSでも2着。共にハッピープログレスに阻まれての2着! 今度こそ1着が欲しい! 4番人気はハーディービジョン!

 各世代を代表するウマ娘がようやく揃った短距離マイル戦の終着点!

 王座へ、疾走せよ!


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