錦の輝き、鈴の凱旋。   作:にゃあたいぷ。

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第12話:激戦

 ゲート内に収まった後、私、ハーディービジョンは大きく深呼吸をする。

 思えば、私のウマ娘としての道は順風満帆と呼ぶには程遠いものであった。新馬戦では4バ身差の圧勝を披露してみせたが、続く札幌ジュニアSでは12着の失態を犯し、函館ジュニアSは5着と掲示板が精一杯だ。それでも京成杯ジュニアSと朝日杯フューチュリティSを連続して獲る事で私の実力を証明したが、翌年の年明けに競争生命を脅かされる大怪我を負った。

 トレーナーとの2人3脚でNHKマイルCに間に合わせるも最後の直線で怪我を悪化させて12着の大敗を喫し、再びリハビリに専念する羽目となった。今年はまともにトレーニングをできた日の方が少ない。

 短距離マイル路線は脚の消耗を少しでも減らす為、差し戦法は私の信条ではあるが、露骨なまでの追い込み一気はバ群に揉まれて脚を悪化させない為という意味合いも込められている。そもそも、まともにトレーニングをできなかった私には他のウマ娘と比べて体力が少ない。

 バ群の最後方から誤魔化し誤魔化しで1600メートルの距離を走り切るのが精一杯、それが今の私だった。

 

 それでも努力を積み重ねてきた量は誰にも負けないと信じている。

 先ずは歩く練習から、そしてジョギングに変わり、全力で走れるようになるまで随分と時間が掛かった。焦れる想いを抑える事が出来たのは、付きっきりで私のリハビリに付き合ってくれたトレーナーが居てくれたおかげだ。

 東条ハナ、彼女の存在があったから私は再び、芝に戻ってくる事が出来た。1度とならず2度までも。彼女が私を管理してくれなければ、きっと私は何処かで焦れて怪我を悪化させていた。幾度と戻って来られるのは彼女の存在があってのことだ。

 感謝を、圧倒的感謝を。

 胸に抱いたこの想いは言葉だけでは伝え切れない。

 恩返しをさせて欲しい。貴女が初めてスカウトして育てたウマ娘は、こんなにも凄い奴なんだってことを全国に知らしめてやりたい。そして私を育ててくれた東条ハナはこんなにも凄い奴なんだって皆に教えてやりたい。

 だから私は今日も声には出さずとも、その身を以て高らかに宣言してみせよう。

 

 天才ハーディービジョンは此処に居るぞ!

 

 開いた視界に向けて、広がる芝へと全力で飛び出した。

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 

『ゲートイン完了です。……スタートしました。1人、立ち遅れたウマ娘が居ます』

 

 遅れたウマ娘は有力ウマ娘ではない。

 スタートは上々、ニホンピロウイナーは何時も通りの先行策。私、ハッピープログレスは最後方から様子見する。そして気になるのはハーディービジョン、今日の彼女は中段の位置でニホンピロウイナーの出方を窺っていた。

 ……余り普段とは違う戦法を取らないで欲しいな、計算が狂う。

 まあニホンピロウイナーと競り合って消耗させてくれれば重畳、私は最後方からゆるりと距離を詰めるとしましょうか。

 マイルCSの距離は短い。スプリンターズSよりかは長いけど、それでも充分に短いと言える。序盤から中盤、中盤から最終コーナー、そして最後の直線と状況は目まぐるしく変化し続ける。急流の川下りのように、この激流を見事に乗りこなすことができた者に短距離戦の勝利は舞い込んでくるのだ。

 第3コーナーの手前、坂を登るタイミングでガクッと速度を落とす他のウマ娘を逆手に3番手くらいの立ち位置まで上がる。バ群の内側に埋もれたニホンピロウイナーは外に抜け出せず、その後ろに受けたハーディービジョンは更に困難な状況に置かれた。これは勝利パターンに入った! 登りの終わりから下りで勢いを付ける。そのまま第4コーナーを曲がり切れば、第3コーナーに入る手前と立ち位置が逆になった。

 さあ最後の直線だ。内側に2人、ニホンピロウイナーはまだ出て来ない!

 

「やっと……やっと、勝てる!」

 

 歓声が、沸いた。

 メイクデビューから苦節5年間、ハギノカムイオーに才能の違いを思い知らされること1年、ニホンピロウイナーに苦渋を飲まされること2年間。ウマ娘は恵まれた才能がなくても、努力だけでも頂点を獲れるってことを証明できる! 努力は嘘を吐かない! 頑張り続けた者は最後に勝利する! 積み重ねた時間は何よりも強い力になる! 勝てる、勝てるんだ! 私が、私こそがマイルの王者だ!!

 ……内側から黒い影が視界を過ぎった。

 力強い脚音、地面を踏み締める度に速度を増す。内側に居る2人のウマ娘から、ぬるりと姿を飛び出したのは怨敵ニホンピロウイナーだ。かつてのマイルの絶対王者が、自身の不在時に簒奪された王冠を奪い返しにやってきた。

 分かっていた、分かっていたよ。この程度で終わらないことは、そういう奴だってことは分かっていた!

 

「……でも、これは私のものですッ!!」

 

 短距離マイルのGⅠレース完全制覇の夢は誰にも邪魔させない!

 もう誰にもケチを付けさせない! 才能で負けていることは分かっている、能力で劣っていることも分かっている!

 それでも、譲れない! これだけは譲りたくないッ!!

 

「勝つのは私、ハッピープログレスだッ!!」

 

 加速させる、限界を超える走り方なんて既に確立済みだ!

 ロートルを舐めるな! ベテランを敬え! そして私に勝利を譲ってしまえ!

 これが、私の、最後の、大・激・走だッ!!

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 

 思わず見惚れてしまった。

 第4コーナーに差し掛かった時、下り坂で速度を上げたウマ娘達が外に膨れる中で前を走るニホンピロウイナーだけが内埒のスレスレを綺麗に回っていた。正に曲線のソムリエ、弧線のプロフェッサー。時速70キロメートルを超える高速帯でニホンピロウイナーは、身体を内側に傾けて、衣服を内埒に擦り付けながら最短距離を我が物顔で突っ走る。

 彼女の才能は身体能力の高さだけではない、身体のバネだけの話ではない。天才とは斯く云う存在のことをいうのだと、この身が震え上がった。

 彼女と同じベストラインを辿ることは私、ハーディービジョンには出来ない。

 しかし彼女を信じているからこそ使えるラインがある! 少し膨らませたライン取りでニホンピロウイナーの直ぐ横を目掛けて、突っ込んだ。彼女が外に膨れないと信じられるから取れる道、外へ弾き飛ばされる心配はないと信じて勇気を振り絞った。

 さあ、翔けろ! ハーディービジョン! 最後の直線に駆け引きはなくなった!

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 

 ギリギリの戦いが求められた。

 ハッピープログレスが外を抜けて出た時、私は最後の直線で出遅れるのを覚悟した。その上で出来る限りタイムロスを減らす道が最内だったから、私は勝利を掴む為に最困難の道へと迷わずに踏み込んだ。抜きん出て並ぶ者なし、別に何バ身も大差を付けて抜きん出る必要はないとは思っているが、2着以下に価値がないことには同意する。

 目指すは1着のみ、その為の道が拓かれているのであれば、そこに突っ込まない道理はない!

 2着狙いで引き下がるくらいなら挑んで最下位の方がまだましだ!

 掴める可能性があるなら手を伸ばせ! 手繰り寄せる為なら蜘蛛の糸だって掴んでやる!

 勝利! それ以外、必要ない! 健闘はない! あるのは勝利、ただひとつ! 少なくとも私にとってはそうだ!

 だからこそ王者、だからこそ皇帝! 短距離マイルの舞台で私は負けてはならないのだ!

 勝って当然! マイルの絶対正義とは、私の事だッ!!

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 

 ――伸びろ!

 

 ハッピープログレスが歯を食い縛って粘り続ける。

 しかし、やはり強いのはニホンピロウイナー。現在2番手のシャダイソフィアを悠々と抜かして、伸びて来た。

 既に射程距離。一歩、踏み込む度に距離が詰まり、一歩、蹴り出す度に距離が遠のいた。

 先頭は変わってニホンピロウイナー、やはりマイルの王者はニホンピロウイナー!

 誰もがそう思った、その瞬間。

 

 ――伸びろ!!

 

 と更にハッピープログレスが伸びて来た。

 意地を見せる、根性を振り絞る。限界を超えた走りでニホンピロウイナーに追い縋った。

 ニホンピロウイナーの直ぐ後ろにはハーディービジョンも迫っている。

 中からダイゼンシルバーも上がって来た。

 マイルの絶対王者への挑戦者は、この3人へと絞られた。

 3人が揃って、ニホンピロウイナーへと襲い掛かる。

 

 ――伸びろォォォォッ!!

 

 しかし、抜け出したのはハッピープログレス。

 体力は使い切った。ガス欠の身体を気迫で持ち堪えて、魂を削って更なる加速を生み出した。

 僅かに、距離が、詰まる!

 しかし!

 しかしだ!

 ニホンピロウイナーが突き放しに掛かる!

 やはり、このウマ娘だ! ニホンピロウイナー!

 マイルの絶対王者、マイルの皇帝!

 この距離で譲れない!

 

 ゴール板を抜けて、ニホンピロウイナー1着!

 

 2着はハッピープログレス、3着は微秒。

 体勢有利はハーディービジョン、ダイゼンシルバーが4着か。

 マイルの王者が、満身創痍の身体で、今、拳を突き上げる。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお勝ったぞおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 ゴール板の向こう側、芝の中心で咆哮を上げる。

 マイルの王者は、この私だと! ニホンピロウイナー、ただ1人だけだと!

 そう言わんばかりに声を張り上げた。


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