テンション爆アゲでありしゃす!
ボク、トウカイテイオーはトレセン学園に脚を運んでいた。
放課後に時間が出来たからビゼンニシキに連絡を取ると二つ返事で承諾してくれて、ボクをトラックコースにまで案内してくれる。
そこにはシンボリルドルフが居た。月刊トゥインクルに載っていたニシノライデンの他にハーディービジョン、スズパレード、スズマッハが居る。シンボリルドルフ世代で代表するウマ娘が横一列にズラリと立ち並んでいた。
これから何が始まるの? と隣に立つビゼンニシキに問い掛ければ、模擬レースだよ、と彼女は答えてくれた。
「十人立てって事で暇があるウマ娘にも協力して貰っている。とはいえ応募数の方が多くて選別に困ったけどね」
ビゼンニシキが肩を竦める。
話を聞けば、ジュニアクラスB組からも参加するウマ娘も居るようで、その一人がサクラユタカオーとの事だ。彼女が冠するサクラの名は、ウマ娘界隈では有名な名前であるようだ。他にも有名処としてはメジロの名がある。
ジャパンカップで出会ったウマ娘達の名前にもメジロの名があったっけな。
「……ねえ、ニシキさん。この面子って有マ記念で参加するウマ娘達だよね?」
「そうだね。クラシッククラスの面子で行う特別練習だよ」
「本番前に敵同士で協力し合うの?」
思った疑問を口にすると、ビゼンニシキは首を横に振る。
「普通はあり得ないけど、今回は世代対抗戦でもあるからね」
トラックコースを使っている為にゲートがない。
ウマ娘の一人が両腕を大きく開いて、パンッ、と乾いた音を響かせた。
その音に合わせて、東京優駿に勝るとも劣らない面子のウマ娘が一斉に走り出す。
レース場よりも近い距離で見る模擬レースは本番とは、また別の迫力がある。
数多のウマ娘が地響きを鳴らす走りは、胸の奥まで振動が響くほどの力強さがあった。
間近で見るシンボリルドルフの姿に興奮する、その走りを食い入るように見つめる。
やっぱり彼女の走りは他のウマ娘とは違っていた。
その際立って美しい走りには、ただただ見惚れるばかりだ。
そんな彼女は序盤から中盤にかけて三番手から四番手といった好位置を維持して、第3コーナーから第4コーナーに掛けて徐々に加速を始める。
最後の直線に差し掛かる。瞬間、バ群の最後方から力強い足音が地面を揺らした。
殿付近から追い上げる二人の影、それは先行するシンボリルドルフ以上の末脚を以て猛追を仕掛ける。ハーディービジョンとスズマッハの二人組が二本の矢となってシンボリルドルフに襲い掛かった。そしてシンボリルドルフの前を塞ぐように乗り出したウマ娘が一人、ニシノライデンがシンボリルドルフの前を内から外に横切った。あからさまな走行妨害、横目にビゼンニシキを見れば、渋い顔で口を真一文字に閉ざしていた。
接触を恐れたシンボリルドルフの脚が止まり、その隙を突いたハーディービジョンが彼女の横を抜き去る。
しかしニシノライデンの末脚には今一歩届かず、競り合いの末にニシノライデンが一着をとった。
シンボリルドルフは3着に終わる。
「やったー! 勝った、勝った!」
両手を振り回しながらピョンピョンと跳ねるニシノライデンの姿にビゼンニシキは苦笑混じりに告げる。
「いや、斜行だからね」
「うっそだー! 真っ直ぐ走った!」
「そこまで言うなら映像を観る?」
撮影していた映像データをノートパソコンに移して、ニシノライデンに見せる。
最後の直線に差し掛かった辺りで、彼女は跳ね上がるように耳と尻尾をピンと立てた。
それを見て、ビゼンニシキが満面の笑顔でポンと彼女の肩を叩く。
「君のトレーナーから斜行癖がある事は聞いているよ」
「ぴえっ!?」
「あんなのを本番でされちゃ敵わないから徹底的に矯正してあげる」
とりあえず、後回しだね。とビゼンニシキはシンボリルドルフの側に歩いて行った。
ボクも彼女の後ろをトコトコと付いて行ってみる。
シンボリルドルフは白いタオルを首に掛けて、スポーツ飲料水を飲んでいるところだ。
「ルドルフ。私の走り方は私の理想であって、ルドルフの理想とは別物なんだよ」
「いや、しかし、この走り方をしている時の方が調子が良いんだが……」
「今まで自分の走り方を、しっかりと分析して来たことなかったでしょ? そりゃあ、私がトレセン学園に入る前から固めてきたフォームだから完成度は高いけどさ。もっと上を目指すつもりなら、自分用に調整をして行かないと……」
「ふむ、難しいものだな」
「本当は夏の時期にじっくりとやりたいことだけどね。そのままだと怪我しちゃいそうだから修正は必須だよ」
シンボリルドルフとビゼンニシキが何を話しているのか、ボクには半分以上も分からなかった。
ただ、怪我という単語が気になって「速いだけじゃ駄目なの?」と話の腰を折ってしまった。
「速さだけを追求すると脚に負担も掛かりやすいからね。それに長い距離を走れなくなる。故障する可能性も高くなるから自分の体格にあったバランスの良い走り方を模索する必要があるんだよ」
人によって骨格も体格も違うから、それぞれの走り方を模索する必要があるんだけどね。と彼女は告げる。
「でもルドルフさんは3冠取ったよ?」
「彼女の場合は、生まれ持ってるものが違うからね。それにジュニアクラスの中では完成度も高い。けど一流のウマ娘、ミスターシービーやカツラギエースを相手にやって行くには不十分だ」
君もスペック頼りの走り方をしてはいけないよ、とビゼンニシキがボクの頭を軽く撫でて来た。
それからビゼンニシキは他のウマ娘と会話を交わしに行き、その間にシンボリルドルフは自分の走り方を確かめるように50メートル程度の距離を何度も往復して走った。
全身を使って走る、というのはどういう意味なんだろうか?
走る時に腕を振る。当然だ、その方が走りやすい。でも走るという行為は、脚を使うものだ。脚に力を込めれば、早く走ることが出来る。一瞬、地面を踏み締めて脚を溜めれば、爆発的な加速力を生み出すことも出来た。
言葉では理解できても感覚的に掴めない謎に、その日は延々と悩み続けることになった。
「そういえば、ヘリオスは何処に行ったんだろ?」
ふとビゼンニシキがポツリと呟いた。
「あー、ほんと、今日という日こそ自分の距離適性を妬んだ事ないなあ……」
世間が有マ記念に注目する中で私、ニホンピロウイナーは蚊帳の外である。
人気投票では4位という位置に居るが、私が走りきれる距離は2000メートルが限界だ。
骨折した影響もある。
有マ記念の出走は回避し、来年春の短距離マイル路線に調整する。
来年度の短距離マイルのGⅠレースを全て獲り、マイルCSで同一GⅠ三連覇のおまけも付ければ、誰もが短距離マイル路線に目を向けるはずだ。短距離マイル路線には、絶対の王者がいる。あのシンザンですらも敵わないかも知れないマイルの皇帝が居ると誰もが称賛する事になる。
その為に必要なのは連勝だ、その為に必要なのは不敗神話だ。
しかし、それでも、羨ましいものは羨ましい。
「グレス先輩〜、私も阪神カップに出ても良いですか?」
「おい、やめろ。おい、ふざけんな」
ハッピープログレスが所属するチームのプレハブ小屋にて、牛乳たっぷりの珈琲を啜りながら問い掛けたらすっごい嫌な顔をされた。
スズパレードは有マ記念に出走予定のクラシック組で共同練習に向かっており、それにタマモクロスも付いて行ってしまった。来年の春まで退屈な私は今、凄く時間を持て余している。ハーディービジョンの奴も有マ記念に出走するようでちょっかいを掛けに行くことが出来ない。
その為、退屈な私は12月末に引退レースを行うハッピープログレスに茶々を入れに来た。
「先輩はドリームトロフィー・リーグに行かないって本当ですか?」
「私の実力では、あそこで活躍できないわよ」
「先輩なら行けますってー」
「今のドリームトロフィー・リーグって短距離マイル路線がほとんどないじゃない」
世間的に盛り上がりが欠ける為か、彼女の言う通り、今のドリームトロフィー・リーグの本戦には短距離マイル戦がない。
あるのは3200メートルの
これはそのまま短距離マイル路線の人気のなさにも繋がっている。
「……一年だけ、待ってくれたら私が世界を変えてみせますよ」
そう云ってみるが、ハッピープログレスは申し訳なさそうに笑うだけだった。
「私がGⅠレースで戦えたのは、対抗が貴女しか居なかったからよ」
「そんなことないですよ。貴女は確かに強かった。ミスターシービーやカツラギエースにも負けていない」
「……本物は貴女だけよ」
でも、と彼女は儚げに微笑んでみせる。
「貴女にそう言ってもらえるのは嬉しいわね」
世間が盛り上がる中、日陰者は虎視眈々と地位向上を目指し続ける。
あの日のNHKマイルCのような盛り上がりを見せ続ければ、いずれ、あの日のジャパンカップのような名勝負を生み出せば、いつの日か、嗚呼、ビゼンニシキの離脱が余りにも痛すぎる。
彼女の存在こそ、今の短距離マイル路線には必要だった。
「あ、これ、貰っても良い?」
そう言って、返事も聞かずに小さな手を伸ばす誰かさん。黒鹿毛の髪に青いラインの入った幼いウマ娘はバリボリをクッキーを頬張っており、その姿を私とハッピープログレスはポカンとした顔で見つめていた。
「ねえ、グレス先輩。何時の間に子供を作ったんですか、流石に学生の内は不味いですよ」
「髪の色を考えたら貴女の子になるんだけど?」
「……親戚の子なんですか?」
「縁もゆかりもないわよ、貴女の親戚じゃないの?」
やっば! と目を輝かせて、口の周りを汚しながら次から次にクッキーを頬張っている。
「……えっと、君、何処から来たの?」
「何処から来たって言われると校門からなんだけど、誰と来たかって意味だとシキ姉って人と一緒に来たんだけど、超クールなお姉さんと出会っちゃってテンアゲでゴーしちゃって、見失っちゃうし何処かに行っちゃうし、まじありえないっていうか、それで近場の人に話を訊いたら此処に案内されちゃったワケ!」
……早口過ぎるし、途中でよく分からない言語が混ざるし、話が飛ぶしで要領がいまいち掴めない。
「なるほど、そのシキ姉ってのが貴女の保護者なのね」
「あ、分かるんだ」
「この子、超クールなお姉さんに目を奪われて、保護者と逸れちゃったみたいよ」
「貴女が超クールとか言ってる姿ってシュールよね」
「とりあえずシキ姉って人のところに行けば良いのかしら?」
「えー、それめちゃ困るんですけどー!」
幼子の抗議に私とハッピープログレスは困ったように互いを見つめ合った。
「シキ姉って誰のことかしら?」
「思いつくのはビゼンニシキだけなんだけど……」
余りにも似ても似つかない二人の姿を照らし合わせて、首を横に振る。
「まっさかねー」
この二人が仲良く話しているところがまるで想像できない。
そもそもどうやって出会ったのかすら分からない。
「えっと、シキ姉って人との連絡を取れるかしら?」
私の代わりにハッピープログレスが訊くと「取れるよ」と幼子は首肯して、たっぷりとシールを貼ってデコレーションしたスマートフォンを取り出した。
「でも私、シキ姉の所に戻る前に超クールなお姉さんに会いたいし? どうにかならないかな?」
「名前が分からないと探しようがないんだけど……」
「それな!」
幼子は人差し指で私を指差して、そのウマ娘の名前を意気揚々と口にした。
ちなみに幼子の名前はダイタクヘリオスと云うらしい。
「今度の有馬記念には、モンテファスト先輩が参戦するらしいな」
「コバンの出走も決まったわよ。あとティアラ路線からはロンググレイスも参戦するみたい」
「まるでお祭り騒ぎだな」
「実際、お祭り騒ぎでしょ」
トレセン学園のトラックコースで俺、カツラギエースはミスターシービーから併走を続けている。
クラシッククラスの連中は、打倒ミスターシービー世代を掲げて、ビゼンニシキを中心に定期的な模擬レースを開催する気合の入れようだ。それを受けてのミスターシービーからの誘いであり、俺は二つ返事で快諾した。スズカコバンは相変わらずマルゼンスキーの追い切りを受けており、誘うことは難しそうだ。
今は休憩中でトラックコース脇でスポーツドリンクを飲み干している。
「貴女、有マ記念でも逃げるつもり?」
今は協力関係にあるとはいえ、レース前に戦法を晒すのは如何なものか。
いや、まあ、しかし、彼女の場合はどんなレース展開でも後方にポツンと一人なので関係ないか。
「逃げるつもりはねぇよ、あんな奇策を何度も使えるとは思ってねえし」
「それは残念」
「残念?」
「だって逃げてくれたらペース上がって、私が追い抜きやすくなるじゃない」
その彼女の言葉にポカンと口を開けて見つめ返した。
「……お前、そんなことをいう奴だったか?」
「それだけ下の世代も強いって事よ。ルドルフは勿論、他のウマ娘もね」
油断してると掲示板外に落ちるわよ、とミスターシービーが語る。
「そういえば、お前って最後方からの追い込みを止めようとしたことないよな?」
「まあ、そうね」
「戦法を変えようとは思わないのか?」
「変えようとは思った事あるけど……私にとってはこれが一番の戦法だし、今更変えられない事情もあるのよね」
「変えられない事情?」
「貴女も今に分かるかもしれないわ」
そろそろ再開するわよ、と彼女が話題を切り上げたところで「ウェーイ!」と幼い声を上げた見慣れないウマ娘が駆け寄ってくる。
両手を広げながら、キーンと俺達の前までやって来てピタッと止まった。
「
「……えっと?」
何処から入って来たのか。幼いウマ娘がトレセン学園に入ってくることは珍しいことじゃない。
唐突な若者言葉にミスターシービーが困惑する横で、やっぱり彼女の人気は高いのだと再認識する。
彼女のようなウマ娘が、未来のウマ娘に夢と希望を与えていくんだろうな、と。
「好きなウマ娘と出会って、テンション上がってるんだってよ」
「え、分かるの?」
「まあ、なんとなくな」
そういうウマ娘、ウチのチームにも居るんで。
「シービーのファンなんだろうし、握手でもしてあげたら良いんじゃね?」
「あんたねえ……」
「私は知り合いに当たってみるよ。SNSで連絡を取れば一発だし」
そういって荷物からスマートフォンを取り出した。
その間にミスターシービーは困ったように、幼いウマ娘に向き直って名前を問い質している。
「私、ダイタクヘリオス! お姉さんって誰?」
……はっ? 天下の3冠ウマ娘様を相手に今なんと?
いや、幼いから良いんだけど、テレビでも何度も放送されている顔だぞ。なんなら今の時代、名前はさておき顔写真はシンザンやハイセイコーよりも知名度高い可能性あるんだが?
やっぱり、とミスターシービーは溜息を零して俺に振り向いた。
「役割交代ね、私がみんなに連絡を送るわ」
「えっ? いや、ちょっと待てって……俺が? 俺なのか?」
「当の本人が一番、あのジャパンカップの意味を分かってないのね」
まあ、そんなもんかしら。とミスターシービーは俺の肩を叩いて、スマートフォンを取り出した。
思考が止まる。目の前には、俺にキラキラと輝いた目を向けてくる幼子が一人。
「私、ダイタクヘリオスです! カツラギエースさんのアゲアゲな爆逃げはホンット最高で、まじリスペクトしてます! 私も大きくなったら爆逃げで会場を湧かします!!」
あー、んー、えーと、つまり?
助けを求めるようにミスターシービーを見た。
彼女は苦笑してスマートフォンに視線を落とす。
「……応援、ありがとな。トレセン学園に来るのを楽しみにしてるよ」
「はい、有マ記念も爆逃げ期待しています!!」」
「まあそれは、レース展開にもよるだろうなあ……」
言葉をボカすもキラキラした幼子の純粋な目を曇らすことは出来なかった。
「あの子、あそこに居た!」
「ほんっと子供の行動力と好奇心には付いていけないわね」
遠くの方からニホンピロウイナーとハッピープログレスが駆け寄って来る。
どうやら、ダイタクヘリオスの関係者のようだ。違ったけど。この後、直ぐに彼女がビゼンニシキの関係者だと分かり、何故か釈然としない様子のニホンピロウイナーがハッピープログレスと二人でダイタクヘリオスを引き取った。
残された俺は溜息ひとつを零し、トラックコースに戻る。
「私の事情、分かった?」
「あー、んー、どうしよっかなー?」
「自分で決めれば良いのよ。でも、私としては逃げた方が良いと思うわよ」
「ハイペースになったら追い込み有利だもんな」
「その通り」
俺が中指を立ててやると、彼女は楽しそうに笑ってみせた。
これは取れる戦法、限られますわー。
ナウなヤングにバカウケ。