年末の中山で争われる夢のグランプリレース、有マ記念。
貴女の夢、私の夢は叶うのか。
3番人気は特攻隊長カツラギエース。
今日も果敢に逃げるのか、ジャパンカップの勝利はまぐれなのか。
気合は充分、吠えろカツラギエース!
俺達は、お前の激走に期待する。
2番人気は皇帝シンボリルドルフ。
ジャパンカップでは、惜しくも3着に敗れましたが無敗の3冠ウマ娘の名の格は決して衰えてはいません。
僅か7センチメートルの差を埋めることはできるのか。
1番人気は規格外ミスターシービー。
走る全てのレースが名レース、演出家とも名高い彼女の末脚に魅了されたウマ娘ファン過去最多。
今年、カツラギエースとは3度の激戦を繰り広げております。
この有マ記念ではシンボリルドルフを含めた3強の争いが期待されております。
また世代対抗戦と銘打たれた本レース。
クラシッククラス、シニアクラス。そしてティアラ路線からも有力なウマ娘が多数出走しております。
シンザンから続いた歴史を過去に、現在を未来に。
3冠ウマ娘が二人も生まれて、ジャパンカップでは初めて日本のウマ娘が勝利した今年は何かが違います。
ウマ娘を愛するファンならば、彼女達を通じて、胎動する何かを感じている事でしょう。
さあ、歴史が変わる。
新しい時代の開幕を共に見守りましょう……!
今ゲートインが完了して、出走の準備が整いました。
有マ記念……今、スタートが切られました。
出遅れは、ない。
全員が一斉に揃ったスタートの中でカツラギエースがハナを切って先頭を走る。
その背中を追いかけるように私、シンボリルドルフが徹底マークを仕掛けた。私のすぐ後ろにはスズパレードとニシノライデンが付けて来る。
肌がチリチリする、今までのレースとは皆の気迫が違っていた。
ジャパンカップでの海外ウマ娘には、何処か余裕があった。気負っていたのは日本のウマ娘ばかりであり、海外のウマ娘は何処か日本を侮っている節があった。ちょっとした小遣い稼ぎのつもりで日本まで来たウマ娘も居たに違いない。
しかし、この場に居る全てのウマ娘が、たった一つの勝利を掴む為に手を尽くし、知恵を振り絞っている。
出走する全てのウマ娘が一流で、重賞レースに勝利できるだけの実力を持っており、あわよくばGⅠレースにも手が届く能力を備えていた。
楽しいな、と笑みを浮かべる。
脚が軽くて、余りにも軽過ぎて、トンと空高くまで飛んで行ってしまいそうだった。
タン、タン、タンとリズムを刻んで軽快に位置を上げる。
カツラギエースに一人旅は許さない。
始まったな。
私、ビゼンニシキは観客席の後方からダイタクヘリオスを肩車して、コース上を走るウマ娘達を見守る。
各ウマ娘が横一線に揃った綺麗なスタートから各々が得意な位置にバラけていった。
先頭はカツラギエース。
ジャパンカップで味を占めたのか、それとも何か掴むものがあったのか。
逃げる姿に迷いはなかった。
その直ぐ後ろに付けたのはニシノライデン。
外側にシンボリルドルフ。ジャパンカップの再現は許さないとでも言いたげにピッタリとカツラギエースの斜め後ろに付けている。
三人の後ろには先行策を取ったスズパレードが果敢に攻めての四番手の位置取りだ。
四人の後ろに付けるのはトウショウペガサス。
1バ身の差を置いて、バ群を率いるのはメジロシートン。
その後ろに内をサクラガイセン、外をダイアナソロンと続いて、
ロンググレイスとモンテファストも横に並んでいる。
スズカコバンは此処に居た。
バ群の最後方を走るのは、デュデナムキング。
更に1バ身が開いて、スズマッハ。
ハーディービジョン、ミスターシービーの順番で縦に並んだ後、
最後方をポツンと走るのはキョウワサンダーだ。
少し縦に長い展開か。
私ならシンボリルドルフの後ろを取って、ずっとシンボリルドルフのマークをする。
最後の直線まで力を溜めて、カツラギエースとシンボリルドルフを競わせた後、漁夫の利を得るように前に抜け出す。
そして、そのままミスターシービーの追撃をも振り切って、ゴール板を駆け抜ける。
私が勝つとすれば、その展開しかない。
「カツラギエース、勝てるかな?」
ジッとレースを見つめるダイタクヘリオスが、頭の上から問い掛ける。
私は序盤の攻防を終えて、展開が落ち着き始めたのを見守りながら口を開いた。
「まあ難しいだろうね」
今回のレース、一筋縄ではいかない。
なんせ私が授けた策がある。
最後の直線が今から楽しみで仕方なかった。
「絶対、勝つし!」
と頰を膨らませるダイタクヘリオスを無視して、先頭付近を見つめる。
楽な展開にさせてやるもんか、と悪戯っぽい笑みを浮かべて。
私では無理だけど、彼女ならそれが出来る。
中山競馬場2500メートル内回り。
第3コーナーから第4コーナーに入るまでは、平坦な道が続いている。
まだレース開始直後、速度も出せない混戦状態では外に膨れる事もなく、コーナーを曲がり切って大歓声に出迎えられた。
若干の下り坂の後、100メートルで高低差2メートル以上の坂を駆け上がる。
ここでトウショウペガサスが速度を落とす。
逆にメジロシートンが坂を駆け上って、二人が横並びとなった。
スズパレードは――落ちて来ないか。先頭三人と中団との差は2バ身程度、どの程度から仕掛けて行くべきか。
坂を登り切った後、更に200メートルをかけて、高低差2メートルの坂を駆け上がり、第2コーナーから向正面に向けて、登った分の坂を降って行った。全ウマ娘の速度が上がる。
私、スズカコバンも下り坂のコーナーで乱れたバ群の間を縫って、体をバ群の外へと放り出した。
下り坂の勢いを利用して、先頭との距離を詰める。
早仕掛けになるが仕方ない。勝ちを目指すなら、これしかない。
背後に控えるミスターシービーから出来るだけ距離を取っておく必要があった。
脚が縺れるような高速レースから、第3コーナーに突入する。
外側へと膨れ上がるウマ娘達から逃れるようにスズパレードのすぐ後ろへと付けた。
さあシンボリルドルフが仕掛ける前に、奴の鼻先を捉えておきたいが……と思った矢先に、ズン、と地面が揺れる錯覚があった。
来る、と身が震えた。最後方から地均しをしながら、襲いかかって来る。
ミスターシービーがやって来る。
最後方から放たれた矢から逃れるように、私は先頭を目指して駆け出した。
第2コーナーから向かい正面、乱れるバ群の外側からスズカコバンが位置を上げて行ったのを観客席から見た。
ボク、トウカイテイオーは今日も今日とて最前列、手に汗握る緊張感に塀をギュッと握り締める。
シンボリルドルフはまだ仕掛けない。実況が、ジャパンカップに続いてハイペースな展開だと言っていた。
速度を上げたまま、第3コーナーに差し掛かる。
シンボリルドルフは良い位置をキープしている。
最後の直線でビューンと抜け出すのが彼女の走りだ。
大丈夫、と自分自身に言い聞かせて、レース展開を見守った。
高速で曲がるコーナーに、バ群がやや横に広がった。
その最内を走るのは先頭集団ではシンボリルドルフただ一人、カツラギエースが若干、外に膨らんで、スズパレードとニシノライデンもまた最内を突けずに居る。
よし、行ける! と確信した時、ズン、と会場全体が揺れる錯覚があった。
そんな事が、あり得るはずがない。
ある得るはずはないが――この感覚は、ジャパンカップでも味わった。
たった一人のウマ娘が唸りを上げて、駆け上がって来た。
今回は、それが三人だった。
『最後方からミスターシービー! そしてスズマッハとハーディービジョンが駆け上がった! キョウワサンダーは出遅れた! ポツンと一人を残して、先頭を目掛けて三本の矢が放たれる! まだコーナーの途中、果たして最後まで届くのか!? カツラギエースとシンボリルドルフを射止める為のロングスパートだッ!!』
最内をミスターシービー、大外をスズマッハ。そしてバ群の中心を掻き分けるのはハーディービジョン。
それぞれが、それぞれの道筋で仕掛けたスパートに、その勢いの凄まじさに息を飲んだ。
『後ろから追い立てられるように中団のウマ娘達が続々とスパートを掛ける! まるで追い込み漁! 捕まるのは誰か、生き残るのは誰か!? 意地を見せられるか!?』
殿一気の三人娘、先頭集団の四人には動きは見られない。
まだ起こり得る波乱の予感に呼吸するのも忘れて、ただただ見続けることしかできなかった。
かつて映像で観た時とは面子も展開も違い過ぎていた。
もしかしてがあるのか、万が一があるのか。
観客席の最前列でボク、キセキノテイオーは息を飲んだ。
勝つ、勝つよ。会長が勝つに決まっている。
そう信じていても一抹の不安を拭きれずにいる。
右手にミホノブルボン、左手にツインターボ。
二人の保護者として、繋ぎ止めていた手を強く握り締める。
どうなるの? とツインターボが問い掛けて来た。
カツラギエースファンの彼女に遠慮して、分からない。と端的に答える。
レースに集中して、展開を見守った。
大丈夫、最後の直線で抜け出すのは会長に決まっている。
カツラギエースが粘ったとして、最後に競り合うのは会長とカツラギエースの二人の勝負だ。
全員が自分の得意な位置に付いており、マークする相手が三人もいる現状だ。
それなら実力のある者が優位に立つのは当然の経過だ。
そう信じて、電光掲示板から目を離し、目視できる第4コーナーの先を見た。
シンボリルドルフの勇姿を出迎える為に。
バ群を引き連れて最後の直線にやって来たのは――――
『さあ最後の直線だ! 外から抜け出したのは――外からニシノライデンッ!?』
――まるで子供のようなウッキウキの満面の笑顔で全力疾走するウマ娘だった。
「いよし! 良くやった、ライデンッ!! 最高だッ! 完璧過ぎるッ!!」
ニシノライデンが先頭に抜け出した瞬間、私、ビゼンニシキは歓喜の余りに叫んでいた。
内をシンボリルドルフ、外をニシノライデン! カツラギエースの更に外だ!
この展開は読めていた! 全て分かっていたからこそ授けることができた秘策!
そして、この後の展開も読み切っているッ!
カツラギエースが、持ち前の根性で先を走るニシノライデンに追い縋る。
その獣染みた本能を解放したのを見て、更に頬が吊る程に口の端を歪み倒した!
「食い付いたァッ!! アッハッハッハッ、一本釣り成功! そのまま行っちまえ、ライデン!!」
カツラギエースが競って来たのを見て、ニシノライデンが更に速度を上げる。
互いを意識して競り合い加速する二人を見て、シンボリルドルフが慌ててスパートを掛けた。
「見たか!? 見たかルドルフ!? 目にもの見せれたか!?」
ダイタクヘリオスが押し黙って私を見つめていることにも気付かずに、笑い飛ばした。
ダイタクヘリオス(えー? うわあ…)