錦の輝き、鈴の凱旋。   作:にゃあたいぷ。

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総合評価が1000を超えてました。
ここまでお付き合いくださった皆様に感謝です。
おかげでここまで書くことができました。
これからも頑張っていきたいと思います。


第14話:諦めないという事は。

 私、キングヘイローは東京レース場で腕を組みながらジャパンカップを観戦している。

 今日は特別な日だ。日本から選りすぐった4人のウマ娘が海外から来た10人のウマ娘を相手に挑戦する。

 今年は去年までとは違う。シンザン以来となる3冠ウマ娘、世界に通用するかも知れないウマ娘が2人も居る。謂わば、シンボリルドルフとミスターシービーの2人が世界に手が届くかどうかのレースだ。それはそのまま、今後のウマ娘界隈を占うことに繋がっている。

 歴史が変わる日になるかも知れない。そんな時に後の王足る私がその場に居合わせないとかあり得ない。

 ちょっと寝坊して朝一番に出向くことができず、後方から見ることになってしまったが、これぐらいの方が大物感があって丁度良いくらいだ。むふん、と鼻息を荒くしていると2人のウマ娘が私と同じように遅れてレース会場へとやってきた。身長差から考えて姉妹だろうか? あんまり似てないので親戚の子を預かったとか、そんな感じなのかも知れない。

 ……というか付き添いの方のウマ娘、今年のNHKマイルCで優勝したウマ娘なのでは?

 

「横、良いかな?」

 

 そう声を掛けられて「え、ええ、良くってよ」と、つい気丈に答えてしまった。

「見えない」と嘆く幼子に「仕方ないな」と肩車をする2人の親しい様子に、やはり血筋といった縁はありそうな感じはする。それよりも、やっぱり彼女はNHKマイルCで優勝したビゼンニシキだ。横の様子が気になって、チラチラと横を見るも彼女は気にした様子もなくレース場を見続けている。

 幼子も満面の笑顔で彼女の頭にしがみついていた。

 

「貴女は……いえ、貴女達は姉妹ですの?」

 

 なんとなしに聞いてみれば、彼女は首を横に振る。

 

「さっき会ったばかりだけど」

「そうだよー」

「……近頃のGⅠウマ娘は随分と親しみ深いのですわね」

 

 溜息を零せば「あ、君は分かってくれるんだ」と彼女は嬉しそうにはにかんだ。

 他のウマ娘を蹴落とした先で頂点を目指す存在、過酷なレーススケジュールを組んで出走する度に走りを洗練させていくストイックな彼女の姿は修羅と見間違えるような存在だった。観客席が沸いた。コース場では今、今年度の3冠ウマ娘が観客席の前を走っている。才能という点において、ビゼンニシキは彼女と比べて一歩、及ばない。NHKマイルCの激走を見る限り、彼女の適正は短距離マイルの方にあったのだと思われる。

 それでも彼女は挑戦し続けた。あの孤高の皇帝に最後まで挑み続けたのだ。

 

「……路線変更しようとは思わなかったのですの?」

 

 踏み入り過ぎた質問だと思ったが、それでも好奇心は抑えきれなかった。

 ミスターシービーとニホンピロウイナーが棲み分けをしたように、彼女もまた短距離マイル路線に切り替えれば良かったのだ。そうすれば、脚に負担をかけ過ぎる事もなければ、もっと息を長く活躍する事もできた。

 ぽけっとした面を見せる幼子を肩に乗せて、ビゼンニシキは少し気恥ずかしそうに笑みを浮かべてみせる。

 

「勝ちたい奴が居たんだよ、こいつには絶対に負けられないって奴がね」

「それは競争生命と引き換えにしても良いと思えるほどのこと?」

「いんや、私はもっと走り続けるつもりだったよ。でも止まる事もできなかった。まあ自制が足りなかったんだよ、きっと」

 

 軽い口調で語られた重たい空気。

 私には競争生命と引き換えにするまでレースに出走し続けた彼女の気持ちは分からない。

 ほら、とビゼンニシキはレース場に視線を向ける。

 

「日本の皆は調子が良さそうだね。特にラギ先輩とルドルフの気合の乗り方は尋常じゃない」

 

 そう言って切なげに笑う彼女の横顔を見たから私は続く言葉を口にした。

 

「もう(ターフ)には戻って来ませんの?」

 

 彼女は今にも泣きそうな笑顔で答える。

 

「彼女の隣を走ることが、もう出来ないんだ」

 

 大きな怪我を負った事は知っている。

 彼女の脚は、もう二度と、あの時の輝きを取り戻す事はない。

 それでも、私は――

 

「私は一度で良いので貴女の走りを生で見たいですわ」

「GⅠで勝てる脚じゃないよ、オープン戦だって厳しい。全力で走り込むのも難しいくらいだ」

「無理を言っている事は自覚しています」

 

 それでも、見たかった。口から零れた言葉にビゼンニシキは申し訳なさそうに笑った。

 

「見たい!」

 

 そう口にしたのは彼女の頭にしがみついた幼子だった。

 

「私も見たい! 話を聞いてたけど、お姉さん! すっごいイケイケだったんでしょ!? だったら私、その走りを見てみたい!」

「……いや、今はもう速く走ることは…………」

「大丈夫! だって……!」

 

 と彼女はコースを指で差した。

 そこにはカツラギエースとシンボリルドルフの2人が観客席の最後方に居る私達の方を見つめている。

 いや、見ているのはビゼンニシキか。彼女の代わりに幼子が手を振って応えた。

 周りのウマ娘ファンもまたビゼンニシキに視線を向けている。

 皆、期待と気まずさが混じった眼をしていた。

 

「お姉さんは、めっちゃ愛されてる!」

 

 ビゼンニシキは視線を落として、たはは、と乾いた笑い声を零す。

 

「困ったな」

 

 ただ、それだけを呟いた。

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 

「来てるな」

 

 ポツリと零す独り言、(ターフ)から観客席の最後方で幼子を肩に乗せたビゼンニシキの姿を確認する。

 特別に目立った容姿でもない癖に、あいつは不思議と何処に居ても目立つ奴だった。競争生活を終えた今でも、あいつの放つ輝きが衰えることはない。

 負けられねえな。パン、と両頰を叩いて気合を入れ直す。

 

「はい、来ています」

 

 偶然、俺の隣に居合わせたシンボリルドルフが呟き返す。

 

「先輩として格好良いところを見せてやらねばならん」

「ならば私は貴女を超えた存在として、更なる高みを目指す為の踏み台と致しましょう」

「応よ、迎え討ってやんよ」

 

 闘志を剥き出しにする後輩に挑発的な笑みを持って応じてやる。

 

「胸を借りますよ」

 

 余裕を持った澄ました顔で彼女は告げる。

 クソ生意気に育ちやがって、と俺は準備運動に戻る彼女の背中を見送った。

 不思議と気持ちは落ち着いていた。

 大きく息を吸い込んだ。芝を踏み締める、前を見た。

 青々とした芝、何処までも続きそうなコースの先を見て、なんだか何時もと違う錯覚を覚える。

 何時もよりもコースが広く……いや、視野が広がっているのか。

 地に足が付いている。

 気合は充分、調子も良好。体が軽いくらいだった。

 

「ああ、そうそう……」

 

 前を走るシンボリルドルフが後ろを振り返って告げる。

 

「最上無二。今日の私、絶好調ですよ」

 

 パリ、と空気が弾ける音が鳴った気がした。

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 

 観客席には数多くの観客が詰め寄せている。 

 いつも以上の熱狂に目眩を起こしてしまいそうだった。

 どうして私は此処に来たのか。

 誘われたからだ。

 ジャパンカップに来い、と書かれた手紙と共に入場料と交通費の入った封筒を受け取った。

 溜息を零す。本当に、どうして私は此処に居るのか分からない。

 

「パレード、来てたんだ」

 

 顔を俯かせていると声を掛けられた。

 聴き慣れた声。最近になって、顔を合わせる機会が増えた親戚のスズマッハだ。

 彼女は大きな溜息を吐き捨ると私の隣に陣取った。

 

「諦めないって何だろうね?」

 

 そんなの知らないはずがない。

 それを体言したウマ娘を私は知っている。不利な距離でも可能性がゼロになるまで天敵を追い続けた存在を私は知っている。

 でも、私は彼女のようにはなれない。

 彼女は特別で、私は凡夫だ。そもそも私は彼女と違って、走る才能も乏しかった。

 幼い頃から天才だった彼女とは違うんだ。

 生き物としての格が違ってる。

 

「ねえパレードは知ってる?」

 

 スズマッハは話したくもないのに、無遠慮に語りかけてくる。

 

「ビゼンニシキって初めて天才だって呼ばれたのは、幼稚園の頃のお絵かきだったらしいよ。その時からずっと凄い、偉いって言われて育って来たらしいね」

「……えっ? それって別に……」

 

 そんなのはよくある話だ。愛情を持って子供を育てる家庭で、親が子を甘やかす言葉としては順当なものだった。

 

「神童と呼ばれたのは作文コンクールで2位を取った時、夏休みの自由研究では最優秀賞を取ったこともあるし、ピアノのコンクールでは入賞に入ったこともあるようだね。体育祭では走りで1位を取るのは当たり前、それよりもリレーで1位になったことを誇っていたね」

「それなりに凄いと思うけど……えっ、ちょっと待って、なにそれ?」

「あいつのいう生まれながらの天才って、その程度の事なんだよ。その程度ならトレセン学園にもザラに居るっていうね。東大とか京大とかに行ったら大体、そんな奴ばっかりだよ」

 

 それがモノホンの天才を相手にギリギリまで追い詰めてたってんだからね、と肩を竦めてみせる。

 

「天才ってのは幾つか定義があるだろうけども――その中でひとつ、言えるのは、きっと、飛び抜けたなにかを1つ持っている者に使う言葉だ」

 

 その上で、と彼女は悪戯っぽく笑って告げる。

 

「あいつの自惚れは天才的だ」

 

 悪口とも、褒め言葉とも、取れる声色だった。

 

「それなりの才能はあったんだと思う。でも、少し探せば見つかるような才能を磨き続けることでウマ娘史上に残る天才をギリギリまで追い詰めたんだよ、あいつ」

 

 だから私も挑戦することに決めたんだ。と、そこでスズマッハは言葉を区切って(ターフ)を眺める。

 

「悔しいけど、天才はいる」

 

 それでも、と彼女は続ける。

 

「私は可能性がある限り、追い続けると決めた。何度だって手を伸ばし続けてやる」

 

 そう言いながら伸ばした手は何処に向けられているのか。

 しっかりと握り締めて、それ以後、彼女は黙りを決め込んだ。

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 

 ゲート前で海外のウマ娘の内、何名かが震え上がっていた。

 ゲートに入ることを嫌がって係員に後ろから押される形で収まる。

 異様な空気を放つのはシンボリルドルフ。

 その身から放たれる気迫はまるで放電の如し、張り詰めた緊張感がパリッと肌を刺激する。

 日本には侍が居る。日本には鬼が居る。

 その言葉を肌身を以て、思い知らされる数名のウマ娘。その空気の中でも涼しい顔をしているのは、ベッドタイムやマンジェスティーズプリンスの2人。彼女達は世界の広さを知っている、それ故に世界レベルの化け物の存在を知っていた。

 特にマンジェスティーズプリンスは幾度となく海外のGⅠレースを渡り歩いた古兵だ。シンボリルドルフのことをウマ娘後進国である日本のウマ娘だと侮ることなく、警戒すべき難敵として認める。事前情報では、日本のウマ娘で警戒すべきはシンボリルドルフとミスターシービーの2人、ミスターシービーに幾度と負けを重ねたカツラギエースは警戒に値すべきウマ娘ではない。シンボリルドルフとミスターシービーという日本の2大エースに勝つ事、それ即ちカツラギエースに勝つことへと繋がるのだ。

 それに真に警戒すべきは身内にいる。日本以外のウマ娘こそが、このレースにおけるライバルであった。

 ファンファーレが鳴り響いた。

 今年のジャパンカップの注目度は例年の比ではない。

 

 大半のウマ娘ファン、レースを志すほぼ全てのウマ娘が、

 観客席で、テレビで、ネット配信で、視聴して注目する中で

 世界を舞台にしたレースが今、始まった。

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