そして前回のアンケートに投票してくださった方、ありがとうございました。
思っていた以上に票が集まり、思っていた以上に票が散らばって楽しませて貰いました。
応援で票を入れてくださった方も多かったと思います。
今回はお試しで置いてみましたが、以後も趣向を変えて置いてみたいものです。
私、ミスターシービーの王道は挫折から始まった。
トレセン学園に入学した時は類稀なる才能の持ち主と持て囃された事もあったが、熱くなりやすい性格が裏目に出る事が多かった。他のウマ娘と少し競っただけで極端に視界が狭くなり、息も吐かずに最後の最後まで全力疾走をしてしまうのだ。そんな感じだったので最後の直線では、精も根も使い果たして、模擬レースでは入着することも出来ない日々が続いた。
もっと賢く走れたらと思う、性格を矯正しようと何度も考えた。
それでも、やはり駄目なのだ。ちょっと他の誰かと並んだ闘争本能とでも呼ぶべきものが剥き出しとなり、自制を効かせることが出来なくなる。
カツラギエースの好位置からの差しレースには、ちょっとした羨望と嫉妬を覚えていた時期もある。
11月にメイクデビューを果たしてから2連勝を果たした。
その時は持ち前の身体能力の差で強引に勝利をもぎ取ったが、2勝クラスのひいらぎ賞で私は初めての敗北を喫した。それは出遅れによるもので、無理に前へは行こうとせずに後方でじっくりと脚を溜めるレース展開だった。最後の直線で猛追を仕掛けるも結果は2着、ただ何時も違って脚にはまだ余裕があったし、レース展開もしっかりと頭の中に残っていた。
競り合ってしまうのが駄目なんだと理解したのは、この時だ。
私が追い込み戦法について、真面目に考えるようになったきっかけのレースであり、充分な練習時間を設けた共同通信杯から快進撃を続けるようになる。共同通信杯、弥生賞、皐月賞、東京優駿。序盤は最後方で脚を溜めに溜めて、第3コーナーから仕掛けてバ群を捲り、最後の直線で突き放すといったレースを得意とするようになった。
他のウマ娘と競ると掛かり、力を使い果たしてしまうと云うのであれば、最後方で仕掛け時だけを考えれば良い。
トレーニングも最後の直線に重点を置くようになった。
どうしても私は最後方からのレースになる為、できるだけ長くスパートを仕掛けられる脚が必要になる。
粘り強い脚が必要だった。
私は天才ではない、もっと綺麗な勝ち方もできたはずだ。
勿体ない、とニホンピロウイナーは云った。信じられんわ、とスズカコバンは首を横に振る。頭ゴリラかよ、とカツラギエースですらも理解を止めていた。
私には、これしかなかった。不器用な私では、勝ち方が限られていた。
この戦法に殉じようと決めた時から、翳っていた私の心は、雲ひとつない青空のように澄み切っている。
さあ、行こう。何処までも。
常識なんて関係ない、もっと楽に勝てる戦法があることも分かっている。
それでも、これが私に許されたたったひとつの勝ち筋だったから極めてやったのだ。
やるからには、やってやりましょう。
勝てば官軍。理屈云々ではなく、私のやり方が正しいのだ。
踏み締めた地面を抉り、ゴール目掛けて吹っ飛んだ。
ズン、と
彼女がスパートを仕掛ける時は、何時もそうだった。
大地が、弾んで、空を駆けるように飛び出した。
爆発的な加速力、驚異的な瞬発力。駆け出したが最後、絶対に垂れない粘り強さが彼女の脚には凝縮されている。
彼女の肉体に宿る全てが末脚の為に必要なものを兼ね備えていた。否、最後の最後に先頭でゴール板を駆け抜ける為に、最後の直線に全てを振ったのが彼女の肉体だった。たったひとつの戦法を極めた彼女の肉体は、刀鍛冶が何度も鉄を叩いて、幾度と折り重ねて鍛えた刀剣のように研ぎ澄まされている。その全てを最後の直線の為だけに捧げた姿が、そこにはあった。
それは狂気だった。それしか勝ち目がない、と理性的に狂っていた。
濃縮された殺意が他ウマ娘を無慈悲に切り捨てる。日本よりも遥かに先を行くと云われる、海外のウマ娘が、たった1人の狂気に呑まれて斬り伏せられる。並ぶことすら許されず、差されて、追い抜かされて、問答無用に彼女の後塵に拝した。
ドッ、と地面を踏み締める音が鳴る。
どの世界にも大莫迦者はいる。理屈とか、理論とか、全てを無視して、自分だけが信じるたったひとつの定石に縋り、踠き、足掻き、苦しんで、後世の誰も脚を踏み入れることができない極地に辿り着けてしまう者が極稀に現れてしまうのだ。
そのウマ娘は禁忌を侵した。
しかし、そのウマ娘にとっては、それしか手がなかった。
つまりは、勝てば良かろうなのだ。
それで勝ってしまうから、彼女は万人に愛されているのだ。
「あいつは最初、逃げウマ娘になると思っていたんだよ」
会場に来ていたトウショウボーイが、懐かしげに語る。
「初めて顔を合わせた時には運命を感じた。こいつなら私の後を任せられるかもって思った。でも違ったんだよな」
テンポイントとグリーングラスは好敵手の言葉に黙って耳を傾けながらレースの終盤を見守り続けている。
「あいつは私じゃない、私とは余りにも違い過ぎている」
東京の山などものともせずに駆け上がった。
ミスターシービーは後にも先にもただ1人、唯一無二の猪武者が世界を相手に突っ走る。
常識破りのウマ娘が、世界の壁を破りに猛然と襲い掛かった。
「あいつはミスターシービー以外の何者でもなかったんだ」
会場が、今シーズン一番の歓声で賑わった。
第4コーナーの終わりから私、ベッドタイムは先頭を走る田舎臭いウマ娘を相手に競り合っていた。
もう力尽きていたはずだ。口の端からは泡を吹き出して、顎は上がっており、身体は右へ左へとふらついている。
走る姿勢すら維持できず、我武者羅に走っているだけのウマ娘を、私は追い抜かせずにいる。
あと半バ身の差だった。
悠々と抜かして、後はゴールまで一直線に駆けるだけの簡単な仕事のはずだ。
息絶え絶えのウマ娘を相手に、たった、それだけの事が出来ずにいる。
カツラギエースは白目を剥いていた。
お世辞にも整ったとは云えない間抜け面を晒して、尚も彼女は先頭を駆け続ける。
理解が及ばなかった、まるでウマ娘以外の何かと走っているかのようだ。
珍獣とも呼べるウマ娘を相手に、私はあと半バ身が詰めることが出来ない。
おかしい、明らかにおかしい。
今にも力尽きてもおかしくない過呼吸状態、そんな状態で彼女は更に加速をしていた。
なんだ、このウマ娘は、日本には、モノノケがいると聞いた。
話を聞いた時は、そんな莫迦な、と鼻で笑った。
居る。モノノケは、居る。
先頭を走る、何か、それこそが、モノノケだ
どれだけ走っても、走っても、追い抜けない。
底はもう見えているはずだ。
しかし、どれだけ走っても追い抜ける未来が見えて来なかった。
何時までも走り続ける、そんな怖気がする光景を予見した。
脚が緩んだ、距離が離されていった。
――パリ、と空気が弾ける音が鳴った気がした。
脚が緩んだ、その横を鹿毛色のウマ娘が抜き去っていった。
まるで雷撃のような暴力的な末脚で、先頭のウマ娘へと襲い掛かる。
日本は魔境だ、モノノケが2人も居る。
――ズン、と更に背後から足音が響いた。
前言を撤回するのは、間もなくだった。
その秋、日本は世界に届いていた。
世界よ、見よ!
これが日本のミスターシービーだ!
これが日本のシンボリルドルフだ!
全世界を席巻せよ!
と誰もが息巻いたその瞬間、先頭を譲らない諦めの悪いウマ娘が居た。
レース前で10番人気の大穴が、ただ1人、意地だけで先頭を突っ走っていた。
そのウマ娘の名は、カツラギエース。
ベッドタイムの猛追を凌ぎ、そして今、勝負の舞台はシンボリルドルフとの一騎討ちに移行した。
ポロポロと涙が溢れ出した。
先頭で大激戦を繰り広げるカツラギエースの勇姿を見て、言葉を失っていた。
身体が震えるのを止められなかった。
背後から猛追するシンボリルドルフの姿を見て、誰もが先頭を交代する姿を幻視した。
しかし、そんな未来を頭を振って否定する。
自然と握り締めていた拳、私、ツインターボは柵に身を乗り出して叫んだ。
「頑張れえっ! エース、負けるなあっ!」
そう叫んだ瞬間、カツラギエースの瞳に正気の色が戻った気がするんだ。
「……諦めないという事はァッ!!」
カツラギエースが吠えた。
彼女の身体が落ちる。
確と地面を踏み締めて、姿勢が正しく戻った。
魂が震え出す、全てを燃やし尽くさんと闘志が燃え盛る。
坂を登り切って、シンボリルドルフの追走を振り切らんとカツラギエースが更に加速した。
「こういう事だあああああああああああああああッ!!」
もう涙で、まともに前を見ることもできず、何度も服の袖で拭い取る。
その合間に、海外のウマ娘を抜き去る何者かの影を見た。
……追い、抜かせないッ!
理屈じゃない、常識じゃ考えられない。
ベッドタイムよりも速い末脚で追いついたにも関わらず、カツラギエースは尚も粘り続ける。
いや、何を言っているんだ。常識を外れた走りをした奴は他にも居た、ビゼンニシキだってそうだった。
限界を超えた先で、加速するウマ娘は存在している。
驚く事はない、彼女の底はまだ見えていなかっただけの話だ。
此処から幾度と加速しようとも、何度でも、何度でも、挑み続けるだけの話だ。
私は、3冠ウマ娘だ! 私の世代を代表するウマ娘なのだ!
私の敗北は、私がこれまで下してきた全員を貶める結果になる!
まだだ、まだ、私は走り続ける事ができる!
更なる加速を求めて、力強く地面を踏み締めた――瞬間、私の脇を抜き去る影があった。
気付けば、背中があった。
ミスターシービーが、私に一瞥もせず、カツラギエースを目掛けて突っ込んで行った。
2人は示し合わせたかのように更なる加速を以て、私を突き放していった。
それを見て、ポキリ、と心が折れる音がした。
ぐにゃり、と視界が歪んだ。
「待たせたわッ!!」
私、ミスターシービーはカツラギエースに向けて叫んだ。
しかしカツラギエースは一杯一杯なのか反応はなし、だが意識はしているはずだ。
そうでなければ私の末脚から逃がれるべく、更なる加速しないはずがなかった。
ああ、そうだ。
此奴は初めから強かった。
大舞台で転けるような精神的な弱さはあったが、最初から私に勝てる強さがあった。
こんな舞台で全力で競い合いたいとずっと思っていた。
「秋の天皇賞の約束を忘れたとは言わせないわよ!」
「……だああああ! うっせえなあ! 必死なんだよ、こちとらああああっ!!」
「さあ雌雄を決しましょう! 全力の全開で打ちのめす!!」
「手加減しろや、クソがあああああああああッ!!」
シンボリルドルフは後塵に拝した。
もう私達2人の独壇場、此処から先は世代最強を賭けた大一番だ!
カツラギエースを仕留め切る為に、更なる加速を試みた。
柵を握り締める、涙が溢れて止まらない。
シンボリルドルフの姿勢が僅かに崩れて、ズルズルと後退していく姿を見た。
信じられなかった。信じたくはなかった。
最強はシンボリルドルフだと信じている。
もう駄目だって、嫌でも分かる。
そこには絶望があった。
それでも――いや、だからこそだ。
シンボリルドルフなら、なんとかしてくれるって信じたかった。
どうにかして欲しかった。
だから叫んだ。
「勝ってよ、シンボリルドルフッ!!」
その言葉が届いたのか分からない。
声が届くかどうかも分からない、それでも叫ばずにはいられなかった。
勝って欲しい。何故ならシンボリルドルフはボクの英雄なんだ!
「ルドルフ、勝ってェーッ!!」
――パリ、と空気が弾ける音が鳴った気がした。
「会長の、バカ……どうしてそんな相手にてこずっているんだよ……」
手に持っていたドリンクを握り潰した。
レースの結末は知識として知っている。
それでも言わずには居られなかった。
「ボクに絶対になれって言ったんだ。それを言った会長が絶対にならなくてどうするんだ……」
それは理不尽な怒りだった。
許せなかったんだ。会長が苦戦をしている事に、絶対の心得を教えてくれた会長が簡単に諦めるなんて許せなかった。
だから、激情のままに呟いた。
「……行けッ!」
ボクはやったぞ、やり遂げたぞ。
なら、会長がやらなくてどうするんだ。
この時代の会長はまだ、あの頃の約束を知らない事は分かっている。
これが理不尽だって事は重々に分かっている。
この世界が、自分の知る過去とは少し変わっている事も分かっていた。
それでも、それでもだ。
どうして言わずに居れようか!?
絶対は、此処にある。
「……行け、会長。皇帝の神威は結果じゃない、その在り方にあったんだ」
後押しするように呟いた言葉。
その言葉が届くはずがないのは分かっている。
しかし、シンボリルドルフが背中を押されるように加速を始めた。
「……う…ッ!」
声が聞こえた気がした。
「お……おッ……おっ!!」
それは観客席から、そして遠い遥か先から。
「……ぉ……ぉおッ……お……おおッ……ォォ!!」
非現実的だって事は分かっている。
しかし、今は常識を外した。誰かが私の勝利を信じている。
その事実がある以上、どうして諦められようかッ!!
「……ォォおおおおオオおおおオオオオおおおおおおおッ!!」
まだ行ける、脚に力が入る。
最後の坂道で脚を壊しても走り続けたウマ娘を私は知っている。
勝負が確定する最後の瞬間まで、前を向き続けたウマ娘を知っている。
恥を知れ、己を奮い立たせろッ!
限界は、誰かが決めるものじゃないッ!
振り絞る力は無限大ッ! 戦い続ける意志が勝利を掴むんだッ!
戦いもしない者に、勝利は訪れないッ!!
――さっさと行けよ、バーカ。待ちくたびれたよ。
その時、肉体の全てが合致した気がした。
幾度と調整を重ねてきた走る姿勢が、最適解を導き出す。
ガチッと歯車が噛み合う感触があった。
脳裏に過ぎるは東京優駿、最後の坂。前を走る最高の好敵手の姿。
ビゼンニシキが最後の最後で見せた理想の走り、それが私の肉体にピッタリと当て嵌まった。
……行ける、と確信を以て、前を走る2人を追走する。