ジャパンカップから数日後の事だ。私、スズパレードは見た。
トレーニングを終えた後、汗を流しに共用の浴場に足を運んだ時、彼女は居た。
他のウマ娘達に視線を浴びるのも気にせず、3冠ウマ娘を扱き使って、自分の頭と背中を洗わせる彼女の姿があったのだ。
あー、とか、んー、とか、低い声を零しながら為すがままに体を洗わせている。
何を見ているのか、何を見せつけられているのか。
鏡越しに私の姿に気付いたビゼンニシキが、やあ、と気さくに手を上げて声を掛けてきた。
「久しぶりだね、我が友よ。私は遂に皇帝を従えるまでに至ったようだ」
「誰が誰を従えているって云うんだ。ほら、お湯を流すぞ」
言葉を妨げるようにシャワーの湯を掛けられたビゼンニシキは抵抗ひとつ見せずにお湯を当てられる。
「……いや、待って、何がどうなってこうなってるの?」
困惑する頭、いや、二人はいつの間に此処まで親しい関係になっていたのか。
「知りたいかい? 私事で彼女と顔を合わせた時に左脚を悪化させてしまったんだ。その責任を取ってもらっているという訳だよ」
「悪化させたって!? それ、大丈夫なの!?」
「大丈夫、大丈夫、ちょっと治りが遅くなることになっただけだ。その長引いた分だけ彼女には私の身の回りの世話をして貰う事になった」
3冠ウマ娘様を扱き使うのは気分が良いよ、と彼女は肩を揺らして笑ってみせた。
ええ、なにそれ。ええ……
思わず頭を抱えたくなる事態にシンボリルドルフは私を見て、「代わってくれるか?」と問い掛けてきた。
「正直、こいつは我が儘でな。やれ、あれをしろ、ほれ、これをしろ、とうるさいんだ」
「今しか味わえないんだから楽しまなきゃ」
「私は有マ記念に向けての準備もあるのだが?」
「大丈夫、進捗は順調だよ。元より君はオーバーワーク過ぎるんだよ。もう少し君のトレーナー君を信用し給え、彼女はああ見えて有能だ」
「それは分かっている」
軽口叩き合えるほどに仲が進展してるんですけど、なにそれ羨ましい。
いとも簡単に距離を詰めた彼女のことを妬ましく思い始めた頃合だ。
ふむ、とシンボリルドルフが横目に私の顔を覗き見ると手に持っていた洗身用のタオルを私に手渡した。
「……ルドルフ、職務放棄?」
「私だって偶には一人でゆっくりと湯船に浸かりたいんだ。代わりが居るなら良いだろう?」
「まあ、構わないんだけどね」
タオルを片手に恐る恐ると彼女の背中に近付いて、なんとなしに彼女の髪をスンと嗅いでみる。嗅ぎ覚えのない石鹸の香りがした。
「私の知らない女の臭いがする!?」
「これはこれで反応が楽しいし」
「お前、本当に何時か夜道で後ろから刺されるぞ?」
「大丈夫、パレードが私を刺す訳ないじゃない」
とりあえず、彼女の体をゆっくりと丁寧に洗わなくてはならない。
彼女の柔肌を決して傷つけないように……はあっ、はあっ、と荒い息が漏れる。
「もっと強く擦らないと綺麗にならないよ?」
「無理です! 私には、これ以上、力強くなんて……!」
「擽ったいだけだなあ」
不満を口にしながらも、クスクスと肩を揺らす彼女に頭がおかしくなってしまいそうだった。
「スズマッハも居るんでしょ?」
そう云えば、奥の隅っこの方でいそいそと体を洗っていたウマ娘の一人がピクリと反応する。
「最近、私のことを避けてるよね。悲しいなあ……」
よよよ、とビゼンニシキが泣き真似をすれば、スズマッハは盛大に溜息を零して、歩み寄って来る。
「なに、私も体を洗えば良いの?」
「あげません!」
私はビゼンニシキの身体を背中越しに抱き締めて、断固とした決意を以て、ガルルとスズマッハを威嚇した。
「……いや、取る気はないけどさ」
スズマッハが、そんな私を蔑むように見下してくる。
「パレード。私の所有権を主張するのは良いけど、少し前からルドルフと同室しているんだよね」
その言葉を聞いた時、様々な妄想が私の脳裏を駆け巡った。
女同士、密室、数日間、何も起きないはずがなく……!
全てを察した後、私は涙を流しながら浴場全体に響き渡る声で怒鳴り散らしていた。
「こいつら、うまぴょいしたんだ!」
「うまぴょい言うな」
湯に浸かっているシンボリルドルフが頭を抱える。
「うまだっちしたんですか?」
質問を重ねたのはスズマッハ。ビゼンニシキは意味深に笑みを浮かべることで答える。
それを見て、私は感情を抑え切れなくなって、頭を左右に振りながら叫んだ。
「昔の女だって、すきだっちした癖にうまぽいするんだ!」
「おい、ニシキ。なにを楽しそうに笑ってんだ、この二人を早く止めろ」
「パレードって揶揄うと面白いんだよ」
ケラケラと笑うビゼンニシキに「良い性格をしているよ」とシンボリルドルフは諦め混じりの大きな溜息を吐き捨てた。
「それで私のことを呼んだって事はなにか話したい事があるんだよね?」
そんなスズマッハの言葉にビゼンニシキは首肯する。
彼女は後ろを振り返って、皆の顔が見えるように、そして皆に自分が見えるように向き直った。
ビゼンニシキは不敵な笑みを浮かべたまま、浴場にいる皆を見渡した。
「先ずはシンボリルドルフ、スズパレード、スズマッハ……」
彼女は、それぞれに視線を送る。
「ハーディービジョン」
湯船に浸かっていたウマ娘の一人が顔を上げる。
「ニシノライデン」
頭を真っ白な泡だらけにしたウマ娘がギュッと目を閉じたまま、ビゼンニシキの方を見た。
「あとはゴールドウェイ、メジロシートン、キョウワサンダー辺りかな」
それぞれ3人のウマ娘が反応を見せる。
「これは私が考えた夢物語、本来なら私自身が実行する予定だったんだけどね。もし君達にシニアクラスの先輩方と喧嘩をする気概があるのであれば、先ずは御清聴頂きたい」
反応は良くもなければ、悪くもない。
興味はないが、とりあえず話は聞いてやると言ったところか。
ビゼンニシキは浴場内にる全員の注目を浴びながら語る。
「近年、有マ記念はファン投票によるグランプリレースであるにも関わらず、出走枠である16人を満たさない事が多い。その年の最強を決める夢のドリームマッチが聞いて呆れる」
彼女は肩を竦めた後、その拳を握り締めて、皆を見た。
「出走することに意味がある、出走することが栄誉になる。やるなら今だ、3冠ウマ娘が世代を分けて2人も居る今だからこそ出来る。全国のウマ娘ファンで選ばれた、と自覚を持ち、誰もが出走したいと願う夢のグランプリレース。今の時代、それ相応のレースは日本ダービーを置いて、他にない。これはウマ娘全体の発展へと繋がり、これから生まれる全てのウマ娘達に希望を与える物語になる」
概要を語り終えたところでハーディービジョンが挙手をして、口を開いた。
「それで具体的にどうするつもりなんだ?」
「シニアクラスに喧嘩を売る。これは世代を賭けた一大決戦、有マ記念は個人戦であると同時にチーム戦になる」
「それって、それって、ひとつ上の先輩達との対戦になるって事だよね!?」
ニシノライデンが頭から湯を被り、ブルブルと身体を振って水気を飛ばしてから口を開いた。
「なにそれ、めっちゃ楽しそう!!」
乗り気なのが一人、スズマッハが間髪入れずに問いかける。
「要は注目を浴びるって事だよね? 出走するだけで、出走する全員が顔を覚えられるようなドリームレース。でも、それってどうするの?」
ビゼンニシキは人差し指を左右に振って、どや顔で告げる。
「策ならある!」
そう言った時、シンボリルドルフが僅かに笑った。
数日後のウマ娘新聞の一面をシンボリルドルフが飾った。
見出しにはこうだ。
――私達の世代は、上の世代よりも強い。
それは全国各地、辺境にいるウマ娘ファンにも漏れひとつなく一斉に配られた。
シンボリルドルフが発した一言は、この年の有マ記念は、本年度における最強ウマ娘を決める決定戦であると同時に、世代戦の様相を見せ始めていた。それぞれの世代が代表するウマ娘達が見出しに載せられる。
その戦績が、その特徴が、そのエピソードが、メディア機関を通じて、SNSを通じて、企業と個人が入り乱れて、情報は瞬く間に拡散された。
投票数は例年の倍以上、注目度は二乗以上だ。
出走ウマ娘が変化する、全ての歴史が変化する。
ハッピーミークは頭を掻き毟った。こんなの知らない! と周りからの視線も気にせずに叫んだ。
物語はIFへと変化する。IFこそが、REALとなる。
ミスターシービーvsシンボリルドルフという3冠ウマ娘同士の戦いから、ミスターシービー世代vsシンボリルドルフ世代という新たな舞台へと移り変わる。
舐めるなよ、若造共が。
ミスターシービー世代には、カツラギエースが居るぞ。スズカコバンが居るぞ。
他にも多くのウマ娘が、その注目度から我こそはと名乗りを上げる。
その勝負の行方は、どうなるのか分からない。
最早、運命は誰かの手に委ねられるという領域を超えて行ってしまった。
だが、これだけは分かる。
全国のウマ娘ファンの誰もが確信した。
今年の有マ記念は、歴代最高に熱いレースになる!