錦の輝き、鈴の凱旋。   作:にゃあたいぷ。

39 / 92
第18話:奇跡の帝王

 ボクが今、この地に立つのは三女神の導きがあっての事だ。

 嘗て、ゴールドシップはメジロ家の存続という目的の為にチームスピカに潜り込んで利用した事がある。

 三女神の一柱であるバイアリータークが望むのはヘロド系と呼ばれる魂の血族の存続であり、その根幹を握っているのがメジロ家、強いてはメジロマックイーンの復活が分岐点にあったようで、奇しくもゴールドシップと女神バイアリータークの思惑が合致した形となった。

 ただ、それでも足りなかったのが前世での話になる。

 繫靭帯炎から奇跡の復活を果たしたメジロマックイーンだけど、後遺症が残っていたのか長距離を走り切ることが出来ない脚になっていて、ドリームトロフィー・リーグでは勝ち星を上げることなく引退してしまった。

 それを契機にメジロ家は衰退の一途を辿る。

 途絶える事はなかったが、細々と存続するだけで嘗ての栄華は見る影もなくなってしまった。

 

 ボクもまた何度も骨折した影響もあって、ドリームトロフィー・リーグに長く滞在する事ができなかった。

 最初の一年目は結果を残したが、二年目以降は脚部不安に苦しめられて、三年目には着内に入る事もできなくなって引退する。その頃には、一足先に引退をしていたメジロマックイーンはメジロ家が養子として引き取った幼いゴールドシップを相手に悪戦苦闘する毎日を送っていた。

 嘗てあった輝かしい青春の日々、もう誰かを待つ事はない。そして待たせる事もない。

 全てが終わった。と実感した時、ポツリと無用心に零した一言が、ボクを超常現象の世界へと巻き込んだ。

 

“その願いを叶えよう、代わりに叶えて欲しい願いがある”

 

 それは見納めだと思って訪れていたトレセン学園を散歩していた時の事、三女神の彫刻がある広場にて、眩いばかりの光に包まれたボクは世界から忽然と消えてしまった。

 

 ボクの本名はトウカイテイオー、ボクの魂にもヘロド系の血脈が流れているとのことだ。

 女神バイアリータークに望まれたのは、ヘロド系と呼ばれる魂の血族の存続。

 ボクが呟いたのは、メジロマックイーンとの再戦。それもお互いに全盛期だった時期の事だ。

 

 あの時、ボク達は最強だった。

 誰よりも速かった。全てのウマ娘がボク達を追走するしかなかった。

 ウマ娘に関わる全てがボク達を中心に回っていた。

 

 たった一度きりの勝負では物足りない。全然、足りない。

 ボクが望んだのは、メジロマックイーンとジュニアからクラシック、シニアに至るまでトゥインクル・シリーズで競い合うことだ。

 その願いが叶えられて、ボクは今、東京レース場の観客席に立っている。

 

 最初にボクが立っていたのは、三女神の彫刻の前だった。

 手を見れば、ボクの身体が幼くなっている事はすぐに分かった。財布の中には五百円玉が十枚、これはボクが時間を逆行する前に入れていた五千円札を硬貨に変換してくれたものだと思ってる。

 最初に確認したのはウマ娘新聞であり、食堂に置いてある共用のものを拝借した。

 それで今日がジャパンカップの開催日っていう事を知った。その時にボクが知る歴史と変わっていることも分かった。それは会長が生徒会長じゃなくなっていた為だ。ハイセイコーというマルゼンスキーの少し前に活躍したウマ娘が生徒会長として、新聞のインタビューに答えていた。彼女の事は記憶の奥の方に薄らと残っている。確か、当時は最も人気の高いウマ娘として知られており、第一次ウマ娘ブームを作った立役者でもあったはずだ。

 そもそも会長の所属チームはリギルではなくて、ベテルギウス。ボクが過去に戻った時代は、ボクが知る歴史とは明らかに変わっている。

 ボクだけじゃない? ボク以外にも過去に戻ったウマ娘が居る?

 

 悩んでいると頭が疲れたから、道すがらではちみつドリンクを購入してから東京レース場までやって来た。

 お金の心配もあるけども、トレセン学園の理事長は秋川やよいだ。ジャパンカップの後にでも突撃して、何か良い考えの一つでも御教授頂ければ、と軽い気持ちで考えている。あの御人好しの理事長が今のボクのような幼子を追い出すような真似をするとも思えないし、頼れるところは頼っていかないと生き死にに関わる。

 それはさておきとして、会長のレースは観戦するんだけど……

 

 そういえば、この世界のボクって存在するのかな?

 

 結論を言っちゃうと、居た。

 東京レース場の入り口で目を輝かせるボクの姿を発見し、そしてまだ幼い頃のメジロマックイーン他、メジロ家の面々の姿も確認できた。まだ心の準備が出来ていなかったボクは人混みに隠れた後、彼女達と顔を合わせないように距離を置いて観客席に向かう事になる。

 その先で出会った幼いツインターボ。カツラギエースの激走に感化された彼女はゴールの後、呆然と涙を流しながら (ターフ)を眺めていた。

 ボクもまだ会長が負けた事は今でも信じられない。

 でも、これだけのレースを見せつけられて、結果を受け入れないのはレースを侮辱する事だとも思った。ボクも春の天皇賞では悔しい想いをした。無敗のウマ娘で居るって決めたのに、メジロマックイーンに敵わず、勝ち続ける事ができなくなった。今でも悔しいと思っている。でも、やっぱり、あの時の経験もあったからボクは最後の有マ記念で勝てた。誰よりも悔しい想いをして来たから最後の大一番を勝つ事ができた。

 まあ悔しいけど、やっぱり負けるところなんて見たくなかったけど。

 

 レースを終えた後、ツインターボと一緒に東京レース場を出た。

 この世界のボクとメジロ家の面々とは顔を合わせないように、まだ泣きじゃくるツインターボを近場の公園でベンチに座らせる。なけなしのお金を使って飲み物をひとつ買って渡してあげた。

 今、彼女に話しかけるのは無粋だと思ったから、暫く隣に居てあげる事にした。

 

 ついでに買って来た自分の分のスポーツ飲料水、飲むと冷たい液体がやけに身体に染み渡った。

 熱に当てられたか。そりゃそうだ、あれだけのレースを見たら誰だって熱くなる。

 ボクが、この世界に訪れた日がジャパンカップの開催日だったのは意図的なものではなかったと想う。

 でも、ボクが今日のレースを見た事には運命的なものを感じざる得ない。

 

 だって、ボクはこの時、東京レース場に居なかったんだ。

 

 また、走りたいな。

 今度こそ思う存分に走ってみたい。次こそは骨折もせず、好きなだけ走りたい。

 でも、それは無理だと分かっている。

 

 女神から説明は受けている。

 ボクの身体は、そのまま幼くなっているだけだ。つまり、三度も骨折をした事実はなくなっていない。子供の成長力を以てすれば、骨折の影響も以前ほど大きなものではないけども、古傷として残り続けることにはなる。無理をしないように、と再三に渡って忠告を受けてから送り出されたので、今回は怪我をしないようにしっかりと予防するつもりだ。

 牛乳を飲んだりとか、しっかりと魚を食べたりとか、そんな感じで。

 

 メジロ家の主治医さんには、御世話になりっ放しだったな。

 怖いけど、良い人だった。他にもメジロ家には、メジロマックイーンが引退した後も少しでもボクが長い間を走れるように献身的に付き合ってくれた。もっとお礼を言っておけば良かったな、前の世界に心残りが結構残っちゃってる。

 今回は、御世話になるような事にはならないように気を付けなきゃいけない。

 

 前のボクは怪我に対して、無頓着過ぎた。

 会長のようなウマ娘になる為には、強い事は勿論、丈夫であることも同じくらいに大切だ。

 さておき、ツインターボも落ち着いて来たので、そろそろお別れにしようか。

 

「テイオー、次は何時会えるの?」

 

 あれ? テイオー呼びに戻ってない?

 

「キセキの方で呼んでって言ったはずなんだけどね?」

「テイオーの方が言いやすい」

「えぇー……」

 

 この世界のボクと呼び方が被りそうで、なんだか面倒が起きそうだったから変えて貰ったんだけどな。

 

「ま、いっか」

 

 彼女、ツインターボと次に顔を合わせるのは随分と後の話になりそうだし。

 

「次に会う時はトレセン学園に入学する時じゃないかな?」

「えー、やだー。また会おうよー、ターボが会いに行くからー」

「そう言われてもなあ……」

 

 帰る家、ないし。

 この世界に別のボクが居るってことは、家に帰ることは出来ない。

 だから早めに理事長のところに行きたかった。

 

「ボクの家はちょっと、人を呼べないから……」

「どーして?」

「どうしてって言われてもなあ……親とか?」

 

 前世の両親、ごめんなさい。

 ツインターボは、むうっと頰を膨らませた後で「それなら!」と口を開いた。

 

「ターボの家に来てよ! それなら良いでしょ!?」

「まあ、それなら……」

 

 いざとなれば、明日にでも会いに行けば良いかな。

 とそんな気持ちでツインターボに手を引かれるまま、彼女の実家まで脚を運ぶ事になった。

 翌日、ボクはツインターボの家で過ごす事に決まっていた。

 

 ワケワカンナイヨー。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。