錦の輝き、鈴の凱旋。   作:にゃあたいぷ。

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第24話:愚妹と呼ばれたウマ娘

 嘗て、太陽の王子と呼ばれたウマ娘が居た。

 そのウマ娘は不良馬場を苦手としていたが、頭上に太陽が浮かんだ良馬場で強い実力を発揮した。

 クラシック戦では東京優駿と菊花賞では共に2着という結果に終わるも、オープン戦のプリンシパルSでは2着と7バ身の差を付ける圧勝劇を披露し、GⅡレースのセントライト記念では見事な勝利で飾っている。シニアクラスの1年目では、秋の天皇賞で2着、有マ記念では3着と十分な実力を見せつけて、彼女の全盛期となる2年目では、春の天皇賞と宝塚記念を連勝で飾る活躍を見せた。

 時には、無冠の帝王と揶揄されることもあったが、GⅠレースの最前線で結果を出し続けたその実力は決して、太陽の王子という名に相応しいものであった。

 それがモンテプリンスの泥臭くとも輝かしき経歴となる。

 

 今のウマ娘界隈には愚妹と呼ばれ続けたウマ娘がいる。

 クラシック路線の頃から常に大舞台で活躍を続けてきたGⅠウマ娘の妹という期待を背負うも、メイクデビュー戦を果たした初年度は3戦3敗という情けない結果に終わった。来年度、4戦目にして漸く、未勝利戦を勝ち上がるも1勝クラス戦で掲示板内の3連敗という結果に終えた後、脚部不安により長期休暇を余儀なくされる。11月に復帰するも勝ち切れず、またしても脚部不安に悩まされて長期休暇に入った。

 クラシッククラスを終えた時点で、8戦1勝。この時期から活躍を続けてきた姉の輝かしい戦績を比較して、何時しかそのウマ娘は愚妹と呼ばれるようになった。

 シニアクラスに上がった1年目で漸く2勝を果たすもオープンクラスには上がれず、2年目の夏に漸くオープンクラスにまで漕ぎ着けた。ここに至るまで、16戦も掛かってしまった。時間にすると3年間と9ヶ月である。

 秋に入った最初のレース、毎日王冠では6着。続く秋の天皇賞では4着と好成績を残した。

 そして21戦目。GⅡレースの目黒記念にて、初の重賞勝利を飾った。

 有マ記念の7着を経て、5年目の春。日経賞を4着で終えた私は、春の天皇賞に殴り込みを掛けた。

 

 そこで私、モンテファストは悲願のGⅠレースに勝利した。

 

 勝利した事も嬉しかったけど、トレーナーが澄まし顔で――――

 

「脚元が万全であれば、このメンバーを相手に勝っても驚くことではない」

 

 ――と、さも当然のように言ってくれたことが何よりも嬉しかった。

 

 姉と同じ春の天皇賞、この頃になるともう誰も私のことを愚妹と呼ぶ者はいなかった。

 姉と同じように宝塚記念にも出走するも13着、オープン戦を挟んだ秋の天皇賞では14着。長年、苦しめられた脚部不安もあり、私は長年付き添ってくれたトレーナーに引退を示唆される。親愛する彼が云うには、もう私の脚は限界なんだとか、無理をすると日常生活にも支障を来す可能性もあるのだとか。

 結局、私は姉には届かなかったんだな。と不貞腐れる毎日が続いた。

 トレーニングは続けていた。体力を維持する程度のものだったけど、これだけでも今の私にとってはしんどかった。

 日に日に引退の二文字が肩に伸し掛かって来る。

 

 そんな時に、テレビ放送でシンボリルドルフの口から大言壮語が飛び出した。

 世間は、ミスターシービー世代とシンボリルドルフ世代の対決に沸いた。

 その事が、何故だか私には許せなかった。

 蔑ろにされているようで、腹が立った。

 

 私は、姉であるモンテプリンスの事が嫌いだ。

 だって、ずっと比較されて来たので。姉の為人は嫌いではない。

 むしろ姉は好きだ。

 ただ単に私の精神性に問題がある。

 姉に劣等感を抱く自分が嫌いだ。

 

 もう少しだけ走りたい、あと一戦だけ走りたい。

 姉は春の天皇賞と宝塚記念を取っても年度代表ウマ娘には選ばれなかった。

 秋にひょっこりと出て来て、有マ記念だけ掻っ攫ったウマ娘に全てを持ってかれてしまったのだ。

 それだけ有マ記念の1勝は、重い。

 

 だから、私は、有マ記念の1勝が欲しかった。

 ドリームトロフィー・リーグで活躍する姉の鼻を明かしてやりたかった。

 姉は心優しいウマ娘だ。姉は愚妹と呼ばれる私にも優しく接し続けて来た、気に掛けてくれた。

 でも、私のことをウマ娘として見てくれた事は、ただの一度としてなかった。

 

 私は、宝塚記念には勝てなかった。

 でも有マ記念で勝てたなら、宝塚記念に勝った姉よりも上だと言って問題ないと思うのだ。

 今年の有マ記念には、ミスターシービーが居る。シンボリルドルフが居る。カツラギエースが居る。

 例年以上にレベルの高いレースになるはずだ。

 それでも、だからこそ、今年度の有マ記念に勝利する事には価値がある。

 

「姉さん、うん……うん……そうだね、脚の調子は悪くないよ」

 

 ワイヤレスのイヤホンを耳に付けて、スマートフォンの画面には姉の一文字が表示されている。

 誰もいないトレセン学園の校舎裏で密やかに通話していた。

 他愛のない会話を経て、私は静かに息を吸い込んで、反骨心混ざりの決意を口にした。

 

「私ね、有マ記念に出走する。そして、姉さんよりも上だって証明する」

 

 姉が口を閉ざした数秒後、短い言葉で返してくれる。

 

『ファスト、頑張れ』

 

 どうしてだろうか。

 そのどうしようもない程に優しげな声を聞くと、

 自分が、惨めで、ちっぽけで、情けなくて、泣き出したくなる。

 どうして私と姉は此処まで違うのか。どうして私は姉の妹なのだろうか。

 どうしようもない程に嫌っていて、どうしようもない程に愛している。

 震える声で通話を切った後、私は目元を拭った。

 愚妹と呼ばれた私の事なんて、世間の誰も期待していないはずだ。

 だからといって、負ける訳にはいかないのだ。

 私はもう、勝つしかない。

 

 ズズッと痛む脚を引き摺った。

 まともにトレーニングを積む事もできないまま、有マ記念の日はやって来る。

 やるだけの事も出来ず、私は最後の大舞台に脚を踏み入れるのだ。

 

『どれだけ首を長くした事でしょうか!? 私達は待っていた、この瞬間を待ち望んでいた! トゥインクル・シリーズ! 王道路線の終着点、有マ記念! ファンの期待を背負ったウマ娘が続々とコース場に姿を現します! 此度の有マ記念は一味違う、今年を代表するウマ娘の揃い踏みだッ!!』

 

 来場者数は過去最高、中山レース場を埋め尽くす大観衆の歓声が地面を揺らした。

 心臓を直接、叩かれるかのような衝撃に踏み出すのを躊躇し、意を決して(ターフ)に脚を踏み入れる。

 勝つよ、姉さん。

 28度目の挑戦、過去5年間の集大成。終着点。

 胸に思い浮かべたのは、最も嫌悪する最愛の姉だった。

 

 

 




次回、有マ記念。
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