錦の輝き、鈴の凱旋。   作:にゃあたいぷ。

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第22話:ユメヲカケル!

 ふと通り掛かったコンビニで、会長の顔が目に入った。

 どうやら雑誌の表紙のようだ。タイトルには月刊トゥインクルと刻まれている。

 好奇心を抑え切れず、コンビニに寄り道して目的の雑誌を手に取ると再来週に行われる有マ記念の特集がまとめられていた。

 煽り文句はミスターシービー世代vsシンボリルドルフ世代。表紙の写真はミスターシービーとシンボリルドルフが互いを睨み合っている構図であり、表紙を捲ると折り畳みになったページに上下二段で、ミスターシービー世代とシンボリルドルフ世代の立ち写真がズラリと並んでいる。

 会長は嘗て、自分にはライバルと呼べる存在は居なかった。と言っていた。

 

 でも表紙にある会長の写真を見る限り、決して、そんなことはないと思うんだけどな。

 

 ジャパンカップの時よりも、凛々しい顔付きの会長を見て、少しだけ胸がすく想いがあった。

 有マ記念では、もっと素晴らしいレースを見せてくれるはずだ。中山レース場、場所は千葉県の何処か。足を運べない距離ではない、お小遣いさえどうにかなったら直に観戦してみたい。そのまま月刊トゥインクルを軽く流し読みをした後で、購入したスポーツドリンクを片手にコンビニを出ると「テイオーのアンポンターン!」と聞き慣れた声が聞こえて来た。

 声する方を振り向けば、師匠が泣きじゃくりながら何処ぞ彼処に向かって走っているところを見た。

 まあ、たぶん、私を探して街中を歩き回っていたのだろう。

 

「師匠ってば、仕方ないなあ」

 

 トン、トン、と軽く跳躍してから青いツインテイルを振り回す彼女の後を追い掛けた。

 元が私の身体だった為か柔軟性の高さは今でも健在だ。アスファルトの道路を踏み締めて、足首を使って地面を蹴り出した。推進力を殺す事なく、ほぼ真横に飛び出す走法を使って、ボクは数多くのGⅠレースを制覇してきた。風を切り裂いて、空を翔けるように、地面の上を滑るように駆け抜ける。

 そうすれば、まだ走り方も知らない師匠なんて簡単に追いつく事ができた。

 

「ターボ、どうしたの?」

 

 併走して、驚かせないように声を掛ければ、師匠は涙ぐみながらボクに飛び付いてきた。

 

「バカー! 私に何も言わずに遊びに行くなんてテイオーの癖に生意気だーッ!」

「あはは……遊びに来てる訳じゃないんだけどね」

「ん? 遊びじゃないの?」

 

 ボクの事を抱きしめたまま、キョトンとした顔を見せた師匠に言葉を続ける。

 

「トレーニングだよ、トレーニング」

「……トレーニング?」

「3冠ウマ娘になる為に今から出来る事をやっとかないとね」

「……3冠ウマ娘?」

「あー、えっと、ダービーとか、この前に観たジャパンカップとかで勝つ事だよ」

「あ、それなら分かる! ターボも勝ちたい!」

 

 カツラギエースのようにターボもなるんだ、と意気込む彼女を見て苦笑する。

 ツインターボの素質は決して高い訳ではない。いや、あの大逃げ戦法で重賞に勝つだけの実力がない訳ではないのだが、GⅠレースで勝てる程かと言われれば難しいところだ。並大抵の努力で彼女がGⅠレースで勝つことは不可能に近い。なんせ、あの時代にはボクが居る。ひとつ上の世代にはメジロマックイーンにメジロライアン 、メジロパーマーを始めとした強敵達に加えて、ひとつ下の世代にはライスシャワーにミホノブルボン。そして、その下には、あのビワハヤヒデまで居る始末だ。今更だけど、あの時代って本当に怪物や化物と呼ばれるウマ娘が多過ぎる。ナイスネイチャを始めとしたカノープスの面々も、もっと時代が良ければ、重賞やGⅠレースを取れていたはずだ。

 あの時代に産まれたからこそ、それだけ力を伸ばしたのかも知れない。

 

 歴史にIFはない。けど、この世界の未来は、まだ未確定だ。

 

 少し先の未来を思い浮かべて、くすりと含み笑いを浮かべる。

 師匠の爽快な大逃げがGⅠレースで決めたとするならば、それはきっと痛快に違いない。

 それを見てみたい、なによりも師匠の夢を頭ごなしに否定するのは違う。

 

 だって、彼女はツインターボなのだ。

 挑戦する前から諦めるのは、師匠らしくない。そんな師匠をボクは見たくない。

 どうせなら、応援したい。

 

「……GⅠレースに出走できるのは、本当に極々限られたひと握りだけなんだ」

 

 ふえっ? と首を傾げる師匠に話を続ける。

 

「限られたウマ娘がオープンクラスに上がり、その中で限られたウマ娘が重賞レースに出て、更に、その中で選別されたウマ娘がGⅠレースという大舞台に出走する」

 

 それでボクの前に立ちはだかるのであれば、それはそれで構わない。

 正々堂々と真正面から叩き潰してやる。

 

「GⅠレースで勝つっていう事は、十数人で行われるレースを何度も勝ち上がったウマ娘だけが出られる大舞台で勝利するって事なんだ」

 

 この時代のボクの夢を潰してしまうのなら、それはそれで構わない。

 それで負けてしまうのであれば、所詮、その程度の覚悟ってことだ。

 

「それだけの覚悟が、ターボにはあるの?」

「あるっ! 絶対にあるっ!」

 

 答えは分かっていた。

 それでも即答だとは思わなかったけど、彼女がそう答える事は分かっていた。

 だって、彼女はツインターボなのだ。

 

「ターボもジャパンカップで勝つから! テイオーにだって勝つ!」

「ボクも負ける気はないよ」

 

 でも、とボクは続ける。

 

「ボクが行っているトレーニングを教えてあげるよ」

「良いの!?」

「一緒の方が効率も良いからね」

 

 そう言って、ボクは師匠を連れて、とある神社まで足を運んだ。

 東京都にある神社。急勾配の石段を前で、しっかりと柔軟体操を施した。

 今すぐに走りたがる師匠を宥めて、30分にも及ぶ入念な準備の末に石段を駆け上がる。

 先ずはボク一人だけで、全力で駆け上がった後で息を整えながらゆっくりと下りた。

 そして二本目を全力で駆け上がる。

 幼い身体、先ずは体力作りが大切だと思って、何度も駆け上がってはゆっくりと下りる。

 三本目からは師匠もトレーニングに加わったけど、ボクが六本目に入った時点で、まだ三本目の師匠は息絶え絶えで階段を登っていた。ほとんど歩いているようなものだったけど、それでも走る意思を持ち続けている辺り、やはり根性はあるのだと思った。

 ボクが十本を走り切った時点で師匠は漸く、四本目を終えたところだった。

 

「はぁっ……ぜぇっ……もうだめ……なんで……ひゅうっ……テイオーは、そんなに……走れるの……?」

「ふぅっ……ボクは鍛えているからね……はぁっ……これぐらいしないと勝てない相手がいるんだ……」

「ぜひゅっ……明日も……はぁっ……続ける……の?」

「勿論、今日は身体を慣らすだけだけど、明日からは少しずつトレーニングメニューを増やしていくつもりだよ」

 

 まだ立ち上がることのできない師匠の横で、ボクは地面に線を入れてラダートレーニングと呼ばれるものを開始する。

 

「……ターボも、テイオーみたいになれる?」

 

 そんな弱音を吐く彼女に、ボクは少し思案してから答える。

 

「ボクの方が長く続けているし、年齢もひとつ上だからね。来年には、同じくらいのことはできるようになってるはずだよ」

 

 ボクも最初から出来た訳じゃないし、と笑顔を浮かべれば「ターボ、頑張る!」とボクの見様見真似でラダートレーニングを開始した。何度か足を縺れさせて、転倒していたけど、それでも諦めずに挑戦し続ける姿は刺激を受けるものがある。前はテイオーステップと呼ばれた足捌きを遺憾なく発揮してみせれば、師匠も負けじと脚の動作を早めた。

 

 そうして、幾つかのトレーニングを終えた後で家まで走って帰る。

 

 幸いにも師匠の家は財政的には豊かであった。

 ボクは食べる方ではあるけども、オグリキャップやスペシャルウィークのように大飯食らいではない。

 お腹いっぱいに御飯を食べた後、畳に布団を敷いて就寝する。

 朝に起きると、よく師匠がボクの布団に潜り込んでいた。

 

 そうして数週間が過ぎた頃合いだ。

 師匠が半死半生で石段ダッシュを十本、達成できるようになった時にボク達のことを遠目でじぃっと見つめてくる視線に気付いた。

 振り返ると阿吽の彫刻から、ボク達のことを伺うウマ娘が見つけた。

 

 あれは確か、ミホノブルボン?

 

「ターボ、あの子なんだけど……」

 

 地面に大の字で倒れる師匠に声を掛けると、彼女は倒れたままミホノブルボンを確認する。

 

「はあっ……ぜえっ……あの子もターボ達と一緒にトレーニングしたいの?」

 

 そういうと師匠は、ゆっくりと身体を起こして深呼吸をする。

 そして、無理やり呼吸を整えた後で、彼女の傍まで行って手を差し伸べた。

 

「ターボはね、3冠ウマ娘になるんだよ!」

 

 ん? 師匠の目標が大きくなってないかな?

 

「それでねテイオーはね、7冠ウマ娘になるんだよ!」

 

 あれ? ボクの目標設定も大きくなってない?

 

「当然、貴女もターボ達と一緒にGⅠレースに目指したいんだよね!?」

 

 さも当然のように言ってのける師匠に、ミホノブルボンは首を横に振ってみせる。

 

「いえ、私の目標設定はクラシック3冠レースです」

「ならターボ達のライバルだね!」

 

 それでも尚、握手を求めてくる師匠にミホノブルボンは首を傾げる。

 

「……その手は、何を意味しているのでしょうか?」

「私達は同じ目標を目指す仲間でライバル! なら友達だよ!」

「……そう、なのですか?」

 

 ミホノブルボンが助けを求めるようにボクを見つめて来たので頷き返した。

 

「うん、そうだね。ボク達は友達以上、仲間で好敵手になれる」

 

 ボクも彼女の傍へと近付いて、同じく手を差し出した。

 彼女は暫し、考え込んだ後にボク達の手を受け取る。

 

「認識を修正、同じ目標を持つ者同士は友達以上、仲間で好敵手になれる。認識しました」

「うん、これで友達だね! 私はツインターボ!」

「ミホノブルボンです」

「あはは……」

 

 噛み合ってるような、噛み合ってないような。

 それで、とミホノブルボンはボク達のラダートレーニングの跡を指で差した。

 

「あれは、何をしていたのでしょうか?」

「走るトレーニング!」

「走る? あれで、ですか?」

「テイオーが速くなるって言ってたよ?」

「テイオー、とは、貴女のことですね?」

 

 説明を求めます。と彼女は押しが強く、問い掛けてくる。

 詳しい訳じゃないんだけどね。とボクは骨折の療養期間中に得た知識を口にする。興味深く相槌をする彼女と比べて、小難しい話に飽きたツインターボは一人でラダートレーニングを始めてしまった。競うようにトレーニングをしてきたせいか、ツインターボの足捌きは随分と向上している。

 真似してみる? と問い掛ければ、では、と彼女は入念な柔軟体操に準備運動を始める。

 あ、意外とガチで乗ってきたな。

 

「手伝うよ」

「それには及びません」

「良いから、良いから、一人でやるよりも二人でやった方が効率が良いよ」

 

 そうして柔軟運動をし、彼女が遠い未来に脚部不安に苦しめられた事実を思い出して、柔軟体操と準備運動を怪我と絡めながら重要性を語る。そんなボクの蘊蓄を彼女は真剣に聞いてくれて、だからボクもつい熱が入って語り聞かせてしまった。トレーニングをする意味を、例えば何処を鍛えているのか、そういったことを語りながら一緒にトレーニングを続ける。

 その翌日からもミホノブルボンは毎日のように神社に訪れていた。

 石段ダッシュでは、ツインターボとミホノブルボンを交互で相手に全力ダッシュを繰り返し、三人で縄跳びや色んなトレーニングを繰り返した。ミホノブルボンの要望で軽く走り方を指導してみたり、長距離を走る為に必要なことも聞いてきたのでコツを教える。

 彼女達に教える事はボクの走りに対する理解を深める結果にも繋がった。

 努力をできるのが嬉しくて、競い合うのが楽しかった。

 

 有マ記念の開催が近付いてきた頃、見知らぬおじさんがミホノブルボンの隣に立っていた。

 

「君がブルボンのトレーニングに付き合ってくれているというウマ娘かな?」

 

 一度、顔を見ておきたかった。と彼はボクと師匠の目線に合わせて微笑んだ。

 

「ミホノブルボンの友達になってくれてありがとう。私は、ブルボンの父だ」

 

 そう言った後で、いつも行っているトレーニングを見せて欲しい。と言われた。

 ちょっとやり難い思いを抱きながらも、何時もと同じように柔軟体操や準備運動に30分以上も時間を掛けた後で石段ダッシュから始まるトレーニングを開始する。筋肉トレーニングは石段ダッシュの他に上半身を鍛えるトレーニングを幾つかする程度、今の時期に筋肉はあまり必要ない。体力作りという意味合いが強い。トレーニングの多くは敏捷力や俊敏性、脚のバネを鍛える事を重点においてトレーニングを行っていた。

 筋肉を重点的に鍛えるのはトレセン学園に入ってからでも遅くはない、とボクは勝手に思っている。

 時折、おじさんからトレーニングに関する質問が飛んでくるので、それに逐一答えた。ボクの知識は骨折をしている時に勉強をしたものがほとんどであり、その知識は曖昧になっている箇所も多かった。要点だけ、掻い摘んだ程度のボクの話をおじさんは無愛想に耳を傾ける。

 そんなことを繰り返した後で、粗方、トレーニングを終えた後におじさんがまた話しかけてくる。

 

「君は7冠ウマ娘になるらしいね」

「それは……まあ、そこまで公言したつもりはないけど……」

 

 でも、とボクは答える。

 

「ボクの当面の目的は無敗の3冠ウマ娘です。その先に目指すものがあるとすれば、7冠ウマ娘もあるかも知れない」

 

 ボクは縄跳びを両手に持って、久々に全力で振り回した。

 ほとんど目視できない速度の中で、手足の感覚のみで細かくステップを刻むように飛び続ける。

 おおっ! とツインターボが目を輝かせて、ミホノブルボンがポカンと口を開いた。

 

「レースには絶対はないけど、ボクには絶対がある」

 

 ふっ、ふっ、と息を零しながら限界まで速度を早める。

 

「……柔軟体操や準備運動が多いのは、怪我を恐れての事か?」

「そうだよ。それが一番、怖いからね。怪我で走れないのは一番、悔しいんだ……たぶん」

 

 ちょっと最後に言葉を濁したのは、今はまだ骨折をしていないからだ。

 

「テイオーって寝る前にも入念にストレッチするんだよ!」

 

 ターボも一緒にやってる、と師匠が片手を上げる。

 ふむ、とおじさんは顎を撫でた後、「なにか欲しいものはあるかな?」と訊いてきた。

 ボクは幾つかのトレーニング道具を思い浮かべながら、それとは全く別のものを咄嗟に口にしていた。

 

「有マ記念を観に行きたい」

 

 おじさんは渋い顔を見せた後、ミホノブルボンに視線を送ってから小さく溜息を零す。

 

「親御さんの許可を取ったら連れて行ってあげよう」

 

 そう言ってくれた。

 ツインターボの両親は、ミホノブルボンの事も知っていたのですぐに許可を取れた。

 今から月末の事を思うと夜も眠れなくなる。

 

 

 

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